200 驚愕

※ついに200話。

がんばりました。でもまだまだ続きます。物語はこれからいよいよ佳境に入ります。






「いやあああああっ!」

「やめろーーーーっ! このやろう! ぶっ殺すよ!」


 悲鳴をあげる女性二人に、むしろ興奮の面持ちで、男たちの腕が絡みついてゆく。

 服をはだけ、そのついでに色々なところをまさぐりもする。


「やめなさいっ!!!」


 カルナリアも叫んだ。

 全力をこめた。この建物の外に、ご主人さまのところまで聞こえるように。

 アリの時に草原に響き渡った声質と声量である。耳がキンとなったらしく男たちが顔をしかめ、女性を襲う手を止めた。


「おおう、いい声出すなあ」


 ガザードは興味を引かれたらしくカルナリアを観察してくる。

 その目に、鋭いものがあらわれている。


「…………ふうん。奴隷にしちゃ…………いや、とんでもない主人のものだから、か? それに、……」


「!」


 もしかすると、この男も、ある程度魔力を感知できるのか!?


 危機感のままに、カルナリアは猛烈に暴れた。


「やめなさい! 離しなさい! やめてえええええっ!」


 脱がされる女性たちに駆け寄ろうとし、背後のネルギンを蹴ろうとし、もがき、叫び――アリタとエンフを助けたいのはもちろんだし、自分の詮索もされないために、力の限りを尽くして抵抗した。


 しかし何もできずに、ネルギンに簡単に押さえこまれてしまう。

 伊達に山賊たちの副首領というわけではない。強いし、様々なことに長けている。


 何もできなくされた目の前で、アリタもエンフも徐々に衣服を奪われてゆく……。


「ん? おいっ!」


 無礼な手が、カルナリアの体をまさぐり――。


「こいつ、武器持ってるぞ! 何やってたトニア!」


 レントの短剣が探り出され、奪われてしまった。


「時間、なかったし……その子は、何もできなくて、脅威じゃないから……」


「ちっ。じゃあ、こいつも全部引っぺがして調べねえといけねえだろ! ちゃんとやっとけよ!」


 男の手がカルナリアの服にかけられ――。


「いやあああああああっ!」


 後ろ手に縛られているから脱がせることができず、まず縄がほどかれて。


「っ!」


 逃げようとした。

 腕をすり抜けて床に転がって――と目論んだが。


 あっさり捕らえられてしまった。

 相手の動きは自分よりずっと速く、容赦もなかった。


 すでにほとんど全裸にされているアリタ、暴れ続けて頭部の血がまた漏れ出しつつも下半身をあらわにされてしまったエンフの隣に押し倒されて、カルナリアも脱がされ始めた。


「おいおい、こいつ、ただの奴隷じゃねえぞ。この服、見た目と違って貴族の持ち物みてえな布地だ。内側のもすげえ……」


 相手の目つきにやる気が宿った。

 宿ってしまった。


 上着をはだけられ、ずり下げられて――脱がされず、腕の半ば、肘のあたりでとどめられる。

 そのせいで腕を動かすことができなくなって。

 下半身に、男の太く強い手がかかってきた。


 こちらも同じように、半ばまでずり下ろされたところで止められたために、脚をばたつかせて暴れることができなくされてしまう。

 その上で、下着をはだけにかかってきた。


「へへっ、こいつ、本当に色々持ってやがる……あちこちに縫いこんであるし、道具も上等だぜ。それに肌、すげえ、こんなきれいなの見たことねえ! まだ貧相だけどあとちょっとしたら……くひひ」


 素肌をまさぐられ、ぎりぎり残されている肌着の上から胸のふくらみもいじられた。


 今にも胃の中身をぶちまけそうになるほどの嫌悪感!


「やああっ! やっ、いやああああっ! たすけて! 助けてくださいご主人さまああああああっ!」


 喉が裂けてもいい、全力で叫ぶ!


 ここは館の中の、広間からさらに奥に入った部屋であるため、叫んでも声が届くかどうか――しかしフィンは耳がいいはず、自分の声なら聞きつけてくれるはず!


