第7話 謎の正体

一泊泊めてもらえたその日の翌日。

窓からは外の日差しが入り込み、快適な朝となっていた。

「ほら、いい加減早く起きなさい! 遅刻するわよ!?」

「う〜ん……あと5分……むにゃむにゃ」

「もうこれで3回目よ!? せっかく作った朝食だって冷めちゃうから早く起きて!」

「もうぉ〜、お母さんみたいなこと言わないでよ〜……まだ寝むい〜……」

「〜〜〜っ! いい加減、早く起きなさああああああい!」

ベッドの温もりに包まれていたゼロの腕を引っ張り、強引に起こさせる。

リビングのテーブルの上にはアリスが柄にもなく張り切って作った朝食が用意されている。こんがりと焼いたトーストにプルプルの半熟エッグベネディクト、フレッシュなグリーンサラダに温かいコーンスープ。

それらを未だにボーッと眠気が覚めていない様子のゼロに食べさせる。まるで子供の世話をしているかのようだ。

そして制服までも着替えさせ、二人一緒に家を出た。



     ★



アリスのメリハリのある行動により遅刻することなく教室に着く。

傾木先生が入室してくるまでの間、大人しく自分の席で読書をすることに。

昨日の教室の雰囲気に比べ静かな空間である違和感に気づく。

その違和感の正体は教室を見渡せばすぐに分かった。

松岡、小林、伊能の三人がいない。

いないこと自体に心配はない。今は医務室で安静にしているはずだから。

「っ」

三人の姿を思い浮かべると、どうしても昨日の戦いを思い出してしまう。

偉そうな口を叩いておきながら手も足も出せなかった無様な自分。

3体1だったからなどと負け惜しみを言うつもりはない。

戦いはいつだって何が起こるか分からないから。

そもそもとして単に自分の実力が劣っていた。ただそれだけ。

自分に合っていない型と系統の戦闘スタイルを維持し続けていたこと。

ゼロから説明を受けただけで効果は立証できていないけど試す価値はある。

それで少しでも強くなれるのなら言う通りにするだけ。

実の母を殺した相手から教わるのは癪だけど、使わない手はない。

最悪なのは勇者にもなれず、仇を討つことすら叶わないことだから。

隣でうつ伏せになりながら熟睡しているゼロに目を向ける。

(利用できるところは利用してやる。そしていつか、こいつを……)

「うーっす。席に着けー。朝のホームルーム始めっぞー」

傾木先生が入室してきた。

生徒たちも席に戻り始め、雑談で賑わっていた教室内も静まりかえる。

「えー昨日のレクリエーションだが、ちょっとハプニングが生じてしまったのはみんなも熟知していることだと思う。そういうわけで松岡、小林、伊能の三人は、最低三日間は医務室で安静にしてもらうことになった。あ、気絶くんは明日復帰するらしいから、ちゃんと歓迎してやれよ?」

さらっと忘れかけていた人物の名をあげるが、いつの間にか気絶くんで定着しつつあった。

「まぁ機関側からすれば入学早々何物騒な事件を起こしてやがるんだコノヤローって感じだが一応伝えておくぞ。担任の俺からしてもできれば仲間同士仲良く過ごしてもらいたい。生徒の問題は運営側の問題にもなるしな。頼むぞー? あまり問題ばっかり起こしてっと世間からの評価も悪くなっていくんだから。マジでSNSの影響力舐めんなよ?」

