第28話 戻った日常。
僕は、僕たちは、生徒会室に呼ばれていた。
生徒会室へ向かう道中、窓の外を眺めると桜はすっかり影を顰め、春の終わりを感じさせる緑へと変わっていた。
ゴールデンウィーク明けともなると皆のテンションは五月病なのか異様にダダ下がっている。
そんな中、僕たちの戦略を始動させた。
ゴールデンウィークが始まる前に部集を置いた。
その選択は、見事も見事。
ウチの学校中の生徒間で話題になるほど。
そして、その火種を炎のように燃えあがらせるために放送委員会の方達に交渉を行い、昼休みに宣伝を行った。
本来、ゴールデンウィークが始まる直前や終わった直後に宣伝すべきだと思ったのだけど、明智君がそれに待ったをかけて、ゴールデンウィークが終わった一週間後の一昨昨日にやっと宣伝を行った。
僕はそれに少し懐疑的ではあったけど、効果は絶大だった。
ゴールデンウィーク直前や明けのすぐ宣伝をしたとしてもゴールデンウィークの話題で消されてしまっただろう。
それに、人は突如として置かれた本を何だろうと気になり、その謎が明かされた時、人は強烈に食いつく。まるでミステリーの序盤に張られた伏線が回収されたように意表を突くんだ。
だからこそ、ゴールデンウィークというビックイベントより前から仕込んだのは意外にも功を奏した。
明智君は、僕らが三日ほど学校を休んだ時に多くの作戦を考えてくれていた。
僕と暁さんの小説も無事に完成し、明智君と神さんの物語も無事に一つの部集として置くことができた。
明智君と暁さんは元々誰かを題材にした作品を作ろうと思っていた。
そこで、暁さんのお兄さんの話を聞き、それを題材にしようと交渉していた。
正直、不謹慎だと思った。
だけど、お兄さんは、誰かの前を向く原動力になればと言って、了承した。
それが誰かの明日を向いてくれるキッカケになればと。
僕たちと彼らの作品の投票を玄関前に設置した。投票用紙は、投票箱の前に置いて丁度今日が締め切りの一週間を期限とした。
まだ開票はしていないけど、良い作用を生んだように思う。
校内が僕たちの話題で持ちきりになり、噂では生徒会に廃部の撤回交渉をした生徒もいるとか。
先生方も読まれた方もいて、授業中に感想をくれたり、休み時間に制作の裏側を聞いてきたりして、学校中、読書がブームになるのを感じていた。
勿論、一過性のもので終わりたく無いので、夏もお楽しみにと伝えた。
それにやはり僕たちが狙った通り、英語訳は進学校の学生には結構響いた。
暁さん達が英語は得意といえど翻訳などした事ないであろうから少しだけ心配だったが、外国人のALTからも英語力を称賛していた。本当に素晴らしいと。勿論、本の内容も喜んでくれたようだ。
だから、英語がなぜそんなに得意? と聞いたら、受験期の時にお兄さんが英語を教えてくれたのだとか。
それは、きっとお兄さんとスカーレットさんとが紡いだ時間の結晶だからだろうね。そう伝えたら、暁さんが静かに泣いてしまって、僕はテンパってしまった。
初めて、暁さんの涙を見たと思う。
まだまだ、僕には誰かの涙を癒す力は持っていないらしい。
僕はただただ彼女の涙が止まるのを待った。
今までの経緯を逡巡しながら生徒会室へ文芸部のみんなより二歩遅れて歩いていた。
「何でしょうかね、話って」
「十中八九、文芸部の存続の件だろうな」暁さんの問いを明智君が軽く返す。
「と言って、圭吾がやらかしたんじゃないの?」
「……流石にそんなヘマはしない。やるなら、バレないようにしてやるから。もしバレてたら、メガネ割る勢いで土下座して謝る」
「何をやったんですか⁉︎ 明智さん!」
目の前で三人が仲良く話している。
その光景は、最近見慣れた微笑ましい日常となっていた。
この四人で今後の学校生活を楽しむ未来も薄らと組み上がるほどだ。
僕は、その新しくできた関係を外から眺めた。
ドアをノックすると、声が聞こえたため生徒会室へ入る。
煌びやかな部屋だ。
ウチの部室よりも、座り心地が良さそうな赤クッション付きの椅子が計九脚置いてある。真ん中に綺麗な木目調の長机が二台横並ぶ。その長辺に椅子が四脚ずつ。入り口のドアから一番奥に一脚がある。
ウチの文芸部と同じ配置だが、やはり一.五倍ほど広い。
右の壁側には黒板が並び、春学期の行事が連ねてある。左側は、書物や年度ごとの生徒会綴りがご丁寧に二十年前から並べられていた。
そんな空間は一言で言えば、重い。
綺麗なオデコが見える前髪アップ。横髪は、顎のライン辺りで綺麗に揃っている。可愛らしい顔立ちというよりか、綺麗な顔立ちをしている。モデルのファッションショーで一際女子から黄色い声を浴びるような大人っぽさを身に纏っている。
