ヴィルはお世話上手?



 前世にあったシャワーはなくてもたっぷりのお湯があれば一人でもお風呂は入れる。セレーネに洗われるより自分で洗うのが一番安全で綺麗になるとは分かっていても、ジューリアをストレス発散の道具にしか見ていないセレーネは不要と浴室から叩き出したらジューリアが叱られた。解せない。

 自分でケアも終え、寝間着に着替えたジューリアは部屋に戻った。頭にタオルを載せたままだが気にしない。椅子に座っていたヴィルが手招きをする。素直に近付くと椅子をもう一脚用意され、そこに座るよう指を指された。



「後ろを向いてお座り。髪を乾かしてあげよう」

「ありがとうヴィル」



 後ろを向きながら座るとタオルを取られ、温風がジューリアの髪全体に掛けられた。ドライヤー代わりの魔法。これもヴィルに教わる項目に入れた。

 髪を梳くヴィルの手付きは慣れており、気持ち良くて欠伸を出した。



「家でも誰かの頭を乾かしてたの?」

「うん? 兄者や弟かな。兄者はちょっと髪が長かったし、弟はふんわりしてたからちゃんと乾かさないと爆発していたしね」

「癖毛だったのかー。大変だよね癖毛」



 ジューリアの髪も少し癖が入っており、毛先がくるんとしている。メイリンは全体的にふんわりとしていてグラースは癖無し。父の癖毛が姉妹に遺伝したのだろう。



「ヴィルは面倒見がいいんだね」

「そうでもない。面倒見がいいなら、甥っ子の泣き言を真剣に聞いているさ」

「あ、なるほど?」



 甥っ子の頼みで長男を探しているとか言っていたがヴィルや末っ子弟に探す気は全くなく、ヴィルは好きに過ごしている。

 乾燥が終わったと言われ、ありがとうとお礼を述べた。



「次は何をするの」

「何もないかな。眠いから寝るよ」

「美味しいケーキがあると言ったら食べる?」

「ケーキかあ。どこにあるの?」

「君の家族がサロンで食べていたよ。君の分もあると言っていたよ」

「なら、今頃セレーネ辺りが食べてるよ。私が家を出たら一杯食べに行こうよ」

「いいよ」



 美味しいケーキはフローラリア家以外にだって沢山ある。1つくらい食べ損ねたくらいではジューリアはへこたれない。

 眠気が襲い、小さく欠伸を漏らすと初めて魔法を使った反動だとヴィルが教えてくれた。ヴィルによって魔力の流れを一定にされ、魔法の使い方も教わった。彼には感謝しかない。見目や実力からかなり位の高い貴族に思えるがヴィルは微笑むだけで語らない。いつか教えてあげると言うのでそれ以上は聞かなかった。

 ベッドに運ばれ、肩までデューベイを掛けたヴィルの手を握った。



「起きたらヴィルはいなくなってる?」

「俺にいてほしいの?」

「うん」

「俺が寝ている君を襲うとは思わないの?」

「襲ってるならもっと前に襲っているでしょう?」

「まあね。安心して。ジューリアと一緒にいるのは楽しそうだから、君が家を出るまで此処にいるよ」

「すぐに行っても私は問題なしよ!」

「家族に余程未練がないんだね」

「全然。私が魔法を使えるようになったのは絶対内緒にする。掌返しなんて真っ平ごめんよ」



 無能と判った時点で散々冷たくし娘じゃないと妹じゃないと蔑んできた両親や兄に、今更娘や妹扱いされたくない。家族に愛されたいジューリアは七歳の時に死んだ。前世樹里亜だった時の記憶があって本当に良かった。



「そういえば……」

「どうしたの」

「うん……。前の私が死んだ後ってどうなったのかなって」



 世間体を重きに見る父だ、息子が妹を川に突き落とした等と知っても絶対に警察には通報しない。樹里亜は足を滑らせて川に落ち、溺死したとどうせ発表するに違いない。

 両家の祖父母や親友小菊は悲しんでいるだろう、小菊の両親や兄も小さい頃から交流があったから悲しませていると思う。



「さあ……知る術はないよ」

「うん……分かってるよ」



 分かっていても、気にしてしまう。

「お休み」と目をヴィルに覆われた。

 ジューリアはあっという間に眠った。



 ――翌朝。目を覚ましたジューリアは上体を起こし、キョロキョロと室内を見渡した。ソファーの上で寝ているヴィルを見つけ安堵し、起こさないよう静かに近付いた。



「うわ、寝顔まで美人」



 美人顔が若干幼く見えるも閉ざされた瞼から生える銀色の睫毛は長く、下睫毛も長いと知った。肌も手入れをしっかりとしているのか染みも出来物もない。唇も潤っていそうで全く荒れていない。銀色の髪をそっと触ったらあまりのサラサラ具合に感動した。

