アプサラス

 翌朝。

 ダニエラ、マデリーン、フリージア、ジャスティナ、ズィーヴァ、そして珍しくナタリーとトレーニング。何だか大人数だな。


 このうち、ズィーヴァとナタリーはストレッチと筋トレが中心である。

「ズィーヴァは筋肉が落ちたとか言ってたけど、最近どう?」

「最近、かなり戻って来たと思います」

「それは良かった」

 ジャスティナが言う。

「カリーナも、おっぱいが段々元通りのサイズに近づいていると言ってましたから、確かめてあげて下さい」

「は?」


 全員がこっちを見ている。


「ちょ、ちょっと待て。何で俺が確かめることになってんのさ」

 ジャスティナがしれっと言う。

「いやですねえ、冗談ですよ」

 全然冗談に聞こえないし。ナタリーは意味深に笑ってるし。


 朝食で例によってパンケーキを食う。

 ダニエラはトレーニングの後ですぐ帰ってしまいそうだったので、朝食にも呼ぶ。

 チジーとクロフォード姉妹もやって来た。


 ノイシャがニコニコしながら、何やらジャムを持ってくる。

「これ、レッドピアのジャムです」

「ケシャール地方特産の、真っ赤な梨だな?」

「試行錯誤して、果肉感を少々残しつつ、甘さと酸っぱさを調節しました」

 パンケーキに添えて食べてみる。

「こりゃ美味いな」


 同じケシャール出身のチジーも絶賛である。

「レッドピアって、ただ煮詰めてジャムにすると、甘いけどパンチがないような味になるんですけど、これはいいですね」

「ええ、ちょっとレモンを足すといい感じになることを発見しました」

 ジャスティナも満足そうである。


「ところで、デレク様」とチジー。

「何?」

「諜報部なんですけど、そのまま『諜報部』って名称はあからさま過ぎて、人前でうっかり呼べませんよね。何かいい隠語みたいなのはないですか」

「なるほど。そうだなあ……。アプサラスとかにしない?」

「アプサラス、って何ですか?」

「天女とか神々の踊り子、みたいな意味じゃなかったかと思う」

「ほう……。ただ、聞き慣れない名前なのでちょっと」

「そうすると……。御庭番とかそういうやつか。『園芸部』とかは?」

「ははあ。御庭番って何だか分かりませんが、『園芸部』は案外いいかもしれません」

「裁縫部もあるしな」


 するとディアナから意見。

「あたしはアプサラスって、なんかカッコいいと思いますけど」

「じゃあ、しばらくどっちがしっくりくるか様子を見るか」


「で、昨日のレクチャーを今日はミドマスでお願いしたいんですが」とチジー。

「了解。またチャウラたちに連絡しておくよ」


 ダニエラが、さっきの会話の中の「神々」という言葉に引っかかっている。

「神は何人もいないと思うのですが」

「えーとねえ。古代の人々の中には、唯一の神が世界を作り、その世界を統べていると考える人達もいれば、神々も人間のように家族を持っていたり、代替わりしたり、互いに喧嘩したりすると考える人達もいるんだ」

 『規範文書』には、この世界には神話はない、と書かれているから、そのような複数の神という概念も生まれてこなかったのかもしれない。

 ダニエラはまだ納得行かない様子。

「しかし、世界を最初に創造した神は唯一では?」

「そのあたりもね、世界を作った神と、現在世界を統べている神は違う神だと考える人もいるし、世界は善い神と悪い神が争う場だと考える人もいる。結局どうなってるのかは我々が考えて分かるものじゃないと思うけどね」

「うーん……」

 ダニエラが、結論のない、多分初めて聞くであろう話をすぐに飲み込むのは難しいかもしれない。



 午前中は書斎で雑用を片付ける。

 ナタリーがやってくる。

「裁縫部のここ数日の成果を御覧いただけないでしょうか?」


 え?


「まさかスカート?」

「いえ、は禁止、とデレク様が仰せでしたので、完成はしていますが、着用は控えています」

 ……完成はしてるんだ。へえ。……へえええ。


 あ、いかんいかん。

「じゃあ、成果って?」

「御覧ください」


 カリーナが部屋に入って来る。


 ゴスロリである。


「う・わ・あ」

「通常のメイド服よりも、フリルとリボンを増し増し、レースをふんだんに使い、さらにパニエを着用しています。色合いはご覧のように黒多めで、メイド服ではありませんからエプロンは着用しておりません」

「……すごいな」

「ミシンが大活躍です」

「だろうなあ」


 半ば呆然、半ば陶然としてゴスロリに身を包んだカリーナを見る。


 さらにリズがやって来る。ゴスロリである。銀色の髪が黒いドレスとぴったりマッチ。もはや神々しい。

「リズ、ちょっとそれ……」

 それ以上の言葉が出ない。


「あの、ちょっといいかな」

「いいよ。えいっ」

 そう言ってリズはクルクルクルっと回って見せてくれる。ありがとう。


 ふと、何かが俺にささやきかける。

「もうひとつだけリクエストがあるんだけど」

「何?」

「カリーナをそっとハグして見せてくれる?」


「……こうかな?」

 互いをハグしたリズとカリーナが妖しいゴスロリの衣装のまま見つめ合う。


 ぐはっ。(意識していなかった性癖に迂闊にも打ちのめされる音)


 あー。久々に強烈なヤツを食らっちまったぜ。


 セーラが言う。

「今度のフローラの誕生パーティーはこれを着て行こうかと思うんだ」

「……いいんじゃない?」

「爪は何色にしたらいいのかな?」

「その服なら、黒か深い赤色、かな」


 ナタリーがさらに言う。

「現在、デレク様が仰った『学校の制服』の上下も作成中です」

「げ」

 まさかリズやナタリーが着るの?


