第31話 終わり方。


 ゴールデンウィークをパソコンカチカチで時間を費やしたオレは、遥との話し合いが終わり帰宅していた。誰もいない家の自室にいた。


 母さんは、この時間帯一時間掛けてハイエナのように色々なお店に買い物をしに行っている。


 自分が去年の誕生日に買ってもらったノートパソコンを立ち上げて、またカタカタとタイピングをする。眼鏡に強い光量が注がれた。


 今頃、二階堂達は票の集計をしている頃合いだろう。

 オレは、その集計結果を聞き、大々的に発表する為のリーフレット案を考えていた。


 そのリーフレットにはどちらの票が多かったかと、ネタバレ無しの感想や次回作は何月ごろか、部集でやって欲しい企画の募集などを一つの紙にまとめていた。

 ただ単に企画が増えすぎるとメインである小説が霞むのでその塩梅も調整する必要がある。


 思案している最中、階段を登ってくる音が聞こえてきた。

 その音の主は、ノックもせずにドアを開ける。


「ただいまぁ〜〜………ごめん、卑猥な動画見てた?」

「おかえり……学生服姿で見ませんよ。当たり前でしょ」


「その否定の仕方は、特殊すぎるっ。へへぇへへっ……てか、動画は、十八歳超えてからじゃあぁあ!」やはり、読者の目を気にして注意している。


「見ませんって……」喋るだけで人に疲れを覚えさせるのは一種の特技としていいだろう。


「あぁ、それより私たちの小説の方が票数は多かったみたいだよ。数十票差で」

「……そうですか」オレは結果を入力していく。手元にあったスマホの通知も着くとどうやら二十四票差でオレ達の方が多かったらしい。二階堂からだ。


「嬉しそうじゃないね。何かあったの?」

「結局は、神様が全て書き上げたじゃないですか」


 オレは推敲を少し手伝っただけで、ほぼ全ての執筆は神様だった。

暁さんの一件に二階堂が介入する前から制作に取り掛かっており、小説っぽい演出とストーリーを施して一週間で完成させていた。


 文字数としては、五千字ほどの中編で、これをあの神様が作ったのか? と疑いたくなるほどの完成度だった。


「まぁねえ〜。圭吾が意外に頑張ってくれたみたいだから、私も人肌脱いだのだよぉ〜。なになにぃ〜服も脱げってぇ〜?」制服のブレザーに手をやり、ちょっとだけ肩を見せてくる。チラッと見えた肩は、艶やかな桃色だった。ブラ紐も……。


「いっ、言ってないですよ。てか、卑猥な動画から頭を離してください」

 オレの頭もなんかピンクっぽいや。


「……でも、頑張ったね」温かい瞳と春の太陽みたいなほんのりした笑顔を作った。


「なんですか、急に……別に頑張ってなんか」

「いいや、頑張ったよ」神様がゆったりと近づいて近づいて、椅子に座り込んだオレを見下ろす。


「今日、早めに帰ったのは、二階堂史明と暁朋恵という主役の仲を深めさせる為。余韻を感じさせる為。生徒会長に忠告を態々したのは、彼らの居場所を守る為。暁大輔にLONEを事前に送り、心の準備をさせたから、彼は最小限度の絶望で済んだ。うそぶいて自分は能力者だって意味不明な事を兄大輔に言って身構えさせた。その信憑性を上げる為に、陽明大学へ行き、聞き込みを入れてその内容を聴取した。そして、それを用いて信用を得た。全く、策士すぎるよ」


 一人で行動して考えた筈なのに全てお見通しされていた。


「なぜ……なのかと思ったんです」

「うん。暁大輔の友人が来ないことだね? きっと、友人が来れば記憶が復元するのが早まるだろうからね」

「はい」兄貴は、友人の見舞いが来れば、記憶を取り戻そうとした筈だ。だが、全く戻っていないのが引っ掛かったのだ。


「兄貴は、雪山に登る際に全ての連絡を絶ってたからなんですね」


「……うん。彼女であるスカーレット・ミラーの事を忘れる為に彼は、全て消したんだよ」


「だから、友人達がメッセージで心配しても音信不通だったと」


「……君にはその意味がわかるかい?」終始、話す神様の顔は、慈愛というよりも、切なそうな顔だった。

 オレは、椅子を少し回転させ、神様に向かい、話し出す。


「愛してる。スカーレットさんが言っていたとおり、始まりと別れの言葉。彼女と会う前の兄貴に友人は居なかったのでしょう。だから、その再現のために連絡先を全て消した。始まりの場所で、別れを伝えようとしたかったのでしょう。そして、最期に彼女から貰ったネックレスを首につけて『愛してる』と伝えたかった……そんな所ですかね」


