第六話:異世界に降りてきた男

 俺とご立腹なアロンは、女商人のピノと女剣士のレタンに連れられて街の広場までやってきた。

 さっきまで歩いていた場所と違い、人で賑わっている。どうやらここが街の中心らしい。しかし、家の中には壊されたものもある。魔王とやらの影響だろうか。

 出店や屋台が沢山あって、品物もピノの言ったように日用品をはじめ、旅用の品や武器、食べ物など様々だ。異世界初心者の俺にはこれ以上の詳細は分からないが。

 その一つに大きな馬車と屋台が目に留まった。商品が入っていそうな大きな木箱が積み上げられている。その中身を空想したくもなるが、俺が注目したのは優しそうな眼鏡をかけたおじさんだ。あの亭主、どこかで見覚えが……。


「エイさーん」


 ピノが叫んで駆けていった。エイさんって人はピノさんの上司にあたる人らしい。俺をここの世界に送り込んだ人もたしか……。


「おい、待てピノ」


 考え込んでいたら置いてかれた。

 ちょっと待って。急に走らないでくれないか、俺は疲れているんだ。走りたくない。


「ピノくん、レタンさん。その様子だとゴブリンから取り返せたようだね」

「はい、ご覧くださいテトランプは無事です」

「うん、ありがとう。レタンさん、これは報酬金だよ」


 金貨が入っている麻袋をレタンは拒んだ。


「いえ、いただけません。私は当然のことをしたまでです。何より、このランプを取り返したのはこちらの方たちですから、この人たちに報酬を払うべきです」


 この剣士、真面目な人なんだろうな。などと人間観察をしていると、エイさんと目が合った。


「やあ、はじめまして。私はピノ君と一緒に旅商人をしているエイだ」

「どうも、ソーサク・ナカジマです。こっちはアロンです」


 アロンは会釈だけしてそのまま俺の後ろに隠れてしまう。どうしてさっきから何も話さないのか。汗かいているし、あまり近づかないでほしんだけど。


「恥ずかしがり屋のお嬢さんだね。話によると君たちが助けてくれたようじゃないか。少しばかりお礼をしたいな」

「ソーサクさんは着替えが欲しいみたいですよ。どうやら旅の途中で魔物に襲われて、着の身着のまま逃げて来たみたいですし」

「ゴブリンを倒せる人がねえ……。魔王が活動的になっていると聞くし、強力な魔物と遭遇したのかな。ここ最近だとコカトリスっていう怪物が暴れているらしいじゃないか」


 コカトリスだって?見た者を石にしてしまう邪眼を持った、鶏の化け物だったはず。ま、戦力外の俺には関係のない話か。


「さて、お礼として服を譲ってあげたいんだが、新品は高価でね。布を縫い合わせた安価な品で申し訳ないけど、勘弁してくれないか?」

「いえいえ、頂けるだけでありがたいです」

「女性の前で着替えるのもアレだ。こっちに人気の無い場所があるから来てくれないか?」


 エイさんに馬車の後ろへ連れてこられた。山積みの木箱は人目を隠すには十分。覗こうと思わなければ誰も見ないだろう。

 誰も見ていないことを確認してからエイさんが口を開く。


「ちゃんと約束を果たしてくれてありがとう。中島宗作くん」

「やっぱり、もしかして」

「エイジンだよ。君をここに呼んだ、ね」


 ついに見つけたぞ全ての元凶。あんなパチモン能力を授けやがって、文句の一つでも言ってやる。


「ちょっと、エイジンさん。何なんですかあの能力、怪獣に変身できないじゃないですか」

「ハッハッハ、ごめんね。君を騙すようなことをして、けど着ぐるみの怪獣だからこそ出来ることがあると僕は思うんだ。本物の怪獣だったら、アロン君と仲良くなれないと思うけどね」

「そうかも……しれないですけど。死にそうだったんですよ、ゴブリンに群がられて」

「それは災難だったね」

「それに汗びっしょりになって、着ぐるみの中で意識が朦朧としてたんですからね。今度は脱水症状で死ぬかと思いましたよ」

「ハッハッハ、悪い悪い」


 笑ってはぐらかされた。非常に遺憾である。




 俺が着替えて戻ってくると、アロンがすぐに駆け寄って後ろに隠れた。


「ソーサクさん、似合ってるよ。前のよりは……うん」


 特に何の装飾もない服だが、ピノからそこそこの評価をもらった。アロンのように綺麗でもなければ、レタンのように豪華な物でもない。だが、地球のビジネスマンスタイルはやはり異世界に適していなかったらしい。

 ピノはアロンと俺を交互に見てつま先立ちになると、俺にぐぐっと顔を寄せて。


「ずいぶん懐かれていますね、二人はどんな関係?もしかして恋人?兄妹?」


 そりゃ俺もこんな美少女とお付き合い出来たら嬉しんだけど、お相手が許してくれるかな。ねえ、アロンさん。

 俺がアロンの方を向くと、赤いリボンがそっぽを向く。そして、俺にだけ聞こえそうな声で。


「……うん」


 え、これって脈あり?いや、待て兄妹って線もあるぞ。

 正解が気になるところだけど、この女に知られると絶対にめんどくさい。


「一応、さっき会ったばかりなんですね。なんでアロンの出身とか全然知りません」

「本当に?」


 嘘を言って良いことあるのか。


「ま、そういう事にしておいてあげる」


 ピノは悪戯な笑みを浮かべて離れていく。コイツ、男女の恋愛をいじってくるタイプだ。


「アロンさ、何か買い足していく物ってある」

「……特に無いです。早く行きましょう」


 なんでちょっと拗ねてるのさ。


「ちょぉっと待ってて、今レタンが食べ物買いに行ってるから。戦ってお腹空いたでしょ」


 ピノに言われてレタンを探すと、食べ物が売っている屋台に並んでいた。腕にはサンドイッチらしき食べ物が五つほど。


「ほら、タウロスサンドだ」


 タウロスサンド。名前からしてサンドイッチやハンバーガーに近い食べ物なんだろう。

 丸いパンからは大きな肉がはみ出し、一緒に挟まれたレタスみたいな葉物野菜が美味しそうだ。地球でよく食ってたハンバーガーを思い出すな。ところでこの肉って誰の肉?


「ミノタウロス」


 口いっぱいに頬張りながらレタンが答えてくれた。

 彼女の財力が分からないが、一般人でも食べられそうなジャンクフードと化しているあたり、ミノタウロスはそこまで強くない、かつありふれた魔物なのだろう。


「ありがとうございます。美味しそう」

「ソーサクさん、一口ちょうだい」

「アロン君の分もあるよ、どうぞ」

「……ソーサクさん」


 私にも寄越せとアロンが上目遣いで囁いてくる。


「代わりに俺が受け取りますね……はい、アロン」

「わぁ、ありがとうございます」


 エイ神様合わせて五人でタウロスサンドを頬張っていると、レタンがポケットに突っ込んでいた羊用紙を取り出した。

 茶色くどこか古ぼけた書類を見せつけてきた。蛇が這ったようなのは……この世界の文字なのだろうか。あいにく俺は日本出身だ。漢字とひらがな、カタカナ以外の文字は読めないぞ。英語は苦手だ。


「ゴブリンを倒した君たちの腕を見込んで頼みがある。私と一緒にこの辺の魔物の討伐を願いたい」

「え、マジ?」


 パンからはみ出たお肉が落ちた。まだ半分も食べていないのに。

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