最終章

第25話 おやすみ。

 私は、二階堂さんを早急に部屋から追い出して、『ごめんなさい』と謝り、家族にも謝った。

 謝る必要は無いって言ってくれたけど、それが私の第一歩だと思ったから、そこから始めた。


 時刻を見れば、夜の九時を回っており、二階堂さんはお腹を空かしていたようでぐぅ〜と腹の虫を鳴らしていたけど、私もそれに続けて鳴らした。

 フッと見合わせて笑う。


「明日も学校を休んで心の整理と、やらなきゃいけないケジメをつけようと思います」

「……ケジメ、僕も手伝うから……休むよ」

「……優等生の二階堂さんがサボりですか? 悪い生徒に唆されでもしました?」

「ははっ、結構、厄介かも」


 この人は、笑うと涙袋ができて目が薄くなる。

 こんなにも母性本能擽られる愛らしさを持っていたのは、昔飼っていた子犬のペロぐらいで久しぶりかな。


「そですか。きっと先生方も心配してくれるに違いありません」

「……」目を合わせて、帰るのをアイコンタクトで伝えてきた。


 母に外まで送ると伝えて、ゆっくりと玄関まで向かう。

 二階堂さんは、ぺこりぺこりと両親に何度も頭を下げていた。無理を言って、私の部屋の前に留まらせてくれた事に感謝を伝えていたのだ。


 二階堂さんが来なかったら、どうなっていたのだろう、私。


 オレンジ色の温かな光が漏れた暗闇に二人揃って、足を踏み入れ、三日月に欠けたお月様を見上げる。

 中途半端な兎だけが浮かび上がっている。多分、明るすぎたのだろう。


「今日は、ちゃんと休むんですよ?」

「それって、僕の台詞じゃ?」

「いいえ……二人の台詞ですっ」

「そんな、してやったみたいな顔をされても」

 どうやら、私はしてやった顔を決めていたらしい。ただ、疲れているだろうから、今日は休んでほしい。


「明日……また来るよ。何時でもいいから、LONEして」

「分かりました。今日は、ぐっすり寝れるか分からないですが、長く寝るようにします」

「そだね。……どっちにしても、遅刻だから、いいのか」ワザとっぽく小首をかしげながら顎を撫でている。


「二階堂さん、どっぷり悪い生徒に調教させられてますね」

「ちょっ、ちょうきょう……かは置いといて。それが息抜きの仕方だよ。真面目な人ほど、どこかで息抜きしないと」

「………そうですね。では、今日はありがとうございます」


「ううん。じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」二階堂さんは、軽く手を振って優しい色の電灯に導かれながら家路に就いていった。



 次の日、九時ごろに起床した私は、身支度を済ませながら、誰もいない家の中で私が置き去りにした手紙を探す。


 その手紙は、棚の開いていた箇所に置いてあった。昨日迄なかったから、お母さん辺りがポイっと置いたのだろう。


 私が一昨日、玄関前で鞄と手紙を投げ捨てていた状況から何かあると察したのかな。昨日は、一切何も効かれず、夕食を取った。聞くのは日が経ってからの方が良いと判断したんだと思う。


 手紙から目を逸らしたくなるも、私は右手でそれを取り、裏面を見るもまだしっかりと封がされている。


 私は、開ける事はせず、ポケットにしまい、前に届いた手紙もポケットに仕舞う為二階へと登っていった。




 LONEを二階堂さんへすると、すぐさま既読がつき、十五分ほどすると、到着したので、私はリビングへ招き入れた。そして、話し始めた。


 私が何故、ああなったのか。

 私の罪と弱さを伝えた。

 ポケットにあった手紙二つも出して。


 二階堂さんの表情は終始、真剣さと深刻な顔つきだった。

 淀みなく話せなくなった箇所は、無理に言葉を引き出させようとはせず、待ってくれた。本来、学生の本分を全うすべきなのに、彼は時間を惜しまずに待ってくれた。


 全て、言い終えると、彼はポツリと『ありがとう話してくれて』と言った。

 それまで何も話さなかった彼の声は驚くほど詰まりも無い透き通った声だった。その声が、言葉が前を向かせてくれた。


「私は、お兄ちゃんに伝えようと思う。この手紙も、辛い現実も」


 きっとそうしなければ、兄が後で真実に気づいた時、間違えてはいけない、選択をしてしまうかもしれないから。であれば、私が横に居る今に、伝えようと思った。それは、二階堂さんのさっきの言葉でそう決意した。


「……」二階堂さんは、何も言わずテーブルの上で自分の両手を合わせ、考え込んだ。何が最良の選択だろうと、考えてくれているのだろうか。


「その手紙は、開けなかったんだね」視線を下げて、手紙の方へ目をやっていた。


「はい。私が受け取るべきでは無いですから」

「それは、そうだね。……でも、前の手紙は暁さんのお兄さんがそのまま受け取って、誰もいない病室で読んだとしたらどうなるか、想像するだけで怖いよ」


「……」言葉を失った。


 確かにそうだ。


 当事者でない私でさえ偶々あの恨みつらみを見て、心がズタズタに引き裂かれた。

 であれば、お兄ちゃんがあの手紙を読み、記憶が蘇り、彼女であるスカーレットさんを思い出して、亡くなった事、自分が彼女の死因に関係したと、理解した時……どうなるか、言葉に出すのが憚れるほどに兄は狂ってしまうだろう。


「暁さんが辿った今は、悶えて焼けただれる思いだったと思う。そんな苦悩を良かったで済ませる事はできないけれど、お兄さんが間違った道を進んでしまわないようにできたと前向きに考えれるよ」


 この言葉が私を傷つけないだろうか、そう考えながら不安そうに私へ伝える。彼の合わせた手がゆるゆると落ちて、テーブルの上に置かれた。


「そうですね。そう考える事にします」

「……」

「どうしたんです? そんなクリクリの目を見開いて」


「ううん……続けよっ」慌てた様子で私から顔を背けた。

「はい」


 自分でも説明できなかった、昨日迄あれ程悩み苦しんだ葛藤が霧払いし出したように薄らと軽くなっていく。


 お兄ちゃんへ会う前に、入念な打ち合わせとお互いの懸念点を潰した。

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