はぐれ死神リグレッタ、終の棲家で母になる

第101話 危ないじょうきょー

「まってぇ～～～～～！！」

　大渦（おおうず）から響（ひび）いて来（く）るおっきな音（おと）に負（ま）けないように、私（わたし）は叫（さけ）ぶ。

　でもダメだぁ。

　ネリネを乗（の）せたガブちゃん（仮）は、全然（ぜんぜん）止（と）まってくれないよぉ。

　走（はし）りながら叫（さけ）んでるから、聞（き）こえないのかな？

　でも、立（た）ち止（ど）まったら、もっと離（はな）されちゃうし。

「止（と）まってよぉ～～！！　とまってくれたら、登（のぼ）れるのにぃ！！」

　ガブちゃんに追（お）いつくだけなら出来（でき）たんだけどなぁ。

　私（わたし）、足（あし）の速（はや）さには自信（じしん）があるもんね。

　でも、動（うご）いてるガブちゃんの身体（からだ）を登（のぼ）るのは、まだ難（むずか）しいと思（おも）うのです。

　リッタなら、簡単（かんたん）に止（と）めちゃうんだろうなぁ。

　なんとかして、リッタを起（お）こせたら一番（いちばん）だと思（おも）う。

　でも、ぐっすり寝（ね）てたからそれは難（むずか）しいかも。

「私（わたし）がやらなくちゃ！　だから止（と）まってぇ！！　ねぇ！！　止（と）まってってばぁ！！」

　ガブちゃんは私（わたし）に気付（きづ）いてくれさえすれば、きっと足（あし）を止（と）めてくれるはずだもん。

　でも、そうじゃなかったらどうしようね。

　そうだよ。

　もし、ガブちゃんも皆（みんな）と同（おな）じように変（へん）になっちゃってたら、危（あぶ）ないかもだよ？

　だからって、諦（あきら）められるわけ無（な）いけどね。

　こういう時（とき）、リッタはいつもどうしてるのかな？

　ガブちゃんを傷（きず）つけたくないし、同（おな）じように、他（ほか）の皆（みんな）のことも傷（きず）つけたくない。

　こういうコトはきっと、リッタが得意（とくい）だよね。

　その得意（とくい）に、私（わたし）はいつも助（たす）けてもらってたから。良（よ）く分（わ）かってるんだ。

　初（はじ）めてリッタと会（あ）った時（とき）は、すごく不思議（ふしぎ）だったけど。

　今（いま）なら分（わ）かるもん。

　リッタはどんな時（とき）でも、自分（じぶん）の周（まわ）りをよく見（み）てて、何（なに）があっても誰（だれ）のことも傷（きず）つけないようにしてるんだ。

　そういえば、そんなリッタと一緒（いっしょ）に暮（く）らし始（はじ）めた頃（ころ）、寝（ね）てる時（とき）に部屋（へや）に入（はい）らないように言（い）われたっけ。