まるで自分たちが悪さをしたかのような言い方。

傾木先生はそういう意味で言ったわけじゃないことは生徒も重々承知。ただ純粋に問題が起きた事実と、これからの過ごし方について注意をしているだけ。


だがそれを理解していたとしても気分を害してしまうのが人間というもの。

今回の問題、いずれもゼロが起こしたものであって他の者は関係ない。

そこまでの過程にはアリスが関与しているが、病院送りになるまでの傷を負わせようとはしない。

ゼロという人間から離れた悪魔神だからこそ、戦いに対しての加減と線引きが出来ておらずこのような結果を招いてしてしまった。

ここにいるアリス以外の全員はゼロに責任をなすり付けようとしていることだろう。

そう思わなくとも、ゼロに問題があるだけで自分たちは無関係だと思っているはずだ。

そんな人たちの鋭い視線など感じることなく、ゼロは未だに熟睡。

傾木先生と思わず目が合ってしまったアリスは視線だけで起こしてやれとメッセージを受け取る。

ゼロの肩を優しく何度も揺らして起こす。

むにゃむにゃと顔がとろけながらもよだれを垂らしている。

「あれ? もう終わったの?」

「違うわよ。今先生が話しているところだから、いい加減起きなさい」

「ん〜……ま、よく寝れたし。いっか」

両手をあげて伸びをするゼロ。

ようやくお目覚めのようでホッと胸を撫で下ろす。

傾木先生は確認後、改めて全員と向き直って話を再開した。

「いいか? よく聞け。今からお前たちにはある『演習』をしてもらう」

「演習?」

「昨日グランドで鬼ごっこをしたろ? あれの改良版だ」

全員が興味津々に耳を傾ける。

「今回の鬼ごっこは生徒同士によるものではなく、AIロボットとおこなってもらう」

傾木先生が視線を廊下に向けると、それと思われる人型のロボットを一柱先生が抱えて入室してきた。

ほぼ同じ人間のように作られたリアル型のAIロボット。

身長は170センチほどだろうか。

体型も至って普通で、これといった特徴はない。

強いていうならば成人男性のように黒髪短髪のウィッグとカジュアルな半袖と半ズボンを着用するほどの拘りを感じる。

「演習の内容は至ってシンプル。お前たちにはこのAIロボットを素手で捕まえてもらう。たったそれだけだ」

昨日の鬼ごっこと同じようなイメージを持った生徒たちの緊張がほぐれる。

「な〜んだ。演習って言うからどんな過酷な試練かと思ったけど、そんな簡単なことか」

「いいのか? そんなでかい口叩いて。後になって恥ずかしい思いしても先生は知らねーからな」

「な、なんだよ。だって捕まえればいいだけだろ? そんなの楽勝だろ」

「フッ。まぁいい。だが勘違いはするなよ。昨日の鬼ごっこは能力の使用を許可したが、今回は能力の使用は禁止だ」

「なっ!?」

「それってつまり、自分の足だけで勝負しろってこと?」

「簡単に言えばそうなる。ちなみに今回の演習場所だがグランドではなく東京23区全てが範囲だ」

「と、東京23区全て!? 範囲広すぎだろ!」

「いいか? 今回の演習の目的は犯人の背中を逃さない持久力と瞬発力を試すものだ。犯罪はいつどこで起こるか分からない。そうなったときに瞬時に対応できる適応力が必須になってくるわけ」

(なるほど。東京23区というあえて範囲を広くし、かつ人が密集している場所を選んだのは犯人が人混みに紛れて追っ手をまきやすい条件にするため。おまけに見た目も一般男性に寄せたのも人混みに溶け込みやすくするためということね)

「シチュエーションとしてはこうだ。AIロボットが犯罪をして逃げ回っているところを目撃したお前たちが捕まえに向かうという感じだ」

やっていることは鬼ごっこというよりケードロに近い。

「ちなみにこのロボットだが、あらかじめ誰かの手に握られたら動きが止まるようプログラムされている。反撃とかは一切してこねぇからそこは安心してくれ」

「でも先生」

「なんだ?」

「さっき範囲が東京23区って言いましたけど、危なくないですか? 他の人にぶつかったりしたら怪我とか負わせちゃうかもしれませんし……」

「その点も心配はねぇ。住民には2週間前に必ず連絡し注意を呼びかけている。仮にそれでぶつかって怪我を負わせても責任を問われることはねぇ。なんせこの機関は国によって守られている。安心しろ」

何かあっても国が保障してくれるということ。

能力の使用を禁止しているのは安全面を考慮しての判断。

「ちなみにAIロボットがどこにいるのかは自分たちで探すことになる。GPSとかを設定してしまうと本番のときに対応できねぇからな」

GPSがあれば追う側としては楽になる。

だが必ずしも犯人がGPSを付けているとは限らない。なんなら付けていない方がほとんどだろう。

本番を想定しての演習なら、肉眼でターゲットを探して追跡する力が求められる。

「制限時間は2時間。先にこのロボットをスタートさせ、そこから10秒後にお前らがスタートする流れだ」

あえて同時にスタートさせないのは、ハンデを負った状態でやらせるため。

たった10秒というハンデに違和感を感じたものも少なくない。

「最後に、全員にはこの腕時計を付けてもらう」

それは昨日の鬼ごっこでも装着したもの。

「これは昨日着けたものと同じだが中身をちょっとだけいじらせてもらっている。今回AIロボットが誰かに捕まったりでもしたら緑のランプが赤く点灯するよう設定してあるから、そうなったらここに戻ってくるように。もちろん捕まえたやつはロボットも一緒にな」

赤く点灯するまでの間は制限時間が許される限り、捕獲に徹しないといけないということ。

「説明は以上だ。何か質問はあるか? なければ早速演習を始めるぞ」

特に難しい内容ではないため誰も質問はしない。

制限時間内に能力なしでロボットを捕まえる。ただそれだけだから。

「よし、それじゃあ始めるぞ」

傾木先生が一柱先生にアイコンタクトで動かすよう伝える。

一柱先生はロボットの頭に手を乗せ、何やら『気』を送り込ませている。

数秒後。

先ほどまで抜け殻のように無機質だったロボットの目がギラリと光だし、覚醒する。

じーっと生徒たちの顔を一人一人認識するように観察。

それを終えると、疾風が如くこの場から颯爽と抜け出した。

「はやっ!」

「今から10秒後、お前たちもあのロボットを捕まえに行ってもらう。時速は最大60㎞を出したりするからそのつもりで」

(60km……結構速いわね)

