婚約者の第二皇子




 朝からげんなりとした。今日は婚約者との初対面。ヴィルから予め話を聞いていたジューリアは、婚約者が帝国の第二皇子と聞かされても驚きはしなかった。ただ、淡々と返事をしただけ。ジューリアが聞けば驚くと思っていたらしい両親は面食らっていた。

 嬉しくはないのかと。



(逆に、可哀想)



 魔力しか取り柄のない令嬢と婚約させられて。

 父シメオンは必死に否定したが最初に無能の烙印を押されたジューリアを真っ先に否定したのは誰だったかと、視線で訴えたら顔を青くし項垂れた。最近項垂れてばかり。どうも皇帝はジューリアの膨大な魔力量に目を付けたらしい。

 交流の場に顔を出さないジューリアは貴族や皇族の情報に疎い。部屋に戻ってヴィルに聞いてみた。



「第二皇子ってどんな子なの?」

「俺に聞いちゃう?」

「ヴィルは詳しいでしょう」

「出来の良すぎる皇太子に劣等感を持ちながら皇太子が大好きな皇子様、かな。まあ、皇族特有の強い魔力を持ってはいるよ」

「ふむふむ」



 成る程。聞くだけ面倒なやつ、と予想が組み上がっていく。



「ジューリアが好きそうな顔をしてる」

「え」



 面食いと自覚があるジューリアは即食い付いた。嫌な顔をせず、寧ろ、予想通りの反応で嬉しそうなヴィルにどんな顔の子かを積極的に訊ねた。

 皇族特有の宝石眼に青みがかった銀髪の将来楽しみな美少年だと教えられた。宝石眼は魔力が強い程、美しさが増すと言われている。性格は面倒な気がしてならないが仲良くなれたらいいなと抱いた。

 ヴィルの腰に抱き付くと頭を撫でられた。



「でも、私の一番はヴィルよ」

「会えば気が変わるかもよ?」

「そうかもしれない。でも、ヴィルを一番にする」

「そっか」



 傲慢な言い方だ、と自分で解っていながらヴィルが何も言わないのをいいことにジューリアはそのまま撫でられ続けた。


 少しして、出発時刻になりグラースが呼びに来た。初め何をしに来たのか分からなくて凝視すれば顔を顰められ「そろそろ行くよ。準備は出来てるだろう?」と呼ばれたのを悟った。



「暇なんですか?」

「そんな訳あるか!」

「侍女なり、使用人なりに呼びに来させたら良いじゃないですか。態々、貴方が来なくても」

「っ、ジューリアは嫌なのか?」

「嫌なのは私じゃなくて貴方でしょう。無理に来なくていいですよ」

「無理なんかっ」



 まあ、どうでもいいか。何か言いたげなグラースをスルーして外に出た。

 馬車付近ではマリアージュとシメオンが既にいた。マリアージュが乗るとジューリアも乗るよう言われ乗り込んだ。マリアージュの向かいに座り、窓越しから外を眺めた。シメオンも乗ると扉は閉められ、馬車は動き出した。



「ジューリア。皇帝陛下や皇子殿下に会うのだから、くれぐれも粗相のないように」

「分かりました」



 ヴィルから聞いた情報を元に皇子に会うのが楽しみなジューリアは早く城に着いてと願う。婚約者と言われてもあまりピンとこない。どうせその内ヴィルと屋敷を出るのだし、向こうも魔力しか取り柄のないポンコツ令嬢を好んでくれるかも微妙だ。優秀な兄に劣等感を持っているなら、尚更である。

 顔が良いならお友達としての関係を築きたい。好きになれるかはかなり微妙だ。先にヴィルに会ってしまったから。顔だけで好きになったのにヴィルは嫌そうにせず、下心を隠そうとしないジューリアを面白そうに眺めて来る。お互いを知る為とジューリアと長くいられる方法を今実践中だと、部屋を出る間際教えられた。何をするのかはお楽しみと秘密にされた。


