第10話 大切な、過去の人。
体育の授業は、いつも通り一組と合同でやる事になっていた。チラホラ一年の時に同じクラスの奴もいたりする。準備運動と謎の三分間体育館内ダッシュをやらされ、バスケの練習へと入っていく。
前半はバスケのドリブル練習と軽いシュート練を先生の手本を見ながらやる。
男子とペアが良かったのだけど、名前順で整列していたこともあり、オレは暁さんとする事に。去年までは、違う体育教員だったから男子同士でやるのが基本だった。
ミディアムの髪の毛を後ろで上手く纏めている。そのおかげで綺麗なうなじが垣間見えて色っぽい。いつもより白い肌の面積が多く、見る場所には困る。
その細い腕でボールとか受け取れるのだろうか、とすら心配になる。
それを感じ取ったのか暁さんは言葉にした。
「大丈夫ですよ。私、こう見えて球技得意なんです」袖をまくり、平な力拳を作る。説得力のかけらもない。
「去年、試合に出ながらチームを応援しているだけだったような……」
事実、去年も同じクラスだったため知っているのだが、基本、激しい運動の時は参加していなかった。室内の運動とかは大丈夫なのか参加するもチアリーダーみたいにみんなを応援していた。
「でっ、でも、得意です! さぁ、やりましょう明智さん」
まぁ、体育に参加して何もしなかったら評価が付かないからな。室内で体育をやる時に評価を取っておきたいところか。
横にいる暁さんは、ボールをバンバンとつく。得意げな顔を作るとリズムを崩し『あぁ〜〜』とボールをとりに行っている。
大丈夫かな……、そんな事を思いつつ、オレは体育館内を縦にドリブルパスする列へ並ぶ。
自信とヤル気だけはバッチしのようで先にしている生徒達を見ながら声を漏らしている。
なんか、かわいいな。
『おーい、コッチ見ろ!
こう、自分の苦手を頑張ろうと健気に取り組む姿勢は、庇護欲を掻き立てられてしまう。
『後ろで、男子の視線に晒されている乙女がいんぞぉ〜、みないのかぁい?』
「ゆっくりでいいからな」
「う、うん。ありがとう……」
オレは、暁さんのボールを跳ねさせるスピードと力の入れ方を頭に入れる。
男のオレみたいにパスの飛距離は出ないだろう。バウンドは、距離を詰めたとしても二回とみた。その二回目のバウンドは飛び上がる高さも低い。前傾姿勢でボールを取って且つ暁さんの胸元にスポッと嵌る位置に返すと取りやすいか。
去年までは考えなかった思考を巡らせる。
高校に入ってからオレ自身、運動はめっきりやっていない。それに、全力で運動するキッカケも訪れなかったので程よく手を抜いていた。
誰かに運動ができる方だと悟られると色々と部活勧誘やクラス対抗で開催される大会等でエースを任されるのが嫌だったからだ。
目立たず穏便に成績の四を取ることだけを意識した。それで、過度な期待や義務感を植えさせられずに済む。
ただ、今回ばかりは暁さんに出来るだけ好印象をもらい、信用を勝ち取る必要がある。信用をえれば、信頼できる人と期待し、自ら胸の内にある問題を曝け出すという計算に基づくものだ。
だから、彼らへの接し方には最大限理論を組んだ上で接する必要がある。勿論、ライバル意識を持たせることも必要だが、あの四人の奥深くまで潜みこむためには信用が手っ取り早い。
オレ達の番が回ってきた為、一歩前へ進み、頭で計算した地点から一斉に走り出す。ドリブルをタンタンと突きこちらへパスをする。
一、二、バウンドが二回したところを左手で受け取り、左手で三、四回突き、ふんわりと走ってきた位置へ合うように胸の位置へパスをする。
弧を描いたボールは、暁さんの豊満な胸の前に届き、しっかりとキャッチできた。
おおっ。
オレは思わず笑みを浮かべてしまうも、暁さんも嬉しそうにドヤ顔をキメて普通に歩いてしまう。ドリブルを忘れて。
