第4話
茫然としたまま言葉を失った私を、サチコは哀れんだようで、私の手を引きショクドウから連れ出した。
私はされるがままについていく。
あまりのことに、涙すら出てこない私に、
「ごめんやで、私、どうもな、いつもハッキリ言いすぎやって言われるねんな。子どもん頃からな。頭はよう回るほうやったから、小さいころから口喧嘩ばっかり強なって、人に嫌われてばっかりでなあ。私は勉強しかできへんねんなぁって思てたのに、この大学に入ったらな、私なんか、そうできるほうでもなくってなあ。頭のいい人なんか、ゴマンとおるもんやわ。私なんかぜんぜん、たいしたことなかった。そのくせいまだに、気ぃ使ってしゃべることもできへん。言う前に相手のこと考えてしゃべるって、そんなこともできへんで、何が『頭いい』ねんなぁ。ほんま、いつまでたっても、人のこと傷つけてばっかりや」
サチコはそんな話を私に聞かせながら、足早に歩き続ける。私はほとんど聞いていない。なにを言われても上滑りで、頭に入ってこないのだ。
そのうち、大きな、見上げるような建物ばかりの地域につく。屋根と言うものが見当たらず、どの建物もてっぺんが平たい。レンガか積み木のように、きっちりとした長方形の、巨大な建物だ。その合間を、人がまるまる通り抜けられるほどの太さのある、金属でできたパイプが通っていたりもする。
広大な敷地内に建物は点々と存在し、その外観は色すら統一されていない。整頓されずに思いつくまま、必要に駆られたらそのたびに、そのときの気分の色で建築した、そんな風情だ。
そのうちの一つの、入口らしき場所にサチコが立つ。通常なら大きな木か鉄でできているはずの扉は、真四角の透明な板でできている。向こう側がまるきり見通せて、不用心にすぎないだろうか。
その扉の横、壁に設置された小さな箱に、サチコは薄い木の板のようなものをかざした。手のひらより小さいそれに反応してか、ピッ、と、小鳥が鳴くような声がした。そして、次の瞬間には、なんと、扉に手も触れていないのにもかかわらず、左右に勝手に開いたのだ。
「……魔法じゃないか!」
「……発達した科学は魔法に似るって言うからなぁ」
サチコは苦笑いをした。
「とりあえず、研究室にいこ。白衣くらいしか貸してあげれる服がないけど、まあそのかっこよりはマシやろ」
「研究室? サチコは何かの研究をしているのか?」
「うん。せやで。まあ、してることっていうたら、毎日、細胞の機嫌を取ってるくらいのもんやけどなあ」
「サイボウ?」
細胞とは、何だろうか。私は初めて聞く単語だ。しかし、サチコが機嫌を取るくらいなのだ。きっと権威があり、気難しい御仁なのだろう。
「見る? ちょうど、継代せなアカン細胞があるねん」
「ケイダイとはなんだ?」
「えーっと、培養している細胞は時間とともにどんどん増殖するからな。すぐにディッシュにいっぱいになってしまうねん。その前に、新しいディッシュに移動させる……つまり、新しい住処を用意してやらなアカンねんけど……」
「……すまない、私にはよくわからないみたいだ」
「あー、説明ヘタクソでごめんな。ゆうたら、世代交代みたいなもんや。細胞さん、どうか子々孫々、新しい土地でもっと増えていってや、みたいな」
「……さらにわからなくなってしまった」
「あ、うん、エエわ、うまく言われへんし、忘れて」
サチコに連れられて入った建物の中は、すっと遠くまで廊下が続いている。どこを見ても四角四面に几帳面に作られていて、私の知る貴族の邸宅らしい優雅なアーチやカーブを描く階段などは見あたらない。
廊下の両側には、ずらりと、ほぼ等間隔に扉が並んでいる。その扉の上部には、もれなく札がかかっている。私には読めない文字だ。おそらく、部屋の用途別の名前か、部屋の持ち主の名前が書かれているのだろう。
しかし、これだけの部屋数があるというのに、人は誰も通らない。しんと静まり返っている。
