編入

ハネに誘われて二つ返事で承諾した。そんなユウキはうきうきした気分で既に旅行のパッキングを始めていた早くても三週間以上先になる旅でも浮き足立った気分の盛り上がりは隠せない。

家の中にある大量のホラー映画のコレクションを見てお化けや、心霊でドキドキを増やして慣らしておくこともたった今決めた。

バスケサークルに所属しているが玉遊びレベルで本気を出している人は少ない。本気を出せばすごい、みたいな口調だったけれど本気を出しても、出さなくてもそれほどすごくない。ただエモーショナルな青春過ごしたい人がトプ画の為に入るようなもの。練習に来た、と屋外のコートにボールとスポーツドリンク。そして青空とゴール。高低差ある各種要素を一枚の画像に入れるという高等テクニックを習得するための移動費みたいなもの。

ユウキはそのバスケットボールサークルに入ったけれど想像以上の緩さで今は幽霊部員と化している。それを誰かに言われることもなく、ほぼ無所属として日々学校生活を送っている。

単位がギリギリになったり、サボってもいい授業のコマ数を数えたり。そんなどこにでもある暗黙の了解で成り立っている生活に満足していた。

「あ、もしもしー?母さん?あー、うん。元気元気。心配しないでって……あ、うん。……へー!俺夏旅行行くことになったから今年はそれより後に帰るよ。……え?あー、まだそこまで決まってなくてさ。だから宿取れる日とかも限られちゃってると思うし。……うんうん。分かった分かった。ちゃんと連絡するから……はいはーい。母さんもね。あ、父さんにもよろしく。……んー、はいはーい、また」

簡単に電話を終わらせて、旅行の準備も程々になってきたところでホラー映画好きのユウキが最も怖いと思った映画をBGMにして作業をすることにした。

四つ上の兄に言われた卒業論文はとりあえず余裕がある時期に考えておけ、を素直に守る可愛い弟としてテーマをいくつもあげていた。一部のジャンルに特化した映画好きとして感情が昂ると心臓の動きが早まる理由。しかしこれは書き始めるよりも前にボツになった。交感神経、副交感神経が関係していることは高校生の時に既に学んでいるから。

「大学二年にそんなこと求めるなっての」

四月の誕生日がやってきて直ぐに実技のテストを受けて免許を取得した。それよりも前に筆記の方は合格していたから若葉マークをつけて実家に帰る度にその他の移動の運転役を担っている。両親や、兄という大切なワレモノを乗せているから適度な緊張感で運転がすぐに上手になった。

いつか乗りたい車はダイハツのミラトコット。フォルムが可愛らしくて理想的。

高校からやっていたバスケは一人で続けている。たまに高校時代の友達に誘われてバスケをしに野外コートを目指して出かけることもあるくらい。そんな体育会系が可愛いものが好き、と言うと合コンではウケるか、見えない。女々しい。そう言われてしまう。

自分のことを嫌っている人に好かれようと思っていない限り、好きなものを曲げる必要がないと思っていた。ユウキは鋼のようなメンタルの持ち主だ。心臓に毛が生えている、と言われるくらいの強い心臓の持ち主。

そのせいあってホラー映画で表情一つ動かさないチャレンジをしたところ簡単に達成してしまった。スリルを感じていないわけではないから風呂場で感じる謎の視線は感じることはある。

「あっ、お化けの仕組み?幽霊とか。知りたいなー」

知りたいの探求心もユウキは人並外れていた。求めたものは必ず手の中に収める。それがユウキだった。制御を覚えるまではただの傲慢だったが。

卒業論文は何も決まらないまま布団に入った。

とその時にまた電話がかかってきた。

「はあーい、もしもしー。あー、うん。平気平気。うんうん。大丈夫だよー……へえー、マジ!?出来るの!?やばいな……うん、あー、今のところはって感じ。んー、……あー、やっぱ。アレ間違いじゃないよね。そうそう。……じゃあお願いしたいわ。まさか、いや、ほんと。色々マジでありがとー!命の恩人だわー!……いやいや、マジだって!あははは!……はいはい。じゃあね。またー。……あ、いつになるだろ。ちゃんとしたの教えるわ。んー、ありがとうー!……おやすみー」

