第4話 嘯く口先



蟲人が現れてもう3ヶ月も経つ。


秋めいた空をぼんやりと眺める。


アパートの窓から外を見る。


最近は再生した身体が馴染むまでの時間が短くなっている気がする。


半日も休めば普通に動ける。


ポケットからスマホを取り出してカレンダーを確かめる。


「明後日かぁ」


「何が明後日なんだ? 」


ビックリして俺が振り返ると、アイツがすぐ後ろまで迫ってきていて、カプリと肩を噛まれて、ジュルリと満足するまですすると肩から、ニチャっと音を立てて離れて、「ぷはぁぁぁ」っと息をついた。


「仕事終わりのビールかよっ」


思わず突っ込む。


「だってオレ、アロしか食えないし飲み物だってお前になるだろ」


アイツは俺のことをアロと呼ぶ、始めは訂正してたけどあまりにも直す気がないから俺が諦めた。


アイツがわざと痛く耳を齧る。


イタィ


咄嗟に離れるとアイツが強く噛んで耳が少し裂ける。


「痛い、ヤメろ」


「なんで?」


真顔で聞いてくる。


「はぁ?なんでって意味わかんねぇ、痛いって言ってんだろ」


声に怒気が混じる。


「だから、なんで?」


アイツはずっと真顔だ。ふと、不敵な笑みを浮かべる。


アイツが俺の耳に顔を寄せ、

二股の舌で俺の耳を嬲り始めた。


「だってアロ、オレに痛いことされるの好きだろ」


俺の怒張しているソレに目をやる。


「チガッ、これは」


体を捩ってソレを見せないように体勢を変えようと思うがしっかり肩を持たれて動けない。


「今までアロのソレをオレは一度も食ってないだろ」


もちろん気づいてる。一度も食われていないのは。


アイツはいつも、俺が吐き出す様子を見て、満足気に微笑むんだ。


恥ずかしくて死にそうだ。


もう俺は頭の中で俺のソレがアイツに食われるのを想像している。

何度も何度も、そして心の中では既に望んでいる。


なにかのきっかけがあったら俺はアイツに望みを口にしてしまいそうだ。


恥ずかしくて絶対に言わない。

イヤだそんな俺を見せたくない。


恥ずかしくて下唇を噛んでアイツを睨む。


アイツが嬉しそうにニヤリと微笑んで、俺の顎をクイっとあげた。


俺の耳に顔を寄せ、二股の舌を耳に絡ませながら囁いた。


「オレにソレを食って欲しい?」


思わず目を見開いて、バッとアイツの顔を見る。


アイツの目を間近で見てしまった。

ニヤリと微笑んでいる。


息を飲んだ。


「オレに食って欲しいなら、ちゃんとお願いを口で言えよ」


言いたくないのに、

『言ってしまえ』と頭の中で誘惑の声が聞こえる。


イヤだ。言いたくない。

『そうなったらきっと凄く痛くしてくれる、アイツに痛くされるのが好きな俺のために』

チガっそんなこと望んでない。

『ソレは嘘、だってもう、、』


俺はアイツの胸に顔を埋めて吐き出した。


俺はアイツの胸の中で恥ずかしくて泣く。

もうイヤだ。


そんな俺をアイツは優しく抱きしめた。


「で? 明後日何があるんだ? 」


俺はシャワーを浴びてスッキリしてから冷蔵庫からビールを出し、グビっと飲んだ。


もうすっかり夜になっている。


明後日?あさってぇー!


俺は大事なことをアイツのせいで危うく忘れるところだった。


慌ててスマホで平潟さんに連絡する。


「えっ!ダメなんですか?お願いします、そこをなんとか、本当に無理?国の方針?!どうしても行かなくちゃ行けないんです!約束したんです。

そこをどうにか。


えっ本当に無理なんですか。そうですか、はい、わかりました、いえ、こちらこそ無理を言ってすいませんでした。はい、でわ、夜分すいませんでした、失礼します。」


スマホを切った。ドサッとソファーに座る。


はぁっとため息が出る。


アイツはいつの間にか俺の隣に座っていて、肩に手を回してた。


「で、明後日何があるんだ」


さっきより語気が強い。


頭の中でどうするかを考え、色々策立てて見るが、現実的では無い。


要はこの特区を出たいのだが、、、。


ん?肩が痛い!