ほんとに……一つ年上なのかな。
その生徒会長ともう一人既に座っていたのは、隣のクラスの小清水遥(こしみずはるか)さんがパソコンを横に置き、左側へ座っている。特段、他には生徒会のメンバーはいないよう。
「わざわざ来てくれてありがとう。さっ、座って頂戴」席から腰を上げて、左手を添えて右側の椅子へかけるよう促してくるので、僕たちは席へ座った。
「早速、本題に移るわね。……察していると思うけれど、廃部の件で招かさせていただきました」廃部……その言葉を聞くだけで身が引き締まる。
「我が校の生徒は学外で優秀な成績を収める者が多い。そこで再度、部費を然るべき人材へ賄うようにすると決議で採択されました。そして、何ら成果を上げずにただ部費を浪費する部を無くすことにしたのです」
おそらく、部費のアップを交渉する部活が多いため、何かしら生徒会で動いている事を示す必要があったのだろう。また、それらをする事自体、ウチがより部活動が盛んな学校へと近づく先行投資と言える。
『人数的な廃部』とは切り出さないのは明智君と神さんが入ったからだろう。
「もう既に将棋部なる堕落した部活は廃部としましたが、貴方たちは成果を出しました。そこで問いたいことがあるのです」
「問いたいこと……?」暁さんが言葉を漏らす。
「えぇ。……またこのように素敵な本を校内に出して欲しいのです」
「「えっ‼︎」」すんなりと出た言葉に僕と暁さんは若干前屈みになって声を漏らした。
さっきまでの雰囲気からしてまだ不十分だから、何かしら策を練ってください。なんて事を言われるとばかり思っていた。
「ふっ。貴方たちの物語をよんで感銘を覚えた人から依願書を受け取りましてね。私は、この役を全うするため読んでいませんが、今日読もうと思っております」
柔らかな口調であの生徒会長が親しげに話す。
生徒会演説では、圧倒的なカリスマ性と弁論で候補者全員に差を見せつけた。噂では、二年時に受ける全国統一高校生テストでは、偏差値七〇オーバーで京大A判定を既にとっているのだとか。ウチは、東大より京大の方が近いので結構先生から勧められる。暁さんでも流石にそこまでの成績は収めていないので、誰もが認める天才だった。
部活動は、所属していないものの去年の体育祭は注目の的になる程の活躍を見せた。特に短距離や中距離は彼女の右に出る者がいない。
僕から見れば、天が二物も三物も捧げた偉才の少女だった。
「はい。それだけです。今日は帰ってもらって良いですよ。お疲れ様でした」直ぐに立ち上がって、ぺこりとお辞儀すると、小清水さんも立ち上がりお辞儀をする。
つまり、僕たちは、文芸部を存続させる事ができたのだ。
僕と暁さんは、顔を見せ合わせて破顔した。
彼女のその笑みをまたあの場所で見れるのだと思うと、心臓に熱い血液が流れて喜びが込み上げてきた。
明智君と神さんも嬉しそうに僕たち二人を眺めていた。
僕たちは、そんな晴れやかな気持ちを浮かべながら生徒会室を後にしようと思った。
だけど__________
「明智さんは、ここに残ってね。話したいことがあるから」
「やっやっぱり、明智さん何かしでかしたんですか⁈」
「ふふっ。違いますよ。少し、小清水さんにイタズラしたようでして」会長が三日月型の口を作って明智君へ意味アリな視線を送ると、明智君は肩を竦めて『マジですか』と冗談っぽい口調で返した。
「明智さんっ! 意外に小学生みたく好きな子にイタズラするタイプだったんですか?」
前にあった体育のバスケでの一件を見て、僕達は二人が何かしら因縁を持っているのだろうって思っていた。
太一曰く、『明智のボール捌きやテクニックは、明らかに経験者の動き。それもかなりやり込んでいる』とのこと。
まぁ、暁さんは『あの二人は、両想いだと思います! いえ、もしかしたら、あの空気感は昔付き合っていたようにすら感じました!』って。
はは、と苦笑いする明智君は、黒板の方へ顔を向け、何か思案している様子。
小清水さんは、暁さんが変なことを言うから、目を細めて明智君を見ていた。
「じゃあ、部室で待ってるね?」
「いや、今日は、部活は休む」
「そっか。じゃあ、またね」
「また明日です、明智さん」
「……」
「おっ、また明日」
ドアを閉める寸前の明智君の目はどこか鋭く、不敵な笑みを浮かべたように見えた。
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