電話を切りデスクライトがモード弱で点いていたことに気づく。布団から身を起こして消しに向かった。実家でもずっと布団だったのでそのせいかベッドよりも布団の方がしっくりと来た。


「ハネコー!今日飲みに行こうぜ」

「今日はやめとくわ。俺服と靴買いに行かないといけねえんだ」

「ただでさえ山のように持ってるのに!?」

「持ってねえわ」

「いやいや……洋服関係に費やすためにバイトやべえ涼淹れてる人に言われたくないんですけど」

自覚があった。

「何何?気になる子でも出来た?アピールするため?」

「違うわ。旅行行くから、楽しみだし服もいい感じにしたいだけ」

「その意欲を恋愛に向けたらハネコめっちゃモテると思うのに……」

「モテたい願望ねえからいいんだよ」

スマホを駆使して自分のイメージに合いそうな服屋を見つける。結局は古着やや、ストリート系の服、ファッション雑貨が置いてある竹下通り付近に行くことになる。よく行く場所で、慣れている場所だからこそ使い勝手が分かっている。無駄なものを買う心配もなければ時間通りに進まなくなることもほとんど起こらない。

「ちえーつまんねーの。他の誘お」

「そうしろそうしろ。でも明日なら空いてるぞ」

「マジ!?何が何でも予定入れるなよ!ぜってー俺と飲みに行くぞ!」

「お前俺のことどんだけ好きなんだよ。約束したら俺は必ず行くタイプなんだよ」

「お前のことだから金に目が眩んで予定放り出してバイトに行きそう」

真剣な目をして言われたことが心外でハネは笑ってしまう。自分が周りからどう見えているのか、素直な意見を聞くとどうしても自分の見えているだろうなという自分と認識が違いすぎる。実際のところ思われているほど金の亡者ではないし、服も靴も気に入ったものを背伸びして帰るように頑張るひたむきな青年。(自称)だが。

「行かねえって。お前こそ急にいけなくなったって言うなよ。俺の酒のペースついて来れるのお前くらいなんだから」

「その小さい肝臓に負担をかけすぎるなよ。マジで。早死にするぞ」

「はいはいてへぺろてへぺろ」

「かつてこんなにも可愛くないてへぺろは聞いたことがないよ。そっか、お前来ないのか。じゃあ、じゃあな。俺は先輩に教えてもらったバー決め込んでくるから」

「いってらー」

曖昧に手を振ってそのまま離れていった同級生。何度か話して、ノリで人数合わせとして行った合コンで見事彼は撃沈しそれを慰めるために男二人で二件目に行った仲。情報量の多い馴れ初めも今は酒の肴になるだけ。ただひたすらに飲んでいると普通の遊びに誘われることはなく飲みに誘われるようになった。

友人も、ハネも相当な酒豪で潰れるということを知らない。肝臓を必死に動かして、アルコールを分解する異常な速度を持つ二人は楽しい酔いのレベルまでしか体験したことがなかった。二日酔いや、記憶を飛ばす。泥酔。そういう状況になったことがなかった。

ハネはどれかと言うと衣食住の中では衣に金も時間も意識も割きたい人間なので飲みに行く回数自体は少ない。その代わりにブランクを感じさせない羽目を外した飲み方をする。いつか肝臓がやられて死ぬ、とその飲み方を見る人、人、人に言われている。

早く死のうが、酒を美味いと思う内に飲んでおく。

それがハネの中の教示だった。

「ハネコ?」

「おう、ヒナタ。何してんだ?」

ハヤミのバイト先に乗り込み、それぞれの用事に向かったはずだった。

ハネは大学構内の空気感が好きで人が少ない、しかし適度な人通りがある場所で。人がいない時間帯のカフェテリアでコーヒーを飲みながら先ほどの会話、服のリサーチ推していた。そこに帰ったか、自分の用事を済ませに違う方向に歩いて行ったヒナタが現れたから当然理由を聞いた。

「課題やろうかなって図書館寄ろうと思ってたんだけどその前にアイスの自販機買って食べようって。買ってから開けちゃって座るところ探してたらハネコ見つけてさ」

「ウケる。運命じゃん」

「赤い糸で繋いどく?」

「遠慮するわ」

「遠慮しないで」

「遠慮する」

「遠慮しないで」

何気にヒナタとハネは関わった回数が多かった。学部も違うし、趣味や、休日の過ごし方。そもそも休日が被ることが少ないけれど何故かお互いに急に遊びに誘ったり、飲みに行ったり。単位に追われながら一緒に課題をこなしたり。ありきたりな青春の過ごし方のヒナタ思い出の中にはハネが。ハネの思い出の中にはヒナタがいた。

