第四十三話 解体屋
ファルマさんから夕食に誘われたが、今日のうちに解体所に行っておきたかったので、勿体無いが辞退した。八番区にいるうちに、一度はお邪魔したいところだ。
「やあ、アリヒトさん。随分と大所帯になりましたね」
「おかげさまで仲間が増えました。探索のほうも順調に進んでます」
「先ほど、アリヒトさんの倉庫から素材が運び込まれてきましたよ。ジャガーノートの共同解体も終わりましたので、その報告がてら、メリッサに解体させましょう」
ライカートンさんと話していると、奥にいたメリッサが出てくる――シャツにショートパンツというラフな服装の上から身につけた前掛けは、まだそこまで汚れていない。
「……さっき、運び屋が魔物を運び込んできた。ゲイズハウンドと、プレーンイーター。解体してもいい?」
「ああ、お願いしていいかな。あまり珍しい魔物じゃなくてすまないが」
「十分珍しい。これが名前つきだったらと思うけど、プレーンイーターは簡単に見つかるものでもないから」
メリッサは言って、解体室の台の上に並べられている魔物のところに歩いていく。そして、プレーンイーターの足を縄で縛って吊し上げた。
「……今日捕まえたばかりだから、鮮度がいい」
メリッサはその年齢に似つかわしくないほど妖艶な舌なめずりをすると、置いてあった肉切り包丁を掴み――そして。
「――っ!」
包丁を一度振り抜く――たったそれだけで、プレーンイーターは一瞬で腑分けされる。
パーツに分かれてストトト、と落ちてくるプレーンイーターの素材。思ったほど血が飛んだりもせず、まさに職人芸という感じだ。
「やっぱりカメレオンのお肉も、食用になるのかしら……?」
「『曙の野原』の魔物の中では特に美味とされています。食用とされるのは一部ですが……『名前つき』となると捕獲例はほとんどありませんが、最上級の牛肉にも匹敵する味ですよ。魔物は強いほど美味いとされていますので」
「そ、そうなんですか……ジャガーノートはさすがに食用じゃないですよね?」
「われわれは食べませんが、竜系統の魔物を油断させるために、あれの大きな肉塊を餌として用います。種類によって食性は異なりますが、『午睡の湿地』に住むドラゴンは何でも捕食してしまいますからね。餌を大量に用意して釣ると、平均レベル3のパーティでも辛うじて倒せることがあるとか」
魔物の肉は、他の魔物を釣るための餌となる――迷宮内にも食物連鎖があるんだろうか。ワタダマも食べられる側なら、あの問答無用で襲ってくる警戒心の強さも頷ける。
「辛うじて倒せるって、それって負けることもあるんじゃ……負けちゃったらどうなるんですかねー」
「迷宮国に訪れる新人探索者の方々は、一年後も八割がこの八番区に留まります。残りの一割五分は、未帰還となる方々です。未帰還率は上の区に上がるほど下がっていくそうですが、それは全滅していないというだけで、前途ある探索者が死亡したり亜人になったりということは日常として起こっています。悲しいことですが……」
ライカートンさんは祈るように目を閉じる。しかしもう一度目を開けたときには、柔和な笑みが戻っていた。
「……しかし、亜人の
「俺もそう思います。彼女を仲間にしたときに、必ず元に戻すと決めましたから」
そう言うと、ライカートンさんはテレジアを見やる。テレジアは何故見られているのか分からないようだが、彼を見返す――そして。
ライカートンさんは不意に真剣な目をして、俺に言った。
「……今は、他人ごとのような言い方をしましたが。メリッサに見ての通り感情が薄いのは、彼女の母……私の妻が、亜人だからというのも一因なのです」
「っ……ライカートンさんの奥さんが、亜人……?」
若い頃は妻と一緒に旅をした、と彼は言っていた。しかし奥さんの姿が見えないと思ったら――そういうことになっていたとは。
「私の妻は七番区の迷宮で命を落とし、一ヶ月後に亜人となって捜索隊に発見されました。しかしそのときには、彼女のお腹にはメリッサがいたんです。私は亜人となった妻と三ヶ月一緒に暮らしたあと、ようやくその事実に気が付きました」
「……そうだったんですか。それで、奥さんは……」
「妻は知人のパーティに同行しています。亜人化を解く方法に辿り着くには、優秀な探索者たちに同行し、序列を上げることが必要になる。亜人化しても彼女の戦闘力はむしろ高くなっており、私が足手まといになるほどでした」
「それで、メリッサさんをライカートンさんが育てることにして、奥さんと離れたんですね……」
ライカートンさんは頷く。メリッサはこちらの話には気づいておらず、腑分けしたプレーンイーターの腹袋を開き、中にあった光るものを取り出していた。
「メリッサは子供らしいことには興味が薄く、唯一関心を示したのが、私の仕事……魔物の解体でした。生まれながらに才能があったんでしょう、彼女の技能はすでに私を超えている。たまにレベルを維持するために迷宮に潜るときも、恥ずかしながら私が娘に守ってもらっているほどです」