手練れの能力者であれば常に時速65㎞は維持できる。

普段から体力作りに徹しているのはもちろんのこと、気の使い方も応用すればさほど難しくない……とアリアは言っていた。

けどその技術を教わっていないアリスからすれば、時速は出せても50㎞が限界。

ロボットを正面から捕まえることは不可能。

他の人たちはどうか知らないが、ゼロなら容易く捕まえられるはず。

「時間だ。行け!」

開始の合図と共に全員が散った。



     ★



傾木先生の合図で一斉に教室から飛び出していく生徒たち。

勇者育成機関を出てしまえばそこからは各自自由行動となる。

ロボットの居場所を特定するための措置は取られていないため自分の力で探し出さなければならない。

しかし口では簡単に言えるが実際に探し出すことは容易ではない。

東京23区という人口密度。一般人と相違ない見た目と服装。そこに溶け込んでカモフラージュするという嫌らしい仕組みになっているからだ。

同じ土俵で探し出すのはまず無理だと思っていい。

アリスはその突破口の一つとして、廃墟ビルの屋上へと登る。

屋上に辿り着き、手すりに掴みながら前のめりに全体を見下ろす。

そこには人が限りなく小さく見える分、広い範囲で探すことができる。

だがこれではどれがロボットなのか見分けはつかない。

そこであるポイントに絞り込む。

恐らくロボットは捕まえられぬよう現在進行形で走り続けているはずだ。

そこで、走っている人だけに絞り込む。

一般的に街中を走り続けている人はそういない。

髪の色と服装も事前にチェックしてあるため、両方の条件が合致している人物。それがロボットに違いない。

「いた!」

大勢の人集りのなか、一人だけ間を切り込むように走り続けている人物が。

髪の色と服装も合致している。

後ろ姿で顔は確認できないが、あの異様なスピードは先ほどのロボットで間違いない。

「方向的に浅草方面ね。その先は……雷門。よしっ」

行き先の目印が分かったところで急いで屋上から降りる。

(先回りしてしまえばこっちのもの!)

どんなに速い車も急ブレーキで完全停止することはできない。

向かう先からアリスが向かって来れば引き返すことも方向転換もすることは難しい。

そうなれば成す術なくアリスの手に捕まってしまうオチが見える。

アリス自身も何度か頭の中でシミュレーションしてみたが、失敗する確率の方が低いとみなしこの作戦で行くことに。

一階に降り、歩道に出ようとする。


そのときだった。


「!?」

出口の横から何者かがアリスの腕を掴み、引き戻す。

すぐに倒され、両腕、両足を強く抑えられる。

「痛っ!」

骨が軋むように押さえつけられ動けない。

倒された瞬間に見えたのは成人男性が二人。

横目で実際に確認してみるが確かにその通りだった。

状況に理解が追いついていないアリスは咄嗟に叫ぼうとする。

だがその口を男が手で覆い、防いだ。

「ようやく捕まえた」

暗闇の中から姿を現したのは10代と思われる若い女性。

キリッとした顔つき、金髪のツーサイドアップに透き通った肌。白の半袖のシャツに、紺色のスカート。そしてニーソから覗く適度の脂肪がついた太もも。

まるでモデルをしているかのように綺麗な女性だった。

手には何故かタブレットとペンシルを持っている。

「叫ばないことを約束するならその手を離してあげてもいいけど、どうする?」

それは逆に言えば、叫んだりしたら命の保証はないという脅し。

この状況では抵抗もできないので、アリスはコクリと頷く。

「おけ」

すると女性はタブレットの画面にペンシルで何かを書き始める。

すると私の口を押さえていた手を男が離してくれた。

「あなたは……誰なの……っ?」

「悪いけど教えるつもりはない。あんたはただ私の質問に答えればいい」

「っ……」

「質問は全部で4つ。質問1。あんたがアリス・マーガレットで間違いないね?」

「……ええ、そうよ」

「質問2。昨夜、林の中に一緒にいた黒髪の女はゼロという名前で合ってる?」

「なんで、そのことを……?」

「いいから答えて」

「……まさかあなた、昨日の件に絡んでいるわね?」

「質問しているのはこっち。早く答えて」

「し、知らない」

「……あっそ。じゃあ質問3。そのゼロの能力を教えて」

(なんでゼロのことまで!?)

何故知りたがっているのか。だが聞いたところで教えてくれないだろう。

「知らない……」

「……はぁ。参ったなぁ〜。んじゃあ最後の質問。あんた、姉妹とかいる?」

ここで急転換な質問。

普通聞くなら家族構成や両親とかだろう。

何故姉妹?

「いないわ」

隠す必要性がなかったため、ハッキリと答える。

「あんた分かりやすい性格しているね」

「っ」

「本当ならあんたを今すぐここで殺さないといけないんだけど、どうも私の勘が殺すなって言っているんだよね」

「ッ!?」

「ゼロについて詳しく聞かせてもらいたいし、ひとまずあんたを連れて行くことにするわ」

女性が再びタブレットにペンシルで何かを描き始める。

数秒ほど経つと、画面から縄と白い布を出現させた。

「あなた、やっぱり能力者ね……!」

男二人を見た時点でその違和感には気づいていた。

この男二人は人間というよりは、漫画の人体模型で使われていそうな見た目をしている。

それこそ手描きで描かれたような。

もしこの男も先ほどの縄や布のように出現させられたものと考えれば、この人の能力は––––––。

「これからあんたを拘束する。もし叫んだりしたら……分かってるよね?」

「くっ……!」

女性はまたタブレットに書き始める。

数秒後、今度は何かが出現するわけではなく、男二人が動き出す。

縄と布をそれぞれ手にし、アリス手足、そして口までも拘束し始めた。

「んんっ!」

何も抵抗ができない。

何も声を発することができない。

ただ大人しく蹂躙されるだけの身。

死の恐怖がまとわりつき、体が強張る。


また……何もできない。


完全に拘束され身動きが取れなくなったことを確認する金髪の女性。

「よし。じゃあ行こうか。くれぐれも暴れないようにね」

ペンシルでタブレットに書き出そうとした瞬間––––––。

「!」

男二人が黒い炎によって燃え盛る。

「なっ!?」

(この炎は……!)