サチコは、とある扉の前に立った。そして壁にへばりついた突起を押す。
「……光った」
その突起は、サチコが触れるとなんらかの記号の形の光を帯びたのだ。
「これも魔法ちゃうで」
「違うのか? どう見てもこれは、光魔法だろう」
「これはなあ、電気で光ってるねん」
「電気? それは、雷の魔法と言うことか?」
「それも違うなあ」
サチコは困ったように笑うだけだ。
しばらくすると、突然目の前の扉が開いた。
「ひとりでに開いたぞ? やはり魔法じゃないのか?」
「うん、魔法はな、ココにはないからな」
扉の中は、小さな箱のような狭さだ。そこに入る。そして、サチコはどこにも移動しようとせず、その場にとどまるのだ。
「……どうしたのだ? どこかに行くんじゃないのか?」
「ああ、うん、もうちょっとしたら着くから、待ってて」
「着く? 立ち止まっているだけじゃないか」
「コレはな、エレベーターっていう、電気で動く道具やねん。魔法とちゃうで」
そういう間に、また鳥の鳴くような音がした。そしてやはり、扉はひとりでに開く。
開いた先は、先ほど歩いてきた廊下ではない。似た構造の屋内ではあるが、確かに別の場所だ。
「これは……転移魔法じゃないか!」
私は叫んだ。無人の廊下に、私の声が、朗々と響く。
「なんだ! ちゃんと、あるじゃないか! 転移魔法が!」
確かに魔法が発動したようなエネルギーは感じなかった。だが、確かに、その場から一歩も動いていないのにもかかわらず、別の場所に来ているではないか!
しかし、
「シャーロットには悪いねんけどな、ちょっと上下に移動するだけの、道具やねん」
さあ行こか、と歩き出すサチコは、やはり困った顔をしている。
私は困らせているのだ。
転移魔法がない、その件について、私はまだあきらめたくはない。ライオネルの姿が目に焼きついている。彼の焼けた皮膚の匂い、その焦げた肌の間から私を見上げる優しい目。思い出すと腹の底からどうしようもなく焦燥が沸き上がり、いても立ってもいられない。本来なら取り繕いもせず、感情のままにわめき、走り回りたいくらいなのだ。
だが、サチコを困らせている。私は不用意に、魔法について追及することを休止することにした。
サチコは物慣れたようすで廊下を進み、ひとつの扉の前で立ち止まる。さきほどと同じように、小さな板を取り出して、扉にかざすと、やはりピッと何かが鳴き声をあげた。
雑然とした部屋だ。広さはそれなりにあるにかかわらず、棚と机がぎゅうぎゅうに納められていて、人が通ることができる場所は、その隙間の狭い通路しかない。
机の上と言わず、棚の中と言わず、本やノート、筆記用具の類から、なにやら金属でできた子牛ほどもある謎の物体もある。四角くて黒い物体は、小指のつめほどの大きさの光がともっていて、それが静かに点滅している。耳をそばだてると、かすかに、ブーンという虫の飛ぶような音を立てている。それから、透明な素材でできたコップに似たものが、大きさばかり何種類も取り揃えてずらりと並べてある。同じ素材の、奇妙な形をした皿もだ。ほかにも数え上げればきりがない、使い道のわからないものばかりが、大量に、すし詰めのように押し込まれている。
なるほど、研究所か……。
錬金術師の研究所に立ち寄ったことがある。アレと雰囲気はよく似ている。もっとも、錬金術師の使うものなら薬草や鉱石など私にも見たことのある材料がほとんどだし、置いてあるものも、見たことのある素材で作った、天秤や、模型、すり鉢、羊皮紙など、私にも何に使うものかわかるものが多かった。
ここは、さっぱりだ。
サチコは、隙間を縫うように、通路をどんどんと歩いていく。その先にはさらに扉がある。横開きのそれを開く。扉は重厚そうに見えて、なめらかに開き、音も立てない。
「さて、細胞の継代しよか。ちょっと待っててな」
