32.根性は見せてもらったよ

 錐形飛翔体すいけいひしょうたいは、微妙に軌道を乱したが、それだけだった。きけずられたレリーフも、少しずれた位置の表層で、すぐに同じ姿が浮き彫りになる。


「『あんまり意味ないよ、そういう攻撃。もっとあたしたちのこと、いろいろ真剣に考えて欲しいなあ』」


「……意味がないのは、お互いさまだよ」


 桃花ももかは、ずれた位置の鉱石の瞳と、今度は視線を合わせなかった。


「ぼくたちは神さまの一部なんだから……滅ぼすと決まったものを滅ぼすし、壊すと決まったものを壊す。今は、それがたまたま、あんたたちってだけ」


 アルスマギウスが、さらに速度を上げた。並んでいた錐形飛翔体すいけいひしょうたいを徐々に引き離し、十翼じゅうよくをことさら大きく広げた。


「他を知ってるわけでもないけどね。人間とか石ころとかも、結局、関係ない。人間のふりして見せたって、手が迷うほど繊細せんさいじゃないよ」


「『んー、ハードボイルド? そういうギャップも可愛いんだけどさ。あんまりしゃに構えてると、おっぱい大きく育たないよ?』」


「んなッッ!? それこそ、なんの関係もなしのコンコンちきだよッ! 言っておくけど、これはわざとッ! わざと、あざとく、狙って攻めてるコースなわけッ!」


「『ゆうくん、そんなところこじらせてないと思うけどなあ』」


 錐形飛翔体すいけいひしょうたいも、核パルスジェット推進を重ねて加速する。アルスマギウスを離さず、追いすがり、長さの不ぞろいになった底面円周の六本の触腕しょくわんを、すべての結節けっせつから粒子光を放射して伸ばした。


「『本当はね。あたしたちも、もういいんだ』」


「……」


「『絶滅させられたっていいんだよ。なんて言うか……あたしたちが生きてても、それこそあんまり意味ない感じ、わかる気がしてる、のかな?』」


「だから……」


「『でもさ。リーダーさまががんばってくれてるんだから、あたしたちもがんばらなきゃ、って思うじゃん』」


「関係ない……!」


「『……あたしたちのために泣いてくれてるんだから、なんかやらなくちゃ、って思うじゃん』」


「うるさいんだよ! 石ころが、ごちゃごちゃと!」


 アルスマギウスと錐形飛翔体すいけいひしょうたい白炎びゃくえん煌流こうりゅう赫灼かくしゃくの粒子光、二条の彗星すいせいが触れ合い、はじき合うような軌跡で準光速のその先まで、近づいていく。


 錐形飛翔体すいけいひしょうたい触腕しょくわん結節けっせつを解放し、最後の二十一個の対消滅誘導弾ついしょうめつゆうどうだんを発射した。相対速度のわずかな差を、じりじりとつめて進捗しんちょくする。


 アルスマギウスは、広げた十翼じゅうよくを、一つ残らず本体から射出した。煌流こうりゅう燦然さんぜんとなびかせて、十翼じゅうよくそれ自体が超常の加速で、錐形飛翔体すいけいひしょうたいに正対するような逆錘形ぎゃくすいけいに拡散する。絶対速度が、瞬間的な光速へ、遂に到達した。


 十翼じゅうよくの個々の質量が無限大となり、圧壊した十個のマイクロブラックホールが凝集体クラスターを形成する。わざと被弾した数個の対消滅誘導弾ついしょうめつゆうどうだんの衝撃で、自らを半壊させながら直進軌道を外れるアルスマギウスが、演算高速化クロックアップも処理しきれない刹那せつなで直進軌道に残された錐形飛翔体すいけいひしょうたいを見た。