　寝（ね）てる間（あいだ）は、何（なに）か起（お）きた時（とき）に守（まも）ってあげられないからって。

　だから今（いま）は、とても危（あぶ）ないじょうきょーなのです！

　でも、私（わたし）じゃどうにもできないかもだよっ！！

　少（すこ）し先（さき）の方（ほう）に、岬（みさき）の先端（せんたん）が見（み）えてきた。

　その下（した）に、大（おお）きな渦（うず）があるんだよね。

　そんな渦（うず）の方（ほう）から、ずっと変（へん）な声（こえ）が聞（き）こえて来（き）てる。

　ゴーゴーって渦（うず）の音（おと）に紛（まぎ）れてて、さらにガブちゃんの足音（あしおと）にかき消（け）されるから聞（き）きにくいけど。

「崖（がけ）から落（お）とすつもりなのかな？」

　微（かす）かな声（こえ）は、まっすぐ崖（がけ）の下（した）にまでネリネを呼（よ）んでるように聞（き）こえるんだよ。

　ってことは、登（のぼ）るだけじゃなくてガブちゃん自体（じたい）を止（と）めなくちゃダメなんだよね……。

　どうやれば良（い）いのっ！？

　私（わたし）の力（ちから）じゃ、ガブちゃんを止（と）めるなんて出来（でき）っこないよぉ。

　こういう時（とき）、リッタならどうする？

　きっと、エントさんとかゴーレムさんとか色（いろ）んなお友達（ともだち）を呼（よ）んで、皆（みんな）で止（と）めるよね。

　でもそれは、私（わたし）にはできないのです。

　あれ？

　そう言（い）えば、シーツさんとか箒（ほうき）さんとか。

　いつもはリッタが寝（ね）てる間（あいだ）も動（うご）いてなかったっけ？

　どうして、出（で）て来（き）てくれないのかな？

　もしかして、あの変（へん）な声（こえ）のせい！？

　全部（ぜんぶ）、変（へん）な声（こえ）のせいじゃん！！

「もぉぉ！！　どうしたらいいのか分（わ）かんないっ！！」

　そもそも、どうして私（わたし）は変（へん）な声（こえ）が聞（き）こえてるのに、変（へん）になってないの？

　はぁ……。

　走（はし）りながら考（かんが）えるの、疲（つか）れてきちゃったよ。

「ガブちゃん！！　気（き）づいてよぉ！！　ハナだよ！！　いつもリッタと一緒（いっしょ）にいる、ハナだよ！！」

　少（すこ）しだけ前（まえ）に回（まわ）り込（こ）みながら叫（さけ）んでも、やっぱり気（き）づいてくれない。

　あぁ、なんかもうっ！　むしゃくしゃしてきちゃったっ！！

　こうなったら、もっとうるさく騒（さわ）いで暴（あば）れれば、気付（きづ）いてくれるかな？

　きっと気付（きづ）いてくれるよねっ！

「いくよっ！！　アオォォォォォォォォォォン！！」

　父（とう）たんと母（かあ）たんが一緒（いっしょ）にいた頃（ころ）、よく一緒（いっしょ）に月（つき）に向（む）かって吠（ほ）えてたなぁ。

　なんか、その頃（ころ）を思（おも）い出（だ）して泣（な）き出（だ）しちゃいそうになるから、最近（さいきん）は吠（ほ）えなくなっちゃってたけど。

　久（ひさ）しぶりに吠（ほ）えると、きもちーね。

　それに、お空（そら）に響（ひび）いて帰（かえ）って来（く）る声（こえ）が、父（とう）たんと母（かあ）たんの声（こえ）に似（に）てる気（き）がして、少（すこ）し勇気（ゆうき）が出（で）て来（き）たかも！

　渦（うず）が近（ちか）くなってきたから、しっかりと吠（ほ）えないないとかき消（け）されちゃうね。

　だからもっと本気（ほんき）で、大声（おおごえ）で吠（ほ）えなくちゃ！！

「アオォォォォォォォォォォォォォォォン！！」

　んっ！？

　ガブちゃんが、こっち見（み）たよ！！

「ガブちゃん！！　止（と）まって！！　ハナだよ！！　お背中（せなか）に乗（の）せて！！」

　ゆっくりと足（あし）を止（と）め始（はじ）めるガブちゃん。

　良（よ）かった。

　きっとガブちゃんは、変（へん）になって無（な）いんだね。

　そしたらあとはネリネに上（あ）がって、皆（みんな）の目（め）を醒（さ）ましてあげるだけだよ！

『邪魔（じゃま）するなっ！！』

「っ！？」

　急（いそ）いでガブちゃんの足（あし）に飛（と）びつこうとした私（わたし）は、不意（ふい）に近（ちか）づいて来（き）た羽音（はおと）と変（へん）なニオイに気（き）が付（つ）いた。