思わず、右手でボールを突くポーズをすると『あっ』と声を漏らし、再開する。
無事にドリブルパス練習は終わり、簡単なシュート練習へと移っていた。
「明智さん、さっきはありがとうございます。お上手なんですね」ボールを両手でホールドしながらオレに話しかけてくる。
「ううん、暁さんも練習すれば上手くなると思うぞ」
「そうですかね……では、シュート教えてください」
「オレよりか坂本に教えてもらった方が……いいんじゃ」言葉に出しながら坂本を探すと西園寺さんと話しながらシュートの上手さを競い合っていた。
オレは暁さんへ顔の向きを戻すと。
「今は、良いところですからね。お邪魔したら悪いです」
「そうだな」坂本は西園寺さんがシュートを外した時はアドバイスを丁寧に教えている。その光景はやはり理想の男女関係に思えてしまう。
そう言えば、神様は……。
神様を探すとなんか独りで二つのボールを持って両手でドリブルをしている。軽く先生と生徒がそんな奇天烈な事をしている神様に注目が集まるくらい。時折、なんかコッチへ怖い顔しながらボールを突いているのが鳥肌もんなんだが。
何してんだ、あの人。てか、先生注意しろよ。
物語の世界だからといってふざけ倒している神様を無視して、暁さんに入りやすいシュートを教えていく。
シュート練習も終わり、後半の試合形式に入っていく。
クラスを六分割して、五人組試合をするも時間の都合上一試合五分ほどとなっていた。オレのチームは仕組まれたのか、神様、二階堂、暁、佐々木となった。
佐々木は、運動できないタイプの三つ編みメガネ少女で暁さんと喋っており、気まずそうにしていないので良かった。
一試合目からオレ達のチームと一組のチームとが当たる事に。
このチームで勝つことはあまり見込めないだろう。二階堂はそこまで運動が得意なタイプじゃないしな。神様に至っては、体育の授業を真剣にするという考えすらなさそうだし。
じゃあ、今日もいつも通りシュートを軽く打って、四点くらい取る。
体育の評価を下げないようにある程度の活躍を見せればいいか。
「
身長は、中学の時から結構伸びて恐らくオレよりか八センチほど低い、一六七センチくらいか。今は、体育の為にちっさく後ろで結んでいるが、ミディアムショートを中学から愛していた。
本人曰く、全女子がミディアムショートになったらこの世は正義に満ちるだろう、という謎の正義思想を持っている。まぁ、それを誰に言えず、オレにだったらいいか、といった形で熱弁してきた。
それが自分をオレに売り込んでいるようで、結構ミディアムショートもありかもと思ったぐらいだ。
「角が取れ、丸みを帯びると円になる。日本の国旗、通貨どれも円が大事だといっているが?」
一歩ずつ遥へ近づきながら即興の返しをする。
「ふっ、その子憎たらしい言い回しは相変わらずね」
「四番でキャプテン気取りらしい上から目線な言い草も相変わらずだな」遥はゼッケンを掴み、番号を確認すると、オレの方へ半目で返してくる。
「そっちこそ、七番を無意識に取るあたり、熱が燻っているようね」
自分の紫のゼッケンには七番と書かれており、驚く。七番……オレ達の中学では一番上手い奴や点を取る奴が七番を取っていた。無意識って怖い。
「整列っ!」体育教員が一組と二組を対面式で挨拶の位置に整列させる。半面コートでの試合だ。もう片面のコートでも試合をしている。
遥は、終始オレの顔を睨んでいた。中学の時よりも少しキツイ性格になったようだ。
ジャンプボールを背が高いと言うことでやらされたオレはボールが落ちてきた段階で仲間の方へボールを払う。ジャンプボールでチームに貢献するのは初頭効果で印象づくから嬉しい限りだ。