というニュアンスのことを思い付きでハネが口に出した。

「恋かな」

「恋……なのかもしれねえな」

「あははははっ!あり得ない!真面目な顔して言わないでよー!」

「ふっはははっ!あー、今年一笑った。マジで、今年一だわ。恋なわけねえよな」

笑いすぎて涙が出ているハネが男のわりに小さく、でも骨ばっているアクセサリーのついた指で目を拭う。

「そうそう、単純に仲がいいだけー。ガチ恋説がどうして出たのかは俺は分かんないんだよ」

「俺だって知らねえわ。まー、よく一緒にいる。それにお前は頭いい、顔いい、身長高い、性格いい。それなのに恋人がいない。男が好き、とかじゃないとおかしいと思われたんじゃねえの?」

「えー、興味持ったことはないんだけど。今まではずっと女の子だなー」

「ただの予想だよ。マジに思うなって。けど俺は女が好きだからお前の恋は報われないけど許してくれよな」

「好きじゃないけど?好きじゃないけど?」

ヒナタが混乱した顔で言えばまた笑う。思い返してみればどこが面白かったのか思い出せない。そんなささいなこと。くだらないこと。意味なんてないこと。聞く人によって差別にも聞こえるようなこと。友達間でしか許されないラフなノリを楽しめるのは心が緩んでいる証拠。

友達として仲を深めるためには少しの嘘や、自分にとってはめんどくさい気遣いがあったりする。それを乗り越えて、おそらく自分でも本心と思う意見や、表情、態度でいられると本当の友達になるのだろう。そこにも礼儀として、言ってはいけないことや言っていいことを考えながら。

友人だから、と、気遣いが無用、は決して同列に並ぶことはない。

今回の旅行もハネはヒナタやユウキと中々にいい関係を気づけていたから誘った。嫌な人間と一日であったとして夜を共にするのは拷問に等しい。それも金が伴う場所ならば。

どこかを好意的に見ていて、どこかを少し嫌う。ありふれた感情を抱き合っている友達と言う関係だからこそ。歪んだように聞こえる友達だからこそ、旅の基盤が成立した。

「図書館ってお前は真面目ちゃんかよ」

「そうだけど。レポートが一生終わらなくて死んでるの」

「死ぬな」

「生きるわ」

アイスを黙々と食べるヒナタ。先ほどの大きな笑いのせいで溶けたものを優先的になめていく。零れそうになる前に下で救うのは至難の業。

「ハネコハネコ、俺のバッグからウェットティッシュ出して」

「そんなもん持ち歩いてるのかよ。神じゃん。ほらよ」

「どもー」

無駄なあがきで手の甲に栓を作っているアイスを拭き取る。

「何?なんかついてる?」

「いや……」

「じゃあ、何?そんな顔見つめられると驚かざるを得ないんですけど」

「俺も」

ゴクリ

「アイス食おうかなって……」

「勝手にしなよ!そんな神妙そうな顔して言うことじゃないでしょ!」

残り一口になっていたアイスを口に放り込み食べながらそう言った。

ハネは本気で食べたくなったようだったので交通系カードを握り締めて席を立った。戻って来てから他の目的地に足を向けようと思ったヒナタはそのまま席に座ってアイスの自販機のボタンを押すハネを見つめていた。

ハネがそこから消えても虚空をただ見つめていた。戻って来たハネに何してんだ?、と言われるまで自分が何もない空間を眺める霊能力者かもしれない人、もしくはイケメンということに気づかなかった。

