Act.21
憂鬱な季節がやってきた。
肌に吸い付くような空気と、妙に
音を立てて降りしきる雨を、教室の窓からぼんやりと眺めている。
「じゃあ、さっそく文化祭の出し物、決めていこうと思います」
去年もやった文化祭。大学付属の高校だけあって、大学の学祭とも時期を被らせて行われるうちの文化祭は馬鹿みたいに規模が大きい。
とりあえず人が多くてクラクラした記憶しかないけれど。
不思議と、今年はあまり深刻に感じていない。つい数週間前、命のやり取りをしたという記憶がまだ体の奥底で燻っていて現実に戻りきれていない感じがある。治ったはずの右手が、痛むような気さえした。
「お化け屋敷!」
「メイドカフェ! 男子がメイドやってね!」
「パンケーキ!、パンケーキ! 食べたーいっ!」
「そこ、自分の欲求じゃなくて出し物を考えるように」
「迷路」
「クイズ」
「つーか、部活の方もあるし、あんま手のかかるやつは無理じゃね」
「そーだった。うちなんだっけ、焼きそば?」
「うへ、暑いんだよなー」
怒号。
僕にはそうとしか聞こえない。ありふれた提案と私語が飛び交って、教室全体が内側から少しばかり膨らんだように感じる。
「そういや、鈴木は? なんか知ってる? 文化祭の指揮取るのって副部長の仕事じゃなかったっけか」
そういえば、最近見ていない。
繕いきれていない、あの表情と図々しい態度。
負の感情が漏れ出て、自分でも驚く。以前ならちゃんとしていない自分が悪いのだと落ち込むような考えばかりが浮かんできたはずなのに、ひどく攻撃的なことを考えている。
ふと気がつけば、宥めるように左手が。少し痛みの残る右手を撫でていた。
「鈴木な! いや、俺もなんも知らないんだけどさ。連絡取れねえし。文化祭来んのかな」
「あー、あいつ。なんか先生でも連絡取れんらしい。家庭訪問?、するって言ってた」
「マジ? 誰が行くのさ」
「そりゃあ担任か、サッカー部の顧問じゃね?」
「顧問来たらますます登校なんてしたくなくなるだろ」
「それな。いや、まじで」
「ま、何にせよ心配ではあるけどなー」
「大丈夫じゃね?」
「なになに、鈴木くんの話ー? なんかお兄さんが体調崩して入院してるみたいだよ。その付添とかじゃない?
「そこで
「闇とか言わないの。一途って言いなさいよ」
「いやー、俺等でも知らん情報をどう手に入れたのかは気になる」
「さーね。案外あの2人、続いてたりしてね」
「言っちゃあなんだがあいつ、付き合い方最低だからな。ありえる」
「噂は聞くよー。キープしてる女子が4,5人いるってやつでしょ」
「噂になるレベルだよな。いつか刺されるんじゃないかって気はする」
「案外刺されてたりして」
「微妙にありえそうなこと言うのやめろ、まじで」
ダラダラと続く話し合い。
むあっとした空気も相まって、不快感がひどい。
・・・何をやるにしたって、僕にはあまり関係ない。美術部の方があるから。
人数は少ないし、僕以外はほぼ幽霊部員。でもだからこそ、展示品の見張りをしなきゃいけないという理由でクラスの出し物をサボれる。
それに美術室は特別棟最上階の端っこ。見に来る人がいっぱいいたらどうしようなんて考えて勝手に悩んでいた僕にとっては嬉しいことに、去年見に来た人は3人だけ。
1人は道に迷った一般の人。1人は美術部のOG。もう1人は美術部の顧問。
文化祭は好きじゃないけれど、授業がなくなって美術室に閉じこもっていられると考えれば少しは気持ちも楽になる。
結局1時限分まるまる使った話し合いの結果、うちのクラスはお化け屋敷をやることになった。
◆◆◆
「検死の結果が出た」
”塔”の一室。以前にも使った201号室にて、同じ魔術師たちが顔を合わせていた。
「男は事件の前日、死亡し、霊安室にて安置されていた。それが動き出し、病院を抜け出して近くの工事現場に入り込んだようだ」
相変わらずテンプレート通りの服装をした第3課課長である渡谷が資料片手に話を続ける。
「・・・
ポニーテールの少女が、熱のない声で言う。
「であれば、魔法陣のつながりからトレースできる。男の肉体そのものに魔術が使用された形跡はなかった」
通勤ラッシュの電車に乗ればあっという間に埋没してしまいそうな印象の薄さを保ったまま、渡谷は重々しく言葉を続けた。
「ただし、男は我々が追っている薬の中毒患者だったそうだ」
室内の空気が、ピンと張り詰める。
「今まで薬の接種者がここまで過剰な反応をしたことはない。彼がよほど薬を多用したか、濃度が高かったのかの二択になる」
「つまり、下っ端の売人でなく。製造元と近い関係の奴が売った可能性が高いわけ。下手したら作ってる本人が売ったかもね」
めずらしく意識のある百目鬼が、渡谷に視線を向ける。
「そうだ。よって、現在進行中の調査は一旦中止し、引き継ぎ資料を1日で仕上げろ。我々は今回の事件を重点的に調べる」
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