第25話 異世界

「だとしたら…、

 この前、俺たちは所沢駅前で処刑されただろ?あの一件をきっかけに俺たちは異世界にでも飛ばされたのかな?」


「かもしれん」


 俺の一言の後、西松の顔色は見る見るうちに蒼ざめていく。


「この前も言ったけど、俺たち本当は死んでるんじゃないのか?」


 西松は消え入りそうな声で呟いた。


「それは考えられない。死んだ奴らばかりが存在しているのなら、それもわかるが、死んでいない奴らも存在している」


「それは?」


 西松は希望を見出したかのような眼差しを投げ掛けてきた。


「パリスだ。

 パリスは処刑されていない。昨日、奴に電話したが、あれは間違いなくパリス。相変わらずのパリスだ。

 そして何よりもキズナの野郎だ。奴は処刑の一件とは関係ないし、しかも前より調子に乗っていやがる」


「パリスとキズナか…」


 と西松は言ったが、まだどこか納得していない様子にも見える。

 それならば…、


「もう一回、殴ってやろうか?その痛みで生への実感が湧いてくるはずだ。

 前よりもキツい一発を味わってみろよ」


 そこで俺は流し目加減の眼差しを西松へ送り、


「話はそれからだ…」


「それは充分だ」


 俺の決め台詞へ西松は被せるように即答しやがった。

 決め台詞の後には余韻が必要だと言うのに、西松は野暮な野郎だ。

 それと、もう一回殴りたかったのに…、畜生…

 まぁ、いいだろう。


「それは一旦置いておくとして、次はどうするか、だな」


 俺のその一言の後、西松は沈黙した。

 西松は湯の入ったカップを片手に、物思いに耽っているような表情をしている。


「俺たちは失われた過去の記憶の手掛かりを探しているはずだ。

 しかし記憶の手掛かりどころか、謎が深まる一方だ。有ったはずのものが無かったり、無かったものがあったり、知らぬ間に人や物事が変わってしまった。わけがわからない」


「だよね。俺もわけがわからないよ」


 西松の一言以降、沈黙が流れる。



「俺たちの記憶の手掛かりを探すのはもちろんだけど、俺たちが処刑される前と今、この世界の違いを確かめてみないか?

 違いを知れば…、何か掴めるといいんだけど」


 沈黙を破ったのは西松であった。


「雲を掴むような話だな…

 だが、そうしてみよう。

 まずは大学へ行ってみないか?パリスが言うには、青梅財団はただの学校法人へ変わっていたと言っていたよな」


「そうか!入間川高校が元の場所に戻っていたのは、それと関係があるかもね!」


 西松はそう言いながら、細い目を輝かせた。


「それだ。

 これはペヤングと会う必要があるな」


 ペヤング…、ここではカップ焼きそばではなく、狭山ヶ丘国際大学の理事長の孫だか娘に付けられた異名。

 そして、そいつが俺たちを処刑した張本人だ。

 俺の中にペヤングへの怒りが湧いてくる。それは西松も同様のようだ。下手くそな木彫りの彫刻のような顔から怒りが滲み出ていた。



 その後、西松は一回、家へ戻って着替えてたいと言い出し、狭山ヶ丘国際大学へ行くのは明日にしよう、ということで帰宅の途に着いた。

 俺も家へ帰ろうしたのだが、俺はここである事を思い出したのだ。

 それによって俺は帰路へ着く気が失せ、所沢駅付近の街中を彷徨っている。


 そのある事とは、所沢駅前で処刑される前に思い出した、父親の事だ。

 記憶を遡ると、父との一番古い記憶に、父や弟とコマで遊んだものがあるのだが、その時の父が今とは全く違う別人のようなのだ。

 父である烈堂は白髪の角刈り、鬼瓦のような人相であるのに対し、一番古い記憶の中の父は、昭和の二枚目俳優のような色男。

 ベージュのトレンチコートを華麗に着こなし、これまた昭和の刑事ドラマに出てきそうな雰囲気なのだ。

 烈堂とは全く方向性が違う。

 俺は確かに並外れた肥満だ。身長165センチ、体重は170キロあってもおかしくない、醜い男だ。

 しかしだな、俺の人としての方向性は烈堂とは全く違い、一番古い記憶の父の方が近い。


 そのことからして、烈堂は俺の本当の父親ではなく、昭和の二枚目俳優系の男こそ、本当の父親だと思っている。

 それなのになぁ、俺はついさっきまで、こんな大事な事まで忘れていたのだ。

 俺はどうかしている。

 しかし、それ以上にこの世界はどうかしている。



「なんだ君は!失礼じゃないか!」


 突然の怒号に俺は思わず立ち止まる。

 俺は目的もないまま歩き続け、所沢駅周辺の商店などが建ち並ぶエリアから、少し離れた辺りに来ていた。

 怒号が聞こえてきた方へ視線を送る。

 この突然の騒ぎは所沢プロペ通り商店街のゲート下付近で起き、その騒ぎを聞きつけた奴らが集まりつつあった。


 その渦中に怒号の主がいた。

 俺はその主のことを知っている。

 そいつは同じ狭山ヶ丘国際大学の学生だ。

 大学内でもその容姿から異彩を放っているのだが、その異彩っぷりがこの商店街の中では一層、顕著に表れている。

 いや、異彩というよりも異様が相応しい…


 全身、赤のコーディネイトに身を包む男。

 通称、“奴”だ。

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