リポップ
間もなく中層、というエサに食いついた視聴者たちが踏破時間で盛り上がりはじめた。さらに飛び出してきた『階層ボス』というワードを拾って、ドロップアイテムの話から距離を取っていくことにする。
「おお、階層ボス! 実は俺、まだ戦ったことないんですよね」
〇本当に初見なんだな
〇初見でRTAとかよくよく考えたらマジキチ
〇普通はRTAって行きなれたルートの最速記録を競うもんよな
〇初見のゲームでRTAとかされてもダルいやつ
〇誰だ、こんな企画考えたヤツは
〇たしかに
お、いいぞ。もっと言ってやれ。
音無さんに『配信者とは挑戦者だ』とか『これくらいのことは誰でもやってる』とか言ってたからそんなものかと承諾したんだけど、やっぱり普通じゃなかった。
口車に乗せられた自分もどうなんだ、と思わなくもないが。
〇でもまあ、ジャガーゴイルを倒せるなら問題ないだろ
〇実際、中層の入り口まで全く問題なく来れてるし
〇それどころか最速記録(たぶん)を叩きだしてる
〇たしかに
〇誰が、こんな神企画考えたヤツは
〇ちな、お稲荷さまはどんなボスが出てくるか知ってるの?
「まあ、それは流石に予習してきたっす」
〇そりゃそうだろ
〇まとめサイトなり動画配信なり見れば載ってるしな
〇むしろ下調べせずにダンジョンに潜るヤツの方がヤバいから
〇いやでも、お稲荷さまならワンちゃんあるからな
〇その気持ちはわからなくもない
運営ディスは期待していたよりもすぐに収束してしまった。
しかもそのまま、なぜか俺をいじる方にコメント欄の動きがシフトしていった。
話題がコロコロと変わっていく。
このままいじられキャラとして配信者デビューを飾るのは本意ではない。
俺は彼らのいじりを一蹴すべく、予め調べておいた――正確には音無さんに教えてもらった――情報を自信満々に披露してやった。
「もしかして俺、バカにされてんすか? ちゃんと調べたって言ってんじゃないすか。上層のボスは一つ目の巨人、サイクロプスっすよね」
〇出たwwww
〇よくあるミスwwww
〇予習して間違うヤツとかおるんか
〇さすがはお稲荷さま
〇期待を裏切らない
〇誰か答えを教えて差し上げろ
〇サイ『コロ』プスな
〇顔がサイコロになっているデカいやつ
〇サイクロプスは単眼の巨人なのに、サイコロの目によっては最大六眼っていう
なんという失態。
めっちゃドヤ顔で『上層のボスは一つ目の巨人、サイクロプスっすよね』って言い切った反動がスゴい。恥ずかしさで顔がアッツアツだ。
お面で顔が隠れていて助かった。もし配信で流れていたら、と考えると顔の温度がより一層高くなっていく。
まさか『サイクロプス』じゃなくて『サイコロプス』だったとは。
文字ではなく、口頭で教えて貰っただけから完全に勘違いしていた。
むしろ、音無さんちょっと発音が変じゃないか……とか思ってた。
多分だけど、あの
今ごろ画面の向こう側で、音無さんは爆笑しているんじゃないだろうか。
憎らしいし、悔しい。ぐぬぬぬぬ。
いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
名前を間違ったことなんて大したことではない、というスタンスで話を続けよう。
「なんかダンジョンのモンスターって、ダジャレみたいな名前のやつが多いんすよね」
〇それな
〇アイテムの名前と並んで、ダンジョン七不思議のひとつ
〇誰のセンスか知らんけど、名付け親は多分オッサン
〇お稲荷さまは華麗に話を逸らした
〇しぃーーーーーっ!
〇きっと顔真っ赤だから
〇触れないでやるのも優しさよ
〇ところで、そのサイコロはどこにいるのか
コメントを読みながら、俺は周囲を警戒する。
もう中層への入り口が目の前だというのに、一向にサイコロプスの姿が見えない。
念のために、天井に張り付いてないかとか、物陰に潜んでるんじゃないかとか、索敵をしながら進んでいるのだけど、他のモンスターの気配すら感じない。
「いや、本当それ。このままだと中層に着いちゃうんすけど。見落としってことはないっすよね、サイコロプスって巨人のハズだし……」
〇それはないから安心しろ
〇でも、マジでサイコロいないな
〇可能性があるとしたら、直前に誰かが倒しちゃったとか
〇あーね。リポップ前だったか
〇なにそれバカヅキじゃん
リポップとは倒されたモンスターが再出現することだ。
いかにダンジョンとはいえ、モンスターを狩り続ければ一時的に数が減少する。
しかし彼らは絶滅することはなく、再び数を増やすのに交配も必要としない。
ただそこにポンッと生まれ出てくるだけなのだ。
「えっと、つまり……ちょっと前に誰かがサイコロプスを倒して中層に行っちゃって、復活する前のタイミングに俺が来ちゃったってことすか。え? これってPTA的には有りなんですかね?」
〇RTAな
〇親と先生にお伺い立てようとしてて草
〇さすがにわざとだよね?
〇本気だとしたら無知すぎるし、ボケだとしたらつまらないんだが
そうだ。RTA。リアルタイムアタックだった。
本気で間違ったんだけど、それはそれで『無知すぎる』と書かれてしまって、返す言葉もない。
言葉がノドに引っかかってしまって、口から出てこない。
どうしたものかと思っていたところに、ふと、人の気配を感じた。
「……誰かいる?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます