33話 へのへのもへじ
帰宅すると、お風呂・夕食等全ての日課を終わらせ、自室へ戻る。
自分の勉強机には、今朝ギリギリまで詰めていたまとめノートが置いてある。
本来なら、これを持ってテスト前のチャイムギリギリまで暗記に励みたかったのだが、没頭してたこともあり気づけば遅刻寸前だった。慌てて学校へ向かったため、やむを得ず筆箱だけ鞄へ入れて向かったのだ。
とはいえ、今日のテストの現代文・世界史・英語らは上位五十位ぐらいを取れるだろうので、あまり不安ではない。因みに、二年生は、六クラスあり、文系が四クラスで大体百二十人ぐらい。まぁ、得意科目は、いつもそのぐらいだが……理数系科目が……平均を切らないかビクビクしているのだ。
特に今の順位でも両親は強く干渉してこないのは、有難いが。
まとめノートやら机の上を整理すると軽いLONEの通知音が鳴る。
真っ黒の画面から初期設定の画面に切り替わるので、ふとスマホの画面へ目を遣る。
「圭吾、土曜日の13時にみんなでカラオケ行くんだけれど……これそう?」
不安そうな一文が送られてきていた。
宛名は、
あの生徒会室での一件以降、遥と話す機会は無かった。
ふとした瞬間に、彼女を見つけては、目を逸らし、視界に入れないようにした。
仲違いしている訳でもない。
彼女を嫌いになるはずがない。
みんなを嫌いになる事なんてできない。
だけど、己に誓った約束事だけは守らないといけない。
あの日に誓った、自分への戒めと責任。
独りでは何も出来なかった現実に打ち
なぜ俺は、俺は、と手当たり次第に壁や物を殴った。物に当たるなんて今じゃ考えられないが、あの時の俺は自分を壊すために殴った。殴るたびに自分の拳が血に染まった。血に濡れる度に手の感覚が無くなっていった。ドス黒い血が床に飛び散った。
泣きながら、殴った。
救えなかった虚しさと、自分の腑甲斐なさに呆れた。
そんなやさぐれた日々を超えて、迎えた大切な日。
オレは、誓ったんだ。
もう、子供みたいに生きるのは止めようと。
早く大人になろう、と。
子供だったから、オレは________。
言葉を知らなかったからオレは_________。
生き方を知らなかったからオレは___________。
母さんの言葉を聞かなかったからオレは__________。
全てそこに集約された。
無知で不勉強で、自分勝手で傲慢で、なんとかなるだろうって楽観視してばかりで。
考えて生み出したアイデアに、自信満々で。
行動だけが先行する。
後処理もテキトーで。
そんな自分はやめようと。
卒業した。
中学最後の卒業式まで____________
その日以降、オレは、一切学校へ通わなかった。
やはりあの時を思い返してしまう。
あいつの笑顔が……最後に見た彼奴の声が耳にこびりついて離してくれない。
今でも、最後に交わした言葉が時折、囁く。
鼻からの息が荒くなったのを、意識しながら、通知をタップして入力する。
送られてきた文面に『ごめん、行けそうにない』と返す。
すると、すぐに遥から『顔出すだけでも?』とハードルを下げてくる。
その言葉が自分の芯を震わせる。
遥の優しさが嬉しい。オレとみんなの繋がりを大切にしたい彼女の献身さに泣きたくなる。遥がオレに『もう楽になってもいいんじゃない?』と言っているようで、心がキュッと苦しくなる。
自分に科した誓いを子供っぽく払い捨てて、会って馬鹿騒ぎしたい。
難しい言葉を使わず、感性と本能だけで紡ぐ会話をまたしたい。
アホみたいに街中を走り回って、ツマラナイ事で笑い合いたい。
ただ、オレの誓いはそんなに安っぽくないのだ。
人生を捧げても、過去の友人達を絶っても、遣るべきことがある。
だから、オレが遥に答える言葉は同じだった。
『ごめん』
すぐについた既読が痛かった。
返ってこないのが酷く胸を締め付けた。
遥が自宅の自室で誘いを断られて、どんな顔をするのか考えるだけで頭が重くなる。
オレは、また目を逸らすため、スマホのスリープボタンを押して画面を消灯させる。
その際にチラッと見えた彼女のLONEのアイコンは、中学時代にみんなと撮った写真だった。
俺がバカそうにニコッと笑って、遥がその右横で嬉しそうに笑っていた。
その周りをみんなが肩を組みながら囲んでいた。
俺の左には、アイツがいて、今のオレを見ていた。
「……」
スマホを手から離し、椅子の背凭れに凭れかかった。
視線を壁から感じる。
こくりと顔を右へ傾けて壁を見ると、オレが殴りつけて空いた穴がオレをずっと睨んでいた。拳サイズの穴の奥は、深海のような暗さで引き摺り込まれそうだ。
その中心には赤黒い肉の塊がこべりついたままだった。
淡白い陽光が眠たい眼を起こしてあげようと奮闘してくれている。
仄かに体温の上昇を感じながら、いつもと変わらない通学路を歩く。
五月の半ばだからだろうか、太陽が昇るのも早くなってきた気がする。
横には、見慣れた同居者の神様が口を閉じながらハミングしていた。
軽やかなリズムなので、気になる。
「なんの歌ですか?」
「君への応援歌だよ」口角をヒョイっとあげながら言う。
「……明るいBGMですね」そのメロディーがオレの疲れた潜在意識に刷り込み、曇った思考を少しずつ霧払いさせようとしているのかもしれない。
そのハミングに耳を傾ける。
「まぁねぇ〜〜」周りに誰も居ないからか、呑気そうに広大な空を見ながらまた鼻から抜けた音を鳴らす。単調なメロディだが、どこか癒される。恐らく、彼女の美声に起因しているのだろうが……。
「因みに歌詞は?」
「うん。『
「あっ、もういいです」阿保らしくなって、ジト目でそう打ち切る。
鼻歌じゃなく、ハミングだった理由がわかったな。周りに人が居たら、大惨事になるから、ハミングにしたのだ。
その古典的な罠に嵌り、耳が急に痒くなる。軽いストレスを受けて体が炎症反応を起こしたのだ。
まるで、お腹が空いて近づいたリンゴが、腐っていたほどのショックだ。
完熟すれば良いってもんじゃない。自分の甘さを追求した挙句抜かるんで、マズイの境地に入り込んだみたいだ。
「自己愛強いなぁって思ってるでしょ?」
「……一線を越えると、急に周りから痛い目線を受けるから、ほどほどに……としか忠告できません」肩をすくめて、自己愛性パーソナリティ傾向のある神様に忠告する。
「事実を述べてるだけなんだけどなぁ〜〜」
唇を鼻の下に当てて、気に食わなそうに言う。ダメそうである。
穏やかな朝の少しだけ強い風が吹き、神様は長い手で綺麗な黒髪を押さえる。
その姿はまさに絵になる一枚で、どこかの美術館に飾られていそうなほど。
「……喋らなければ、モテそうなのにって言われません?」
「なになにぃ〜? モテそうだってぇ? 神である私に恋したのぉ? 可愛いなぁ〜このこのぉ〜」オレの脇腹に左肘でツンツンと突いてくる。地味に痛い。
「……」
恐らく、その時のオレの顔を表現すると、へのへのもへじみたいに感情が一切無い顔をしていたように思う。
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