ビルの入口にスッと姿を現したのはゼロ。

「やぁやぁ。ワタシの主婦をさらってどうする気だい?」

「……まさか、そっちから出向いてくるなんてね」

「出向く? 何が? ワタシはただ最初からアリスの後を付いて行っただけ。そしたら中で面白いことが起こっていたからこうして顔を突っ込んだだけなんだけど」

「この状況が面白い? あんたの大事な人が襲われているのに、とんだ野郎ね」

「そうかい? ワタシはただ本音を言っただけ。ここ最近退屈ばかりでね。ちょうど刺激を求めていたところだったのさ」

「はっ。あんたイカれてるね。本当に人間? 普通大事な友達が人質にされていたら動揺の一つぐらい見せるものだけど」

「そうなの?」

(……こいつ、やばいな)

女性の額に冷や汗が浮かぶ。

(昨日の時点でこいつがやばいのは分かっていたからこの女から聞き出そうと思ったのに……ちょっと計算が狂ったな)

今のところ分かっているのはあの炎に触れてはいけないということ。

(さて、どうしたものかな……)

男二人が完全に焼き尽くされると黒炎も消える。

そのタイミングでゼロが口を開いた。

「もしかして、昨夜私たちを襲ったのは君の仕業かい?」

「さぁ? なんのことだか」

「まぁ十中八九君の仕業であることぐらい見当は付いているんだけどね。今燃やした男と昨夜の弓の人物には共通点がある。それはどちらも声を発さないということだ」

「……へぇ?」

「ワタシは過去に何百人とこの炎で燃やしてきた実績があるんだが、みんな決まって恐怖に怯え叫ぶんだ。『なんだこれは!?』とか『やめてくれーッ!!』と言った具合にね」

「……」

「だが両方にはそれがなかった。普通自分の体が何かに侵されれば一言ぐらい発すると思わないかい?」

「ふっ。確かに」

「だからワタシは少なくとも人間ではないと思った。誰かが能力で生み出した人形かなんかだろうと」

それこそさっき縄や布を出現させたように。

「そしてその仮説が今見事に当たったよ。君のそのタブレットとペンシル。それで実体を生み出し、君が指示を出していたわけだね?」

「いい分析力だね」

「ありがとう♪ でも一つだけ解消しきれていない部分もあってね。君の生み出したその実体は瞬間移動とかできたりするの?」

「できるかもしれないし、できないかもしれないね」

「ははっ! 意地悪な人だね♪」

ゼロは右手にメラメラと黒炎を出現させる。

「とりあえず、ワタシたちの命を狙っていることだけは分かった。君がどこの誰だかは知らないけど、殺される覚悟はあるってことでいいね?」

「やれるもんならやってみな」

タブレットとペンシルに気を込め始める彼女。

するとゼロの背後から新たに男二人が襲いかかる。

「【黒炎の剣(ヘルソード)】」

右手に宿る黒炎が剣へと形状化し、それが左手へと移る。

その間は0、2秒。

ゼロは剣を握り一直線に振り払い、男二人を一刀両断。

真っ二つに切り離された男は付着した黒炎によって分断されながらも燃え続けている。

(感知を怠ったつもりはないんだけどね。まさかワタシの背後を取るとは……。というより、まるでパッと出現した感じのようだったな。面白い能力だ)

「んんーッ!!」

「!」

アリスの唸り声が響き渡り咄嗟に振り向く。

前方からは床をクネクネと這いつくばりながらこちらに向かってくる大量の蛇が。

(蛇……にしてもなんだこの数は。軽く50匹はいるね)

ゼロは蛇の集団に向かって剣を大きく振り払う。

振り払った剣先からは扇状の黒炎が放たれ、向かってくる蛇たちを一斉に焼き尽くす。

黒炎はゼロたちとの間に壁を作るように燃え続けており、向かってくる蛇たちの猛威を阻止。

そのすきにアリスの拘束を解く。

「あ、ありがとう!」

「どういたしまして♪ ケガはない?」

「うん、大丈夫。ゼロは?」

「問題ない。それよりあの女だ」

蛇の猛威がなくなったところを確認後、壁を作っていた黒炎を解除する。

逃げたのか、先ほどの女性の姿がない。

「あの女性ならゼロが対処しているうちに逃げたわ。方角は2時」

「でかしたアリス。ワタシとしたことが。分析に意識が持ってかれていたよ」

「追うの?」

「もちろん♪ 売られた喧嘩は買ってあげないとね♡」

「私も一緒に行くわ!」

「いや、アリスは演習を再開してな。あの女はワタシの獲物。久しぶりに手練れの能力者と手合わせできる絶好の機会だからね♪ 他言もしちゃだめだよ?」

「あんた一人じゃ危険よ! ここは二人で攻めた方が––––––」

「ワタシの能力は知っているだろう? 一人の方が戦いやすい。それに、今の君がいても足手まといになるだけだ」

「なっ!?」

「んじゃ、そういうことだから。くれぐれも近づいちゃダメだよ? 巻き添えを喰らいたくなければね♪」

そう言ってゼロはこの場を離れ、2時の方向へと向かう。

一人取り残されたアリスは両拳をプルプルと震わせながら、唇を噛み締めていた。



     ★



浅草の街を抜けた金髪の女性は、ビルの屋上を伝って駆け抜ける。

「……なんとか逃げ切れたか」

額に浮かんだ冷や汗を袖で拭う。

(結局アリスを連れて行くことができなかったし、あのゼロという女の能力も分からなかったしで収穫はなしか)

ゼロの戦闘の動きを振り返る。

「背後を取ったのに反応できるなんて、あいつやっぱりただものじゃないな。ここは退散して正解ね」

進行の先にはスカイツリーが。

「あ、スカイツリー。一度登ってみたいんだよねー」

ゼロが後を追ってこないことを確認したあと、スカイツリーを下から上へと眺める。

「おー!」

首が折れてしまいそうになるほど見上げるスカイツリーに感銘を受ける。

「……いつか、みんなと登りたいな」

「いいね♪ ワタシも混ぜてよ?」

「ッッ!?」

ゼロの切れ味の良さそうな手刀が彼女の顔を襲う。

彼女は間一髪で避け、慌てて後方へと下がった。

「へー。今のをかわすか。能力だけかと思ったけど動ける人だね」

「あっぶねッ! つうか当たってるわボケ!」

女性の頬からは爪先で切られたような薄い線の傷が浮かび、そこからツーと血が滲み出る。

「あんた、追いつくの早過ぎでしょ……!」

「そう? 君が遅いだけじゃないの?」

(さっきまで追っ手の気配は感じられなかった。私がスカイツリーを眺めているあの一瞬でここまで来たってこと!?)

金髪女性の心臓の鼓動が速くなる。

「これは計算外だ。ここまでの実力だったとはね……」

「ははっ。サプライズになったようでよかったよ。まぁ君も見かけによらず結構な実力の持ち主だけどね」

「そりゃあどうも」

「さてと、じゃあ仕切り直しといこうか。どちらかが死ぬまでの殺し合いをね♪」

「フッ。もしかして私を追い詰めたつもり?」

彼女はニヤリと悪い笑みを浮かべながら、バックにあるスカイツリーの方へと親指を向ける。

「私の能力であのスカイツリーに爆弾を仕込んである。あんたが一歩でも動けばあそこにいる何百人もの命が失うことになるよ?」

「かまわないよ♪」

「っ!? 構わないって、あんた本気で言ってる!? あんたの行動一つで何百人ものの命を失うことになるのよ!?」

「君が言えたセリフかね。それに何か勘違いしているようだから言っておくけど、ワタシにとって大勢の命なんかどうでもいい。それよりもワタシを楽しませてくれる一人がいればそれで十分なのさ。今の君はそのうちの一人♪」

「あんた、最初から思っていたけど大分狂ってるね……。本当に人間?」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれないね♪」

「っ」

「でもそうだなぁ。正直に言うと君を殺すのはもったいない気もするんだよね。まず君のことを知らないし、そもそもなんでワタシたちを狙っているのかも分からない」

「……」

「それに、誰からワタシの名前を聞いた?」

「チッ」

「ワタシは性格上、疑問を持ったら解消しないと気が済まなくてね。心の中でモヤモヤしていると気持ち悪いんだ」

ゼロは右手に黒炎を宿らせる。

「だから君はできれば殺したくない。大事な情報源だからね。––––––でも、死んだら死んだだ♪」

悪魔の笑みが確かにそこにはあった。

「【死炎(ヘルファイア)】」

右手に宿っていた黒炎が自らの意志で動いているかのように彼女を襲う。

「くっ!」

彼女はすかさずタブレットとペンシルを手にし、書き込む。

すると彼女の前に縦横50メートルほどの巨大な壁を出現。

【死炎(ヘルファイア)】は壁に直撃し、防がれる。

「甘いよ♪」

防がれた【死炎(ヘルファイア)】の一部が壁を焼き尽くし、その隙間から通過して彼女を襲う。

「マジかよ!?」

壁を通過するとは思わなかったのか、彼女は目を見開く。

それでも冷静さは欠かさない。

(あの黒炎に触れたらやばい……! やっぱり先ずはあいつの動きをなんとかしないと)

黒炎だけではなく、ゼロへの意識も逸らさない彼女。

逃げながらもタブレットに書き続ける彼女は凄まじい集中力を発揮する。

「はははっ。いつまで逃げ続けるつもりかい? それとも、もう万策尽きた?」

「ハッ! まさか!」

「ん?」

ゼロの上空から突如現れた全長30メートルを超える巨人が2体。

明らかにモンスターの見た目をしたそれは全身が筋肉で盛り上がっており、捕まったら一口で食べられてしまうほどに大口で不気味な笑みを浮かべている。

「フッ。随分と隙だらけのモンスターを呼び起こしたものだね。これじゃあ恰好の的だよ」

モンスターの図体に意識が持ってかれていると、背後からも何かが迫ってくる気配を察知。

振り向けばそこには先ほど廃墟で見た大量の蛇がいた。

違う点があるとすればさっきの量の3倍はいること。

(なんだ、この数は……)