 馬車内での会話は何もなく、時折、マリアージュとシメオンが話すくらいでジューリアとはなかった。話し掛けにくそうにしていたのでそれはそれでいい。


 馬車が城に到着。最初にシメオンが降り、次に降りるマリアージュに手を差し出した。夫の手を取って降りたマリアージュに続き、ジューリアも降りる。ジューリアにも手を差し出したシメオン。この構図……前世で一度あった。

 父が運転する車で買い物へ行った時、降りる際に長兄が手を差し出した。うっかりその手を取ってしまい、腕を引っ張られ前へ投げられた。受け身を取れず顔面から地面と衝突した樹里亜を兄弟は腹を抱えて爆笑していた。友達の小菊一家も丁度同じショッピングセンターに来ていて、店内に入る前だったので目撃された。すぐさま駆け寄った小菊に体を起こされ、兄弟を叱らない父に小菊の父が文句を言い、母が樹里亜の祖父母に連絡を入れてくれた。言い訳をする父に小菊の父が有無を言わせない威圧で黙らせ、最低だと一言吐き捨て樹里亜を連れて車へ戻った。後ろから喚く兄弟に小菊が――

『うるせえ! 妹に怪我させて大爆笑した最低屑兄弟が妹を返せとか抜かすな!!』と叫んだお陰で周りの目が痛いくらい自分達に向いていると知った三人は気まずげに車に戻り、ショッピングセンターから出て行った。


 前世の出来事を思い出していたジューリアはろくでなし兄弟と同じ真似をシメオンがするとは思えなくても、長年に渡って積もった不信感は消えてくれない。シメオンの手を取らず馬車を降りた。心配げに見つめるマリアージュの視線や不穏な空気に戸惑う使者に構わず待機した。



「……さあ、行こう」



 役目を果たせなかった手をギュッと握りしめ、落ち込んだ声色のシメオンの一声で皇帝と第二皇子が待つ部屋へと案内された。

 通されたそこは皇帝お気に入りのサロン。豪華絢爛を体現した室内の眩しさに目を細めると室内の真ん中に二人の人間がいた。

 金と銀の刺繍が入った見事な外套を羽織った銀髪に翡翠色の宝石眼の男性が皇帝ガイウス。側にいる同じ銀髪と翡翠色の宝石眼を持つ男の子が第二皇子ジューリオ。ヴィルの言っていた通り、面食いジューリアを食いつかせる美少年振り。お人形のように美しく、冷たさを纏った皇子は皇帝へ挨拶をしたフローラリア家——ジューリアの前に立った。



「ジューリオ=イストワールです。初めまして、ジューリア嬢」


 ——うわあ……



 全身から発せられる冷気とあからさまな嫌々声に顔が引き攣りそうになりながらも、礼儀に則りジューリアも名乗った。嬉しさの欠片もないジューリオを皇帝や両親が心配げに見つめているがジューリアの腹は決まった。



 ——仲良くなるとか絶対無理!



 優秀な兄に劣等感を持つ彼が魔力しか取り柄のない自分と婚約させられ、より劣等感を刺激されたのは言うまでもない。



「ジューリオ。ジューリア嬢を温室に案内して差し上げなさい」

「……分かりました」



 言葉で受け入れても表情と声色は拒否反応を示しており、一緒に行って大丈夫なのかと両親を一瞥した。シメオンもジューリアを見ていたようで目が合うと皇帝に今日は帰らせてほしいと願い出た。



「ジューリアは殆ど外に出ない子で、いきなり家族以外の者と二人きりになるのは心の準備が出来ていません。後日、殿下とお会いになった時温室を案内していただいても?」

「それなら仕方ない」



 ホッと息を吐いたのも束の間、急に前に立って手を差し出したジューリオに大量の疑問符を飛ばしていると温室に案内すると言い出された。先程シメオンが断って皇帝が了解したというのに、この大人達の会話を聞いてなかったのかと頭を抱えたくなった。