技能は子に受け継がれる――メリッサはライカートン氏の解体技能を受け継ぎ、子供の頃から開花させた。
「しかし、最近思ってもいます。彼女ももう、自立を考える年頃。私の店の手伝いだけで、滅多に訪れない希少素材を楽しみに、青春の時間といえる日々を浪費するのもどうなのかと……アリヒトさん、青春というものについてどう思います?」
「え……ま、まあ。俺もそこまで青春してたってほどの日々は過ごしてませんが、若い頃だからできたことってのも色々ありますね」
「アリヒトお兄ちゃん、昔はやんちゃだった時期もあったとか? 確かに、ときどきドキッとするくらい迫力あったりしますよねー、みんながピンチのときとか」
「ミ、ミサキちゃん……アリヒトさんの昔のこと、勝手に想像したりするのは良くないと思うよ?」
「……詮索は良くないけど、聞ける範囲で聞いてみたい。アリヒトはレベルに関係なく、胆力があるっていうか……肝が据わっている感じがするし」
みんなが思うような破天荒な人生は送っていないが、真っ当に生きようと必死に勉強を始めるまでは、それなりに色々なバイトをしたりして人生経験を積んだ。昔から落ち着いているとは言われるので、元来の性格もあるだろう。
「その……青春みたいなものを、メリッサさんにも経験させてあげたいってことですか?」
五十嵐さんは「青春」と口に出すことに照れつつ尋ねる。ライカートン氏は肯定し、メリッサの方を見ながら言った。
「ええ、今頃父親らしいことをと言っても、メリッサにとっては父さんのお節介と言われるかもしれませんがね」
「……そうでもない」
「ん……メリッサ、聞こえていたのかい? すまない、気が散ってしまったかな」
メリッサは解体したプレーンイーターから取り出したものとおぼしき魔石を、俺たちのところに持ってきてくれた。眠そうな目をしているが、魔石を見る目には輝きがあり、魔物素材への強い関心を隠しもしない。
「プレーンイーターが、『迷彩石』を持っていた。これを装備に取り付けると、周囲の風景に溶け込むことができる。大当たり」
「おおっ……それは凄いな」
「風景に溶け込むというと、光学迷彩のようなものですか。転生する前のことを思い出しますよ」
ライカートン氏は一代目の転生者ということらしい。二世代のメリッサは、光学迷彩という言葉の意味が分からず顔に疑問符を浮かべている。
「ああいや、何でもないよ。アリヒトさんなら、同じ男性同士分かってくれるかと思ってね。光学迷彩は男のロマンなんだ」
「ははは、そうですね。でもあからさまに迷彩石を装備につけたら……」
「何言ってるの、ぜひつけてもらいなさい。後部くんは後衛なんだから、敵の攻撃を避ける方法は一つでも多い方がいいわよ」
「戦闘中に使うとしても、乱発はできない。迷彩石をつけて使う『アクティブステルス』は、魔力の消費が激しい」
それは、常に風景との一体化を維持するとしたら魔力の消耗も大きいだろう。逆に言えば、その消耗を抑えられれば、透明人間になれるわけで――『バックスタンド』と組み合わせれば、敵に気づかれない間に一方的に攻撃したりなども可能になる。
「まあお兄ちゃんだったら、エッチなことに使ったりしませんよねー」
「っ……ア、アリヒトさんがそんなことするわけないでしょ。もう、ミサキちゃんは……」
「……私たちはそんなことを言える立場じゃないし。ミサキ、もう忘れたの?」
「うっ……わ、私は何も知らないですし。みんなが、ぐっすり寝てるお兄ちゃんにあんなことを……」
「ち、違うのよ、後部くん。後部くんが寝てるときにかかってた毛布が落ちてたから、元に戻してあげただけ。他には何もしてないわ」
ミサキがどうも口を滑らせて、みんなが焦っている。寝てる俺に、一体何をしたのだろう――寝顔の観察とかだと、少々大人の男として照れるところではある。
「俺、間抜け面で寝てなかったか? そうでなければ別にいいんだけど」
「……す、すごく静かに寝ていらっしゃいました……間抜けだなんて、そんなことは全然ありません」
「ほ、ほんとだよねー。お兄ちゃんったら、ぐっすり寝ちゃって。うちのお父さんと違っていびきもかかないし、すごーく静かでしたよー」
それなら何も問題ないと思うのだが、テレジアが真っ赤になっているのはなぜだろう。寝ている俺に何か良からぬことを――そんな、俺にとって都合のいい展開がそうそうあるわけもないのだが。
「と、ところで……メリッサさんのことですが。本人は、探索に出たいという希望は……」
「ある。時々でいいから、解体屋が必要になったら呼んで欲しい」
「ほぁぁ……思いがけず、私の率いる第二パーティに、前衛ができそうな人材が……!」
「こら、勝手に割り振りを決めるな。メリッサの実力次第じゃ、即一軍もありうるからな。ミサキと入れ替えで」
「そんなー! でもそろそろ休みたくなってきたので、頑張ってベンチを温めます! はぁ~、探索って緊張の連続で、通常の二倍の速度で老いるよね~」
「やめて、そんな縁起でもない。あ……でも、探索を続けたら、若返りの宝とかも見つかるのかしら」