「……、神は何でも知っていると思われがちだけど、彼がどういう訳でそんな行動をしたのかは、愛して通じ合った彼らしか分からないのだろうね」


「……」


 兄貴の大学へ聞き込みをすると、直ぐに友人は見つかった。連絡を取る手段が見つからず、頭を悩ませていたようだった。

 兄貴は、自分の家に友人を招くタイプでは無かったようで、友人達が家へ押しかけることもできなかった。

 兄貴の武勇伝やスカーレットさんとのラブラブ話を聞いたが、大学を何故来なくなったかは言わなかった。ただ、もう少ししたら大学来ますからその時に聞いてくださいと伝えて、立ち去った。


「頑張ってくれて、ありがとう」

 オレの頭を髪の毛の流れに沿って撫でる。その手つきがふんわりと包み込むようでオレの目が蕩ける感覚に陥ってしまう。気持ちいい。

 全てを包み込んでくれるようなその包容力に自分の身を置いてしまいたい。

 柔らかくて、きれいな指先で背中を支えてほしい。


「君はすごいよ。カッコいいよ」

 全細胞が救いを求めるように体が前のめりになって、神様に近づこうとする。

 逆らおうとしても、止める事はできず、椅子から立ち上がって、オレと神様は見つめ合った。

 くるんとした長いまつ毛が、色気を放っている。

 吸い込まれそうな二つの水晶がより輝いて見えた。


「頑張った子にはご褒美があるべきだよ」

 頭がとろんとなって、液体みたいになる感覚が襲う。

 辛さとか弱さとか、苦しさとか怖かったとかそんなマイナスの感情を浄化してくれるそんな淡い期待がオレを動かす。


「慰めて、あげるよ」

 ぷるんと光る甘いの唇が蠱惑的で頭をぼーっとさせる。

 頭の中がとろとろになっていく。


「いいよっ、ほらっ」

 目の前にいる神様が両手を花のように咲かせて、歓迎する。


 呼吸が乱れた。視界が狭まっていく。

 慰めの言葉が、表情が、今までの苦悩を呼び起こした。

 

 自分の言葉で誰かの行動を変えてしまうのが、酷く怖かった。

 文芸部を守る、と二階堂に断言してしまったのが、不安だった。

 若桜先生の立場を利用して、交渉したのが、ずるくて嫌いだった。

 生徒会長に強い言葉を使って、自分が弱くて苦しいのを誤魔化した。

 遥の誘いをあの時みたいに、笑って受け入れる事ができないのが辛かった。


 色々な感情がごちゃごちゃになりながら、行動した。

 誰の支えが無いのが不安で、誰かに自分の胸の内を曝け出したいほどに辛かった。

 

 だから、かな。

 もう、誰かの胸で安らぎたいよ。


 自分の冷え切った身体が、温かい場所を求めようと、ふらふら前へ行く。


 オレは、するすると近寄って……。




 _________今の圭は、無理してるよ……

まるでやりたく無い荒事をやっているように見える。




 彼女の声が響いた。脳裏に蘇った。

 目を閉じて、二歩下がる。


 オレは、神様の言うとおり動いた、行動した。

 辛かった、泣きたいほど悲しくなった。

 そして、今、慰めてもらおうとした。

 オレは、多分そんな弱さを肯定されて、また、頑張って、辛くて悲しくなって、慰められて……繰り返される。



 彼女の掌で踊る、ラットのように。


 飴と鞭。


 自分で蒔いた痛々しい毒を解毒薬で治し、感謝を言われるような悪魔の手法。

 人を自分の都合の良いように陥落させるマインドコントロールだった。


「…………人の弱さを……操るために用いては駄目です」


 目を開けて、目の前にいる神に告げた。


 目を鋭くとんがらせてオレが堕ちなかったのを睨んだ。


「最終的には、良い未来が待っているというのに?」欺瞞だ。

「その良い未来は、貴方が決める事ではないです」


「……きっと、そう言うだろうと思っていたよ」呆れたようにふぅ〜と一息吐いて続ける。


「幸せの定義を世界に求め、誰かと比較する事でしか幸せも不幸せも決めれない、人間だよ……? そうやって私たちは生きてきた。そして、未来もお互いの傷を舐め合って、前を必死に向かせる。それが私たちだよ」