「あれ?ハネコは何してるんだっけ?」

「時間潰してるだけ。家帰ってもやることねーし。今はいろいろ余裕もあるから冷房もWi-Fiも完備の大学様で涼んでいようかなって」

「いいなー。旅行の準備も余裕もって出来そうだね」

「あ、そうだ。俺今日この服買いに行こうと思ってたんだ」

「とっさに時間潰すって言うことは日常的に時間潰してるんだね」

「まあな。俺は偉いから夏休みの宿題は七月中に日記まで終わらせていたスーパー小学生だったしな」

「それは不正でしょ」

隠そうともしていない不正の告白。アイスを食べているハネも目を細めて笑う。

「俺そろそろ行くね」

「おう」

「そのアイス何?めっちゃ美味しそうなんだけど」

「最上段真ん中」

「どうも。じゃあ、また。多分旅行関係で集まるよね。その時に」

「んー、またなー」

手を振って別れてヒナタは大学を出た。


宿は急がなければいけなかったのでフウが決めた超高級な旅館に泊まることになった。旅館のホームページが送られてきたのを見てハヤミや、ハネ、ユウキ、ヒナタは目が飛び出る勢いで驚いていた。フウいわく、せっかくならいいところに泊まろうよ。とのことだった。

大学生割、などは見当たらなかったのに表示価格よりだいぶ安くなっていた。割り勘しても旅行の出費と思えばそれなりに易く済む額だった。詐欺だったとして許せるくらいの外観や、夕食の季節の魚など。それを見るとまあまあ大きな出費ではあったものの快く払うことが出来た。

当日の流れや、他に行ける場所があれば行きたいところ。行き当たりばったりでいいのか、コースを決めるか。決めることが盛りだくさん、と一部メンバーは思っているらしく全員がファミレスに集まって話し合うことになった。

「さて、諸君。集まっていただき感謝する」

と言うのはユウキ。旅行はせっかくならいろんなところに行き、いろんなものを見たりして、その土地の物を買うのが旅行と思っているタイプ。

「胡散臭えーぞー」

ヤジを飛ばしたのはハネ。美味いもんが食べられて、快適な布団で鳴られたらそれで良いタイプ。道のりの景色もそれなりに気にするが雪山の方が好き。

「んっははははは」

笑っているのはフウ。どちらかと言えば決めていきたいけれど、その予定が狂った時に不機嫌になることは自分でも分かっているから正直どちらでも構わないタイプ。

「フウ、そこまで笑ってやるなって」

たしなめるのはハヤミ。隠れ決めたい派だが、たどり着けたらそれで満足なタイプ。プラスになる物事を計画してマイナスになったら目を当てられないから平坦な道のりを行こうと思っている。

メニューのがっつり系を見ているのがヒナタ。いつ何時でも後は野となれ山となれ派閥。その場での打開策を見出すことが上手く、的確だと自他ともに認めているためある程度当日だったとしても行けそうな場所をリストアップしているが、使うと言われても素直に差し出すし、使わなかったからと言って何かを思うわけでもない。

「どこに行きたい?」

「決めてねえのか」

「いやさ、いっぱいあるっていうかどこも混んでそうマインドになるじゃん」

「そりゃあ夏休みだからねー仕方ないでしょー」

「え、それ美味そう」

「それな。頼もうよ」

「いいじゃんいいじゃん」

既に別の世界でメニューを見ているハヤミとヒナタが店員を呼ぶボタンを押した。バラバラな現状をどうにかまとめようとするファミレス会議主催者ユウキ。一言一言の上げ足は取るが何気に一番会話に参加しているハネ。たまに口を出して、ここどう?がことごとくやっていなかったり、ルートを外れている無免許のフウ。

「でもだよ?高速降りれば行けるよ」

「外れすぎてるよ。ただでさえ三重行くのに半日以上かかるのに」

「車中泊か、ビジホ一泊を予定に組み込むなら帰る日に行くのもありかもな」

「ハネコやっさしーい!」

「それならいいかも。名古屋とか、静岡くらいのビジホにする?」

「ひつまぶし食べようよ!」

フウが声を上げた瞬間、店員がお盆をもって運んできた。

「こちらうな重のセットになります」

「ありがとうございますー」

ユウキが受け取り、ヒナタとハヤミのいる方に回された。

「お前らさー!」

「流石にごめんね!?思ってるよ!ちゃんと!」

特別フェアでやっていたうな重とミニ牛丼のセットがヒナタとハヤミの胃袋を刺激した。ヒナタが頼んだそれと、ハヤミが頼んで今まさに店員が運んでくる生姜焼き定食をシェアする予定だった。