　お空（そら）から、見（み）たことないのが勢（いきお）いよく降（お）りて来（く）る。

　ん。

　よく見（み）たら、見（み）た事（こと）のある恰好（かっこう）かもしれないね。

　鳥（とり）さんと女（おんな）の人（ひと）が、がっちゃんこしてる感（かん）じだ。

　お胸（むね）に何（なに）も着（き）てないけど、恥（は）ずかしくないのかな？

『邪魔（じゃま）するな！！』

「あっ！　その声（こえ）、変（へん）な声（こえ）だっ！！　皆（みんな）をおかしくした声（こえ）！！　どうしてこんなことするのっ！！」

　リッタとかおいたん達（たち）を変（へん）にして。そして私（わたし）をネリネから捨（す）てさせた声（こえ）。

　これはちゃんと文句（もんく）を言（い）わなくちゃだよね！！

　大（おお）きな翼（つばさ）で空（そら）をたゆたう女（おんな）の人（ひと）。

　凄（すご）く冷（つめ）たい目（め）で睨（にら）んで来（き）たその女（おんな）の人（ひと）は、もう一度（いちど）叫（さけ）んだよ。

『邪魔（じゃま）するな！！』

「もう！　怒（おこ）ってるのは私（わたし）の方（ほう）なんだからね！！」

『邪魔（じゃま）するな邪魔（じゃま）するな邪魔（じゃま）するなっ！　かーーーーっ！！』

「な、なんだよぉ！！」

『じゃ、じゃ、邪魔するなっ！！　かーーーーっ！！』

「お姉（ねえ）さん、変（へん）だよ！！　さっきから同（おな）じ事（こと）しか言（い）わないじゃん！！」

　邪魔（じゃま）するなお姉（ねえ）さんは、私（わたし）の言（い）ってることが伝（つた）わってないみたい。

　なんか、ちょっと不気味（ぶきみ）だね。

　でも、出（で）て来（き）てくれて良（よ）かったかも。

　だって、これでようやく、変（へん）な声（こえ）を止（と）めることが出来（でき）るかもしれないからね。

「リッタなら多分（たぶん）、シーツさんでぐるぐる巻（ま）きにしてから、話（はなし）を聞（き）くよねっ」

　でも私（わたし）は、リッタじゃないのです。

　だから、降（お）りて来（き）てくれたことにありがとうだね。

「その高（たか）さなら届（とど）くもんねっ！！」

　リッタのお母（かあ）さんの記憶（きおく）で見（み）た、獣人（じゅうじん）の動（うご）き。

　壁（かべ）を蹴（け）って高（たか）さを稼（かせ）いだ私（わたし）は、伸（の）ばした手（て）でお姉（ねえ）さんの足（あし）を掴（つか）んだ。

「捕（つか）まえたっ！！　って、え、ちょっと！！」

『邪魔（じゃま）！！　邪魔（じゃま）かーーーーーっ！！』

「待（ま）って！　飛（と）ばないでよ！！　どんどん高（たか）くなっちゃうよ！！」

　足（あし）を捕（つか）まえたのは失敗（しっぱい）だったかも……。

　どんどん高（たか）くまで飛（と）び上（あ）がっちゃってる。

　あ、でも、もう少（すこ）しでテラスの様子（ようす）が見（み）えそう。

　そのまま掴（つか）まってればネリネの上（うえ）に登（のぼ）れるじゃん！

　失敗（しっぱい）じゃなかったね！

　きっとリッタにこのことを教（おし）えてあげたら、褒（ほ）めてくれるはずだよね。

　なんて考（かんが）えてたら、テラスが見（み）えて来（き）たよ……。

　あれ？

　あれれれれれ！？

「も、もしかしてお姉（ねえ）さん、家族（かぞく）が沢山（たくさん）いるの？」

『邪魔（じゃま）するなっ！！』

　相変（あいか）わらず同（おな）じことしか言（い）わないお姉（ねえ）さん。

　そんなお姉（ねえ）さんと同（おな）じ姿（すがた）の女（おんな）の人（ひと）が、テラスに４人（にん）も居（い）ます。

　どういうことなのかな？

　もしかしてこのお姉（ねえ）さん、人（ひと）じゃないの？

　あ、これは誰（だれ）にも言（い）わない方（ほう）が良（い）いね。

　特（とく）にカッツさんとか。

　気付（きづ）くのが遅（おそ）くないっスか？

　って、また馬鹿（ばか）にされちゃうもん！