突撃
起きてヴィルがいないと気付き探し回ったと、ジョッキでアイスティーを一気飲みしたヨハネスに文句をぶつけられるヴィルの蟀谷がぴくぴくしている。怒る寸前だと付き合いが浅くても悟れる。ヨハネスの隣に座る魔王は困ったようにヨハネスやヴィルを交互に見ている。というか、ヴィルにどうにかしてほしいと視線で訴えている。
「ねえ、お代わりちょうだい」
通り掛った給仕にアイスティーのお代わりを要求したヨハネスに今度こそヴィルは大きな溜め息を吐いた。グラスで提供されるのを量が少ないとか喉乾いたとうるさいヨハネスに一度雷を落としてから値段は倍で良いからとジョッキサイズで提供してもらった。
「叔父さん達何してるの? ってか、この人誰?」
ヴィルが呆れているのはもう一つある。まだまだ若いとは言え、天界を統べる神の座にいながら隣に座るのが魔族だと気付いていない。魔王だと気付かなくても所有する魔力量から考えて高位魔族だと分かるだろうに、魔族という点にすら気付いていないと知り愕然とし盛大に呆れていた。これには魔王本人も呆れており、下手に自分の正体をバラしたら騒ぎになるなと黙っている。
「兄者の知り合い」
「ネルヴァ伯父さん!? え、じゃあ、ネルヴァ伯父さんが何処にいるか知ってる!?」
「え、あ、あ~いや、最近通信魔法でしかやり取りしてないから何処にいるかまで分からないな」
「そっか~」
――信じた!?
ヨハネスは他者を疑うのを知らないのか。苦しい言い訳だったのにヨハネスは普通に信じた。
我儘で自己中心であるが根は純粋なのだろう。ヴィルの話から分かるようにヨハネスは周囲に大層大事に育てられた。次代の神となる子供なら尚更。厳しい教育も彼に期待したからで。
ただ、幼いヨハネスには耐えられなかっただけ。
「はあ~。ネルヴァ伯父さんを早く見つけたい」
「その前に天界への扉を開けろ。天使達が天界に戻れないだろう」
「やだ。開けたら父さんやミカエルが来るじゃないか。絶対やだ」
「はあ……」
人間界で悪魔を狩る天使達は天界に戻る事で体に付いた悪魔の魔力や汚れ、戦闘の際に蓄積されたストレスを浄化する。ストレスに弱い天使が天界に戻れなくなると次第に体は弱体化し、堕天して人間や天使の敵となってしまう。
早急に扉を開けようとヴィルが説得を試みるが聞く気のないヨハネスは、新しいアイスティーが来ると飲むのに集中した。
ヴィルは説得を諦め、魔王に向かって口パクで“殺せ”と言う。
魔王は苦笑し首を振る。ネルヴァならしていそうだと口パクで返して。
「もういい。ジューリア、案は出た?」
「へ。……あ! え、えーと」
ヨハネスの登場ですっかり頭から抜けてしまった。露出度の高い衣装を着せられ見世物になりながら外を歩かされているビアンカを助けた後の面倒をどう見るかの案。元公爵令嬢とあり、非常にプライドが高い。文句を言われずに済むとしたら魔王の息子との復縁だが……チラッと魔王を見て聞いてみるも難しい表情を出された。
「どうだろう。あの子は漸く外に出て来てくれたとは言え、まだまだ失恋の傷は塞がってない。失恋する理由となったビアンカと復縁するのは微妙じゃないかな」
「でも、罪悪感で引き取ってくれるってのもあるかな」
「だとしたら、会わせない方がいい。本心から縒りを戻すなら何も言わないけど」
「うーん」
人を保護する、というのはただ助けるだけでは駄目。その後の生活の保障も完璧にしないとならない。
「ねえ、さっきから何の話をしてるの?」
「ヨハネスには無関係。黙って好きなだけアイスティー飲んでて」
「僕を除け者にしないでよ!」
現神に魔王の娘を助ける話等するか、と言いたげなヴィルの相貌に苦笑するジューリア。不意に届いた男の怒声に外へ目を向けたら、ビアンカを連れた見目の醜い男だ。もしかして同じ道を通っているのかまたいた。ビアンカもいる。ビアンカは男に転ばされたせいで下着が丸見えに、豊かな胸がはみ出そうになっていた。手で胸を隠し、下着もスカート部分を押さえ隠した。
「こののろま! さっさと歩けないのか!」
「っ、こんな、趣味の悪い服を着せられて速く歩けるものですか!」
「儂に口答えするな! お前のような無価値な女が誰のお陰で生きていられると思っている!」
「死んだ方が何倍もマシだったわよ!! なんで、なんでわたくしだけがこんな目にっ。お父様もお母様もお兄様も、他の親族達も皆リゼル様に殺されたのに……なんでわたくしだけが……っ」
「ふん。そんなもの簡単だ。お前がリシェル様やリゼル様を陥れようとした罰が下ったのだ」
「何よ! あんたなんか、リシェル様に言い寄ってリゼル様に半殺しにされたくせに!」
「なんだと!?」
ビアンカが放った言葉は全て事実だと魔王は肯定した。指摘され、激昂した男はビアンカの付近に魔法を放ち威嚇攻撃を始めた。態と当てないようギリギリのラインを狙っている。魔王曰く、ビアンカは男に引き渡される際魔力を封じられていて魔法が使えない。自分で反撃も叶わない。実の娘があんな目に遭っていても魔王は助けに行く気配が全くない。
自分は薄情者だと前に言っていたがその通りだ。自分の娘でも捨ててしまえば赤の他人となる。魔族らしいと言えばらしいとはヴィルの言葉。
このまま見ているのは出来ないと飛び出しそうになったジューリアを止めたのはヴィル。助けた後を考えから行け、と。
頭をフル回転してもその後の良案がない。いくら考えても魔王の息子と復縁以外良案がないのだ。
こうしている間にも男の行動はエスカレートしていき、周囲に人だかりが。
ふと、ジューリアはアイスティーを飲んでいたヨハネスがいなくなっているのに気付いた。ヴィルに言うとヴィルも気付いてなかったようで何処へ行ったと周囲を見た直後、男の野太い悲鳴が辺りに響く。
見ると男の片腕が黒焦げになって落とされている。
「おいおじさん。女の子にモテないからってそれはないだろう。そんなんだからモテないんだよ。モテたいなら、その不細工な顔をどうにかしろよ」
盛大にテーブルに突っ伏したヴィルを魔王に任せ、ジューリアはヨハネスの許へ飛んで行った。
「ちょ、ちょっと!」
「あれ、おじさん……よく見たらこいつ魔族だ。じゃあ殺していいか」
「あ!」
痛みに悶え、大量の汗を顔に浮かべ、激しい怒りの形相でヨハネスを睨み付けていた男はヨハネスの纏う神力で神族だと気付き、自分の不利を悟って命乞いをするがヨハネスはヴィルの時と同じで聞く耳を持たず男を黒焦げにした。
「魔族って死ぬと黒焦げになるの?」
「さ、さあ」
ジューリアに聞いても分かる筈がない。
「あ……貴方……」
ヨハネスを見て、わなわなと体を震わせるビアンカの紫水晶の瞳に宿るのは怒り。
「貴方、リシェル様といたあの男の関係者か何か!?」
「誰それ?」
恐らくビアンカが言っているのはネルヴァ。机に突っ伏しているヴィルに入ってもらわないと収拾がつかなくなりそうで、Uターンしかけたジューリアはすぐそこまで魔王が来ていると知った。
ヴィルは机に突っ伏してはいないが頬杖をついて此方を眺めていた。
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