『流星』を使えば、獣人たちに気づかれようと関係なく砦の中に突入できる。

 だからあと少し、少しだけ時間を稼げれば……!


「うるせえ」


 ごつい手で口を塞がれた。


「んーーー! むぅぅぅぅぅ! んがあああああああ!」


 いつかの、オティリーに噛みついて暴れた時のようにしたが、この相手は荒事に慣れきっており、カルナリアが噛もうとしてくるぐらいのことは想定していて、ほとんど意味をなさなかった。


「いい加減、だまれ」


 暴れると痛い目にあわされそうな、いや許されないことを遠慮なくやられそうな気配が濃厚に漂う。


 本能的にかなわないと感じ取ってしまったカルナリアの体がすくみ、激情が萎えてしまいそうになる。


(いけません! あきらめては!)


 フィンが助けに来てくれた時に、胸を張って、私がんばりましたと言えるようでなければ!


 カルナリアは殴られるのも覚悟の上で、さらに暴れようとした。





 ――その時。





「何の騒ぎだ」


 別な声がして、先ほどガザードが出てきたのと同じ、奥の部屋から男が現れた。


 体格魁偉かいい――大きい。戸口がほとんど埋まる。


 ファブリスとジスラン、あの二人のどちらかが来てくれたかと思うような見事な肉体の、まぎれもない戦士だった。


(…………え?)


 カルナリアの脳裏に巨大な疑問符がともった。


 その声に、聞き覚えがあったのだ。


 その姿、たたずまいにも。


 すなわち、この相手と、どこかで会ったことがある。


 押さえつけられて床の上から見上げているので、顔かたちが正確にわからない。


「…………何をしている」


 床に女性を押さえつけ、脱がせている現場を見た相手の声が、嫌悪に低くなった。


「いやいや、これはですね」


 ガザードが気色悪いの笑みを浮かべて、身を低くして応対する。


「ちょうど今、捕まえてきた連中がいましてね、こんなところでの無聊ぶりょうをお慰めに、差し出そうと思いまして。でもお連れする前にまず、おかしなものを持っていないか確かめていたところでして。若いのから年増まで順番にそろっていて、のお好みに合わせてお好きなのを……」


「……騎士様、お救いくださいむがっ!」


 カルナリアは首を振ってふさぐ手に隙間を作り急いで言った。

 またふさがれたが――通じた。


「む?」


 巨漢は、身分ある女性の言い方をされたことに反応してくれた。


「待て。その娘は何者だ?」


「カラント人の、奴隷ですが」


「……乱暴な真似をするな。みな、離してやれ」


 騎士――だろう巨漢の指示で、ガザードが手を振って、アリタとエンフは解放された。


 アリタはすすり泣きながら衣服を手にして裸の体を丸めて。


 エンフは、荒い息をつき血まみれの頭を振って、周囲の者をにらみつける。


「……平民と、の者と、小娘ではないか。我が主が、このような女性を好むと思っているのなら、きわめて無礼であるぞ」


「へへえ」


 ガザードは深くへりくだった。


 カルナリアも解放され、もう少しで胸のふくらみが丸見えにされてしまいそうなところまではだけられた衣服を直し――。


 身を起こして、しっかり、騎士を見た。


「…………」


 やはり、見覚えがある。

 カラントの騎士だ。

 武の色がすばらしく輝いている。


 即座に名が浮かんでこないということは、親しくしていた相手ではないが――間違いなく、どこかで見た。

 いや、会った。

 言葉を交わしたことがある。


 王宮だ。それは間違いない。


 無数に面談し、会談し、会食し、茶会や夜会でも顔を合わせてきた中の、誰か……。


 身につけているのは、自分とそう変わらない、動きやすさと頑丈さ優先の衣服、最小限の防具。しかし腰の剣は見事なもの。

 その剣の鞘に、丸い、家の紋章が――緑色にきらめいて――緑色と言えば。


「…………ロージェル家?」


 頭に浮かんだものを口にした。

 タランドンやアルーランと同じ、十三侯家のひとつ。


「なにっ!?」


 相手がぎょっとした。


 自分がカラントの貴族であるどころか、その家名も言い当てられた――それを見抜いたこの奴隷の小娘は何者か。

 そういう険しい目つきで見下ろしてくる。


 カルナリアも見つめ返す。

 グライルを移動するのに適したこの衣服ではなく、何とか王宮での華美な衣服か、騎士の壮麗な甲冑をあてはめて、この人物の顔をくっつけて……ロージェル家の、当主は老人だが、その一族の誰か……。



