第28話 「残念、そっちは残像だ」

「オラァァァッッ!!」


 怒声とともに、ベルナルドが大上段に振り上げたバトルアックスを轟雷ごうらいのごとく振り下ろす!


 だめだ、さすがにこれは受けられない――!


「く――ッ、敏捷びんしょうの精霊【アギーレ】、精霊術【ボルトーサイン】発動!」


 ――ナンクルナイサー――


 俺は敏捷の最高位精霊【アギーレ】による、瞬発力を底上げする精霊術【ボルトーサイン】を使用すると、振り下ろされた一撃をすんでのところで右に跳びのいて回避した。


 その直後、

 ドゴォォォーーーーーーン!!

 重々しい地響きのような重低音が周囲に響き渡り、さっきまで俺がいた場所が陥没してクレーターを形成する。


 危機一髪、その超重量攻撃を回避することができた俺に、しかしさらに!

 土煙を吹き飛ばして横ぎに振るわれたバトルアックスが襲いかかってくる!


「ハルト様――っ!!」


 ミスティの悲鳴とともに、バトルアックスの巨大な側面が俺の身体ぶっ叩いて――、

「なにっ!? 消えただと――!?」


 その瞬間だった。

 ベルナルドが驚いた顔を見せ、「俺の姿」が揺らめいたかと思うとかすみのように消えていったのは――!

 そして――、


「残念、そっちは残像だ」


 ぺるナルドの背後を取っていた俺は、黒曜の精霊剣・プリズマノワールをその首筋に軽く触れるように押し当てた。


「幻影の最高位精霊【イリュシオン】の精霊術【質量のある残像ミラージュ】だ。どうだ、本物そっくりだっただろ?」


「……いやはやこいつはたまげたね」


 軽く肩をすくめると、ベルナルドはバトルアックスを手放した。

 超重量武器がドスンと重い音をさせて足元に落下する。


「俺の勝ちってことでいいんだよな?」

「ああ文句なしにアタイの負けだね」


 その言葉を確認してから、俺は黒曜の精霊剣・プリズマノワールを鞘へと納めた。


「まさかベルナルド様に勝ってしまうなんて――」


 成り行きを見守っていたミスティが、信じられないといった表情で俺を見つめてくる。

 少し頬が赤くなっているようなボーっとした表情なのを見るに、俺のことが心配で力が入っていたんだろうな。

 まったくミスティは心配性なんだから。


 ちなみに幼女魔王さまがえらく静かだなと思っていたら、最初ちょっと打ち合った時点で俺が激しく攻め立てられるのを見てからずっと、座ったまま気を失っていたらしい。


「おや……? 気が付いたら戦いが終わっておったのじゃ?」


 ミスティにどっちが勝ったのかを尋ねている、相変わらずのへっぽこ魔王ぶりだったけど。

 最近はそういう幼女魔王さまを見ていると、俺も幸せな気持ちになってくるんだよな。

 俺にとっても、スローライフの象徴になってくれているっていうか。


「そういうわけでベルナルド」


「ベルでいいよ。親しい相手はみんなそう呼んでいるから。ミスティはお堅いから、いつまで経っても『ベルナルド様』としか呼んでくれないけどね」


 そう言いながらベルナルド――ベルがこちらへと振り向いた。

 さっきの手合わせが余程楽しかったのか、負けたって言うのに嬉しそうに笑っている。

 実に戦うことそのものが大好きな鬼族らしいよ。


「分かった、ベル。じゃあ俺のこともハルトって呼んでくれ」

「了解、ハルト」

「それでベル。これで兵士たちへの面目もついたかな?」


 俺はそう言うと、いつの間にか訓練を中止して俺とベルの手合わせを見守っていた多くの兵士たちに視線をやった。


「おやおや、それも気付いていたのかい」


「魔王さまは慕われているからな。そこにどこの馬の骨とも知れない人間族がやってきていきなり厚遇されていたら、面白くないと思うなって言うほうが、無理ってなもんだろ。だからこうしてベルが、俺の力を見せる機会をくれて助かったよ」


 ベルは自分と手合わせすることで、俺の実力を周囲に知らしめようとしてくれたのだ。


「実際のところ半分くらいは、アタイの興味本位だったんだけどね。それにしても、やれやれまったく、そこまでお見通しとは。これは本気でアタイの完敗だね。魔王さまが一目いちもく置くだけのことはあるよ」


「ベルだって十分強かっただろ。それに最後もし本気でこられてたら、正直どっちが勝っていたか怪しかったと思うし」

「アタイは最初から最後まで本気だったよ」

「さて、どうだかな?」


 最後の一撃にしても、ベルにはまだ幾ばくかの余力や余裕があったように俺は感じていた。

 本気ではあっただろうけど、本気の本気ではなかったって感じだ。


 でもま、せっかく俺に花を持たせてくれるって言うんだ。

 これ以上詮索するのは野暮ってなもんだろう。


 こうして。

 大将軍ベルナルド――ベルと一戦交えて気に入られた俺は、兵士たちにも凄腕の精霊騎士として広く認知されることとなった。

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