「そちらは、子供たちが自分で着用するように、練習も兼ねて作成中です」

「あ。そっか。ドレスよりは簡単そうだもんな」

 納得の一方、ちょっとがっかりした自分がいることも否定できなかったり。



 昼食を食べ終わる頃に、セーラが最新の『シナーキアン』を持ってやって来た。

「連載の第4回目よ」

「前回の俺の登場シーン、案外あっけなかった気がするんだけど」

「だってデレクの魔法を詳細に描写できないじゃん」

「そりゃあそうだけど……」

「あと、『以心伝心の耳飾り』なんかの『試練』については記述しないであるわ」

「それは有り難い」


「それはそうと、なんか、ノイシャが妙に機嫌がいいように見えるけど?」

「……レッドピアのジャムがうまく出来たからじゃない?」と平静を装う俺。

「レッドピア?」

「ケシャール地方の特産の真っ赤な梨だよ。お茶の時間にでも確かめたらいいよ」



 午後はチャウラとガネッサを連れて、ミドマスへ。

 ミドマスはどこに海賊がいるか分からないので、2人には顔をバンダナとマフラーで隠してもらう。


 ミドマスの諜報部の本拠は、レイモンド商会が入っている建物の2階にあった。

 メンバーはプリシラ、レイナ、ロックリッジ家のサンディ。それに加えて、おれは初対面なのだが、リリベットという女性。賭けレスリングで働かされていたと言ってたな。リリベットはかなり大柄で、首の太さがまさにレスラーといった感じ。

 ちょっと失礼して。


 リリベット クイグリー ♀ 22 正常

 Level=0


 個人IDを取得しておかないと、指輪やイヤーカフが作れないからな。


 チャウラたちがミーティングをしている間、俺は親衛隊だか警ら隊だかの、問題の拠点を教えてもらって偵察に行ってみる。


 その拠点とやらは、商店街の外れの貸店舗に入っていた。作りは喫茶店か理容室って感じなのだが、中にごっつい制服姿の男が何人もいるのは、何か違和感。


 休憩というかサボりというか、隊員らしい男がひとり外へ出てきて、物陰に座り込んでコーヒーなんかを飲んでいる。ちょっと話を聞いてみるか。

 『聞き出し上手』を起動。


「すいません、ここに昔、喫茶店があったと思うんですけど、なくなっちゃったんですか」

「えーとねえ、前に何の店だったのかは、ちょっと分からないよ」

「お兄さん、親衛隊の人ですか?」

「いや、俺は元々、聖都の警ら隊」


「聖都の人が、何でこんな地方に来てるんです?」

「ん? 国王陛下の命令で、内務省に作られた組織だって聞かされてるけどね。正式な名称は広域公安隊って言うんだけど」


 広域公安隊?


「広域公安隊って、仕事は何ですか?」

「貴族領をまたがった犯罪の捜査や検挙だよ」

 これは前に聞いた情報とも一致している。狙いとしてはアメリカのFBI的な奴に相当するようだ。


「今は何を捜査してるんですか?」

「詳しくは言えないけどさ、ロックリッジ家の身辺調査だな」

 げげ。


「ロックリッジ家は領民にも評判がいいと聞いてますから、悪いことはしてないんじゃないですか?」

「そうみたいだな。でも上からの命令だからさ」

 なるほどねえ。


「ところで、親衛隊みたいな人たちもこの辺りで見かけるんですけど、どうしてだか知ってますか?」

「確かにウロウロしてるねえ。でも、俺らとは関係ないし、何をしてるのか分からんなあ。ちょっと印象悪いよね、あいつら」

「そのコーヒー、おいしいですか?」

 ここで『聞き出し上手』はキャンセル。

「うん。そこの角にあるスタンドで売ってるぜ。結構濃い目で、俺は好きなんだ」

「どうも有難うございます」

「どういたしまして」


 なんだ。普通に警ら隊のナイスガイだったじゃないか。


 しかし、広域公安隊って何だ?


 ついでに、教えられたスタンドに行ってみると、練炭を使って湯を沸かし、戸外でコーヒーの販売をしているようだった。なるほど、これなら店を構えなくても商売になる。練炭の使い道として面白いな。


 『園芸部アプサラス』こと諜報部の拠点に戻って、今見聞きしてきたことを伝える。

「広域公安隊、ですか?」

「親衛隊はまた別にウロウロしてるんですね」

「しかし、ちょっと行って帰ってきただけで、よくそんなことまで分かりますね?」とサンディが訝しむ。


「うん、それはちょっとした魔法なんだよ。近日中に魔法の指輪とイヤーカフを作ってメンバーには配布するから、使い方もその時に教えるよ」

「うわ。それは楽しみ」とプリシラ。


「しかし、ロックリッジ家の身辺調査って。やましい部分がなければ問題はないわけですけど」とサンディ。

「その通りなんだけど、ほら、内務省って評判悪いでしょ?」

「確かに。あることないことでっち上げられたら大変ですね」


 ミドマスの諜報部では、当面はその広域公安隊の活動内容と、親衛隊が何をしようとしているかという情報の収集を目標とすることとした。

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