サチコは私を振り返り、にっこりと笑った。それから、白くてよく伸びる奇妙な素材で作った手袋をし、その上から霧吹きで水をかけた。
「何をしているんだ?」
「シャーロットも一応ね」
私の手にも、その霧吹きの中身をふきかける。
「何かのマジナイか?」
「あーそうやね、七十パーセント濃度のエタノール。大事な細胞が雑菌やウイルスに侵されへんようにっていう、滅菌が目的なんやけど」
「エタ……?」
「……悪魔祓いの聖水みたいなモン」
「なるほど」
私は神妙に、サチコにならい、手に聖水を擦りつけて伸ばすようにする。なにしろこれから、サチコが機嫌を取らねばならない相手と対面するのだ。聖水で身を清めておくことも重要なのだろう。礼儀を欠いて機嫌を損ねてしまっては、サチコに申し訳が立たない。
サチコは部屋の隅へ行き、金庫のようなものの扉を開けた。中は不思議なことに、夏の日の空気のような、高い温度が保たれているようだ。人の吐息のような湿度とともに、ゆるやかな温かさがこぼれる。
中からは、透明な、手のひらに収まるかどうかの大きさの、皿を出した。透明な蓋もセットでついている。
「これが細胞」
「……これが?」
想定していたものとはまったく違う姿だ。
皿の中には、薄く、液体が入っている。色は、鮮やかな赤だ。しかし、液体だけで、そこに何か固形物が入っているようには見えない。権威ある貴人どころか、ただの少量の、色のついた水だ。
「見せてあげるから、ちょっと待ってね」
サチコはそれから、大きな机に向かった。その机は不思議なことに、前面いっぱいに、透明の大きなカバーがついているのだ。サチコはそのカバーの隙間から、両手と皿を入れる。そして、その透明カバー越しに手元を見ながら、作業をはじめた。
作業の内容は、私にはわからない。隣で見てはいたが、不思議な道具を使って液体を抜いたり、また別の液体を入れたり、またすぐに抜いたりと、一見無駄にしか見えない工程をくりかえしている。
それから再び皿に蓋をして、また元通りに金庫の中に入れた。
「このまま、三分から五分、待ちます」
「いったい、何をしているんだ?」
「あのお皿、私らはディッシュって呼んでるんやけどな」
「ふむ」
「十マイクロメートルくらいの……目に見えへんくらい小さな生き物がな、あの中に、たくさんおるねん」
「生き物……それが、サチコが機嫌を取っているという、『細胞』というものか? 小さいのに、機嫌を取らねばならぬとは、たとえば妖精の王のように、権威や力があるのだろうか?」
私が首をかしげると、サチコはおかしそうに笑った。
「別に権威はあらへんよ。細胞っていうのにはな、私たちのからだを構成している……物質って言い方でいいんかな?」
「私たち?」
「人間のからだっていうのはな、ちいさいちいさい、細胞っていうモンが、三十兆とか、六十兆とか、正確な数には諸説あるけどまあ、とにかくそれくらいめっちゃめちゃたくさん集まって、それでできてるモンやねん」
「三十……六十兆……途方もない数だな。いや、しかし、その細胞と言うモノがあるとしてだな、私の体がそんな、目に見えないほどの小さいモノの集まりでできているのなら、どうしてバラバラにならないんだ?」
「細胞同士がくっつき合ってるんよ。いろんな方法を使って、となりの細胞とわかれへんように、ぎゅってな。細胞も、さみしがりでな。まるで、ひとりになりたくない人間と一緒やで」
私は、ぎくりとした。
ライオネル。私は彼とわかれないように、彼も私から離れないように、ぎゅっと、お互いにしがみついていた。私たちはひとりになりたくなかったのだ。
それなのに、私はドラゴンによって彼から引きはがされて、ひとり、ここに放浪している。心細く、足元もおぼつかない。それこそドラゴンの面前よりも生きた心地のしない、孤独だ。
サチコは金庫から皿を取り出した。取り出した際に金庫の中を覗いてみれば、同じ大きさの皿がほかにも大量に保管されていた。
