第28話 面倒な戦い
「あーっ、もうっ。いい加減にしてよねっ」
肩で息をしながら、ルーラは周囲に怒鳴った。レクトも大きく息をつく。
「たまには、楽な道を歩きてぇな」
あの姿形が不気味な門番がいた場所を後にして、先へと進んだ二人。
最初はよかった。霧があっても、特にこれまでと変わらなかったから。
が、しばらく経つと、次々に襲われ出したのである。……色々と。
精霊ではない。幽霊でもないだろう。あの門番と同じく、まともな生物ではないらしい。
実体があるのかないのか、はっきりしない浮遊物体。それが様々な形で襲ってくるのである。
最初は長く平たい、布のような物体がヒラヒラと飛んでいるのが見えた。おしめみたいだ。目も鼻も耳もないし、一見しただけでは口もなかった。
それがいきなり、ルーラに向かって襲いかかってきたのである。牙の並んだ口を開けて。
放っておいたら喰われるか、少なくともケガをさせられる。どうにかそれを撃退しても、それが一つではないから困りもの。
ここでこんな目に遭っている暇はないのに。向こうが攻撃してくる以上、反撃しない訳にはいかない。
何度かあの門番にしたような話を怒鳴ってみたが、一向に聞く気配もなく、執拗に攻撃するばかり。仕方がないから応戦、という形になってしまった。
これが、次々と続くのである。同じことの繰り返し。
おしめ系布オバケ(ルーラ命名)を撃退したら、次は不定形の浮遊物体が現れる。
サイズは、人間の大人の頭くらい。ゴムみたいにクニャクニャしていて、さっきのおしめ系布オバケのように近付いてから口を開ける。
ルーラは嫌気がさしながらも、また撃退。
こうして姿形は変わっても、少し歩くとまた同じ攻撃をされてしまうのである。
わずかずつ進んでいるとはいうものの、このままではいつまで経ってもザーディに追い付けない。
「あいつが門番なら、こいつらは衛兵といったところかな」
ここへ至るまでに何度も襲われ、レクトが疲れた口調でそうぼやいた。
だとしたら、一体この奥にどんな城があるというのだろう。
「余程すごい世界があるのかな。こんなにしてまで侵入者を防ごうなんて、まともじゃないぜ」
レクトも、ルーラに頼ってばかりではない。剣を抜き、彼なりに応戦していた。
が、いかんせん、相手は魔物のようなものらしいし、一度や二度切り付けたって平気でまた襲ってくる。
五、六回切り付けてやっと一つが倒せる、という、かなり不利な戦いを強いられているのだ。
ルーラも自分の使える魔法を駆使してやっと、という感じで蹴散らしていた。
で、さっきのようなセリフになるのである。何度違う形のものに襲われたか、数えるのもいやだ。
「いつまで出て来たら気が済むのよ。遊んでる暇なんてないんだから」
最後の一つを消し、ため息をつく。
「また違うのが出てくるのかしら」
「ルーラ、向かうべき方向はわかるよな?」
こちらも息を切らしているレクト。
「うん、どうにか。もう一度確認すれば、完璧」
普段なら絶対口にしない「完璧」をあっさり言う。控え目にしようという意識は、疲れてしまって遙か彼方だ。
「次に襲ってきたら、突っ切ろうぜ。全力で走って。一つの所に踏み止まって、体力を消耗するよりいいと思う。一回切り付けたって平気でいる連中だけど、次の攻撃へ移る前、少し間があく。切り付けながら走れば、突破できるんじゃないかな」
その魔物が追って来ないか、という疑問は残るが。
「んー、その方がいいかもね。追って来ればその時、だし」
結論が出て、二人は息を整える。
霧の中を走るのは少々無謀かも知れないが、いつまでもこんなことをやっていられない。先が見えないから、少しでも早く先へ進んでおきたかった。
そうこうするうちに、今度は白い円盤形の浮遊体がどこからともなくワラワラと集まってきた。やはり、サイズは人間の頭くらい。
「あの真ん中を突っ切って行くしかないわね。進行方向だし」
「よし、じゃ、行くぜ。1、2、3!」
レクトの声で、二人は走り出した。手をつないでは走りにくい。でもはぐれると困るので、二人の服に紐をつけ、離れてしまわないようにしてある。
ルーラ達が突っ走って来ても、ためらうことなく浮遊生物は襲ってきた。いや、今は襲うというより、体当たりしてきている。
実体があるようには見えないのに、当たると痛い。何だかずるい気がする。
「えーい、邪魔だ邪魔だっ」
目の前まで飛んでくる円盤を、手当たり次第に切り付けて行くレクト。ルーラは手を払って風を起こし、はねのけて進んで行く。
そうこうして走るうちに、攻撃がやんだ。
「……突っ切ったみたいね」
うまくいったらしい。
後ろを見ると、フワフワと所在なげに浮かんでいる円盤達。どうやら移動範囲があるようだ。そこから動く気はないらしい。
この先も、この調子で行けばいいのだ。走るのももちろん、疲れはするけれど、戦わずに少しでも早く前へ行けるのなら、それでいい。
「おっし。あとどれくらいかって距離がわかればいいんだが。まぁ、ぜいたく言っても始まらない。うまくいったから、よしとしておこう」
うまく抜けられて、二人ともそれなりに満足していた。
が、それも長くは続かない。
