第20話

    五十八


 七年の空白を埋めるように、祷が紬と話し合っていた。何かを閃いた祷は、うさぎに向かい

「空白期間を措いた本当の理由は、紡いだ絆を確認させたかったんだね?」と、自信に満ちた表情をこさえて、理解を口にした。繋がる血縁があろうがなかろうが、交えた情の息吹きが、空白に蔓延する。ぼろ、といわれる記憶が活性化して、感情を刺激する時に膨らむからである。記憶となった思い出が色褪せるのは、感情が薄れゆくからで、刻んだ時間が、膨らむことで、違う思い入れを発生させるからだ。

「発生した色合いは、色褪せることで、想いもしない感情を育みます。それが思い違いであっても、感情が変化させた記憶は、意外な発想へ導かれるものですからね」

あたしが感じたものは、神様と悪魔が同居する生命体。それが人間の想いで、覚醒去れない意識を上回っているから、想像が無限大って気付いたんだよ」

「力というものは、腕力 などではなく、膨らむものを指すのでしょう? 臆するのは感情であって、支配去れる恐怖を抱くからなんですよね」

「身がすくむ? って云うのは、支配去れる恐怖で、神経系等が機能しなくなるからよね。だから配線部位を、神経と云うらしいのよ」

「そればかりか、咄嗟に身を守ったりするもんね。赤瞳さんが云う表裏を実感しても、いつでも発生しないから、妄想で当たり前にするんだね」

「想いの両極を支配下に措けば、その場その時に応じて、最悪を回避できるように、って教えてくれたのよね?」

「それが理解なんですが、欲が勝ると、想い通りに働かなくなるから、始末に負えないんです」

「だから、自分を知ることで、人間を知りなさい。なんだね」

「そればかりか、想いがもたらす善悪は、好き嫌いの観点で消化されて終います。冷静さを失くす想像が被害妄想になり易いので、序でに、心に留めて措いて下さいね」

「留めて措くけど、張本神のミカエルさんが顕れないのは、何でなの?」

「それは、卑弥呼さんにうかがった方が良いですよ」

 うさぎは云って、神武天皇との再会に憂う、卑弥呼に思念を送っていた。


 少し憂鬱そうにした卑弥呼が近づき、

ミカエルは今、死神となり、浄化に抗う勢力と戦っています」

「争っている? の」

「大天使に推挙されただけあり、善意の欠片かけらを心の片隅に置いていたようですよ」

「情けが身に染みるのは、善意を失くしてないからです。ただ、心に育つ善意は繊細なので、歪み易いです。割れやすいことを知る人間ならば、欠片を残すのは常用手段ですからね」

「常用手段?」

「彷徨った挙げ句に辿り着くことよ」

「なら、地獄にいたおかあさんのように、ってことね」

「心残りが未練を引いたから、完全なる浄化に至らなかったんです」

「そうだったのか? でも御先祖様ごせんぞさまは浄化されたんだよね」

「パンドラの箱を開けてしまったことを後悔して、相殺するために、自ら進んで浄化を申し入れたのよ」

「それを止められなかったミカエルさんが、死神を受け入れたので、信用を取り戻したんでしょう? 生命体が浄化しても回帰しない理由として、すべての始まりが、想いだから解りますよね」

「?。そうなると、悪意が現世に蔓延した理由はどうなるの?」

「改心した振りができる人間たちが、犯人でしょう? 心を失くした人間ほど、その場凌ぎが上手ですからね」

「だから、そんな連中と一緒件にしないために、結界を創ったんですか?」

「神々の頭領の卑弥呼さんが、感性かあさんに上申したことは、勾玉をすげ替えることができない仕組みだから、敢えて助けなかったのです」

「神々の中の不心得ものが、操作できないようにするために、偉人でも住人になれないものがいるのよ」

「赤瞳さんがよく云う、結果が先にあるからでしょう?」

「一事が万事でないことは、未練を残さずに済みます」

「それも、赤瞳に神の眼があるからよ」

「先ほど云いましたが、赤瞳わたしは影ですから、眼が行き届きませんし、効力を分け与えることができないんです」

あたしが、赤瞳さんの後がまになるには、それなりの経験をしなくちゃダメなんだね」

「それまで人間が指導する今生が続けば? ですがね」

「神の眼を持っていても、それだけは見えないんだね」

「強制終了がない限り、首の皮一枚なのかもしれませんがね」

 うさぎは云い、宇宙てんに眼をやった。それは、影を主張するものが、自分だけと想えなかったからだ。広い宇宙の中にある影は膨大で、神々と同じように、特質の違う影が存在するはずだからである。高水準の生命体が顕れれば、直ぐにお役御免になるのが、今生の道理だからだった。



