第24話 元祖帰り

 アデルとハイベリアが戦った、三日後。

 リナたちはハイベリアの厚意で屋敷に宿泊していた。

 魔界の時間と人間界の時間が同じかどうなのかという点に対しては一旦目をつぶるとして、地下にあるはずなのにどこからか差し込む陽の光が入って来る廊下を歩きながらリナは昨日の事を思い出していた。


 おそらくはこれから先そうは見れないだろう肉弾戦。

 使われている技の数々は見て盗むには到底リナ自身の力が足りていなかったが、自分の力になるための足掛かりとして使うには十分すぎる教材だ。


(それにしてもアデルのあの姿……あれはまるで……)


 泥のようになってしまったアデルの姿は人のそれではなかった。

 もしあの場に人間が居合わせれば魔王はアデルだと言っただろう。


 そう信じて疑えないほどにアデルのあの姿は人から離れたものであり、アデルが1000年生きてきたという不思議があの姿にないと考える方が無理があるだろう。


 少しだけ震える自分の手を叩き、おくびにも出さないと心に決めながらリナはアデルの為に用意された部屋の扉をたたく。


「アデル起きてるか? 入るぞ~」


 リナ本人は気が付いていなかったようだが少し震えた声で入室を告げながら彼女が部屋に入ると、ベットに腰を掛けたアデルの姿がそこにはあった。


 だがいつも通りの姿というわけではなく、見た目こそ劇的な変化があるわけではないが彼の周りの空気がひどく澱んで歪んで見える。


「おはようアデル。今朝は随分と元気そうだな」


「おはようリナ」


 とりあえずは言葉が返ってきたことにリナは胸をなでおろす。

 これでもし言葉すら返ってこなかったらどうしようと思って居たが、どうやら言葉を返せる程度には元気も理性も残っているらしい。


 ベットの上に腰を掛け、手をぶんぶんと振るうアデルを見てどうやら自分を呼んでいるらしいと考えたリナがなんの警戒もせずに彼の近くへと歩いていくと、腕を掴まれてベットへと投げ捨てられた。


「……私を押し倒すのなら理性のある時にするのだな。理性もなく襲いかかる様な男に抱かれてやる筋合いはない」


 アデルの顔を睨みつけながら吐き捨てるようにリナがそう言葉を掛ければ、彼女の上に乗っかろうとしていたアデルは興味を失ったようにベットから離れる。

 普段のアデルの行動から考えればないとは言い切れない行動だが、自分主体の感覚を強く見せているあたり昨日のあの姿になった影響が出ているのだろうとリナは考えていた。


 理性を失っているのか、色欲が強く出ているのかはリナでは判別が付かないが、どちらであったとしても普段とは違う彼に抱かれてやるつもりはなかった。


「連れないな。まぁいいや、飯だろ? 食いに行こうぜ」


「ああ。食堂まで案内しよう」


「ありがと、助かる」


 普段よりも更に粗暴な言葉使いなのだが、見た目的に似合っていると言ったらいまの彼は怒るのだろうか。

 そんな事を考えていたリナに対してアデルは左手を差し出した。


「なんだこの手は?」


「なんだって、連れてってよリナちゃん」


「ダメだ。下心が透けて見える」


「連れないな……まぁいいや。なら行こうか」


 尻を蹴り飛ばしてやろうかと言いたげなリナの視線に素直に退散したアデルと共にリナは屋敷の中を歩き回る。

 昨晩の戦闘の影響でところどころ修繕中ではあるが、それでも明日になれば全部元通りだと言っていたのでこの世界の大工というのは中々に仕事が早いらしい。


 特に会話もなくリナは食堂へとアデルを案内していたのだが、そんなリナの背中を追いかけながらアデルはようやく頭が冴えてきたのかすこし理性の戻った声音で語り掛ける。


「それで? いまの状況は?」


「三日前の戦闘の勝利によって魔王はこの魔界を完全に統治した。いまや諸々の問題全ては解決したと言っていい」


「三日か、思ったより寝込んだな。さすがに久しぶりにやると負担がデカかったか」


「あの姿はなんだったんだ? 人というよりは魔物のそれだぞ」


「まぁ魔族の力だからな。理外の力だ、なんでああなっているかは俺もしらん」


 魔族の力をなぜ人が持っているのか聞いてみたくはあるが、アデル本人が知らないと口にしたのならばそれはきっと簡単に踏み入れていい問題ではない。


(いつか聞けるときがくるんだろうか)