辺り一面が蛇の群れ。

近くにいた一般人は吐き気を装ってしまうほど気持ち悪い光景に、この場から悲鳴を上げながら颯爽と逃げていく。

「!」

ゼロの手足もろとも、何かに縛り付けられる。

視線を向ければそこには太い幹の植物がギチギチと締め付けていた。

まだ猛威は終わらない。

上空からは鋭い牙を見せ、漆黒の翼を生やしたガーゴイル。

そしていつの間に出現したのか、視線を見下ろせばそこには黒いフードで覆われ、弓を構えている狩り人が。

「すごいや、こりゃあ……」

巨人、蛇、植物、ガーゴイル、狩り人。

1分足らずでどうやってこれほどの規模の数を呼びおこせたのか。

動きを封じられ、全方向からのリンチ状態のゼロは絶体絶命の危機に陥る。

「【氷の地(アイスグランド)】!」

広範囲にも渡る地面が凍り付き、蛇の動きが止まる。

「【氷の槌(アイスハンマー)】!」

上空から創り出されたハンマーでガーゴイルを襲い、そのまま蛇の集団へと落下。

息絶えた両種族は血が噴射することなく、塵となって消えた。

「大丈夫!?」

「アリスか。まさか来るとは思わなかったよ」

「あんなこと言われたぐらいで逃げるわけないでしょ」

「アリスらしいね。でも、心配は無用さ」

ゼロは右手の黒炎を植物にあてる。

するとすぐに燃え始め、緩んだところを突いて全てを燃やし尽くす。

そしてアリスに対象を変えた狩り人に気づいたゼロは扇状の黒炎を放ち弓を燃やす。

そのまま全身を黒炎で覆い焼き尽くした。

「残るはあの巨人だけだね」

「ここは私が引き受けるから、ゼロはあの女性を追って!」

「君一人でやれるのかい?」

「馬鹿にしないで。雑魚処理ぐらいなら私にだってできる!」

「……じゃあ、任せるよ?」

「ええ! 任せて!」

さっきみたいに雑魚に意識が持ってかれ肝心の金髪女性を逃すわけにはいかない。

気づけばあの女性の姿は見当たらず、すでに先へと逃走している。

今は少しでも時間が惜しい。

ゼロはせっかくだからお言葉に甘える。

「念の為に言っておく。敵の数は不明で、どこに潜んでいるか分からない。用心しなよ?」

「分かってる!」

「んじゃ。また後でね♪」

地面を強く蹴り、金髪女性を追うゼロ。

この場の戦場はアリス対巨人の2体となる。

(見るからにパワーで押し切ってきそうな感じね。でもその分、機動力はなさそう。それなら––––––!)

アリスは【氷の地(アイスグランド)】で巨人の足を凍らせ、背後を取る。

巨人から見たアリスはハエのように小さく映っていることだろう。しかしそれがかえって仇となる。

何が起こったのか理解しきれていない巨人は無防備状態。

そんな巨人の背中に手を触れる。

「【絶対氷結】!!」

そう唱えると、アリスの全身から冷気が出現。

触れた手のひらを中心に侵食するように氷の膜が広がっていく。

パキパキと鳴り響く氷の音。

今、アリスを中心とした温度は絶対零度化としている。

近づくもの全てを凍らせるかのような極寒に、巨人も身震いして動けない。

瞬く間に1体目は足先から手先、頭のてっぺんまでと隅々まで完全に凍り付いた。

まるで氷の結晶に封印されたかのように。

もう1体も同様に処理し終えると、アリスの顔はすでに疲労で満ちていた。

「ハァ、ハァ……思った以上に、ATPを消耗した……」

【絶対氷結】は相手の全身を完全に氷漬けにし、動きを封じる能力。

その規模が大きければ大きいほど比例してATPの消費量も増える。

「でも、これでこいつらは動けない。ひとまず安心ね……」

戦場を鎮圧し、ホッとしたところで呼吸を整える。

だがアリスは気づいていない。

目の前から巨人の拳が迫ってきていることを……。



     ★



東京スカイツリー駅から10分ほど離れた場所に二人はいた。

「追いついた♪」

「くっ、マジでなんなのあんた!? 速すぎでしょ!」

「【死炎(ヘルファイア)】」

「チィッ!」

女性もタブレットとペンシルを操作し、壁を出現させて防ぐ。

それに追い打ちをかけるように何十層ものの壁を出現させ進路を妨害した。

「……面倒だな」

さっきから逃げ続けるだけの女性にゼロの気分は損なわれつつある。

正面から戦ってくれることを期待していたゼロにとって、ずっと追い続けるだけの時間は退屈でつまらない。

それでも女性を逃すことだけはせず、壁を黒炎で焼き尽くしながら追いかけ続ける。

「ねぇ、なんでさっきから逃げ続けるのさ。ワタシと戦おうよ」

「逃げているわけじゃない。戦略的撤退というやつよ」

「?」

金髪の女性は何故か足を止める。

ゼロから逃れることができないと判断したか。

それとも––––––。

「ふふっ。ねぇ本当に良かったの? 私を追いかけて」

「……何が言いたいのか分からないなぁ」

「あのアリスって子、死んじゃうよ?」

「…………」

「この際だからネタバレしてあげるよ。もうすでに私の能力についても検討ついているみたいだしね」

「大方ね」

「やっぱり。まぁいいわ。特別に教えてあげる。私の能力は『イラストレーター』。このタブレットとペンシルを使って、描いたものを出現させることができる。描いたものならなんでもね」

