言う資格はない

 


 待ってもいないシルベスター侯爵一家がフローラリア家に訪問した。侍女長がジューリアを呼びに部屋を訪れた。用があったら呼ぶからと侍女を出したくても、きっとシメオンかマリアージュの命で侍女は決して出ようとしなかった。私的に会話をする程親しくもなければ、彼女の名前も知らない。何時か家を出るのだから、親しくしないでずっと公爵令嬢とその侍女という関係でいい。名前を覚えたら親しみを抱き別れが辛い。

 今日は持っていたドレスでシルベスター家の面々を迎える。緑と白をメインにし、スカートの裾ラインにはリーフを連想させる飾りがある。自然をテーマとしたデザインでジューリアは気に入っているがメイリンからすると葉っぱくさいのだそうだ。

 仕方なく侍女長の後を付いて行く。玄関ホールには既に四人が集まっていた。ジューリアで最後となる。


 階段を降り一階に来るとシメオンとマリアージュが向いた。



「ジューリアも来たな。これで全員揃った」

「フラン兄様やエメリヒに会うのは久しぶりですね!」

「フランシスやエメリヒもお前達と会ったらきっと喜ぶ」



 絶対にない、と断言出来る者が一人いる。挨拶をしたら即部屋へ逃げてヴィルを呼ぼう。そうしよう。

 扉が開くと豪華な装いの男性と女性を先頭に、後ろに二人の少年が続いて入った。



「久しぶりだなシメオン。元気にしていたか?」

「ジョナサンも元気そうだね。フランチェスカもよく来てくれた」

「お久しぶりですシメオン様、マリアージュ様」



 銀色の髪に紫水晶の瞳の男性をジョナサン=シルベスター、鳶色の髪に緑の瞳の女性をフランチェスカ=シルベスター。そして、足元にいる銀髪に緑の瞳の少し髪が長い少年がフランシス=シルベスター。シメオンやマリアージュに挨拶をするとフローラリア家の子供達の方へ。グラース、メイリンに声を掛けると最後ジューリアの許へ。



「久しぶりジューリア。そのドレスとても似合っているよ」

「ありがとうございます」



 将来はジョナサンと同じ、魔法騎士侯爵となるのが夢と語っているフランシスは魔法の才能に関しては秀才。ジューリアを馬鹿にしない人で教えを請うならもってこいの人だが話す気は更々ない。

 フランシスと軽く言葉を交わすと面倒なのが来た。



「兄上、そいつと話してたら兄上まで無能が移るぞ!」

「エメリヒ! ジューリアに対してなんてことを」



 ジョナサンやフランシスと同じ銀色の髪に紫水晶の瞳の、髪を短く刈り上げた活発そうな少年がエメリヒ。メイリンとグラースと話しながら何時フランシスが戻るのかと待っていた。痺れを切らし、ジューリアから引き剥がすようにフランシスの腕を引っ張った。

 シメオンやマリアージュの表情が強張る。今更過ぎるのでジューリアは二人には何も言わず、騒ぐエメリヒを黙らせる方を選んだ。



「お久しぶりです、エメリヒ」

「俺に話しかけるな無能!」

「……だ、そうなので私は出掛けますね」



 敢えて人物名を出さず、視線をシメオンとマリアージュに向けて言い放った。良いとも、駄目とも言われる前に退散しようと踵を返そうとしたら。怒りを堪えたシメオンの低音がシルベスター夫妻を呼んだ。



「……ジョナサン、お前達、我が子の躾はどうなっている」



 エメリヒのあまりの物言いに呆然としていたシルベスター夫妻はシメオンの声でハッとなるも、一旦足を止めたジューリアの台詞が場に爆弾を投下した。



「公爵様が何を言おうが今更過ぎるので結構ですわ」

「ジューリア!?」

「誰に馬鹿にされようが慣れっこなのでお気になさらず。私は私で好きに過ごしますので」

「待ちなさい、今日は――」



 早足で背後から何かを言い放つシメオンや止めるマリアージュの声を華麗にスルーし、急ぎ部屋に戻って鍵を掛けた。

 引き出しに入れていた鳥の笛を吹いた。ヴィルが来るまではテラスにいよう。扉が叩かれる。シメオンだ。向こうから何かを叫ばれるが知った事じゃない。


 テラスに出たら「やっほージューリア」と早速ヴィルが来てくれた。



「騒がしいね」

「私の事が大嫌いな奴が早速やってくれたの。今までは陰で言うだけだったのに」

「そっか」

「多分、フランシスが私に親切にしているのが気に食わなかったんでしょうね」

「妹君の婚約者予定だっけ?」

「話していないだけで決定だと思うよ。それより、魔力操作の特訓をしてもらうからね」

「いいよ。おいで」



 差し出されたヴィルの手を取り、空に浮かんだ。



「転移魔法を使って一気に大教会へ飛ぼうか」

「出来るの?」

「早めにジューリアが呼んでくれるかなって思って準備してたんだ。ミカエル君にも協力させたからすぐに使えるよ」

「じゃあ、それで行こう」



 ヴィルの合図で二人は一気に大教会へ飛んだ。


 ――何度叩いても返事もなく、透視魔法で室内を覗いたらジューリアの姿は何処にもなかった。きっと天使様を呼んで朝の続きを再開したのだ。後からやって来たマリアージュに首を振ったら「そうですか……」と気落ちした声を紡がれた。


