聡明な婚約者に甘い誤魔化しは通用しない
「殿下。逃げ出したくなるほどの問題が生じてしまったのですね?」
令嬢に問われた男は、すぐには返答しなかった。
王族らしい微笑を讃え誤魔化そうと試みるも、令嬢が「殿下」とほんの少しだけ声を低くしてもう一度呼んだとき、男は即座に観念した。
無言を貫いたり、話を変えたりとこの場を誤魔化したところで、そう遅くないうちにこの令嬢は自身で答えに辿り着くことだろう。
それならば、他の者から誤った情報を耳にする憂いを払うためにも、この場で自分で説明をしておいた方が男としては良いのである。
その方が令嬢にとっても安全であった。
と、そこまで考えられるのに。
一時は無駄な抵抗をしてしまうところ、これもまた小心な男らしい。
「西の辺境伯家の動きがきな臭くてね」
令嬢は斯様な刺激的な言葉を受けても、微笑みを崩すことなく小さく頷いた。
国境を有する領地を守る辺境伯家。
国防の要でもあるその土地を任せた貴族らを、長く続く王家への忠誠心それだけで信用するほどに王家は愚かではない。
各辺境伯家には、王家の密偵となる者たちが数多く棲み着いている。
だが彼ら自身が辺境伯家側に寝返ることもあるだろう。
辺境伯家とて彼らの存在に気付いているだろうし、あえて偽りの情報を彼らに流して泳がせるようなことがあるかもしれない。
今は戦時中ではないとしても、国防に心配は尽きないものである。
むしろ戦時中でないからこそ、問題など起きるはずはないという王家側の慢心を想定し、良からぬことを企む者も出て来るというもの。
辺境伯家が国を裏切ったときの対策は二重三重にもしてあるが、それでも最悪はその辺境伯領を完全に失うこととなり、国土は縮小される。
それは内乱に続くものであって、国内の混乱に乗じ、どこの国が弱ったこの国を狙ってくるかは分からない。
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