    五十九


「聴きにくいんだけど、御先祖様が浄化を申し出た一件の、箱を開けてしまった経緯を教えてもらえませんか?」

卑弥呼わたしが云ったのは、神々の悪意を越える魔力を持つであろうが人間に、パンドラの箱を開けさせたかった。挫折する事を人間に覚えさせたかったから、それを目論んでいたの。神々が非実体になることが、現実味を帯びていたから、人間が魔人になることを恐れて終ったのよ」

「神様<魔人となるのは、人間を形成している元素の数ですからね。二乗三乗を遥かに越えることは、夢の中で教えていますよね」

「そればかりか、善意を悪意に変えるであろう輩たちは、キリがないほどの粗を探すでしょう? 言い訳で取り繕えば、一溜りもないはずだからね」

「それを想像できたから、神武さんは懇願した、と想います」

「神武がヤヌスの鏡で見た未来は、地上を彷徨う百鬼夜行の群れが膨れ上がり、空白すきまのない様を映していたはずだからよ」

「善意をエサにする妖しが席巻した世の中になれば、人間がどうなるか、想像できますよね」

「今とあまり変わらないような気がするけど?」

「神々を非実体にしたことを、感性かあさんの心が痛んで教えました。だから、心に降臨するようになったんです。すがるものが神々しか居ませんから、理解に至りますよね?」

「それって、てる神あれば、拾う神もある、の例えみたいですけどね?」

「実際に視ているものが、まやかし物に感じた経験は、祷には、ないの」

「受け入れたくない現実は、たまにありますが、それを試練と心得るようにと、赤瞳さんから教わりました」

「錯覚を補うために、五感があるのよ」

「錯覚するのは、心に傷を負わないためなんですよ」

「心を守るための現実は、魔力に抗っている? ことなの」

「想像と妄想の境界線は、曖昧だからね」

「夢見心地って、防衛本能が魅せるまやかしってことなんだね」

「すべて、とは云いませんが、八割がた? くらいでしょうかね」

「残りの二割は?」

「乗り越えて欲しい、という希望が魅せる現実でしょうね」

「人間が期待されるのは、可能性があるからなのよ。必ず立ち上がる元素ようそが仕込まれたのは、相性上の奇跡らしいけどね」

「神様はそういうけれど、それが刻の優しさだから奇跡ではなく、必然なんですよ」

「赤瞳さんの思い入れ? も入っていそうね」

「万物に公平、という設定事態が、神々の信念でも、通わせたに情が生まれるから、温もりが発生するんです。獣にしても、魚にしても、弱いものが、数の定義に守られているから、今生がきらびやかなんです」

「それが、赤瞳さんの本音? ですもんね」

「一本とられましたね?」

「重ねる理由を、祷は理解したようね」

「流れる水に温もりが起きないのは、相性が善くないのかも知れませんね?」

「それも、風化のせい? かも知れないね」

 祷は云って、紬に甘えて魅せていた。刻まれてしまった時間よりも、想いを通わせた絆が絶ち切れないのは、重ねたものが絡み合っているからだ、という言葉を、うさぎが呑み込んだことを、女神は気付いていた。三女神と三男神がよりを戻したことも、うさぎの功績だから敢えて、笑顔を溢していた。寂しさを我慢したのだから、笑顔こそが、感性からの贈り物で、小さな幸せなのだが、それを知るのは、まだ先であった。



    六十


「ここで、はじまりを紐解く必要はないでしょうが、敢えて話して措きます」

 うさぎが突拍子もなく云った。

「始まりは無であった、というのは、間違いの極みです。何もないのではなく、意識が境界線を造り、ゼロが形成された。外界が今生で、意識が殻を創ったから、それがゼロであり、中にある意識がため息をついた、が正解でしょうね」

