ダズベリーに忍び寄る影
ダズベリーにも親衛隊がいるという予想外の情報が入ってきたため、もう夕方だが、慌ててラブレース邸に駆けつける。
「あら? デレク、どうしたの?」とセーラが出迎えてくれる。
「今日はフランク卿は?」
「今日は会議があって不在よ。ハワードはいるけど」
「ダズベリーにも親衛隊がいるという情報が入ってきたんだ」
「え! 本当?」
急遽、セーラ、ハワードとミーティング。
「俺が急遽ダズベリーに出向いて、親父殿と対応を協議すべきじゃないかと思うんだけど」
「確かにそうした方がいいと思うな」とハワード。
「それで考えたんだが、ミドマス、ランガム、ダズベリーは交易の中継地点だろう? 同様なポイントを考えると、ニールスあたりも危なくないかな?」
「あ。確かにそうかもしれない」とハワードも気づく。
ニールスはミドワード王国に近いラプシア川の下流の街である。ニールスあたりにも海賊なり親衛隊なりの勢力が及んでいる可能性が高い。
「ニールスを所領にしてるのは?」
「モスブリッジ男爵家だな」
「ヴィオラやイヴリンの家ということね?」
「あそこはホワイト男爵領と隣り合ってるから、その件はホワイト男爵に任せることにしようか」とハワード。
「じゃあ、俺は明日からでもダズベリーに向かうことにするよ。ついでに、親父殿が聖都に来る日程なんかも相談したいし」
「あれれ? デレクは馬車で行くのかしら」とセーラ。
「えっと。もちろん馬車で行くことになるよな」
「ふふ」
会話の意味が分からずに怪訝なハワード。
旅程を全部馬車で行く必要もないから、明日の朝、いきなりポルトムあたりに馬車ごと転移して、夕方にダズベリーに到着という計画で行こう。御者はノイシャとエメルでいいだろう。
留守番役を務めてくれるはずのダークくんがまだ育っていないのが残念だ。
翌朝。
ノイシャとエメル、それに俺という3人で馬車に乗って出発。
親衛隊が監視しているらしいので、聖都の街外れまでは普通に馬車を走らせ、人目がないことを確認してから馬車と馬をストレージに収納し、3人でポルトムの郊外に転移。
やっぱりポルトムの方が聖都よりは少し寒い。
「なんだか馬車の旅って感じがしないですよ」とノイシャ。
「いや、今回は緊急の話があるからさ」
「バッツ・インあたりでゆっくりしたい気がするんですけど」
「あたしはガパックの温泉がいいなあ」とエメルが好き勝手なことを言う。
ポルトムからスワンランドまではエメルに御者を頼む。ノイシャと馬車で2人きり。
「国境の山が雪で白いですね」
「ゾーイの言うには、ミザヤ峠の向こうにダンジョンがあるらしいんだが、冬の間は雪が深くて行けないそうなんだ」
「今度はあたしもダンジョンに行ってみたいです」
「そうだな。今度機会があったら行ってみる?」
「はい、是非お願いします」
馬車がガタンと大きく揺れる。
「キャッ」
ノイシャが俺にしがみつく。
「……もう揺れてないよ」
「……え? 何かおっしゃいましたか?」
結局、子猫みたいに丸まったまま俺にしがみついて、幸せそうなノイシャである。
スワンランドに到着。昼食。
「久しぶりにこっちの食事を食べると、食材とか味付けが聖都とは違うって感じるな」
「そんなもんですか?」
「例えば聖都でゴマを使う料理も、こっちではクルミを使うことがあったりとか」
「なるほど」
午後はノイシャが御者で、エメルと2人きり。
「少し寒くありませんか?」
「え? 特にそんなことは……」
「風邪をひいたら大変です」
そう言って必要以上に密着してくるエメル。
正直、暖かくて柔らかくて幸せです。
「でしょう? ふふふ」
……あれ?
「アミーがダンジョンから帰ってから何か怪しいんですけど」
「あ」
「ほほう。やっぱりデレク様が関係してるんですね?」
「いや、俺じゃなくて、何かダンジョンでいいことがあったらしいよ」
「へえ。あたしもそのいいことが知りたいです」
しかし、あれは『試練』じゃないからなあ。
……ちょっと待てよ。魔法スクロールを魔石に固定するという作業を延々やっていた魔法士がいるわけだが、だとすると、『秘宝館マスター』を指輪に固定していた可能性もあるわけだ。
もしそうだったとすると、魔法を起動するたびに何かがゲットできるってことか? 何がゲットできるんだろう? ううむ。気になる。
気にはなるが、起動される魔法を解析して調べるほどのことじゃない気もする。
夕方にはダズベリーに到着。
親父殿がエントランスに迎えに出てくれた。ケイを通じて、急いで向かうとだけ伝えてあったのだ。
「どうした、デレク」
「少々厄介な件が判明したので相談をしようと思いまして」
「うむ、では夕食を取ってからでよいか?」
「ええ。ご迷惑をおかけします。それと、可能ならケイとクリスさんも話し合いに参加して欲しいのですが」
「分かった」
メイド長のハンナに部屋の手配などをしてもらって、久々にテッサードの屋敷でのディナーである。
食堂にはアラン、セリーナ、それにケイも顔を揃えていた。
「おお、デレク。久しぶりだな」とアラン。
「子供の名前は決めた?」
「いやー、まだ迷ってるんだよなあ」
もうじきこのアランが父親かあ、と思うと何か不思議な感じがする。……あ、俺もおじさんか。
セリーナはだいぶお腹が大きくなった。
「セリーナ、久しぶり。体調はどう?」
「ええ、特に問題ないわ」
「お姉さんのワンダが婚約したと聞いたけど」
「ええ、そうなのよ。具体的にはまだ決まっていないけど、今年中には結婚式を挙げる予定と聞いているわ」
「それはお祝いを贈らないといけないかな」
