張り込み

 俺がベッドでまどろんでいると、オーレリーがイヤーカフで呼んでいる。

「これからダンジョンへ向かう。ダンジョン内とは会話ができないんだって?」

「ああ。気をつけて行って来いよ」

「ふふふ。凄い成果を持って帰って来るつもりだ」

「期待してるよ」


 またしばらくして朝食を食べていると、今度はジャスティナからも連絡。

「今、ダンジョンの入口です。なんか普通の洞窟みたいですけど、ドキドキしますね」

「オーレリーの言う事をよく聞けよ」

「行ってきます!」

 ……遠足に行く小学生と親の会話みたいだな。


 今夜、ネリーさんが襲われるかもしれない。

 襲ってくる時間も、相手が何人で来るかも分からないので、俺とアミーに加えてもう1人、ノイシャにも参加してもらうことにしよう。

 ノイシャに伝えると、ずいぶん張り切っている。

「了解です!」


 さて、暗くなるまでは動かずに待つか。

 行政官のシェーナとダガーヴェイルの開発に関して相談したり、チジーから穀物の買い付けについて報告を受けたり。


 昼になってセーラがやってくる。

「今日あたり、ダンジョンに入ってる予定だったかしら?」

「そうそう。朝、これから行くって連絡があった」

「出てきたって連絡はまだないわけ?」

「あ、そういえばそうだな。ジャスティナの最後の連絡があってから、もう2時間以上は経過してるね」

「順調ってことかな?」

「多分ね」


 ヘレン、ヒルダたちがやって来てセーラが原稿の執筆作業に入って、しばらくしてからイヤーカフに連絡がある。


「今、全員が戻ってきたところだ」とオーレリー。

「何階層まで行けた?」

「7階層まであるらしいんだが、5階層目で例の馬人間が出てきてなあ」

 ああ、ケンタウロスか。

「この前は『透明人間』で倒せたんだが、今回は倒す手段がなくて……」

「『耳飾りの試練』はどうした?」

「2組とも首尾よくゲットできてるぞ」

「お、それは上出来だな。今日はゆっくり休んで、ぼちぼち帰ってきてよ」

「うむ。今日は美味い酒が飲めそうだな。ふふふ」


 オーレリーの機嫌もいいし、『耳飾り』もゲットできたようで良かった。


 ジャスティナから連絡。

「ダンジョンから帰ってきました」

「お疲れ様。5階層まで行ったと聞いたけど……」

「ええ、あたしとオーレリーさんで5階層目まで行ったんですけどね」

 それは珍しい組み合わせだな。

「ケンタウロスが出たと聞いてるが?」

「そうなんすよぉ。攻撃も届かないし、でっかい矢をバンバン射掛けてくるし。おまけにダンジョンの中では『バリアドーム』が使えないんです」

「なるほど」

「でも、アイテムも金貨もゲットできましたし、初ダンジョンとしては満足です」

「そりゃよかったな」


 ふと気になる。結局、ケンタウロスを倒すにはどうするのが正解なんだろう?

「ホットライン、ウルド」

「あら。デレクじゃない」

「ジャスティナがダンジョンに行って、ケンタウロスにやられて帰ってきたというんだけど、ケンタウロスってどうやって倒すことが想定されてるんだ?」

「ケンタウロスかあ。遠くから狙ってくるから強敵よね」

「うん」

「あれはね、風上から草原に火を放つのよ」

「あ! なるほど」

「火で追い詰めることもできるし、隠れる藪がなくなったら攻撃の様子も丸見えでしょ?」

「そっか。次に遭遇したらそれでやってみるか」

「ただね、風向きが変わると自分たちが煙にまかれて死んじゃうから気をつけてね」

「ダメじゃん」


 今日はリズのところに絵の教師のフェオドラが来ている。

 なんだか平和な午後である。


 さて、夕方。

 まだ明るいが、アミー、ノイシャと一緒にウマルヤードの下町に転移。

「わざわざ名乗る必要もないが、俺を呼ぶ時はハーロックと呼んで欲しい。例によって顔はバンダナで隠しておこう」

「うへ。なんか雑然とした街並みですねえ」とノイシャ。

「多分、内乱の影響で街の中心部から逃げてきた人が多いんだと思うよ」


 先日の年齢不詳の姐さんがまたやって来る。何だろな、この辺をパトロールでもしてるのか?

「あれれ。この前の兄さんたちじゃないか」

「イベックの件は片付いたのかね?」

「ああ。もうその日のうちに共同墓地に埋められちまって、もうイベックなんてヤツはいなかったも同然だね」

「ネリーさんは可哀想なことだったなあ」

「でも、あたしが思うにね、下らない男と縁が切れて良かったんじゃないかね?」

 なんか、1回会っただけなのに馴れ馴れしいな。


「実はさあ、イベックのことを嗅ぎ回ってるヤツが、あんたの他にもいるんだけど、知りたい?」

「あ、知りたいねえ。……アミー、ちょっとを試してよ」

「はいはい」

 アミーが耳の後ろをさりげなく撫でるジェスチャー。『聞き出し上手』を起動。


「で、どんなヤツが来たって?」

「昨日なんだけど、キツい目つきの背が低い男でね、イベックってヤツがこのあたりにいるだろう、どこに住んでる、って言うから、刺されて死んじまったよ、って言ってやったわけさ」

「うんうん」

「するとね、本当のことを言わないとためにならねえぞ、みたいなことを言って脅かすから、信用できないんなら警ら隊の詰め所で聞いてみなよ、って言ったら一応は信じたみたい」