「無というのは、気付いたから境界線で閉じ込められた? って云うの」

「何もないところから生まれたんじゃなく、存在が確認されたから、隔離されたとするのね?」

赤瞳わたしが考える無機質は、当たり前と考える意識が造り出したのが『無』であって、当たり前としていたから、生まれたという感覚だったのでは? とすれば、人間が馴れ合いを抱く理由になります」

「人間がそうだとしても、時間はどうなるのよ?」

「動かない静止状態が、動いたからってことね。それに合わせたのが時間であり、運命の一歩? ってわけね」

「人間に併せたわけではないので、意識という感性を創世記を造り出した主ってしたのね」

「想いが造り出した元素も仕込まれているから、意識じゃないのね?」

「元素が見倣うものが意識だと、元素にも意識があって当然だもんね」

「人間が見えないものを見ようとしない理由を考えた時に、特質や性質であるべきですからね」

「だったら、多くの元素から創られる生命体は、奇跡じゃなくて、必然の結果に過ぎないわよ?」

「神々を非実体にしたわけも、想いが為した結果にしたいのね?」

「だから、結果がついて廻るわけね」

「錯覚するのが人間? と、どう繋がるのよ」

「それらが、思い込みですからね」

神武われ等が回想するから、それを想い込みにするわけだな?」

「見えない想いに振り回されるから、あながち、間違いじゃないもんな」

「今生を見据えたようですが、未来という結果が付きまとう以上、答えを持ち越しただけとなりますね?」

「赤瞳さんが視ている未来が、そうなっているのね」

赤瞳わたしの視ている未来を妄想とする現代人が、一説と想えないのは、それぞれの個体である想いが中心と考えるからです。その結果、予知する現実を聴き流してしまいます」

「それは、赤瞳が預言者ではないからでしょう? もしかしたら、お告げ事態を信用していなくても、それが非にはならないでしょうしね」

「科学を信用するあまり、非現実的な妄想と考えても可笑しくはない。流れに乗れないのは、人間だけの問題じゃないことを知るときに、魂に帰るんじゃろうな」

赤瞳わたしが云っても聴く耳はないんでしょうが、三竦みの理解度は低いです。盲点がある以上、ことの本文を勘違いしたままなんですがね?」

「何が勘違いなのよ」

「じゃんけんは、その概念を壊せていません。ハサミは第三者の力を必要としていますし、包んだだけでは中から侵食されれば腐る未来を視ていません。包むパーは、折り畳めば、ハサミの刃が効かなくなります」

「物理的に無理と云った教師が、未来を見間違っていた事実があるもんね」

「人間の可能性が、上回った結果よね? 地球という層に守られた世界であることを、当たり前に想うのは自由だけどね」

「当たり前に想っていたから、沸騰化時代に至った事実も、揉み消しちゃったもんね」

「結末が人類滅亡でも、学者さんは責任を関知しないだろうね?」

「無責任の矛先は、弱い庶民であって、そういうその他大勢が居なくならないと解らないのが、現場を知らない役職の多くですからね」

「責任転嫁や、云い逃れでやり過ごせる現代が、魔巣窟だもんな。神と悪魔と人間の三竦みを、赤瞳が教えてやらねばなるまい?」

「赤瞳が、忘れっぽいのが人間って云ったわよ。付け焼き刃な知恵しかないんだから、従わないと大目玉を食らうはずよ」

「一握りの賢人に期待するしかないわよね?」

「その賢人が、欲に魅いられているから、世知辛いのかぁ? 信じる者が爪弾きになる現代は、終焉って云うよりも、魔人育成ゲームかも知れないね」

 祷の想いが極限に達したのだろう? 本来天候に左右されない結界に、暗雲が立ち込めていた。その悪夢と云うべき現実が、玉手箱に送られるは、人間の知らない現実であった。何らかのカラクリが発動して、猛威を振るうのが天災なのだ。人間が知らない仕組みが発達して、犠牲になるのも、庶民であることも、青天霹靂せいてんのへきれきとなっていた。

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