五十嵐さんが若返りに興味を示している――確かにありそうではあるが、どうなのだろう。迷宮国に不可能はないという気が何となくしている。
「噂によると、魔物肉にも若返り効果を持っているものがあるそうです。勿論、通常の魔物で若返ることができたら苦労はしませんし、一定の年齢以下にはできないそうですが」
「本当にあるんですね……五十嵐さん、良かったですね」
「っ……わ、私が女性の中で最年長だからって、そんな気を使われても……」
「アリヒトお兄ちゃんって、どれくらいの年齢層がストライクなんですか?」
「考えたことはないな。この人だと思ったら……って、そういう相手が見つからないんだが」
冗談っぽくいうが、自分で言っていて情けなくもある。どうやったら彼女ができるのか、未だに俺にとって人生の命題のひとつだ。
「アリヒトさんなら、いずれ必ずいい出会いがあると思いますが。すでに……と言うと、それこそお節介になってしまいますね。失礼しました」
「ラ、ライカートンさん。その言い方だと、私たちが……」
五十嵐さんは何か言おうとするが、途中から濁してしまう。皆とは確かに親しくはなったが、それはパーティとしての信頼なので、勘違いをしてはいけない。
「さて、素材についてですが。一つずつ用途を確認させていただきます。ゲイズハウンドが六体ほどございまして、体内から『眼力石』というものが二つ見つかりました。こちら、装備品やゴーグルなどに使用すると命中率、投射武器ですと射程が向上します」
「ああ、それはいいですね。俺とスズナの装備に使いたいです」
「かしこまりました。毛皮はモップなどに使われますが、どうされます? 炎に対する耐性もありますので、防具に使用することもできますが……」
ゲイズハウンドの毛皮は炎耐性も高いが重く、雷撃を伝導するという弱点があるそうなので、今回は使用を見送って売却した。
目玉の中にできる結晶だという『眼力石』は、黒い小さな魔石で、武器に簡単に組み込むことができる。
「この鉱石とルーンも、装備の強化に使えれば使ってみたいんですが」
「ああ、それなら鍛冶屋を訪ねた方が良いですね。しかし、ルーンですか……普通は魔石を圧縮して作るのですが。驚きましたね、天然物ではないですか」
石の中に浮かび上がった文字を見て、ライカートンさんが興奮する。彼はどうやら、今までにもルーンを見たことがあるらしい。
「……妻に送った指輪にも、天然のルーンを使ったもので。迷宮国では、ルーンは価値のある宝石としても扱われます。大切になさってください」
「ご忠告ありがとうございます」
解体屋での加工ではなく、鍛冶屋に素材を持ち込むことになった。それは明日の朝にして、あとはプレーンイーターの素材だ。
「プレーンイーターは肉の需要が高いですので、肉の買取だけで金貨五十枚はお支払いできます。ですが、干し肉など保存の効く食料に加工することも可能です」
「じゃあ、半分は売却、半分は加工でお願いできますか」
「かしこまりました。革については、一頭分ですと防具が一つ作れます」
「じゃあ、テレジアの装備に加工してもらえますか。なかなか使い心地は良いみたいなので」
「では、グローブにいたしますか。こちらは加工に明日までお時間をいただきますが」
「はい、お願いします」
持ち帰った素材が少なめなので、今回は精算も早かった――と思ったのだが。
「それと、こちらがジャガーノートの素材精算分になります。一部を除いて売却されると、金貨三千五百枚。それが、ギルドの提示した金額です」
「あれだけでかいと置き場所がないですからね。換金してもらっていいですか」
「かしこまりました。武器などに使えそうな部分だけは、私の方で取り分けておきましたので……解体現場から届くまで少しお時間をいただきますが、それも明日には届くと思います」
「ありがとうございます、そんなお気遣いまでいただいて」
『物理無効』の防具なんて強烈なものがいきなり手に入るとは思えないが、ジャガーノートからも武具が作れるというのは心が躍る。収入については言うことはない――自分たちだけで解体できたら儲けは独り占めだが、それだけ時間も手間もかかるわけだから。
「……私は、明日から参加させてもらえる?」
「ああ、明日迎えに来るよ。迷宮探索に行くと思うから、準備はしておいてくれ」
「わかった。よろしく……私はメリッサ。解体と、分解ができる」
メリッサはおずおずとみんなに頭を下げる。肉切り包丁を持ったままなので、妙な迫力があるが――欲しい人材の中に入っていた解体屋が、パーティに加わってくれた。
探索や戦闘に際して、メリッサはどんな技能を使うのだろう。銀色の猫っ毛ぎみのロングヘアを持ち、人形のように整った容姿をした少女は、右手に持った包丁が抜き身だったことに気づくと、ケースに入れてからにや、と笑った。
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