やり直したい
今の心情を一言で表すと面倒の二文字しか出ない。家庭教師ミリアムとジューリア付き侍女セレーネへの尋問が終わって、家令から呼び出しを受けたジューリアは渋々執務室へ入った。ヴィルも付いて来てくれた。中に入ると深く落ち込んだマリアージュと執務机に座って肘をついた両手で顔を覆うシメオンがいた。家令に促されたジューリアは室内に足を踏み入れた。無能と判ってからこの部屋に入るのは久しぶりだ。近くまで行くとマリアージュが近付いたので距離を取った。ショックを受け、固まったマリアージュに目もくれず、此方も何故かショックを受けているシメオンに用件を訊ねた。
「呼ばれていると聞いて参りました」
「あ……ああ……。ミリアムとセレーネに自白剤を飲ませ、彼女達が今まで私達に言っていた事が全て嘘だと分かった」
「そうですか。私は気にしませんので公爵様にお任せします」
「あ、ああ。伯爵家には厳重抗議をし、二人は解雇とする。ジューリアの新しい家庭教師と侍女はすぐに見つけるから心配しなくていい」
「名家の無能に付けられても不平不満を言わない人をお願いしますね」
ミリアムとセレーネがジューリアを舐めてかかっていたのは、全てフローラリア家当主が切り捨てたからだ。内心はどうであれ、外面さえジューリアを家族として扱っていたら舐めた真似をする者はいなかった。
どうせ家を出て行くにしても、すぐには連れて行ってくれなさそうなヴィルなのでその間世話をしてくる相手がまたミリアムとセレーネのような同類だと困る。
「ジューリア、今まで本当にすまなかった。お前が私達を許せない気持ちは分かる。だがお前とやり直したいんだ」
「ミリアム先生とセレーネの本性を知ってくれて私も嬉しいですよ。でも私と公爵様達の問題は別です。公爵様達と関わらない方が楽なので私はこのままで良いですよ」
「ら、楽!?」
「それに、です。魔法も癒しの能力も使えない私を庇ったら、フローラリア家のお荷物だと余計私が嗤われます。なら、今まで通り放っておいてください」
今更気にされても迷惑なだけで、周囲からしたらジューリアが我儘で家族を困らせていると解釈されてしまう。これも困る。周囲の評判は気にしない質でも此処にいる間は面倒になるのは嫌なのだ。
思った気持ちをそのまま口にしていくと驚きと落胆しかしないシメオンと泣いているだけのマリアージュ。十歳の子供にしては割り切り過ぎていると思われているのだろうか。
「……ど、どうすればジューリアは許してくれる?」
「許すも何も……もう何も思わないのでまあ、いいか。としか」
「まあ、いいか……? 何かしたい事は……」
死にそうな顔をして要望を引き出すシメオンの行動は訳が分からなくても、一つ閃いた。
「うーん……公爵様達の悩みは、要は私が公爵家にいるから起きるのであって、私がいなくなれば解決しますよね?」
「何を言うんだ!!」
「私がいなくて困った事ってありました?」
「……」
青緑の瞳が真っ直ぐとシメオンを射抜いた。知っている限り、ジューリアが皆の場にいなくて困った出来事は何も起きていない。次期公爵でも癒しの女神と将来期待されているでもない。いようがいなかろうが困らない存在、それがジューリアだ。
言葉に詰まったシメオンは何とか言葉を出そうと足掻いているが何も発せないのが事実を物語っていた。
「ジューリア……っ」
悲痛な声のマリアージュに呼ばれた。
「私達が悪かったわっ、貴女の性格が歪んでしまったのは私達のせいよ。今度は絶対にジューリアを守るから、私や旦那様を信じてちょうだい!」
「ミリアム先生とセレーネの所業を知ったくらいで掌を返すのが大袈裟じゃありませんか? 何か隠しているのですか?」
大体の予想はヴィルのお陰でついている。
「違うわ! お願いよジューリア、私や旦那様が貴女を見捨てたせいで恨んでいるのは百も承知よ。でも、貴女にとっても良いお話が来ているの」
「話?」
「第二皇子殿下の事は存じていますね?」
やはり、第二皇子との婚約の話だった。
皇太子とは歳が離れており、成人したら臣籍に入り爵位を授かるか、名門貴族の家に婿入りのどちらかになる。
ジューリアと婚約の話が出ていると話され、初めて聞いた振りをしつつ、ある疑問を指摘した。