サチコは、今度は透明カバーのついた机ではなく、その向かい側にある黒い机に向かった。そちらにはカバーなどはついていない。かわりに、レンズがたくさんついた台のようなものがある。サチコはその台へ皿を置いた。それからなにがしかの操作を細かく、しかし素早く行った後、
「ほら、見るでしょ」
と指でしめしたのは、台ではなく、その後ろ側にあった、黒光りする板だった。
その板には光がともり、黒一色だった表面には、キラキラと光る球状のものが、無数に映し出されている。
「……泡か、水の玉か、なにかだろうか」
「ウチの国なら小学校か中学校の理科の教科書で見るようなモンやねんけどな。これはディッシュの底で培養していた細胞を、別の場所に移すために底から剥がした状態のやつ。まんまるで、キラキラ光ってるやろ。これひとつひとつが、分裂して、どんどん増えていくねん」
「増えるのか。こんなにたくさんあるのに」
「どんどん増えていくで。あんな、人間の体の中ではな、毎日たくさんの細胞が死んで、毎日たくさんの細胞が分裂して増える。そうやって恒常性を保つことを、ホメオスタシスっていうんやけどな。どれかの細胞が死んでも、同じ数になるようにどれかがそのぶんを分裂する。それで数が調節されていて、私ら人間からした見た目上は『昨日と同じ』ように見えているもんでな」
「そういうものなのか」
「昨日と同じ人間なんか実はひとりもおらへん。みんな、毎日ちょっとずつ、細胞が入れ替わって、毎日、別の人間になってる。せやのに、みんな、昨日と今日の自分は同じ自分やって思って生きてるねん。不思議やねえ」
サチコは何やらしみじみと語るが、私にはそんなに急に実感はわかない。
ただ目の前にキラキラ光る物体が、とても小さいものだということ。そしてそれが私の体を構成しているのだということ。その新しい知見に、圧倒されている。
「おそろしくたくさんあるように見えるな」
サチコは、我が意を得たりといった調子で大きくうなずく。
「そうやねん。たとえば満天の星空っていうても、肉眼で見える星の数は三千くらいとかやったかな、まあいうて数千個や。せやけどここには、その百倍や千倍の数の細胞が、一枚のディッシュの中におる。星空の星を全部集めた数の、千倍やで? それやのに、それでも、人間の体からしたら、ほんの指先のチョビット程度にもならへん」
壮大な数だ。私の想像はもう絶されている。私の元居た世界の人間をすべて足してもまったく足りない数の細胞が、私の体を構成しているというのだ。
「この細胞は、ひとつひとつに、意思があるのだろうか」
「どうやろうか。意思というものの定義から考えなあかん気がする。せやけど、ひとつひとつが、分裂したいとか、今は休憩したいとか、ちょっと移動したいとか、みんなそれぞれ違うことをやってるんよ。でも人間の目から見たら、ただのヒトカタマリやねんな。たぶん細胞のいっこいっこは、めっちゃ必死に、今どうするのが一番ベストなんかを模索して生きてるやろうに、全体からしたら、みんな似たようなモンにしか見えへん」
私の頭の中で、子どもの夢のようなイメージが広がる。
私の体が小さい生き物の集団でできていることを。そして、その生き物が、私と同じように、さみしがり、隣の誰かとくっつきたがる。または、かつての私のように、別の場所に行きたがり、ひとりでさまよいはじめる。疲れて眠ることしかできない夜もあるのだろう。腹いっぱいに食べて、仲間と楽しく笑い合う夜もあるのだろう。死の恐怖におびえて、うろたえることしかできない局面も、あるに違いない。
あえなく死してのち、空いたその穴は、誰かほかの細胞がそっと埋めていくのだ。
そうして迎える今日は、あたかも昨日と同じかのようで。