 ………………。






「ああああああああああああああああああああっ!!!」





 相手より先に、カルナリアの頭の中に、答えが出た。


 次の瞬間、目も口も開けるだけ開いて、絶叫していた。


 


 絶対に、ありえない答えだった。


 、ここに、こんな所に、このに、いるはずのない相手!


 幻影か。

 助けてほしいがゆえに、頭がまぼろしを見せたのか。


 いや、それならぼろ布がここに現れている。


 レンカでもファラでもセルイでもゴーチェでも、レントやエリーやランダルであったとしても、理解はできる。


 しかし、現れるのがこの人物である理由は、ただのひとつも存在しない。


 つまり――現実!




「うるせえぞ!」

「待て!」


 口をふさごうとしてきたネルギンを、騎士は制止した。


 床に片膝をついて、カルナリアに視線を合わせてきた。


 よりはっきりと見ることができて、思い出した相手の姿と、目の前にいるこの相手とが、完全に重なった。


「……騎士ディオン…………第四位、ディオン・センダル……ファス・ロージェル……ですね……?」


「な……!」


 騎士ディオンが今度は、先ほどのカルナリアと同じような顔になり、ものすごい目でこちらを見てきた。


 もはやひとかけらの疑いもない。


 この相手はロージェル家の者で……。


 名前をきちんとおぼえている理由は簡単。






 ………………………………の、筆頭騎士だから!






 そして、その相手を、驚愕のあまりつい呼び捨てにした。


 もっと上の位階の者であると、示してしまった。


「そなた――いえ………………あなた様は…………?」


 ディオンはそのことに即座に気づき、口調を変えて。


 食い入るように見つめてくる目が――タランドン侯爵ジネールと面会した時以上に人相が変わってしまっているであろう自分の中から、記憶にあるものを探り出し、あてはめ…………答えを出しただろう、驚愕の表情を示した瞬間に。


 声にした。



「カルナリア……レム……」


「!!!!」


 騎士ディオンは、文字通り、飛び上がった。


 巨体が、弾けるように飛んで、後ずさって、テーブルを吹っ飛ばした。


「たっ! ただちにっ! あるじにっ!」


 そして言った。


殿、お伝えいたします!」




 一瞬で巨体は奥へ消え…………。


 残された者たちの、途方もない困惑と沈黙の中で。


 カルナリアもまた、これまでで最大の困惑に支配されていた。




 殿下、とディオンは言った。

 第二王子レイマールの筆頭騎士であるディオンがそう言った。


 つまり。

 自分の逃避行の目的。

 第二兄、レイマールが…………


 このグライルの真ん中の、山賊の砦に?




(どういうことですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)




 絶叫したくなるほどの疑問と焦りの中で。




 奥から、人の気配が近づいてきた。





【後書き】

想像もしていなかった展開。まさかの、突然の遭遇。本当なのか。何がどうなっているのか。まったくわからないまま、カルナリアは『現実』に直面させられる。次回、第201話「急転直下」。


【補足】

騎士ディオンが様子を見に出てきたのは、カルナリアの悲鳴を聞きつけたからです。蟻津波の時もそうでしたが、こんな場所に存在するはずのない「少女の絶叫」ですから気にならないわけがない。


この回では空気ですが、一応トニアも同じ室内にいるので、本当にまずいことをされそうになっていたら止めてくれたはずです。もちろん見知らぬ男たちに押さえつけられ脱がされる女性にとっては何の救いにもなりませんが。

彼女はカルナリアを薬で失神させているのですが、身体検査、武装解除をしていませんでした。もちろんフィンを警戒してのことです。ここまでを見てきた上で、カルナリアに何かすると確実に報復される、直接手をかけると確実に自分が報復の対象になると判断してそうしました。大正解です。

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