「何をしに来たんだろう?」

「あたしもね、あんたイベックに何か用事? って言ったら、死んだんならもう用はないが、女と暮らしていただろう、とか言い出すわけよ」

「ほう」

「ネリーさんと暮らしてたのは知ってたらしいんだけど、えっとねえ、ガネッサだったかな? そういう女もいるんじゃないか、とか言うんだけど、甲斐性なしのイベックがそんなに何人も女と関わっているわけはないさ、とあたしは言ってやったわけ」

 相変わらず、ガネッサの行方も探しているらしいな。そしてイベックの評価が低い。


「それだけ?」

「ネリーさんのアパートの部屋を教えてやったら、訪ねていくわけでもなく、このあたりをうろうろした挙げ句、帰っていったわね。何だろうね」

 下見だな。


「で、ネリーさんはどうしてる?」

「川沿いの定食屋で働いてるから、帰って来るのは夜遅くだね」

「定食屋の名前は?」

「えっとねえ、『ドカ盛り一番』だったかな」

 あー。客層が想像できるネーミングだね。ノイシャも苦笑している。


 すると姐さん、追加情報も教えてくれる。

「ネリーさん、本当は腕のいいパティシエなんだよ。でもほら、街の商店街があんな状態でね。ここにしばらく避難してるんだよ」

「そうなんだ。それは大変だったねえ。……いや、ありがとう。これはお礼だ」

 そう言って、今日は銀貨を1枚、握らせてやると、姐さん、ニヤーッと笑って、すすすすっと路地に消えていく。……妖怪かな?


「さて、これはもう絶対に襲ってきそうだな」

「その『ドカ盛り一番』からの帰り道を、こっそり護衛という感じですか」

「それが良さそうだな」


 まず、川沿いのその定食屋を見つける。店員に終わりの時間を聞くが、用意した料理がなくなったら閉店で、決まった時間があるわけではないという。なるほどね。店の中をチラッと見てみるが、夕方の時間帯だけあって混雑しており、誰がネリーさんなのかは分からない。


「まだ数時間はあるだろうし、俺達もどこかで食事しておくか」

「いいですね」「賛成です」

 ……とはいうものの、周囲には洒落たレストランなどは見当たらない。女の子連れで『ドカ盛り一番』など論外であろう。

 で、久しぶりにミドマスに転移。レストラン「タフロスの銛」で海鮮料理を堪能。


 食事をして、さらに追加のデザートなどを頼み、俺はネコと感覚共有して『ドカ盛り一番』のあたりを見張ることにする。


「こんな張り込みならいつでもオッケーですよ」とノイシャ。

「プリン、追加していいですか」とアミー。

「あんまり食いすぎると身体が動かないぞ」

「人間の身体には『別腹』ってヤツがあるんですよ」


 知らない人が見たら、はしゃいでデザートを食いまくる女の子たちと、疲れて居眠りをする男1人といった構図かな?


 やがて、定食屋から客がぞろぞろと出てくるのが見える。

「おっと。出動だ」


 定食屋のそばに転移。

 今日は西の空に月がぼんやりとかかっている程度。真っ暗ではないがかなり暗い。


 ノイシャとアミーにはネリーさんの自宅のそばまで先回りしてもらうことにしよう。


「これ、かけると夜目がきく魔道具」と説明して『ナイトスコープ』をアミーに渡す。

 さっそくメガネをかけるアミー。案外似合っている。

「おー、いい感じじゃん」

「へえ、回りが明るく見えますね」

 一方、メガネというもの自体を見慣れないノイシャからは案外不評。

「なんだかそこだけプチ仮面舞踏会みたいですよ?」


 店の明かりが消え始め、店員も出てきて戸締まりをしている。

 店員たちの中に、ネリーさんを発見。暗くて顔まではよく分からないが、『ステータス・パネル』で確認。


 イヤーカフにアミーから連絡。

「アパートの近くの物陰に、怪しい男2人が潜んでいます」

 きっと数時間は待っているのだろう。寒いのにご苦労なことである。

「了解。こちらは店を出たところだ」


 やがてネリーさんがアパートの前まで来ると、付近の物陰から男たちが立ち上がる。

 ドアを開けて部屋に入ろうとすると、男たちが物音もたてずに背後に素早く回り込む。


「やめろ! お前ら何してる!」とでかい声でどなる。


 不意を突かれて慌てる男たち。

「きゃー!」

 自分の背後に怪しい男がいることに気づいて悲鳴を上げるネリーさん。


 男のうちの1人がナイフを取り出す。ネリーさんを刺そうとするが、闇系統の魔法『ダーク・パラライズ』で動きを阻害する。

 その間に、男に素早く近づいていたノイシャがナイフを叩き落とし、アミーがネリーさんを抱え込んで保護する。もう一方の男は何か魔法の詠唱をしかけたが、近所の住人が出てきたのに気づいて止めたようだ。

「くそっ! 失敗だ、引き上げるぞ」


 男2人は脱兎のように、というよりイノシシのように走って逃げていく。

 イヤーカフでこっそりアミーに伝える。

「付かず離れず後を付けて、拠点を調べてくれ」

「了解」


 相手は暗闇に紛れて逃げおおせると思っているだろうが、アミーは音もなく空を飛ぶことができるし、あの『ナイトスコープ』をかけていたらかなり遠くまで見通せる。むしろこんな暗い夜の方が追跡は容易だろう。


 突然襲われて動揺しているネリーさん。

「押し込み強盗でしょうかねえ、ひどい連中でしたねえ」などといいつつ、ノイシャと一緒に部屋の中へ。


 室内で明かりを灯したら、……あれ?

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