やっぱり変態さんなんですか
翌朝、トレーニングに行くと、オーレリー、サスキアと一緒にシアラとシトリーもいる。
「あれ? シアラもいるんだ」
シトリーと同じくらいの背丈のシアラは、スリムで引き締まった身体つきだが、あまり筋肉は付いていないように見える。
「あの、ストレッチをしに来ただけです。あまりジロジロ見ないで下さいね」
「ははは。デレクは警戒されてるなあ」とオーレリーは愉快そうに笑う。
ストレッチや筋トレの後、オーレリーと手合わせ。
……やっぱり軽くあしらわれてしまう。
「数日前よりは勘が戻ってきたんじゃないか?」
「え。そう?」
気を良くして、次にサスキアと組んでみるとかなりいい感じ。うんうん。
その様子を見ていたシアラが言う。
「デレクさん、あ、デレク様は女性とも組み手をするんですか? やっぱり変態さんなんですか?」
「あのね。国境守備隊あたりでもそうだけど、実際に犯罪者なんかと戦うことになったら相手が男か女かとか言ってられないだろ? 組み手の時はそういうことは意識しちゃダメ。変なこと考えてたら怪我をするから」
「はー。そんなもんですか」
「しかもオーレリーと、そこにいるダニエラはめっちゃ強くて、俺なんか敵わない」
「そうなんですか。さすがオーレリーさんですね」
などと言いつつも、シアラのトレーニングウェア姿はしっかり記憶に焼き付ける俺である。だって男の子だもん。
パンケーキをシアラも一緒に食べる。
「う、わ。美味しすぎませんか、これ」
「だろ? 毎朝これが楽しみでなあ」とオーレリー。
「今日はあたしが焼きました。ちなみに、そのジャムもあたしの監修で作ってます」と厨房からノイシャが出て来て胸を張る。……監修って何?
「昨日はどうだった?」とサスキアに尋ねる。
「ええ。服を買ったり、日用品を買ったり。楽しい1日でしたよ」
「オーレリーも行ったんだろ?」
「う、うむ。春になったら、やっぱり春服が必要だからな」
サスキアが笑っている。
ダニエラが一足先に朝食を済ませて退出するのを見て、オーレリーがシアラに尋ねる。
「さて、シアラは今後どうしたい?」
シアラが神妙な面持ちで答える。
「できればエスファーデンの争いを終わらせる手助けがしたいのですが。……メディア、いえ、オーレリー様は聖都でどうされているのですか?」
「ほら、王宮で演説をぶちかましただろう? あれであたしの役割はかなり果たしたかなあと思ってな。王家には色々恨みもあるが、国を建て直すとかはあたしの仕事ではないように思って、ここで気楽にやっているというわけだ」
「しかし、エスファーデンの国民は困っています。それを救うには……」
「救うためにどうする? あたしもエスファーデンには育ててもらった恩もあるし、何よりふるさとだからな。ふるさとのみんなが苦しんでいるのを見るのは耐え難い。しかし、では王家、あるいは反王家のどちらかに味方して戦うというのも、それも違うのではないか?」
「ですが……」
「エスファーデンだけではなく、視野をもう少し広げると、世界を混乱させることで利益を得ているらしい勢力がある。これを何とかしなければならんのではないか、と考えているのだ。エスファーデンの混乱は、そのひとつなのだと思う」
「それは……、ガッタム家、ですね?」
「うむ」
「昨日から、あたしに何ができるかをずっと考えていました。あたしには戦うための能力はあまりありませんから、これまでも正面から戦うのではなくて、状況を有利な方へ誘導するように考えて動いていました。そんな風にお手伝いができたらいいかもしれません」
そこで、俺から最近ニールスで起きた事件の概要を説明する。
「ガッタム家はあちこちの紛争に首を突っ込んでいるせいか、どうも金がないらしいんだ。そこで、聖王国で裏金を蓄えていた貴族を抱き込んで、聖王国に足場を築くとともに資金も得ようということを画策していたんだが、この企みを早期に察知して潰すことができた。そんな仕事を手伝ってくれるというなら有難いな」
「そうだったんですか」と驚くシアラ。
話を聞いていたシトリーが気を利かせて、最近の新聞を持ってきてくれる。
「ほら、ここにその事件のことが書いてあるわよ」
記事に目を通すシアラに、サスキアが追加情報。
「その記事だと表立って動いているのは貴族の方々3人だけど、実はこの3人とデレクさんは友人で、色々協力しているんだ。それに、あたしとオーレリーさんはモスブリッジ家のヴィオラと一緒にダンジョンで探検したこともあるんだ」
「しかしデレク。今回、あたしたちの出番が全然なかったのはどういう了見だ?」とオーレリーは不満顔で言う。
「だって、海賊の中にメディアの顔を知っている奴がいたらまずいだろ?」
「うー、まあそうなんだけどな……」
オーレリーが提案する。
「まず、シアラは聖都の生活に慣れつつ、エスファーデンも含めた各国の情勢を把握するところから始めたらいいんじゃないか? その中で、どんなことができるかを探ったらいい。そうなると、当面はこの屋敷でメイドとして働くのが手っ取り早いな。変態さんのデレクの下で働くのは嫌かもしれないけど」
一言余計である。
「確かに少し、いえ、大いに不安ですね」
「いや、そんな変態みたいなことはしてないから」
「本当ですかねえ」
なんか疑いの目で見られている俺。まだパンツの件が尾を引いている。第一印象って大事だな。
「デレクの所のメイドは、この事件でも大いに活躍しただろう?」とオーレリー。
「ああ。エメルとジャスティナはまだニールスのヴィオラの所にいる」
「確か、そのせいで少し人手が足りないってゾーイも言ってたよな、デレク」
「まあそうだな」
シアラ、ちょっと考えながら言う。