「うそだろ……つくづく疲れる所だな、ここは」
手で額を押さえながら、レクトは何度目かのため息をついた。
次に現れたのは、イガグリのようなトゲトゲの浮遊体。こんなものを相手に、走って抜けるのはむずかしい。
円盤が当たって痛かったのに、こんなトゲトゲが当たれば身体中に穴があいてしまう。しかも、人間の頭大。
ここにきて、あのトゲが実は柔らかい、なんてとても思えない。
「また今までと同じ様に、やらないといけないのか……?」
がっくりとうなだれるレクト。
「もう怒ったっ」
さすがのルーラも頭にきた。これ以上、相手なんかしていられない。
「そこをのかなきゃ、ブッ飛ばすからねっ」
叫ぶと同時に、ルーラを中心にして周りに風が起こった。
台風のような、強い風。巻き込まれれば、レクトでもあっけなく飛ばされてしまいそうだ。あまりの強さに、空気がうなっている。
そんな強風に、空飛ぶイガグリも耐えられず巻き込まれてしまい、あるものは遠くに飛ばされ、あるものは近くの木の幹に突き刺さってしまう。
かつっと音がしているので、やはりトゲは柔らかくなかったようだ。
「しつこいにも程ってもんがあるわよ。どうしてここまで邪魔されなきゃいけないの」
目の前がすっきりしても、ルーラはプンプン怒っている。
「まぁ、そんなに怒るなよ。また進めるようになったんだから」
レクトになだめられ、ルーラもようやく怒りをおさめる。
「さぁ、次が出て来る前に、少しでも進んでおきましょ」
だが、もう次は出て来なかった。ネタ切れなのか、あれが本当に最後だったのか。
油断はできないが、霧が薄れだして視界が徐々にひらけてくる。クリアとまではいかないが、今までを思えばずっとましだ。
「じきにこの霧も晴れるかな」
「だといいわね。……ねぇ、また何か出て来たみたいよ」
行く手にボンヤリと影が現れている。数は二つか三つ。まだ鮮明ではないので、断定できない。
さっきよりずっと少ないが、その分、一つ一つが大きい。今まではおしめ系布オバケが一番大きく、他はほぼ全部が人間の頭大だったのに、今回は人間そのものの大きさに近い。
「最後に、親玉がお出ましかな」
「慎重にいかないとね」
ルーラは少し身構えた。レクトがいつでも剣が抜けるようにしておく。
と、その影の方から、やけに嬉しそうな笑い声が響いてきた。
それを聞いた二人は、顔を見合わせる。
「この声……聞き覚えある」
「ああ、大ありだ」
近付いてくる影を睨むように見ているレクト。目が今までになく真剣だ。
その目は恨みではなく、怒りがこもっているように、ルーラには思えた。
声は、ノーデとモルだ。それなら、影の正体はノーデ。大きい方はモルだろう。
ザーディがいるのかどうか、ここからでは判断できない。
「さて、二度もひどい仕打ちをされた人間として、どうする?」
「あたしは二度じゃないわよ。ザーディと一緒にいた時から、ずっとひどい仕打ちされてきたもん。驚くだろうなぁ。まさかここまで追ってくるなんて、思いもしないだろうから」
今度こそノーデは二人が動けないでいるか、森の猛獣に喰われたと思っているだろう。
そのノーデの前に出て行ったら、どんな顔をするか。見物だ。
「ちょっと隠れて様子を見ましょ。攻撃する機会をしっかり
前回は声を出しながら、真っ直ぐに向かって行った。今回はそんな真っ向勝負なんてやっていられない。
また卑怯な手を使われたら、今度こそザーディを追えなくなる。
二人は、近くの木の陰に隠れた。そうとは知らず、ノーデは意気揚々と歩いて来る。
近くまで来たことで、ザーディも一緒にいるのが見えた。一見した限り、ケガをさせられたりはしてないようで、ルーラはひとまずほっとする。
それから、妙なことに気付いた。
どうしてザーディ達は、こちらへ向かって来ているのだろう。
ルーラは、ひたすら北へ向かって来た。帰る方向が真北にある、とザーディから聞いたためだ。
その進行方向から、ザーディ達が来るのはおかしい。
ルーラの方向を示す魔法が、失敗したのだろうか。今のザーディ達が北へ向かって歩いているのであれば、どういうルートの具合でか、ルーラ達はザーディ達を追い越していたことになる。
で、南へ向かって歩いていたら、北へ向かうザーディ達と鉢合わせになった……。
その可能性はゼロではないとしても、ちょっと考えにくい。
時間にして半日近く先を行っているはずのザーディ達に、遅れた上にあれだけ足止めを食らっていたルーラ達が追い越せるだろうか。
素直に考えるならば、ザーディ達は戻って来ている、ということになる。
だが、なぜ戻るのだろう。
北へ向かっていたが、行き過ぎて戻って来た? でも、ザーディが道に迷うだろうか。
門番も通り過ぎたと言っていたし、ザーディにとってこの周辺は出身地と言えるエリアのはず。ここまで来て、迷うとは思えない。
ザーディは先頭を歩いているが、それも妙な気がした。その表情も嬉しそうではない。むしろ、険しい。
ノーデ達と一緒にいるから、と言っても、両親がいる近くまで来ているはずなのに。
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