痛い肩を見る。


「何やってんだよ」


俺の肩にアイツの爪がくい込んでいる。


「あさって何があるんだ」


アイツがゆっくり言いながら肩に食い込む指に力をこめた。


「痛い痛い、話すから離せってぇ」


アイツは、パッと手をはなした。


「あれは、俺がサラリーマンをやってた時、何年前だ?もう、5年?、いや、7年か?7年前だ、そうか、7年も経ったんだんだなぁ、、、


俺が普通のサラリーマンをしていた時、俺の趣味は登山だった。


ストレスまみれの街から離れて自然の中で歩いて山を制覇した時の達成感は半端ない。


あの日も一泊の予定を立てて、山に登ったんだ。

途中で足を怪我した50代のおっさんを山小屋に連れて行ったりしながらさ。


五合目の山小屋にまぁまぁ予定どおり着いて、次の日はまだ暗いうちに山小屋を出発して、山頂で朝日を見るつもりで、その日は早めに飯を食って、寝たんだよ。


俺は大きな物音で目が覚めたんだ、時計を見ると、まだ2時間も寝ていない。


仕方ないからもう一度寝ようとした時はっきりと銃声を聞いたんだ。


起き上がって辺りを見回しても暗くて何も見えない、尋常ではないことが起きていると思ったんだ。


支度を整えて部屋を出ようと扉の前に立った時に、コチラに誰かが近づいてくる足音がして、十徳ナイフを持って扉の死角に入るように移動して誰かが来るのを待った。


ノックの後入ってきたのは山小屋のオーナーの男性で伏見さんだった。


伏見さんとはこの山小屋を利用する度に顔を合わせていたから顔なじみでさぁ、俺なんて年に10回はその山小屋を利用してたからもう、名前も顔も覚えられてて、そこの山小屋で食うカツカレーが絶品、って今はその話じゃないな


その伏見さんと見知らぬ男とが部屋に入ってきたんだ。


伏見さんはどうやら銃で脅されていたみたいで、何回も謝っていたよ。


あぶねぇ奴が入ってきたら1発殴って逃げ出そうと思ってたけど、伏見さんを人質にされたらなんも出来ねぇよな。


十徳ナイフは銃を持った男に奪われてしまったんだよ。その後、銃を持った男にロープで縛られて、食堂に連れていかれたんだ。


そこには10人くらいの人が一箇所に集められていた。


みんなの顔が真っ青なんだよ、疑問に思って、捕まっている人達のところに行ったら理由がわかったよ。


テーブルと椅子で見えなかったんだけど、伏見さんの奥さんと登山客が血を流してたおれてたんだ。


あとから聞いた話、犯人は登山者を見せしめに殺そうとして、銃を撃ったら伏見さんの奥さんが咄嗟に庇って代わりに殺されたそうなんだ。


まぁ、庇われてた人もそのあと二発目の発砲で殺されたんだけど。


そいつらどっかの宝石店で強盗して警察から逃げて山小屋に立て篭もったんだと。


外には警官か大勢いた。


強盗犯は人質と交換で逃走用の車と金を要求してたんだ。


強盗犯の人数は5人、縛られている人の人数は10人、ロープを切って犯人を取り押さえられれば行けると考えたんだが、犯人は銃を持ってるし、二人殺されているから、ロープを切ってもそんな無謀なことみんな出来そうになかったよ。


仕方なく大人しくしてたんだが、俺の隣で縛られてた中年のおっさんが胸を抑えて苦しみ出したんだ。


声をかけたんだが、どんどん顔色が悪くなってくし、勇気をだして強盗犯にどうにか交渉って言うか、めっちゃお願いしたり、脅したりしてその人だけ解放されたんだ。


それから俺強盗犯に目を付けられてな次になにかやったら殺すって銃口を突きつけてくるんだもん参ったよ。


その後は何も無いまま朝が来て、みんな疲労で朦朧としてた頃だった。


部屋の中が朝靄で煙ってるんだよ、おかしな話だよな、室内が朝靄で煙るなんて、みんな疲労で思考停止してたんだな。


催涙ガスだったんだ、人質の俺達も含めて被害にあったよ、あれは参ったなぁ。


それに腹を立てた強盗犯の1人が俺に向けて発砲したんだ。

足を怪我してたおっさんが俺に覆いかぶさってな俺を助けてくれたんだよ。


硯田 勤享年53、近々娘が結婚する予定で、娘さんとバージンロードを歩くのを楽しみにしてたんだと、俺のせいで出来なくなっちまったけどな。


俺はそれから毎年命日に硯田さんの家に行って線香をあげて、山に登って献花してたんだ、今年は出来そうにないけどな」


俺は眉間をつまんで涙を流さないようにした。


長い話をして喉が渇いた俺はぬるくなって少し不味くなったビールを一気に飲み干した。


「オレはバージンロードやら献花やら線香ってもんがどんな意味があるのか知らねぇけど、お前の代わりに死んだ人を思う気持ちはわかるよ、この場所からできることはないのか」


アイツの言葉に目を瞑って考えた。


「そうだな、今年はここから花と線香をあげるよ、現地には誰かに行って献花してもらって写真でも送ってもらおうか、明日にでも平潟さんにもう一度電話してみるよ」


「それがいいんじゃないか」


アイツが優しく笑って、俺の首筋に噛み付いた。


アッッ


「 今日はあまり痛くしないで」


と懇願してみた。

『嘘つき、痛くして欲しいクセに』

と心の中の俺が、俺を責めた。

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