 兄貴とスカーレットさんの件を作った作者とは思えない発言だった。


「弱さを肯定する事は素晴らしいです。ですが、人間の強さを軽視しすぎです」

「……強さなんて無い。あるのは、見せかけだけの希望に縋り付く、自尊心だよ」


『人間は考える葦である』そうパスカルが述べたようにきっと他の生物と変わらないほどに、か弱いのだろう。だが、考えると言うのが人間の強みだと、パスカルは強調した。思考を止めず、生きる。


 それは、きっと人間の尊厳であり、強さなのだ。

 諦めず、考えてよりよい明日を求めることが。


 ただ、神様はそんなのまやかしで、言葉遊びだと笑うのだろう。

 であれば、オレがする事は一つだ。


「……だったら、見せてあげます」

「えっ?」


 神様は、強さがあると思いたいから、こうやってこの作品を作ったのだ。

 だったら、登場人物であるオレが強さを証明すれば、自分を作りあげたという一人の作者をギャフンといわせれるだろう。

 そして、この弱さに侵されてしまった彼女に勇気を与えよう。


「神様と別れる前に、弱さだけで無い、強さという明るい世界を見せてあげますよ」

「……強さ……、怯えた恐怖心故の衝動。の間違えじゃ無いの?」


「言葉を言い換えないでください! 今日から禁止です! あと、無駄にウザくて弱々しい神様も駄目です! なんか気持ち悪いです!」


「……何を言ってるんだい。……てか、気持ち悪いは言い過ぎじゃ無いかい⁉︎」

「そう、それで良いんですよ。神様は」

「何だい、それは」顔を背けて、綺麗な黒髪から耳が赤く色ついたのが垣間見えた。


 遥の言葉が頭の中を過らなかったら、おそらく、神様の胸の中で弱々しく嘆いていたのだろう。

 そして、オレは何事も無かったように学校へ行って、平然と弱さは仕方ない。

 誰だってそうだ、と言い訳するんだろうな。


「ふぅぅ〜、そんな甘々で依存し切ったラブコメでも良かったけどなぁ〜?」生ぬるい目で見つめながら言葉を返す。


「神様……絶対そんなラブコメ書くつもりないですよね?」

「バレちった? 悲壮感たっぷりのドロドロ痴情の絡れ劇場だけしか書けないねっ」


「可愛くウインクしても中和されないですよ。てか、ラブコメのコメディーを愛憎劇に変えないでください!」コメディーを取って、愛憎劇にされた登場人物は不憫極まりないのである。


「変えちゃダメだってルールはありませ〜ん」


 一気に子供っぽくなったのである。

 両手を肩の位置まで上げるなり、掌を上へ向け揺らしており、ウザい。

 顔もおちょくった顔をしており、益々ガキさが目立った。


「ラブコメのイロハ勉強してないんですか……だから、こうなっちゃうんですね。しっくりきました」


「変んな納得の仕方されたぁ!」


 その後も何度か言い合って、笑う。


 多分、全然違うなって笑い。

 多分、分かりあうのは程遠いなって笑い。

 多分、お互いを知った笑い。


 オレは、椅子に凭れかかって笑う。

 神様は、オレのベッドに座って笑う。

 

 笑えば、心の濁りが飛んでいくような感じがした。

 横にいる神様と全く違う生き方も考え方もしているのに、笑えば、心が温まった。


 明日も頑張ろうって思った。


 だから、頭をよぎったのだろう。


 _________全て決着がついたら、遥に……。



 その感覚が神様にも訪れていれば良いなと無邪気で独特な笑い方をする神様を眺めながら思った。


 その部屋に響いた笑い声は、きっとピッタリと重なる事はないだろう。


 だけど、オレ達は、そうやって笑いながら生きるのだと思う。


 最後は、笑って終わる。




 それが美しい終わり方だ。

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