そんな話をしているうちにディナーの用意が整う。
親父殿は機嫌が良さそうだ。
「さて、まずは久々に家族が揃ったことを祝って乾杯と行こうか」
食事中は近況報告など、当たり障りのない話で盛り上がる。
「セーラが連載してる『ダンジョン探検記』だけど、面白いわね。デレクの活躍が少ないような気もするけど」
「婚約者ばかりが活躍するのも問題かなあ、と若干の配慮があって……」
「そういえばクロチルド、本当はゾーイという名前でしたか? 彼女はどうしてるの?」
「聖都のメイド長を任せてるよ。国外から聖王国に来る女性をサポートする仕事もやってて、すごく頼りになる」
「あら。それは初耳ね。機会があればこちらに来てもらって話を聞きたいわね」
「そういえば、ダズベリーからいきなり行方をくらませた件について、まだ直接謝罪してないかなあ」
「そうそう。確かにね」
さて、食事が終わり、ワインなど飲みながら本題。ここからクリスさんにも参加してもらう。
「国王陛下直轄の親衛隊というのが創設されたのはご存知ですか?」
「うむ。話には聞いている」と親父殿が応じる。
「親衛隊は聖都の治安担当ということになっていますから、それぞれの貴族領での活動はあり得ないはずなのですが、ミドマスやランガムに勝手に拠点を作って活動していることを把握しています」
「どういうことだ?」
「国王直轄なのをいいことに、各貴族領で様々な情報を収集したり、場合によっては貴族側の不法行為を捏造するなどの工作を行う可能性があるのではないかと、ラヴレース公爵やエヴァンス伯爵は心配しておられます」
「ふむ」
「さらに、親衛隊の一部だとは思うのですが、海賊勢力と繋がりがあるという情報もあります」
「なんだって?」とクリスさん。
「それは本当か?」と親父殿。
「ええ。複数の証拠があります」
「不穏だな」
「さて、今回急遽こちらに来ましたのは、ダズベリーでも親衛隊が活動しているらしいという情報を得ましたので……」
「あ。もしかしたらあの黒っぽい制服を着た連中か?」とクリスさん。
「多分そうです」
「クリス。何か情報を掴んでいるのか?」と親父殿の表情が厳しい。
「はい。この1ヶ月くらいですが、この辺りでは見慣れない制服を着た数人の男たちが何やらウロウロしているのを確認しています。気をつけてはいますが、現在のところ、具体的に何か犯罪行為をしているわけではありません」
さらに広域公安隊の件も伝える必要があるだろう。
「もうひとつ、ミドマスには『広域公安隊』という組織が拠点を作っていることも確認しています。これは、聖王国の複数の貴族領にまたがるような犯罪を取り締まるのが目的だそうなのですが……」
「何か問題でも? 活動の趣旨自体は真っ当に聞こえるが?」と親父殿が応じる。
「これについてはエヴァンス伯爵にも確認していますが、正式な組織というわけではなく、内務省あたりが勝手に組織を立ち上げて既成事実化を狙っているらしいのです。問題なのは、内務省だけの判断で貴族を取り締まることができてしまうという点です」
「なるほど。気に入らない貴族に『取り締まり』と称して圧力をかけることができてしまうな。確かに問題だ」
「ダズベリーに広域公安隊が入り込んでいるかはまだ分からないのですが、現在、エヴァンス伯爵家、ロックリッジ男爵家と共同で、親衛隊と広域公安隊の動向を監視する体制を立法措置も含めて作って行こうとしている所です」
「なるほど。まだ聖王国としての体制が整っていない以上、その監視体制をダズベリーにも作った方がいいと、そういうことか」
「はい。海賊が絡んでいるとすると、ミドマス、ランガム、ダズベリーは交通の要衝でもあり、今後何か仕掛けてくる可能性が大いにあります」
「うむ。話は分かった。確かに急いで対応すべき事案のようだな。連絡、感謝するぞ」
クリスさんが言う。
「具体的にはどうするんだい?」
「それぞれの都市に監視の拠点を置いて、聖都と連絡が密に取れるような仕組みを構築しつつあります。そのために『以心伝心の耳飾り』という魔道具を活用しています」
「ほう。それは?」
そこで『耳飾り』について説明。
「これはダンジョンに入って『試練』をクリアしてもらうのが本当ですが、実は私とケイはすでにこの耳飾りを持っています」
「ん。ということは、以前にダンジョンに入った時に入手できたのかい?」
「あ、まあ」
クリスさんが具体的な案を考えてくれる。
「じゃあ、ケイはセリーナ様の警護に加えて、聖都との連絡係の役目も担当してもらおうか。連絡だけなら負担が増えることもないだろう?」
「ええ。大丈夫です」とケイ。
「警ら隊と国境守備隊の中から信頼できるものを数名選んで、親衛隊の動きを監視させることにしよう。これはドッツ隊長にも言っておくべきだなあ」
親父殿が言う。
「その、『以心伝心の耳飾り』という魔道具だが、必要に応じて取得は可能なのか?」
「ええ。担当者はダンジョンに入る必要がありますけど」
「ミザヤ峠とザグクリフ峠に、その『耳飾り』の連絡要員を置くことはできんかな?」
「できますね」
「もしそういう体制が作れれば、国境の守りを一層堅固にできると思うのだ。どうだ? そのあたり、協力してくれんか?」
「ええ、もちろんです」
「じゃあ、早速、守備隊のケニーあたりと相談してくれないかな?」とクリスさん。
おっと。明日にはとっとと帰るつもりだったのだがな。
まあ、久しぶりに守備隊に顔を出してみるか。
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