 どれくらい先の事かも分からないが、そんなときが来てくれればいん後そう思って居ると廊下の向こう側から誰かがやってくる。


「──! 起きたんですか」


 誰かと思えばやってきたのはハイベリアの一人娘でありアデルと彼の戦闘の間に割って入ってきたのは記憶に新しい。


 彼女はアデルの姿を見つけるとまるで親の仇でも見るような鋭い目つきをしながら悪態をつくが、そんな彼女の態度を前にしてアデルは随分と楽しそうだ。


「嫌われたもんだね。お前んとこのジジイが死なない様に手加減してあげたんだから泣いて喜びながら俺に感謝してもいいんだよ?」


「誰が貴方なんかにっ!!」


「こいつはいまこういうことしか言えないんだ。勘弁してやってくれ」


「そーゆこと、まあ許してよ」


「こんな口の悪い上に性格が悪そうで強さだけが取り柄の人間に私が……この私が……っっ!!」


 事実は事実だが言っていいことと悪いことがある。

 性格は正直いいと言えないし、金遣いも荒くずぼらな正確であるアデルは確かにあまり世間的には良くないだろうが、顔は平均以上だし何より世界で一番強いのだ。


(それに意外と料理とかもできて――ってなんで私はこんなにアデルを庇ってるんだ)


 自分がアデルの欠点よりも長所の方がすらすらと出てくる自分にリナが頬を赤く染めているころ、驚くことにそれよりも更に頬を赤く染めているのが目の前にいる少女であった。


「なんでこの子は頬を赤らめているんだ?」


「魔族は基本的に強くて身勝手なやつが好きだからな。こいつの爺さんとかその典型例だ」


「う、うるっさいッッ!!」


 魔族としての特性は強い者に対して惹かれてしまうというものだ。

 この荒廃した世界において強さとはつまり正義であり、遺伝子を残せる可能性が高い人物に対して好感を持つように進化してきたのは当然の道筋だろう。


 とはいえ理性さえも超えてしまうのが本能の恐ろしいところで、アデルに対して叫ぶと同時に照れ隠しから一発手を出した少女はそのままの勢いで何処かへと走り去ってしまった。

 見た目だけの年齢で言えば16くらいだろうか。


 人間ならば多感な時期だ、彼女の反応も致し方ないだろう。


「どっかいっちまったな」


「アデルさすがにあの年齢の子供に手を出したら犯罪だぞ」


「言いがかりはやめろ」


 そんな風に軽口をたたきながら廊下を歩いていると、ようやく目的地にたどり着く。

 やってきたときこそ大きな屋敷だと思って居たハイベリアの屋敷は実際に中に入ってみると更に大きく感じられ、重たい食堂の扉を開けてみればそこには山のように皿を積みながら食事をしているハイベリアの姿があった。


「よく来たな。俺に勝った男よ」


「おはよ、おかげさまで体バキバキだよ。なんかくれてもいいんじゃない」


「もちろんだ。勝者は敗者からありとあらゆるものを搾取する権利を持つ、娘でもやろうか?」


「いらんわあんな小娘。それよりそこで隠れて飯食ってるやつ、なんか雰囲気違くない?」


 アデルの視線の先に居るのは前髪で顔を隠した地味そうな女性だ。

 周囲を拒絶するようなオーラをまとっておりリナも街中に居たら話しかけるのをためらうような彼女に対して、アデルはまったく臆することなく簡単に言葉をかける。


 呼びかけられたことで体をびくりと跳ね上げた彼女は一瞬アデルの方を見ると、まるで怪物を目にしたかのように怯えながら部屋の隅の方に移動していく。


 それでも食事から手を放していない辺り随分と食いしん坊らしい。


「ああ、魔王は普段あんな感じだぞ。お前と会った時は元祖帰りをした姿だったんだ」


「へぇ……なるほどねぇ」


 ハイベリアの言葉を聞いてアデルはニヤリと笑みを浮かべる。

 部屋の隅で串に着いた肉をもぐもぐと食べている魔王の前へとずかずかと歩いて行ったアデルは、首をずらして視線をずらそうとした魔王の顔を両手でつかみ覗き込む。


「ひ、ひぃ!」


「おはよう。前は散々言ってくれたね、俺と遊んでくれるんだって?」


「あ、あのそれはそ、そう! 冗談。冗談やんか、正気ちゃうかったんやよほんま、許してや? な?」


「へぇ。良いんだ、その言い訳で言い逃れして」


 魔王が発した言葉を受けてアデルは目にもとまらぬ速さで彼女をお姫様抱っこする。

 された本人ですら自分がどうなっているのか理解するのに時間がかかる程の早業はさすが最強か。


「な、何ッ!?」


「いまの俺が何をしたって、文句はないって事だよな?」


「アデル!? なにをするつもりだ!?」


「魔王、お前には恋愛感情を覚えてもらう」


 言い終えると同時にアデルの姿が食堂から掻き消える。

 まるで最初からそこには居なかったようだが、魔王が持っていた串が地面に落ちた音で確かに先ほどまで二人はそこに居たのだという事を理解させられる。


 呆然としているリナの横でハイベリアはもぐもぐと食べ続けているのだった。

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