試練に挑戦
最後にオーレリーが戻ってきた。
「あー。しんど」
オーレリーがしんどいなどというのはよっぽどの難敵か。
「どうだった?」
「なんか、闘技場みたいな場所に飛ばされてな。専従のガイドと名乗る半裸の姉ちゃんが出てきて、その姉ちゃんが審判役でミノタウロスと一騎打ちだ」
「げ」
セーラが言う。
「ミノタウロスはフィアニカ・ダンジョンの第5階層のボスだったんじゃないの?」
「そうなんだが、あの時は魔法が使えなかっただろ?」
俺もあの時の状況を思い出す。かなり苦労したな。
「今回は魔法が使えたってこと?」
「そうなんだ。だから、この前デレクにもらった指輪の魔法も使えてな。特に飛行魔法。あれがなかったらちょっとピンチだったと思う。ガイドの姉ちゃんは、あたしが飛行魔法を使ったら焦ってたけどな。これまでにそんなことをしたヤツがいなかったらしい」
そう言って、愉快そうに笑うオーレリー。
「ゲットできたアイテムは?」
「これ。『運命の指輪』だ」
「あら、これはロックリッジ家にもあったわね?」とセーラが思い出す。
人間の力ではどうにもならない状況でも、偶然の巡り合わせで切り抜けることができるらしい。
「なるほど。昔のロックリッジ家の当主か誰かも、この試練を乗り越えて指輪をゲットしたってことかな?」
「でもデレク、辛辣なことを言ってたわよね?」とセーラ。
「え?」
「ほら、強力な魔法だから使いどころが分からないって」
「あ。そうそう。次にやってくる困難が、自分の力だけで乗り越えられるかどうか、実際に終わってみないと分からないって話だ」
オーレリーも笑いながら言う。
「確かにそうだな。些細な事で指輪を使ってしまったらもったいないが、そんなことを考えていたらいつまで経っても使えないな」
しかし、レアなアイテムであることには変わりはない。
さて、次はゾーイに『試練その5』、サスキアに『試練その6』を試してもらおう。2人が「試練を我に!」と詠唱すると、姿が消える。
俺は『試練その7』。
「試練を我に!」
一瞬、周囲が白いモヤに霞んだ、と思ったら脳裏にメッセージが来る。
「システム管理例外。利用できません」
で、元の場所にいる俺。
「あれ?」
セーラが言う。
「デレク、一瞬消えたかと思ったらすぐ元に戻っちゃったわよ?」
「おっかしいなあ」
パラメータの指定を間違えた? それとも『真実の指輪』みたいな1点モノのアイテムで、誰かがもうゲットしてる?
まあ、しょうがないから『試練その8』を試す。
「試練を我に!」
周囲が白いモヤに霞んで、気がつくとガランとした広い、暗い部屋にひとり。
「ん?」
すると、少し離れた所でドアが開く。ドアの向こうは比較的明るい空間のようだが……。
ドアからシースルーのドレスを着た女性が入って来る。……あのー。下着付けてないよね。ちょっと目のやり場に困るんだけど。
女性はツカツカと歩み寄ると俺の前に立って、いきなりキツい口調で話し始める。
「ちょっと! あなたねえ」
「すいませんが、どんな試練ですか、これ?」
一瞬、性格のキツい美女から理不尽な説教を小一時間喰らって心を折られそうになる試練、……かと思って心がざわめいたが、まあそんなことはないよな。
女性は作ったような整った顔立ちで、金髪、ピンクの瞳。……ピンク? 二重まぶたのちょっと眠そうな目がセクシー。
「あなた、魔法の系統がおかしくない? 全種類使えるって何なのよ。違反。違反よ」
「えー? 具体的に何に違反してるんでしょう?」
「あたしが持ってるマニュアルに書いてないんだから違反に決まってるわ」
無茶なことを言い出す女性。
「あのー。ホムンクルスの方ですよね」
「あたしのことはどうでもいいのよ。あ、でもね、言わせてもらえば、あたしにはちゃんとアギラって名前があるのよ」
「あ、はい。名前があって試練の専従の方はホムンクルスの中でも指折りの優秀な方と聞いてます」
「あら。あなた、ちゃんとモノを知ってるようね」
ふふん、とちょっと満足げに笑うアギラ。
「えーと、それで俺はどうしたらいいんでしょう?」
「そうねえ。まあ、あたしの一存で試練に挑戦するのは許可してあげるわ」
「ありがとうございます」
「で、どの系統にしようかしらね。ついこの間、土系統と風系統は試練をクリアした人がいるのよね。だからまだ誰も成功してないのがいいわね」
「はあ」
「といって、フェニックスなんかいきなりゲットされたら困るし」
ん?
「もしかして、『
「あら。あなたどうして知ってるのよ。怪しいわねえ。……あ、もしかして、ウルドに名前を付けた人間ってあなた?」
「あ、はあ」
「そうかあ。魔法システムの管理をしてる人か。それならしょうがないかなあ。えっと、名前は何って言うの?」
「デレク・テッサードです」
「ふーん。デレクか。覚えておいてあげるわ。……ちょっと待ってね」
そう言うと、アギラはさっきのドアの所まで戻って、ドアを半開きにしてあっち側にいる誰かと何やら相談している。
何だろうなあ。試練の舞台裏が丸見えって感じ?