「そんな感じだろうとは思っていたよ。君がタブレットに描き込んだあと決まって何かが出現していたからね」

「ふっ」

「出現させたものを自由自在に操り攻撃する。それが君の攻撃の基盤だろ?」

「正解」

「ついでに言わせてもらうと、安定型の創造系といったところかな?」

「それも正解」

「君の能力と型についてはほぼ理解したよ。でも理解できないのはやはり君の狙いだな。どうしてワタシとアリスを狙うのかな?」

「特別に教えてあげようか?」

「おや? 意外と素直だね。最初は秘密主義にしていたくせに」

「気が変わってね。でもその前に、アリスという子の救出を急いだ方がいいんじゃない? 本当に死んじゃうよ?」

「揺動をかけているつもりかい? ワタシをアリスの救出に向かわせている間に逃げようという魂胆なら見え見えだ」

「そんなつもりで言ったわけじゃない。純粋に仲間の心配をしてあげているのよ。私の優しさってやつ?」

「それならさっさと先に答えてもらっていいかな? 君の優しさが本物なら先に答えてからでも問題ないはずだ」

「っ。…………あんたたち二人が、今年の注目の新人だからだよ」

「注目の新人? これまた意外な回答が返ってきたものだ」

ゼロは目を細め、うすら笑みを浮かべる。

「それで?  その情報を渡したのはどこのどいつだい?」

「それは––––––」

「きゃああああああああああッ!!」

「!」

遠くからアリスの叫び声が響き渡る。

「フッ。ほら、助けに行かなくていいの?」

「……仕方ないねぇ」

ゼロは金髪女性に背を向け、アリスの救出に向かう。

「……ふぅ。助かった〜〜」

金髪女性は緊張から一気に解放されたかのように座り込んで脱力。

ゼロの気が確かに離れていくのを確認後、タブレットとペンシルを収めた。

「私としたことが、重要なヒントを渡しちゃったかな……」

だがそれでも不思議と罪悪感はない。

これは仲間との約束でもあるからだ。

金髪女性は青空を見上げながら仲間との約束を思い返す。



『杏里、ちょっといいですか?』

『ん? 何よ? アリル』

『もし危険だと感じたら無理して戦わず、すぐに撤退するのですよ?』

『分かってるよ。うちだって命を投げ出してまでリスクを負うつもりはないし』

『それから万が一敵に襲われ、私たちについて情報を渡すよう迫られたらそのときは潔く話すのですよ? それで杏里の命が救われるのなら私たちの情報など安いものですから』

『ふっ。あんたって本当心配性ね。ま、そう簡単にやられるほど私はやわじゃないけどね。それにそう簡単に仲間を売るような真似はしない。でも、もしそのような場面に出くわしたらそうさせてもらうかも。まだ死にたくないし』

『ありがとうございます。本当は杏里の他にもう一人同行してもらいたいのですが、みなさんは任務に出掛けていまして』

『ああいいよ。一人の方が気楽で好きだし。それに私たちの能力って一人の方がやりやすかったりするじゃん?』

『それは、そうですね』

『ま、安心しなよ。私は死なない。死ねない。生きてやりたいことがたくさんあるし』

『はい。必ず叶えましょう。この偽善で塗り潰された黒い世界を、私たちで白く塗り替えてやるのです』

『うん。その為にまずは守りの薄い能力防衛隊から攻めて、次に勇者育成機関。最後は政府の座を私たちが乗っ取り、世界を変える。でしょ?』

『はい。それこそが唯一無二の方法で、最も効果の高い手段。弱者に手を差し伸べるどころか、耳すら傾けないこの腐れきった世界を救う。私たちがその道標となるのです』

『叶えるわよ』

『ええ。もちろんです』

『んじゃ、行ってくる』

宮下杏里はアリルに背を向け、扉を開いて目的地へ向かう。

『行ってらっしゃい、杏里。あなたの道路に幸運があらんことを』



宮下はスカイツリーを見つめる。

「……さて、最後にいっちょやりますか」



     ★



「きゃああああああああああッ!!」

ゼロ達から約1キロメートル以上離れた先に悲鳴が轟く。

悲鳴の原因は巨人からの攻撃に襲いかかって来ていることにも気づかず、風圧の僅かの察知に気づき視線を向ければ、眼前には岩のような大きさほどの拳が迫っていた。

反射的に両手を前にしガードするアリス。

しかし当然ながらそのガードは意味を成さず、巨人の尋常じゃない怪力に簡単に押し負け、吹っ飛ばされる。

その勢いで背中に壁を強打し、力尽きるようにもたれる。

「な、んで……っ……」

確実に【絶対氷結】を喰らわせた。

あの攻撃を喰らえば最終的に指一本すら動かすことができなくなる。

だが巨人はまるで何事もなかったかのようにピンピンとしており、全身の氷もいつの間にか全て粉砕されていた。

(流し込んだATPの量が少なかった!? いやでも、確かに全身を凍らせたからそんなはずはない! じゃあなんで……!?)

【絶対氷結】が破れた原因を分析している間にも巨人はアリスをギロリと睨み、近づいてくる。

(今はとにかく、あいつらなんとかをしないと……! 私が任せてって言ったんだ。ちゃんと責任を持って倒さなきゃ!)