「ちゃっかりお腹を満たしに来ないで!」

「仕方ないだろー腹減ってんだよー」

ご飯と生姜焼きを頬張るハヤミを見て他の三人をじゅるり、と言わせる。

「腹が減っては戦は出来ぬ、って言うしな!食うぞ!」

「よっし、俺ピザ食いたい!」

「あんの?」

「チェーンなめちゃいけませんぜユウキさんよ」

テーブルがいっぱいになるまで料理が運ばれてきた。ハネはパスタ、ハンバーグの二つ。ユウキはピザ半分と、サイドメニューのサラダやチキン。メインはステーキプレート。フウはハヤミと同じ生姜焼き定食に、ピザ四分の一。食後にデザートもきっちり食べた。

食べながら決めなければいけないことをちゃんと口に出したのはヒナタだった。このメンツの中では誰よりもしっかり者だった。

「待ち合わせとか、どうするの?」

「おーまいがー」

「おーまいがーじゃなくて。フウの家の車使わせてもらうんだよね」

飲み込んでからフウが答えた。

「わざわざ位置情報送るのもめんどくさいからミヤにちょちょいのちょいっと来てもらって、他の場所で集合する三人を拾おうかなーって。俺前日は実家泊まるから」

「マジで免許取れよ。お前。行くけど」

「来てくれるんじゃん」

「そりゃ行くわ」

定食を食べ終えて、まだまだ食べ盛りなハヤミはメニューを物色する。めぼしいものが見つからなかったので脇に立てかけておく。

「問題は時間だよな。普通の九時とかに待合せたら渋滞で死ぬ思いするのは確だし」

「俺は早くても平気だぜ」

「俺も。旅行だし。四時くらいは覚悟してる」

「基本いつでもいいよ」

「同じく」

知らない間に自分が時間を決めなければいけない立場に追いやられていることに気づくハヤミ。

「集合場所は。俺とフウはフウの実家でいいとして、お前らは?」

「分かりやすいのってどこだ?」

「コンビニとか?ミヤのバイト先に前押しかけた時の門から出てすぐのところにコンビニあったよね」

「あー、あそこな。いいんじゃね?」

「集合場所はそこにしよう。車で何分かかるか分かる?フウ」

「えー、多分三十分見とけばいいと思う。そこまで遠くはないんだよね」

誰よりも早い出発になりそうなハヤミは脳内でフウの家までの電車でかかる時間を含めて集合する時間と、自分の出発する時刻を逆算していく。

「六時、とか、五時四十五分くらい集合でいいと思うんだけどどう?俺がフウの家まで行くのに多分二十分もかからないんだけど。あ、やっぱ六時くらい」

「コンビニ組は余裕もって四十五分くらいに到着するようにはしとくよ。ユウキもハネコもそれでいい?」

「おー」

「いいぜー」

五時過ぎてすぐの電車に乗れば六時には間に合う予定を脳内で組む。頭の中に刻みこまれた電車のダイヤを探ってどの電車に乗るかを決めた。

「二十五分くらいには着くと思う、からその時間にピンポン押したくないし玄関で待ってろよ」

「了解!あ、このパフェ美味しそうー」

「俺こっちの季節の奴食いたい」

「ハネコちゃんって甘党?」

「悪いかよ」

「酒豪で、甘党ってバグみたいな人だね」

褒め言葉とは思えない褒め言葉にハネは真横に座っているフウをくすぐった。脇が弱いことを知っている。

「やっめろ、やめろって……」

「やだねーバグってなんだよ。バグってさ」

「可愛いって意味じゃん!」

「どこがだよ」

無視してまだ話し合いたいという気持ちが残っているユウキが隣の席のヒナタ、その向かい側で隣の戯れに座れる場所がどんどん狭まるハヤミにスマホの画面を見せたりしていた。

「ありがとうございましたー」

はっきりした発音の店員に見送られてファミレスを出る。

「俺たち、何しに来たんだっけ?」

「寄れる場所を探してたんだよな」

「集合場所と時間しか決まってないよな」

「まあまあ、とりあえず行けたらいいし。各々、考えてこようよ。グループの方で話し合おう」

「それが難しそうだからって集まったことはみんな忘れてる感じだ」

全員の「あ」が揃った。

何が起こるのかが分からないのが旅行。旅行の醍醐味は予定が狂うこと。計画がない方がロマンにあふれる男たびって感じがするよね、といい話風にユウキがまとめた。元々の目標は何も達成されなかったけれど面白かったからとどうでもよくなったようだ。


【続く】

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