やがて戻ってきたアギラ。ニヤリと笑って言う。
「じゃ、今回の試練はどうなるか分からないけど、せいぜい頑張りなさいね」
アギラは右手を上げてパチンと指を鳴らす。
途端に、俺は見知らぬ邸宅の前にいる。
「は? どこ?」
貴族の邸宅のような立派な外見。季節は春という感じで、エントランス前の花壇や庭木には色とりどりの花が咲いて風にそよいでいる。
明るい日差しの中、のどかな庭の風景を見ていたが何も起こらない。
「これはきっと、邸宅の中へ入れってことだよな」
剣を抜き、そろそろと中へ入る。
すると、奥からメイドの服装の女性が3人現れて、丁寧にお辞儀をする。……は?
「今日はわざわざのお越し、有難うございます」
「……はい」
何だか剣を抜いているのはおかしい感じなので、ゆっくり鞘に収める。
メイドたちはそれぞれ整った顔つきだが、何となく特徴がない。視線をこちらと合わせようとしないのがちょっと不穏。
「こちらへどうぞ。主人がお待ち申し上げております」
は?
メイドに先導されて広い屋敷の中へ。廊下をずっと歩いて行くと、いくつかの部屋のドアは開け放たれており、部屋の中が見える。メイドがトレイにカップを並べたり、お茶の用意をしたり、笑いさざめきがあちこちから聞こえる。
えー? これは一体何?
廊下の突き当たりにある大きな扉をメイドが左右に開くと、そこは大広間で、何やらパーティーの真っ最中である。
華麗な衣装を身に纏った紳士、淑女がそこここで談笑したり、メイドが酒を注いで回ったり、先日のフローラの誕生日のパーティーにもひけを取らない豪華さである。参加者は数十人はいるだろう。
「これは……」
すると、部屋の中ほどにいた立派な体格の男性がにこやかな表情でこちらへ歩み寄って来る。黒いアゴヒゲを蓄えた中年男性である。
「やあやあ、お待ちしておりましたぞ。あなたがこの試練に挑戦なさるとか」
「はあ。これって試練なんですよね?」
「もちろんです。この会場におる皆が、あなたの到着を心待ちにしておったのですよ」
「どういう試練なんですか?」
「おや? 前もってレクチャーを受けておられない?」
「はあ。何も聞いてませんけど」
すると、男性、ちょっと困り顔で「ふむ」とか言いつつ、小首をかしげる。
「簡単に言いますとね、この会場で誰か3人があなたを狙って襲ってきます」
おいおい。
「で、その3人を倒したら試練はクリアですが、ほら、ここはパーティー会場です。周りのお客様方に失礼があってはなりません。そのようなことがあれば、即、失格です。それから、どんな方法でも相手を倒せば良いというものではありません。皆様方に血が流れる様子を見せるようなことがあってはいけません」
「えっと。誰かは分からないけど、3人の刺客が襲って来る。その刺客を倒すに当たっては、ゲストの方々に失礼のないように、そして流血したりしないように、ってことですか?」
「左様で御座います」
……それ、結構な無理ゲーじゃね?
何より客との距離が近すぎる。しかも、酔っ払ってるような怪しい足取りの客もいるし、メイドはトレイを片手に客を避けながら曲芸のように歩き回っているし。
さっきセーラが言ってた、雑踏の中で斬り合うってやつと同じような試練だが、さらに難易度が高い。一番の問題は血を流してはダメ、ってところだ。デモニック・バイトで身体の内部にだけ傷を入れるか? 上手く行くかな?
「質問ですけど、魔法は何を使ってもいいのかな?」
「転移魔法以外なら、結構です」
「障壁魔法、ストレージ魔法でも?」
「結構です」
よしよし。ならば、『もう誰も傷つかない』を起動しておけば、少なくとも俺が流血することはないだろう。……時々息継ぎしないといけないけどな。
「他にご質問は御座いませんか? ……では、スタート!」
男性がそう宣言すると、部屋のコーナーにいた楽団が優雅な音楽を演奏し始める。なんだろうなあ、これ。ここにいる人たちって、人間じゃないよね、きっと。
用心深くあたりに気を配っていると、トレイを持ったメイドが近寄ってくる。
「お飲み物はいかがですか?」
「いえ、結構」
「皆様、楽しんでおられますのに、無粋な態度は失礼に当たりますよ」
……げ。周囲の客もこっちを見ている。
「あ、じゃあオレンジジュース」
メイドは嬉しそうにコップにジュースを注いでくれる。
しまったあ。片手が塞がっちまったよ。
しかも、このジュースをこぼしたりしたら、たちまち失格に違いない。
ジュースを飲むためにちょっとだけ障壁魔法を解除する。ジュースを飲んで、コップの半分くらいに量を減らす。ちなみにジュースは普通に美味かった。あ。毒とか入ってないよね? もう飲んじゃったからしょうがないな。
再び、『もう誰も傷つかない』を起動。
胸の谷間をこれでもかと見せつけるセクシーなドレスの女性が、背の高い男性と腕を組んでこちらに歩いて来る。
そちらに目をやった瞬間!
背後から棒状のもので突かれる感覚。
素早く振り向くと、ナイフで俺を刺そうとしている若い男。ナイフが障壁に遮られて、俺の身体を刺すには至らなかったわけだ。
ナイフを持った腕を掴んでねじり上げ、詠唱。
「シェルター。“敵”を
たちまち消え失せる男。片手がジュースで塞がってるから、「デモニック・バイト」ですら上手く使えないんだよ。やれやれ。
「シェルター。“敵”を
とりあえずは1人。
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