 玄関ホールに戻ると事の元凶であるエメリヒが父ジョナサンに叱られている最中だった。



「エメリヒ! お前はジューリアお嬢様になんて無礼な事を……! まさか、今までも言っていたんじゃないだろうな!?」

「事実じゃないか! 魔法も癒しの能力も使えないフローラリア家のお荷物を無能と言って何が悪いんだよ!」

「お前は何時から他人を馬鹿にするほど偉くなった!? フランシスと違い、何をさせても出来の悪いお前が!」

「っ!!」



 魔法の才能、騎士としての才能、個人の能力。どれもフランシスは超一級の可能性を秘めている。魔法を教えれば砂が水を吸い込むようにあっという間に覚え、剣を持たせれば急速に頭角を現し、勉学においても次々に難問を解読しては新しい知識を吸収していく。彼自身の才能もあるが一番はフランシス本人が努力を怠らない真面目な性格なのもある。

 対してエメリヒは、魔法の才能に秀でてはいても、他の能力については平凡寄り。フランシスと違い集中力もあまり続かず、継続する力が弱かった。差が有りすぎるフランシスにあまり劣等感を抱かないようエメリヒを甘やかしたツケが夫妻に回ってきていた。唇を噛み締め、泣くのを堪えるエメリヒだが瞳から涙が幾つも流れ落ちる。オロオロとするメイリンやグラースをフランシスと一緒にサロンへマリアージュに連れて行かせ、怒りが収まらないジョナサンの肩に手を置いて落ち着かせた。



「ジョナサン……私やマリアージュにも非はある。あまり、叱らないでやってくれ」

「シメオン」

「……ジューリアに魔法や癒しの能力がないと判った時点であの子を無能扱いしたのは、他でもない、私達だ」



 ジューリアの家庭教師を任せていたミリアムや侍女を任せていたセレーネ、長年務めてくれた執事、此処に居るエメリヒは自分達がジューリアを蔑ろにしてしまったからこそ勘違いをさせてしまった。ジューリアに大きな傷を負わせてしまった。



「……だとしても、どんな理由があろうと他者を馬鹿にしていい理由にならない。エメリヒにはジューリアお嬢様に必ず謝罪させる」

「ジューリアは今屋敷にはいない」

「何故だ? 部屋に戻ったのでは」

「ジューリアは天使様と出掛けた」



 少し前から大天使を供にした子供姿の天使が現れ、ジューリアを気に入りよく遊びに来ているのだと告げた。それも大天使を君付けで呼ぶので子供姿の天使は恐らく大天使以上の存在。

 天使が何故普通に人間界にいるのか、何故ジューリアを気に入ったかの話題になり、簡潔に答えた。



 一方で、サロンに移ったマリアージュ達はソファーにそれぞれ座り。予め用意していた焼き菓子を堪能していた。



「先程はエメリヒが申し訳ありませんでした」

「いいえ……貴方が謝る事ではありません」



 弟の仕出かしを謝罪するフランシスにマリアージュは首を振った。フランシスの隣に座るグラースも同意だった。



「気付けなかった僕達が悪いんだ。フランシスは気にしないで」

「そういう訳にはいかないよグラース。ジューリアの部屋に後で行っていい?」

「ジューリアは今不在です。いつ戻るかも分かりません」

「どうしてですか?」



 此処でもジューリアが天使様のお気に入りだという話がされた。一度も本物の天使様を見ていないフランシスは興味津々に目を輝かせた。


 一人、焼き菓子に手を伸ばさずジュースを味わうメイリンは内心不服だった。


 ジューリアが馬鹿にされるのはおかしな話じゃない、無能なのだから馬鹿にされて当然だ。エメリヒがジューリアを馬鹿にしたのは今日が初めてじゃない。大人の目がなかったら必ず悪口を言っていた。それに対し、ジューリアは反論せず適当に相槌を打ってエメリヒを殆ど相手にしなかった。無能に馬鹿にされたと騒ぐエメリヒを置いて行って違う場所へ行くのもお馴染みだった。

 麗しい第二皇子ジューリオの婚約者なのに、天使様に気に入られたからって天使様を優遇するジューリアが気に食わない。

 何より、メイリンやグラースには未だ婚約者がいないのにジューリアが先に決まるのは不公平だ。



「お母様!」

「どうしたの?」

「私も婚約者が欲しいです!」

「ふふ、大丈夫よ。メイリンにも立派な婚約者が出来るわ。もうすぐ話すから期待しててちょうだい」

「本当ですか?」



 将来有望で未来の癒しの女神と期待される自分の婚約者はさぞ優秀で格好いい相手なのだとまだ見ぬ婚約者に期待をした。




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