「私の研究は、まあ、おおざっぱに言ったら、この細胞がみんな元気で過ごせるにはどうしたらいいのか、やねんけどな。たとえばこの細胞は、人間の脂肪からできた幹細胞……まあ説明めんどくさいからエエわ、とにかくまあ、皮膚とか神経とか筋肉とか赤血球とか白血球とかマクロファージとか、そういうめっちゃたくさんの種類がある人間の細胞のなかでも、たった一つの種類にしか過ぎへん。それでも、その一種類の中ですら、細胞ひとつひとつに個性があってな。同じ物質を与えても、元気になるやつもおったら、ぜんぜん動じへんやつもおる。それどころか、イヤがるやつもおる。なかなか全員が一致して一発で元気になるようなモノを探すのが難しい。そんな、……そうやなあ、私はな、いうたら、万能薬みたいなものがないかどうか、探してるんや」
万能薬。どんな病気だろうと、怪我だろうと、それさえあれば完治する、そんな夢のような薬だ。それは、この世界にも存在しないらしい。私の世界にも同様だ。しかし、
「私の回復魔法なら、どうだろうか」
私の提案に、サチコは、ぎょっとした顔をした。
「……再現性は絶対に取られへんデータやけど、……やってみたいな。ちょっと待ってや」
サチコは皿を再び透明カバーの机へ移動させた。それから、いくつかの面倒な手順を経てから、その皿の中身を何枚もの皿へと分配した。
そしてその皿の内の一枚を、私に差し出す。
「その回復魔法ってやつ、かけてみてくれへんかな」
サチコは目を期待に輝かせている。
私は神妙にうなずき、皿を受け取った。
回復魔法は、私のオハコだ。それこそエルフの村にいたころ、物心つく頃には使えていた。息をするように、とまではいかずとも、それこそジャンプをしたり木に登ったりするのはどうすればいいのかなんて、幼児がいちいち考えないように、幼いころから自然にできていたことだ。
私は呼吸を整え、意識を集中し、魔法を発動させる。手のひらから魔力を放射するように、皿へとあてる。そうすると、あたたかい脈動が、目にも鮮やかにキラキラと注がれるのだ。その光の奔流が、私自身も見るのが好きだった。
サチコは、皿を凝視している。
「……ありがとう。これでスゴイ分裂が早くなったり、めっちゃたんぱく質を出すようになったりしたら……。貴重なデータになるわ。絶対に学会に発表はできへんけどもな。魔法ってのが、いったいどういう作用で効果をあわらしてるのか、さっぱりわからへんけど、何かは効くんやっていう実証になるんやし。『細胞に万能に効く何かは間違いなく存在する』ていう、私の研究の希望にはなるわ」
それから金庫に、皿のすべてを大事そうにしまう。
「そうやな、別に、自分のこと頭エエと思いたいわけちゃうかったんやし、自分なんかたいしたことなかったってヘコむ必要なんかなかったわ。誰かに勝とうとか、学会やら論文やらとか、賞を取ったりとか、いつの間にか実績を作るのに必死になってたけど、そういうことのために研究したかったわけちゃうかったなあ。私は自分が不思議やと思ったことを知りたかっただけで、それが回りまわってだれかのためになったらエエなあって、それだけやったんやわ。そのために、細胞のことを研究するために、ノーベル賞を取りはったようなえらい先生方がたくさんおる京大に行くのが一番エエやろって、そのためにココに来たんやったなあ」
またそんな、ひとりで納得したように呟いて、それから私を振り返った。
「シャーロット、ありがとうな。もう長いこと研究で行き詰ってて、いろいろ迷走しとったけど、おかげでなんかスッキリしたわ。今日はもう、ウチに泊まりにおいで。行くところ、ないやろ?」
「いいのか?」
「エエよ、女同士やし。狭くて汚い家やけど、お風呂に入って寝るくらいならできるからな」
「……ありがたい」
「まあ、今日の所はもう帰って、お風呂入って、バンゴハン食べたら、もう寝ようや」
サチコはそう、さっぱりとさわやかな顔で笑った。
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