その流れと共にゲームが始まるも高校生の素人が紡ぐ試合は停滞することが多い。事実、今だってドリブルをせずにパスで繋げて遠くからシュート……みたいな図だ。ドリブルレイアップなんて行われない。
その光景を見ながら敵陣営を行ったり来たりする。
しかし、その波風が立たない平穏に戦の足音が鳴る。
キュキュっと足音が響き、シュッとゴールネットが靡くと歓声が沸いた。その華麗なドリブルを行い、堅実なシュートを打つ遥はやはりあの頃のまま。
周りのクラスメイトに『ナイスパス』なんて声をかけ、元気になる笑みを押し目もなく作る。純粋無垢なその笑顔がクラスメイトにバスケの楽しさを教える。
クラスメイト達と守りに戻るためオレを通り過ぎた。
「真剣にやりなよ、圭」
先程まで、あれほど笑顔を振り撒いてた癖にオレへ対しては冷たく鋭い氷のような言葉を向けてくる。ただ、オレの心には響かない。
パスを受ければ、誰かへパスをする。
暁さんとシュートの練習を一緒にやったがまだ上手くなくて入らなくてもオレは平然と守りのために戻る。
「きなよ」
ドリブルでオレの真正面に来て、クロスオーバーを敢えてしてくる遥にオレはボールへ手を伸ばす。ただ、それは当然届かない。届かせようとしていないから届かない。
「むかつく」
オレの横をシュンと通り抜け、スリーポイントラインギリギリ手前で打つと綺麗な弾道がゴールを射抜く。またしても黄色の声援。
男達ですら、口を開けてしまうほどに体育館上を走る彼女は閃光のように気持ちよさそうな汗をかいていた。
彼女がレイアップでゴールを決めた方が堅実なのに敢えてしないのは、仲間にシュートじゃんじゃん打とう! って励ますため。チームで楽しむため。
ほんと、変わらないな、君は。
『ねぇ、圭吾。幼馴染に気を取られて趣旨を忘れてない?』
「……うるさい」
『えっ?』
響かないと思っていた心が、揺さぶられていた。
彼女が仲間達と楽しそうにしているのが、オレの胸のどこかを突き刺す。それが酷く心を抉る感覚が自分に襲いかかっていた。
彼女がオレへあの頃の景色を意図的に見せてきているのは気づいていた。なんせ、中学三年間一緒にいたからな、狙いは透けている。
「もう……やめてくれよ」漏れてしまう、本音が。キラキラした世界を魅せてくんな。それを見せて引きづり込もうとすんなよ。
「明智さん?」オレの顔を暁さんが覗き込む。
やばい……ここは冷静になれ。
「……どうした?」
残りのタイマーが二分を切ったようで坂本が『残り二分』と叫ぶ。神様と二階堂が点を稼ぐも、点差が十二点も開いてるのに。消化試合のようになってるのにさ、暁さんはその叫びに応えるように言葉を出した。
「わたし、シュート決めたいです」敵がシュートを決めるので相手陣地へ向かう中喋り掛けられる。その声は一本線が通ったようにオレの耳に突き刺さった。
純真でやる気に満ちた声がボールの音や歓声、足音に消されずにオレへ訴えかけてきた。
「教えただろ? シュートの仕方」
「はい。でも、やっぱり周りに人がいると集中出来なくて」
暁さんのシュートは練習中、直線的にゴールへ向かっており、入る確率が低い投げ方をしていた。そこでオレはリング上部の白い四角形の内側へ当てることを意識させた。
ボールを持つ手を真ん中で持ち、まっすぐ流れるようにボールを頭上まで上げる。投げ方も優しく弧を描く軌道でと。
最初、投げ方が全然変わらなかったので、オレは『筋力が無いのだったら近づいて、こういう感じで』と見本を見せると、一気に上達した。とはいえ、まだまだ集中力とプレッシャーで肩に力がかかりすぎており、難しいようだ。
こんな時、昔のオレはどうしていたっけな。
彼女へ回して打たせては、入るまで回してを繰り返していたんだっけ?