 面食いをより面食いにさせる美男子。恐ろしい男である。

 そろそろセレーネが部屋に来る時間となる、ヴィルはジューリア以外には姿が見えない魔法を掛けていると言っていたのでこのままにして大丈夫。


 カーテンを開き、窓を開けたところでノックもなしにセレーネが入った。



「おはようございますお嬢様。今日は起こす手間がなくて良かったです」



 ずかずかと部屋に入りテーブルに水の入った桶を置いたセレーネはドレスルームへ行った。水に手を入れると冷水で、変わらないなと苦笑し、昨日ヴィルに習った通りに魔法を使った。冷水を温水に変えて顔を洗い、スキンケアを終えた。



「今朝は食堂で食事を摂るようにと旦那様が仰っていました。此方のドレスに着替え――」

「ああ、面倒くさいから部屋で摂るわ」

「め、面倒!?」

「ええ。朝食は部屋に運んでちょうだい」

「だ、旦那様が食堂に来ていいと……」

「昨日の今日で食堂に来いなんて嫌よ。ほら、朝の支度するわよ」



 一人部屋で食事をさせられ、公爵が食堂での食事を許可したら泣いて喜ぶと思ったら大間違いだ。唖然とするセレーネからドレスを奪い取り、自分で脱げる範囲で脱ぎ始めた。


 ドレスを着せる時もだが、今日のセレーネは髪を梳く際も普段の乱暴さはなく、丁寧とは言い難いが痛くはなかった。ドレスも雑さはない。

 変なのと朝食を待っているとヴィルが起きた。寝起き特有の掠れ声は濡れた色香と合わさって破壊力抜群で「おはよう」と発したヴィルを直視するのが苦しい。



「ヴィルって美人よね……」

「急にどうしたの」

「なんでも。今から朝ご飯なんだけどヴィルの分はどうしよう」

「君の侍女はちゃんと持って来るかな?」

「どうだろう」



 持って来なかったらヴィルが街へ行って美味しいパンを買ってあげるとなり、ジューリアはセレーネを待つようで待たなかった。約十分経過しても来ないのでヴィルお勧めのパンを選んだ。

「良い子で待ってて」と言い残して姿を消し、残ったジューリアはどんなパンがくるか楽しみで仕方ない。

 すると控え目に扉が叩かれた。返事をしたら、現れたのは父シメオンだった。

 浮かない顔をしており、首を傾げると食堂に来ない理由を問われた。



「セレーネが言ってませんでした?」

「いや……聞いたが……」

「なら、その通りです。お気になさらず」

「ジューリア……その、すまなかった」

「良いですよ。じゃあ、早く出て行ってください」

「まだ話が終わっていない!」



 心底面倒くさいと顔に全面に出したら、何故かシメオンはショックを受けていた。



「今まで済まなかった……お前に謝らないといけないのは分かっていたのに」

「そうですか。もういいですよ」

「ジューリア。食堂に行って家族で朝食を」

「お前は家族じゃないと貴方に言われたことは忘れませんし、消えませんし、公爵令息様からも妹じゃないとお墨付きを貰っているのでお気になさらず」

「……」



 上げかけた手を下ろしたシメオンは項垂れ、寂しくなったら何時でも来るようにと言い残し部屋を出て行った。突然考えを直したのは何なのか、理由を探ってみるもジューリアの知っている範囲では何も浮かばなかった。

 その後朝食は来ず、ヴィルが買ってきたパンでお腹を満たした。



「美味しい! どこで売ってるの?」

「帝都の街のパン屋。俺も気に入ってるんだ」

「今度私も行きたい!」

「何時行こう?」

「長時間部屋にいなくても大丈夫な日」


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