序幕 ある王の終わりとある艦の始まり

 或る国の中心部にあった、巨大な城。そこは今、夜空を照らすかの様に燃え盛っていた。


莫迦ばか、な…この私が、貴様ら劣等種族に負けるなど…」


 広大な玉座の間にて、一人の大男は呻く様に呟き、地に片手を付ける。もう片手は腹部の傷を押さえており、そこから漏れる紫色の血が床を濡らす。対する白髪の青年は、体液で紫色に染まった長剣の刃を振りながら言う。


「魔王…アンタは余りにも俺達を無礼なめ過ぎた。アンタらが自分の強大な能力でふんぞり返っていた頃、俺達は差を詰めるために、様々な努力をしてきたんだ。それに俺達の率いる軍も、魔王軍と戦うべく入念な準備を進めてきた。侮ったツケ、という奴だ」


 青年はそう言いながら、再び剣を振う。魔王は掌に炎を現出させて攻撃しようとするが、直後に破裂音が響き、炎は消し飛ぶ。長剣は魔王の喉元を捉え、一閃の後に首が舞う。


「…これで、終わったな。さて、軍は…」


 青年はそう呟きながら振り返り、そして何人かが姿を消しているのに気付く。そして白いローブを身に纏った少女が話しかける。


「勇者様、『兵』の何人かが姿を晦ました様です。探しましょうか?」


「フム…始末するつもりだったが、その機を逃してしまったな。だがこちらも十分に戦力を整えている。数人程度で反逆を試みようとしても、容易く返り討ちに出来るだろう。奴らが俺に刃を突き立ててくるその日まで捨て置け」


 勇者と呼ばれた青年は、傍に仕える戦士達へ指示を出す。そして燃え盛る城より遠く離れた地に、数人の男女の姿。


「…ヤスオは始末したか」


 白い服を身に纏う青年の問いに対し、銀色の鎧を纏う女性は、片手で布にくるまれた赤子を抱えながら頷く。


「どのみち彼は、私達の命と引き換えに、勇者に助命を申し立てるつもりだった。私達は魔王軍と戦うためだけに使い潰される…そんな身勝手の果てに死ぬつもりなんて、更々無いわ」


「…そうだな。それに事前の『偵察』にて、彼…魔王と契約も結んだ。魔王は死ぬ前に、彼女と…世界全体に対する『呪い』を遺した。我らはその呪いの行き着く先を見届けなければならない」


 青年はそう呟きながら、城の方に目を向ける。


「だが…このまま立ち去るのも口惜しい。魔王からもらった魔法具と呪文を用い、彼らに呪いを仕掛けてやろう。この戦いの先に何が待ち受ける事となるのか、我らの身に受けた『呪い』を『祝福』に見せかけて刻み込んでやろう」


 青年はそう言って、『儀式』を始める。それから10分ほどが経ち、『儀式』を終えた彼らは、人知れず森の奥へと姿を消していく。


 こうしてこの日、世界を苦しめていた存在である魔王は滅び、平和が取り戻された。人々はその生活範囲を外へ広げていき、新たな繁栄の時を迎えた。そうして時は500年も流れ、世界の発展は留まるところを知らなかった。


 そして、一つの世界の歴史が進んでいた頃。もう一つの世界では、一つの戦争が終わりを告げたばかりだった。


・・・


西暦2028(令和10)年9月2日 日本国東京都 防衛省


「『広域防衛打撃艦』?」


 防衛省市ヶ谷庁舎の一室にて、防衛装備庁艦艇技術研究所に勤める出渕秀明いでぶち ひであきは、数人の自衛官の前で言葉を発する。対する自衛官側、海上自衛隊自衛艦隊司令部にて作戦主任幕僚を務める西崎孝雄にしざき たかおは頷く。


「はい。昨年の『東アジア大戦』において、海自のイージス艦はその高い実力と、いずれ来る限界が知れ渡る事となりました。そして現政権の方針もあり、我が国は『如何なる悪にも立ち向かう勇敢なる国』としてあらねばならなくなりました。中国の経済における存在感の低下は社会における思想の混乱を引き起こし、世間は守護者を求めている…」


 昨年8月に勃発し、半年にも及ぶ戦争の結果、海上自衛隊は保有する戦闘艦艇の2割を喪失。主敵たる中国海軍や、漁夫の利を狙って攻め込んできたロシア海軍にも同規模の損害を与えたとはいえ、護衛艦が10隻近く沈んだという事実は、海上自衛隊の東アジアにおける影響力の低下を引き起こしていた。


 特に、アメリカで開発された戦闘システム『イージス戦闘システム』を備え、洋上より弾道ミサイルを迎撃する神の盾、海上自衛隊のミサイル護衛艦は、中国海軍艦隊との交戦によって高い対空戦闘能力を発揮したものの、うち2隻がミサイルの驟雨に晒されて撃沈。1隻も長期間の修理を余儀なくされる程の損傷を被っていた。如何なる敵飛翔体をも撃ち落とす対空戦闘能力を持っていると言えど、対処できる数以上の攻撃が降りかかれば、限界の隙を見せた瞬間に一撃で致命傷を食らう事となるのだ。


「よって、我ら海自は実力の目に見える象徴たる護衛艦を持たなくてはなりません。臨時予算における防衛費の増額によって新型の航空機搭載護衛艦の建造は開始されましたが、政府が真に欲するのは大型水上戦闘艦です。それも単艦で1個護衛隊に匹敵する程の戦闘能力を有したものを…」


「我々が要求するスペックは、全てそちらの冊子にまとめてあります。どうぞご一考願います」


 西崎の述べた要求内容に、出渕はレジュメをテーブル上に置き、眼鏡を上に寄せつつ答える。まるで呆れかえる様に。


「君達…私にそんな大層なものを造れと?本気で言っているのかね?どうなっても知らないよ…」


 出渕のその言葉の通り、来年度の予算にて計上され、幾多の混乱の最中にも関わらず建造が行われた広域防衛打撃艦は、祖国たる日本国とともに余りにも数奇な運命を辿る事となる。

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