それとも自分でシュートを打ってたっけか?
まぁ、今のオレには関係ないか。
「だったら、自分でそのチャンスを掴み取る所にいなよ」
「えっ?」
「自分が活躍したいなら、他人に縋るな。他人が縋りたくなるように自分で動けよ」オレはギアを上げて暁さんを置いていく。
そう、これでいい。もう昔のやり方はしない。オレなりのやり方で行かせてもらう。
二階堂がパスのやり場に困っており、オレは右後ろのセンターサークル前で『へぃっ』と声を出すとオレに気づいて綺麗なパスが飛んでくるので、センターサークルを超えて両手で掴む。
よし、こっからだな。
敵のフォーメーションは、ゾーンディフェンスだが、隙間が多くて粗い。だが、それを突破させないように遥が絶妙な位置を陣取っている。
オレが二、三歩ゆったりと右手でドリブルしながら近づくと、お姫様を守るように男達が囲い込もうとしてくるも緩急でそれを薙ぎ払う。
ある程度のリズムと流れで本陣へ近づくと大将がオレへ獰猛な目を光らせる。
オレが右足で踏み込むと彼女もまた左足をぴくっと動かし牽制してくる。
その間合いに他の奴らが近づいて来る気配がない。
目線を右下に動かして、左からドライブで切り込もうとするもお見通しのようで反応して来る。
やばいな。
姿勢を戻し、距離をとって、右左右左へとボールをつく。
「あらら、抜けないんですか? 昔なら雷鳴の如きドリブルで私に反応を遅らせてたのに。ふふっ、形勢逆転ですね」煽る表情で目をこちらへ向ける。
その油断に見せて誘うような挑発が諸にわかる。ボールを見てなくても貴方のドリブルを止めれますよって。
「お喋り上手くなったな、元級長」コート右側へと切り込む。しかし、遥は当然のようにオレを右端へ詰める。
「今も級長ですよ、ヘタクソさん」ボールに緩急を乗せてもダメなようだ。
うむ、コリャまずいな。
体を脱力させて、直立でボールを落とす_________瞬間に両足を開き、体勢を低くしてドライブで抜こうと試みる。
だが、今のオレには抜けないのか、オレへ間合いを更に詰めてくる。
自分の体をクルッとピポットターン中にジャンプしゴールへ投げ構えると、長い手が伸びてくる。彼女は、フッと見切ってますよって顔でこちらを見て来るがオレはそんな君を信じていたよ。
さらに体を宙で回転させ、左端で両手を胸の前で構え、パスを待つ仲間へ投げる。その軌道は練習の時よりも直線で力強かったが暁さんは受け取る。
「肩の力抜けっ!」
自然に飛び出した言葉が彼女に伝わったのか、優しく包み込むように放たれた軌道はひゅるひゅるとゴールへ吸い込まれ、ストンと落ちる。
「……うそ」
その言葉が暁さんから漏れると、体育館が鼓動しているかのような歓声に包まれた。注目の的である暁さんは入れたゴールをただただ眺めていた。
自分の達成感に包まれているのだろうな。
絶好の瞬間と言わんばかりに、坂本の背中を盾にして西園寺さんがカメラで撮りまくっていた。おいっ、授業中だぞ。
その光景に苦笑いを浮かべていると。
「昔の
「できるか。お前が……その……成長したみたいだし」
「えっ? ………あぁうん、ありがと」
オレが彼女の胸あたりを見ていたのに気づいたのか駆け足で攻めに向かうのでオレもその背中を追った。
あれ、罵倒されると思ったんだけどな……結構、発育が遅かったの気にしてたから、もしかするや、嬉しがってるのかもしれんな。
そんな挑発的だった遥の勢いは弱まり、オレはシュートを一本決めた。
久しぶりに感じた運動の汗は、心地よかった。
試合は、当然、負けました。
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