22 「私が変わったのは、あなたがいてくれたからです」
「演劇、カッコいいですね」
佳乃の演技を見て、思ったことをポロッとこぼす。すると──
「そうだろう。そうでしょう。体験希望かな? 体験希望なんだよね!」
どこからともなく駆け込んできた菜緒。彼女は、映画監督が持っていそうなプラスチックのメガホンを手に持っている。
「え、えぇと」
(きょ、距離が近い……)
陽斗が一歩後ずさると、菜緒は一歩進む。一歩逃げると、一歩詰める。
キラキラと期待の眼差しを向けられ、陽斗はたじろいだ。
「菜緒。後輩が困っているよ」
「え? あぁ、ごめんなさい」
いつのまにか二人は仲良くなっていたようで、茜は部長のことを名前呼びしていた。
やはり部長という同じ立場だからこそ、意気投合するようなことがあるのかもしれない。
茜に言われて、菜緒は自分のしていることに気がついたのか、バツの悪そうに視線を外す。
「ごめんなさい。新入部員が少なくて、大変って話は知っているよね? だから、演劇に興味を持った人は必ず、囲わないとって」
「勧誘とかじゃなくて、囲うのですね……」
「もちろん、本人の意思は尊重するよ。ただ、ちょっと強めの勧誘をするかもなだけで」
囲うから、新入部員が少なくなったのか。それとも、新入部員が少なかったから、囲わなければいけなかったのか。
(卵が先か鶏が先か見たいな話だな……)
後者だとしたら同情を覚える。
「それで、演劇に興味はあるんだよね?」
「ないわけではないんですけど。俺は、多分向かないので」
「どうだろう? やってみなきゃわからないよね!」
「え?」
はにかんだ笑顔を見せて、菜緒は陽斗の手を強く引く。
「力つよ!」
「鍛えてるからね」
そのまま抵抗虚しく、陽斗は演劇部の面々の元へ連れて行かれた。
「何というか、災難だな」
「頑張ってねー。陽斗くーん」
見送る二人に助けを求めても無駄だった。
♢♢♢
「それは大変でしたね……」
帰り道で何故かたまたまバッタリ会った琴音。彼女は制服のままで、通学用のカバンをもそのまま。家に帰った様子もない。琴音は今日「用事がありますから」と言って、部活を休んだので、それ済ましてきたのだろうか。
そんな琴音に、無理やり演劇部の練習にさせられたことの愚痴を吐露する。
「ほんとに、まじで恥ずかしかったって……」
そこまで目立つことが好きではない陽斗にとって、演劇は興味はあってもやりたいことではなかった。
「なんだかんだ言って、真面目に練習している光景が浮かびますけどね」
「そりゃあ、頑張りはしましたけども」
不真面目な方がかっこいいとか、やる気がない方がかっこいい。などという理論を陽斗は持ち合わせていない。それどころか、陽斗の信条は「やる時はやる」である。
やらなくてもいい時は、ことなかれ主義である陽斗も、やると決まったことについては本気で取り組もうとするのだ。
「新しいことをするのは、嫌いじゃない。むしろ、好きだからな」
「昔っからそうですよね。好奇心旺盛というか、なんというか。一ノ瀬くんはやっぱり、やっぱりから変わりません」
「そう言う結城は、ずいぶんと変わったよな」
「そうですね。変わらないといけませんでしたから」
変わったと言っても、琴音は否定しない。それどころか肯定して見せた。
自覚しているんだ。変わったことを。
「その、変わった原因というのは?」
聞いてもいいことなのかはわからなかったが、それでも聞きたかったし、知りたかった。
奥手で、人見知りだった琴音が、女神様と呼ばれるほどになった理由を。
「原因、ですか……」
「いや、言いたくなかったらいい。俺たちは、恋人ってわけでもないんだ。他人に言いたくない秘密なんて、いくらでもある」
彼女いない歴=年齢の陽斗にとって、恋人の間に隠し事が存在しているのかはわからないがのだが。
「人に言えない秘密というわけでは、ありませんが少し恥ずかしいですよね」
「まぁ、恥ずかしいよな。自分の過去を語るのって」
陽斗も自分の過去を語れと言われたなら、こっぱずかしさが拭えないだろう。
「いえ、そういうわけじゃないんです」
「なら、どういうわけで?」
陽斗がそう聞くと、琴音は少し悩むそぶりを見せる。
「……本人の前でそれを言うのは、なんとも恥ずかしいですね」
「本人?」
訳も分からず、キョトンとしていると琴音はそんな陽斗を見かねてか、言葉を続ける。
「私が変わったのは、あなたがいてくれたからです」
くるりと半回転して陽斗の前に琴音は立つ。柔らかな髪が慣性で揺れて、心地の良い香りが陽斗の鼻腔をくすぐる。そして、琴音はちょっとだけ前かがみになって上目遣いで、はにかんで見せた。
計算し尽くされたその表情と仕草。不意を突かれ、陽斗は固まる。
(俺が、いたから?)
意味不明な言葉も相まって、陽斗の思考はフリーズしていた。
「じゃあ、私こっちですので!」
そう言って、すぐさま踵を返して、琴音は走っていってしまった。
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