第28話:Hello, Again~昔からある場所~08


「人を好きになることはそんな押しつけじゃないでしょう?」


「何を知った風な口を!」


「知っているんです!」


 刃物を持ったオタク男子の言論に、轟音で墨州が塗りつぶす。


「そんな誰かを無理矢理貶めるような恋であなたは幸せになれるので!?」


「それは……ッ!」


 なれないだろう。それくらいは僕にも分かる。でも何故ソレを墨州が知っている?


「好きだって言ったの? それでマリアさんが受諾したの? あなたを意識したの?」


「それでもこちらはマリア尊師を愛している!」


「そんな独善で恋が回るなら苦労しないわよ!」


 それもご尤もで。


「墨州。落ち着いて」


 犯人挑発していた僕が言えたことでもないんだけど。


「だって……! そんな無理矢理で恋を奪って……その負い目を持ちながら恋しても辛いだけでしょう……?」


 ギリと歯を食いしばる。


「どんなに好きでも相手の善意につけこんでどうするのよ!」


「こちらを馬鹿にするんだお!」


「不毛だって言ってんの!」


 たしかにその通りだけどさ。


「ギュッ」


 僕は墨州を抱きしめた。悔し涙まで流し始めた墨州の根本は分からないけど、いまここで癇癪を起こしても彼女のためにならない。だから抱きしめて頭を撫でた。火照るように彼女の身体は熱い。冬であることを差し引いても温石にも似た温かさだ。


「大丈夫大丈夫」


「うぅ…………」


 赤面して僕に抱かれる墨州は可愛いんだけど、状況は予断を許さない。じゃあ墨州を抱きしめたのは予断じゃないのかって話にもなり。


「とにかくこちらはマリア尊師と仲睦まじいのだお!」


「えーと。ご主人様。それは接客の範囲で」


「こちらはご主人様だ! マリア尊師は唯々諾々と従う義務があるお!」


 女はおべっかによっては決して武装を解除されはしないが男はたいてい陥落される。


「で、そんな自意識のない女性が好きなので?」


「マリア尊師はこちらの太陽だお!」


 拗らせてるなぁ。


「じゃあ僕の愛も受け取ってくれない?」


 伸ばした人差し指を口の端に当てて僕はウィンクをした。


 一言で言って詐欺なんだけど、効果は抜群だ。


「こちらが……好き?」


「僕の恋慕はあなたに向いているのだけどマリアさんが優先事項?」


「そ、それは……!」


 で、まぁこっちに意識を向けて事態を収めようとすると、


「貴殿はこちらを好きなので?」


「でも叶わない恋ですよね。マリアさんの方が可愛いですし」


「そんなことは……!」


「無理しなくて良いですよ? ずっと片想いで僕は幸せです」


「しかも僕っ子!」


 ナイフが震える。


「たしかにこちらはマリア尊師推しだけど……君の可愛さも一等星だ!」


「わー。嬉しい」


 チョイとそんな夢見る男子のナイフを指差す。


「だったらそんな怖い物を振り回さないで。エッキー怖い」


「こちらを肯定してくれるので?」


「ご主人様が望むなら……」


 握り拳で口元を隠し、メイド服のスカートの裾をキュッと引っ張る。


 赤面してみせるのは僕の技量の一つだ。


「え……」


「え?」


「エッキー殿ぉ!」


 カランとナイフの落ちる音がして、僕に全面的な信頼を寄せた男子の末路は、マリア尊師による一本背負いだった。


「げふぁあ!」


「ご主人様。いささかやりすぎです」


「はい。拘束」


 パンと僕が手を打った。


「エッキー殿ぉ……」


「愛に必要なのは自我より他己だよ。ご主人様の憧れは…………まだ恋慕には熟成されていないの」


「騙したので!」


「方便って奴ですね」


 今更何がどうのでもないんだけど。


 後に警察が来てご主人様は連れて行かれた。


 状況はSNSで拡散し、それから僕と墨州は伝説になった。マリア尊師は穏やかに別のご主人様に慮られる。一時刃物沙汰になったメイド喫茶メイクイーンは広告的にちょっと不利益を覚えて久しいだろう。さすがに刃傷沙汰にまで発展すると笑えない。


「はーい。萌えキュンオムライスです。これからご主人様に呪いをかけますっ!」


 まぁそれはそれとして労働は尊い物なので僕は萌えキュンオムをご主人様に差し出す。


「エッキー氏。あの時事の想いは……」


「ご主人様は敬愛していますけど、差し出がましかったですよね」


「いやエッキー氏が誰のモノにもならないのなら推せるんでござるが……」


「にゃーん。大好きご主人様!」


「ふぐぅ! なんという愛の凶器……」


 そこまでか。


 仮に男だと暴露しても推してくれそうだ。


「おのー。それでお話を」


 認識的にそっちが優先ではある。警察の聴取だ。


「あー。店長?」


「バイト代はちゃんと渡すわ。だから警察にはご協力を」


 そう言うほかないよね。


「両替機……」


「大丈夫だよ。別に気にしてない」


「そうじゃなくて」


「恋愛に負い目は致命的って事?」


「そ……それは」


 浅薄なのか。彼女の伏すよな双眸に僕は思慕を覚えた。憂慮と困惑が斜めに逸らされる墨州の瞳は、ひどく僕の情欲をそそる。


「そっか。じゃあ何でもないんだね」


 だから白々しいとは思っていても僕は知らないフリをする。


「スーミン女史! こちらのオーダーをお願いするっす!」


 ところでこの店の客って言葉遣いが独特じゃない?

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