「ジューリオ。フローラリア公爵が言ったのを聞いていなかったのか?」

「聞いていました。ですが、慣れは必要かと。日日をずらそうが慣れていただかないと」

「ふむ……ジューリア嬢、どうだろうか?」



 ここでジューリアに断る選択肢がない。皇子が折角誘っているのなら、断れない。建前上訊ねた皇帝も断るとは思っていない。腹を括ったジューリアは差し出されたジューリオの手を握った。途端、傍から見たら分かり難いのをいいことに痛いくらいの力で握られた。顔を引き攣らせながら外に連れ出され、ある程度歩くと急に手を離された。転ばなくて良かったのと急に止まったジューリオが向けた顔にげんなりとした。


 敵意が剥き出しで愛想笑いの欠片もない。



「僕はお前のような婚約者は認めない」



 ジューリアとてお断りだ。



「そうですか。なら、ご自分で皇帝陛下に言ってください」

「父上はお前の魔力量とフローラリア家の持つ癒しの能力に目を付けた。お前が魔法を使えなくても、いずれ僕とお前の間に生まれる子供は強い魔力と癒しの能力を持つと」



 魔力しか取り柄がない令嬢を第二皇子の婚約者に選んだ時点で裏があるなとは感じてはいたがある程度予想通り。皇族の血にフローラリア家の血を入れたいのだ。

 お互い婚約が嫌だと我儘を言える立場じゃない。相手に余程の問題がない限り、この婚約を解消、又は破棄するのは至難の業。



「無能なら、無能なりに努力して僕に相応しい婚約者になるんだな」

「お断りですけど。殿下なんてこっちから願い下げですよ」

「なっ!」



 将来愛されず、絶対に恋人を作って好き勝手しそうなジューリオの為に努力せねばならんのか。あっさりとお断りしたジューリアに何故かジューリオは驚愕した。縋って来るとでも思ったのなら大間違いである。



「僕との婚約が無くなれば碌な嫁ぎ先がないんだぞ!?」

「信頼関係を築く気も、最低限の礼儀さえ通そうとしない殿下なんて私の方が嫌ですよ。魔法が使えない私と婚約させられて不満なのは分かりますが、私だって会ってすぐに嫌悪剥き出し殿下の婚約者なんて嫌に決まってるじゃないですか」

「な、そ、それは」

「……まあ、結ばれてしまったのは結ばれてしまったので我慢はします。殿下と違って最低限の務めは果たそうとは思います。私じゃなくても皇帝陛下が認める相手を探してくださいね」



 言い返せず、口を開閉するだけのジューリオにこれ以上付き合っていられない。来た道を戻ろうとしたジューリアは不意に光ったある物に釣られて違う方向へ歩き出した。背後からジューリオの声がするも構っていられない。段々と光が強くなる。

 建物内から庭に出たジューリアが見たのは、光の縮小と共に現れた同い年くらいの非常に見目麗しい美少年。

 見覚えが有りすぎる。純銀の髪と瞳。恐ろしいまでに整った顔と白い肌。ジューリアが知っているのは大人の彼。

 立ち止まって凝視していると美少年はふわりと笑んだ。

 予想している相手の名を紡ぐ前にジューリオが追い付き、突然現れた美少年とジューリアの間に立った。



「君は誰だ。何処から入った。此処は」

「イストワール帝国の城、でしょう。知ってるよ。ミカエル君が到着地点を間違えちゃったんだ。本来なら、大教会に着かないといけないのに」

「大教会?」



 大教会は帝国全土にある教会の総本山。神の祝福によって守られている帝国では、時折神の御言葉や祝福を授けに大天使が降臨する。



「――先に行かないで待っててくださいと言ったのに……!」



 続いて出現した光が眩しいとジューリアとジューリオ、二人揃って目を腕で塞ぐも聞こえた声に光が消えるとすぐ腕を離した。

 二枚の大きな翼を背に生やし、純白の衣装に身を包んだ薄い金色の髪の男性がいた。

 そして。



「遅いよ、ミカエル君」

「……なんでこんな事に。何を考えていらっしゃるのですか、ヴィル様」



 やっぱり、美少年はヴィルだった。



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