ひとまず大団円

 クルントの騒動の後、慌ただしく日々は過ぎて行った。


 副所長の不祥事と合わさって所長が怪我によって仕事を休んだ結果、施設内は一時大混乱と化していた。それでも三日後に復帰したエクルーナが翌日には収束していた。


 認証試験での事故はエクルーナが自ら仕掛けたことだと表明し、ミクロアに対して処罰が下ることはなかった。またクルントによる魔法陣の入れ替えも周知され、認証試験は後日に改めて開催されることが決まった。施設内の混乱が収まって、さらにクルントの代わりが見つかってからになるのでいつになるかは分からないが。


 結局、肝心なことは分らず終わってしまった。ジャスタの行方も、敵の正体も、転移魔法の行方も――。


 ただ、敵の目的は判明した。絵本に出てくる異界の神。それの復活だ。それが分かっただけでも進展したと言えるだろう。今後はドレイナ皇帝や首都からやって来た調査団が本格的に事件解決に向けて動き出すらしい。


 ミクロアは決着の後、魔法の使い過ぎとかで死にかけたようだが翌日にはケロッとした顔で戻って来た。病み上がりであるにも関わらず、まるで憑き物が落ちたようにすっきりとした様子で。


 クルントから父親のことを聞かされ、最後に遺したメッセージが自分の物ではないと分かったからだろう。


 エクルーナが戻ってくるまでの三日間、取り調べやらなんやらでドタバタしていたがなんとか切り抜けたようだ。落ち着いてからリーダンたちに自分からお礼をしに行っていた。


 それらを終えて、久方ぶりに自室でゆっくりと過ごせる時間が取れた彼女は、騒動の後始末を窓際で素知らぬ顔をしながら日向ぼっこを満喫していた俺の横に立った。


「きみにはまだ、伝えてなかったね。今まで、いろいろ助けてくれてありがとう。きみがいなかったら、わたしはずっと先に進めなかった」


 そうだな。大変だったよ。ひねくれた子供を更生させるのは。という肯定の相槌を込めて、俺は尻尾を一度振る。


「お父さんの仇も討てなかっただろうし、それどころか真実すら知らずに利用されて終わってたと思う。モータルさんや、リーダンさんとも出会えなかったし、転移魔法も完成しなかった」


 それはちょっと買いかぶり過ぎじゃないだろうか。俺はただきっかけを与えただけで、結果を出したのはミクロアの努力が招いた物だ。転移魔法に至っては俺なんてなんの役にも立っていない。


 顔も向けず、尻尾も振らない。無反応な俺に構わずミクロアは続ける。


「取られた転移魔法を取り戻さなくちゃいけないけど、これでようやく、わたしは先に進めるよ」


 そっと頭を撫でられる。いつもの遠慮がちな、怖々とした触れ方じゃない。優しく心地の良い感触に、ゴロゴロと喉を鳴らして応える。


「あ、それとモータルさん。意識が戻ったってリーダンさんが言ってたんだ。復帰はいつになるかわからないけど、戻ってきたら、一緒に迎えに行こうね。それで、これからはずっと、きみも一緒に――」


 コンコン、と言葉を遮るようにノックが鳴る。


「誰だろ。エクルーナ所長かな」


 言葉を止めて、ミクロアは扉へ向かう。以前のように臆することなく、彼女は扉を開けた。そうして扉の先にいた人物を見て、固まる。


「お疲れぇ、待ちきれなくて来ちゃったぁ」


 にへら、と笑いながらモータルが言った。松葉杖に、左目は眼帯という格好だが、以前と変わらぬ朗らかな姿で立っていた。


 驚き、反応が出来ないでいるであろうミクロアに構わず、いつものマイペースでモータルは続ける。


「聞いたよぉ? いろいろと大変だったみたいだねぇ。まぁ、でも約束通り認証試験は手伝えそ――うわっ」


 ガバッとミクロアはモータルに飛びつき、押し倒す。二人して地面に転がりながらモータルは苦悶の表情を浮かべていた。


「いたた、ちょっと熱烈すぎるよぉ。まだ完治してないからお手柔らかに」


「よかった……元気になって……! わたし、モータルさんが、帰ってこなくて、すごい、怖かった」


「うん、ごめんねぇ。心配かけちゃった。そうだ。改めて完成祝いしようよ。今度はリーダンさんも呼んで、みんなで盛大に」


「うん……! そうだね。さっそく準備しよう、今度はわたしも、一緒に行くから」


「ふふん、実はぁ……もう準備してありまーす。いつもの実験場でみんな待ってるから」


「え、えぇっ!? いつの間に……」


 そんなやり取りを眺めながら、さっきミクロアが言おうとしていた言葉の続きを考える。


 こからはずっと、ずっときみと一緒にいよう。そう言おうとしたのだろう。けれど俺は彼女の期待には応えられない。


 だって、ミクロアとの生活は、楽しそうだが俺の目指す飼い猫ライフとは違う。もう部屋の掃除や年頃の娘の世話を焼くのはこりごりだ。


 それに、もう俺がいなくても大丈夫。だってミクロアはもう、一人じゃないのだから。

 

 何も終わってはいない。むしろ事態は悪化したのかもしれない。それでも今は、一人の少女が一歩踏み出した結果を喜ぼう。


 モータルと話すミクロアの、これまで見たどの笑顔よりも輝かしい笑顔を横目に、俺は静かに日向ぼっこを続けようとして、


「ほら、きみも一緒に行くんだよ」


 抱えられ、連行される。彼女の時折見せる強引な一面に、やれやれと思いながらも俺は大人しく腕の中に納まるのだった。

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