 視線は合ったのか、合わなかったのか、わからなかった。マイクロブラックホール凝集体クラスターが、錐形飛翔体すいけいひしょうたいうろのように飲み込んだ。


 重力異常が電磁場を乱しながら蒸発する。刹那せつなの、そのまた刹那せつな、境界の戦場が暗転した。


 すべてが消えた後に、アルスマギウスだけが投げ出されていた。十翼じゅうよくを失い、本体も半身ほどを喪失そうしつしていた。再構築も減速も、軌道変更すらできなかった。


「はぁああああ……つっっかれたよ、まったく……!」


 左眼の虹彩こうさいも光が消えていく中で、桃花ももかがひっくり返る。


「でも……根性は見せてもらったよ」


 それだけを、どこにもとどかない信号でこぼして、暗い宇宙の底へ沈むように消失した。



********************



 残っていたすべての敵性群体てきせいぐんたいが、次々と粒子光の尾をいて、宇宙をはしる。それぞれの明確な意思で軌道を描き、サーガンディオンに肉迫する。


 サーガンディオンが両腕の、牙爪がそう連太刀れんだちぎ払う。境界断層きょうかいだんそうが連なり、合わさり、空間を縦横無尽じゅうおうむじんに斬り裂く九十九つくも織糸おりいととなる。


 織糸おりいと敵性群体てきせいぐんたいに触れた瞬間、さざなみ光輪こうりんを展開して諸共に爆縮ばくしゅくする。赤い粒子光の星々を、あお燐光りんこうが塗り替える。


 だが、飽和していく攻撃の中、数多の敵性群体てきせいぐんたい境界断層きょうかいだんそうをすり抜ける。可視光も電磁波も、あらゆる信号が湾曲した異次元の位相で、さらに分裂、核パルスジェット推進の拡散弾頭となる。


 察知できない距離、位置、タイミングで、反物質化した誘導弾がサーガンディオンに着弾する。互いの同質量を対消滅させて、サーガンディオンの鎧装がいそうが崩壊する。異形の四肢が、深淵しんえんに飲み込まれるように、掘削くっさくされる。


 双脚鎧装展開翼そうきゃくがいそうてんかいよく煌流こうりゅうをなびかせて、白く燃える葦原あしはらを駆けながら、失った部位を再構築する。再構築した四肢は、さらに異形化し、肥大化し、駆逐戦闘特化筐体くちくせんとうとっかきょうたい荒御魂あらみたま顕現けんげんする。


 今のゆうには、全部が見えていた。


 パルバトレスもアルスマギウスも、暁斗あきと桃花ももかも存在が消えて、どこかの彼方かなたへ戻ったような感覚だ。ゆうの自分自身も同じ彼方かなた、そしてサーガンディオンの中へと、溶けていくようだった。


 水転写の志津花しづかと握り合ったてのひらで、必死につなぎ止める。加々実かがみゆうを、有機生命体の個を、人間だった頃をつなぎ止める。ゆいと向き合うために、つなぎ止める。


 ゆいは、叛逆はんぎゃく遠呂智おろちは、六芒ろくぼうあぎとと八節左右十六枚の樹冠じゅかんの翼、十七曜じゅうしちようの真紅の鉱眼こうがん蠢動しゅんどうさせて、遂に、手を伸ばせばとどきそうな近くに降りていた。


「もう、やめよう……ゆいちゃん」


 有機生命体と無機生命体の生存競合は、止められない。遠呂智おろちが引き寄せている月に、ロシュ限界は超えさせられない。戦いはやめられない。


 そして情けない人間でいることも、矛盾する言葉を交わすことも、やめるわけにはいかなかった。


「俺は……カッコいいヒーローになんて、なれないよ。地球全部を殺しても一人を選ぶなんて、言えない……。それでも……それでも、俺はゆいちゃんが……」


「『いいんだよ、ゆうくん』」


 ゆいが笑う。


「『あたしたちは、あなたたちを進化させるために生まれて、殺されるの……それが決まりなんだよ。最後の最後まで殺し合って、あなたたちが勝たなくちゃいけないのよ』」


 遠呂智おろちわらう。


「『だから、やめるなんて言わないで! 笑って殺し合おうよ! 神さまあなたの、決めた通りにさあ!』」


 遠呂智おろちの真紅の鉱眼こうがん禍津星まがつぼしの一つが宣誓せんせいのように輝いた。

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