「どうして私なのですか? 私より、メイリンが選ばれると思いますが」
「皇帝陛下たっての打診なの。貴女の強い魔力はきっと第二皇子殿下の為になると」
「メイリンの癒しの能力はこれからも上達していく。フローラリア家と縁が深い家との婚約を考えている」
相手が皇太子なら、メイリンをと両親は推していそうである。
皇族は代々強い魔力を持って生まれる。第二皇子も例外ではなく、ならジューリアの魔力は必要ないのではと更に問うた。
シメオンに首を振られた。
「強い魔力を持つ者といれば、ジューリアの助けにもなる」
距離を置かれ、少しでも縮めたいが為の言葉であると思うと溜め息を吐きたくなる。強い魔力を持つ者、父シメオンや兄グラースもその括りに入る。第二皇子だけ理由を付けるのなら、正直に言ってしまえばいいものを。
これ以上何かを言えば長話となり、執務室を出て行けなくなる。
婚約の話と第二皇子との顔合わせを受け入れると二人は明らかに安堵した。流れで部屋を出て行きたかったのにシメオンが止めた。
「マリアージュに言われてな、ジューリアもそろそろ新しいドレスが欲しいだろう?」
「お茶会に行きませんし、街へもあまり行かないので今ある分だけで十分ですわ」
「そう言うな。今日はお前の為にマダム・ビビアンを呼んでいる。好きなだけドレスを作ってもらいなさい」
「……分かりました。公爵様」
帝国屈指の有名デザイナーで彼女にドレスを作ってほしい貴婦人や令嬢は数多くいる。ビビアンブティックはフローラリア家がマリアージュやメイリンのドレス作りで必ず利用する。ジューリアはよく知らない。ジューリアのだとセレーネが届けていたから。中身はさすが公爵家と頷ける高級品。誰が選んだかは不明。
ほぼ着ないドレスや使わない装飾品はヴィルに別の場所に置いてもらった。どんなドレス等を持っているか、彼等は知らないだろうし、数が減っていても頻繁に新作ドレスを与えられるメイリンと違ってジューリアの頻度は少ない。
やっと部屋に帰れる。
なのに、執務室を出たらマリアージュが付いてくる。部屋に戻ったらヴィルと話がしたいのに。部屋の前に着いても離れないマリアージュに振り返った。
「どうしたのですか」
「え……いえ……ジューリアの部屋に行ったことがないから……」
「無理して来なくても良いですよ」
「無理なんて!」
「じゃあ」
扉を開けて即閉めようとするも、扉がびくともしない。
「ごめんなさいジューリア……私は……」
「お母様やお父様が気に病む必要はありません。名家に生まれた無能の扱いなんてどこも一緒ですよ」
「そ……!」
再度扉を閉めようと力を入れたら、今度は閉まってくれた。
外からマリアージュが叫んでいるが時間が経てば諦める。
事実そうなった。
ヴィルが入る前に閉めたと思い出し、何も考えず扉を開けたらグラースがいた。
「ジューリア」即扉を閉めるもすぐに開けられた。
「何故閉める!」
「お母様に何か言われました?」
「母上は関係ない。ただ、その、スイーツの時間だからジューリアを誘いに来たんだ」
「ああ……ありましたね、そんな時間」
「……ジューリアはスイーツの好き嫌いが激しいとセレーネは以前溢していた。これも嘘なんだろう?」
「お兄様達は信じたのでしょう?」
「……」
グラースは何も言えず、俯いた。チャンスだと扉を閉めようと手を引くが叶わず。突然顔を上げたグラースに手を掴まれ、七歳以前は呼ばれたサロンに連れて行かれた。無能の烙印を押されるまでは来ていたサロンに久しぶりに入った。久しぶりだと口にしたら、さっきまで扉の前にいたマリアージュや今ジューリアの手を引くグラースは気まずげな顔をし。唯一変わらなかったのはメイリンのみ。不満げな感情を隠す気はなく、口を尖らせた。
「まあ、お姉様が来るなんて珍しい。お兄様、お姉様はわたしやお兄様よりお勉強が忙しいのですよ? 無理に連れて来ては可哀想です」
「今日からジューリアもサロンでスイーツを食べましょう」
姉を気遣う優しい妹を演じるメイリンの顔は女優顔負けの演じぶり。偽りと気付かないマリアージュは苦笑しつつ、テーブルに並ぶスイーツを勧めてきた。
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