「あたしとしては、オーレリー様と一緒に働きたい気持ちがありますが……」
「あたしとサスキアは普段はクロチルド館の警備として働いている。シアラは警備って柄じゃないだろう? あたしもデレクも、海賊の勢力を排除しようという点では一致しているから、どちらで働いても大差ないと思う。それなら、慣れたメイドの仕事がいいんじゃないか?」
「そうですねえ……」
相談の結果、しばらく泉邸で働いてみて、合わなかったらクロチルド館で厨房の仕事でもしたらいい、ということになる。
そんなやりとりをしていると、リズがやって来る。
「あれ? デレク、その人は?」
「あのー、数日前に助けた、エスファーデンにいたシアラだ」
シアラ、リズの顔を見て一瞬ハッとした様子。
「あの。奥様ですか?」
リズ、すっげえ嬉しそうな顔で言う。
「う、ふ、ふ。公式にはいとこなんだ。だけど、デレクの婚約者は今、海の向こうにお出かけ中だから、あたしが実質、奥さんだと思ってもらってもいいよ」
「あのー、わざわざ話をややこしくするような説明をしないで欲しいんだが」
その後、オーレリーは紅茶などを飲みながら、ここ数日、ガッタム家の偵察に行って見聞きした情報について教えてくれた。
「この前のニールスの件とか、ナリアスタ大統領の誘拐事件でキーン・ダニッチという名前がちらほら出ているだろう? ガッタム家でも、ダニッチとは何者なのか、ということを本格的に探り始めているようだぞ」
「え。それは嫌な動きだなあ」
「今のところ、ニールスの件と誘拐事件については、誰かが便利な偽名として使っただけではないか、と考えているらしい」
「それはよかった」
「しかしな、そもそもの『13番地事件』で現れたダニッチというヤツが、今後、ガッタム家の邪魔をするようになったら厄介だという話にもなっている」
「で、どうするって?」
「どこの誰なのかを探る一方、どうもガッタム家の味方になりそうな感じではないので、活動を封じ込めるとか、場合によっては抹殺をすべきではないか、とか……」
「えー」
「まだ知られていない魔法を使っていると思われるので、その魔法の知識をどうにかして奪えないか、とかいう議論もある」
「やだなあ」
「ともかく、デレクとしても、キーン・ダニッチとしても、活動には注意が必要ということだな」
「それはまあその通りなんだが、ガッタム家の方から色々仕掛けて来るからなあ」
「まったくだ。情報には注意しておかないとな」
話を聞いていたシアラが不思議そうに尋ねる。
「キーン・ダニッチって誰です?」
すると、パンケーキを食べながらリズが言う。
「女の子のピンチに颯爽と現れて助けてくれる、謎の錬金術師らしいよ」
「……キーン・ダニッチは特に女の子ばかり助けてるわけじゃないよね?」
「そうだったっけ?」
オーレリーたちとシアラは、いったんクロチルド館へ帰った。
さて、明日はラボラスを探しに行くから、今日は書類を片付けておかないとな。今日もアデリタ、シャロンと一緒に書類仕事である。
昼食の前くらいに、シアラは少ないながらも私物を持って戻って来た。オーレリーも一緒である。
メイド長のゾーイにシアラを紹介する。
「あら。デレク様はまた女の子を助けてきたんですか」とゾーイが笑顔で言う。
「結果的にはそんなことなんだけど。エスファーデンの王宮でメイドをしていたから、仕事自体は大丈夫と思うよ。あと、馬に乗れたりするよね?」
「はい、馬車の御者も大丈夫です」
オーレリーがゾーイに余計なことを吹き込む。
「このシアラはな、デレクが変態さんで、使用人にちょっかいを出すような奴なんじゃないかって心配してるんだ。その点、メイド長のゾーイから見てちょっとコメントして欲しいんだがな」
ゾーイ、途端に面白いオモチャを見つけた子供のような表情になる。
「あらあらあらぁ。デレク様。何か悪いことをしたんですか? したんですね?」
「いや、直接してはいない、というか、その……」
「うふふ。シアラさん、大丈夫ですよ。少なくともこれまで、デレク様がメイドに手を出したり悪さをして問題になったことは一度もありません。逆に、メイドの方から色々アプローチをかけているんですけどねえ、どうにもその気がなくて……」
「あのな、ゾーイ。余計なことは言わなくていいぞ」
他のメイド達も集まって来る。
「また女の子を助けたんですか? もうこれは呪いの一種ですね」とアミー。
ズィーヴァとカリーナも興味津々。
「どこから来たの? え? エスファーデンかあ。あたしたちはね、ゾルトブールでデレク様に助けて頂いたんだよ」
ゾーイが言う。
「しばらくの間、ここで働いてみたらいいわ。王宮とは違ってかなり緩いし、デレク様は格式ばったことは好まない方だから特に心配する必要はないわよ。そうね、カリーナ、ちょっと部屋とか案内してあげてくれる?」
「はい」
カリーナだけでなく、ズィーヴァも一緒にシアラを案内して部屋へ連れて行く。
シトリーをちょっと呼んでヒソヒソ話をする。
「あのね、俺が言ったって絶対に言わないで欲しいんだけど」
「うふふ。心得ました。なんですか?」
「例の、公然と売ったらまずい、ゴブリンに何かされちゃうような本とか、あるじゃない」
「はいはいはい」
「シアラ、そういうの好きみたいだから、それとなく聞いてごらんよ」
「えっ……。そうなんですか? それは楽しみ。……でもデレク様は何で知って……、あ。なるほどね」
ニヤニヤしながら何かを察したらしいシトリーである。
共通の趣味の友達を作るあたりから始めたらいいよね、きっと。
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