しかし先ほどの【絶対氷結】でATPを大量に消費してしまい、立つのも一苦労のアリスにもはや戦える力は残されていない。

(私がやらなきゃ……私が……)

なんとか立ち上がることに成功したものの、両足は今にも崩れそうなほどにプルプルと震えている。

その間にアリスと射程距離まで詰め寄った巨人の2体。

とどめだと言わんばかりに巨大な拳を振り上げる。

(動け! 動けぇッ!)

振り下ろされた拳。

だがその拳がアリスに触れることはなかった。

黒い炎に燃やし尽くされる拳。

巨人たちは突然の出来事に慌てふためく。

炎を消そうともう片方の手で振り払おうとする。だがその炎は感染するかのように燃え移るだけ。

振り払った際の火の粉は顔にも直撃し、火はみるみるうちに大きく広がっていく。

顔を燃やされた巨人たちは視界を奪われ、ただ地獄の炎にもがき苦しでいる。

「やぁアリス♪ 無事かい?」

「ゼロ……。ええ、平気よ」

(嘘ばっかり♪)

その証拠と言わんばかりに、アリスは膝から崩れ落ちてしまう。

「ぐっ。足に力が入らない……っ!」

「ATPの使い過ぎだね」

ゼロはすぐさま駆け寄り、アリスの背中に手を添えて優しく抱え込む。

「……ごめんなさい。私ッ」

「今はゆっくり休むといい。喋るのだって体力を使う」

アリスは途中、口を震わせながら何か言いかけようとしたが、グッと口を結んだ。

「!」

突如地が揺れるほどの大地震が発生。

いや、地震にしては雑な振動。

どちらかというと巨大な何かが地面に着陸したときに発生する振動に近い。

「……おやおや。これまた随分なお客さんだこと」

さっき倒したばかりの巨人がまた出現。

相変わらず不気味で恐ろしい見た目は変わっていないが、真に恐るべきなのはその数。

「1、2……30か。多いね」

「な、なんなのよ……あの数は……っ!」

巨人たちはゼロとアリスを囲むように配置。

巨人の集団に囲まれながら見下ろされる光景は悪夢としか言いようがない。

太陽も顔を出していたというのに、今だけ雨雲に移り変わったかのように辺りは暗くなる。

これだけの数に囲まれたら逃げ切ることはまず不可能。

「くっ!」

「アリス、君は休んでいな。こいつら程度ならワタシ一人で十分倒せる♪」

「……こいつらが現れたということは、近くにあの女がいるってことよね?」

「ああ。だからこいつらを倒して捕まえに行く。今度こそね」

アリスは察してしまった。

ゼロは先ほどまで追っていたはずの金髪女性を逃し、わざわざこちらへ戻って来た理由を。

(ああ、そうか。きっと私の叫び声を聞いて、助けに来てくれたんだ……)

それしか考えられない。

(……なんで、こんなにも安心しきってるのよ私……ッ)

目の前で身を持って守ろうとしてくれるゼロの背中が大きく、頼り甲斐を感じる。

体は自分より小さいのに、その背中はとても大きく見えて。

(遠い……こんなにも遠いだなんて……。何がママの仇を取るだ。何が勇者だ……ッ)

雑魚処理すらも全うできない自分の非力さに唇を噛み締める。

本来なら悪魔神を殺すべき勇者が悪魔神に守られるというのはこれまでにない屈辱を味わい、今すぐ剣で胸を切り裂きたいほどにムカムカとしていた。

「君ら相手に右手は必要ないな」

ゼロは左手に黒炎の剣を創り出し、手にする。

「死にたい奴からかかってきな。それとも仲良く同時に死にたい?」

ゼロが挑発すると、30体の巨人が一斉に動き出す。

四方八方のみならず、飛んで上空からも襲い掛かってくる、

完全に退路は絶たれた。

「OK♪ じゃあ全員同時に殺してあげる♪」

ゼロが剣を振り払おうとした瞬間––––––。

巨人全員の体が眩しく発光。

(っ! これは!?)

ただの目眩し……違う! この内側から放たれるエネルギッシュな光りかたは––––––!

数多くの戦闘経験から導き出された分析、直感。

(まずいッ!)

ゼロは反射的にアリスの方へと体を向ける。

そして巨人は大爆発を起こした。

人が、ビルが、爆発音と共に吹き飛ばされる。

爆発の半径20メートル以内にいたものは幸いにもゼロたち以外にいなかったが、もし範囲内にいたら肉片はその辺に飛び散っていたことだろう。

自爆した巨人は跡形もなく消え去っていた。

「ゼロッッ!?」

「ぐっ……」

二人の周りには高密度の黒炎がドーム状に張り巡らせられていた。

ゼロはアリスを覆うように四つん這いの体勢に。

ゼロの乱れた息が顔に当たる。

初めて見た苦しそうな表情に思わず固唾を飲んでしまう。

「な、なんで……?」

今の状況を理解できないほど馬鹿ではない。

その信じられない光景は当事者のアリスが一番理解している。

「私を、庇って……?」

「少し、油断し過ぎたかな。あはは……」

「ゼロ!!」

ゼロは気力を振り絞って最後に笑顔を見せる。

だがその後、力尽きたかのように倒れ込んでしまった。

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