055 王国史と『王の冠』



「なっ、なんでしょう!?」


 カルナリアはいやな予感に襲われた。


 自分の正体。

 首輪の中身。

 フィンがそろそろ気づいて怪しく思うことに何の不思議もない。


 いよいよ、自分の本当の名前と身分を明かさなければならないのか。その覚悟を固める。


 後を追ってきたあの怖い連中についても、なぜあんな者に襲われることになっているのかも……言ったらどうなるのかという恐怖も……。


「……ここは、タランドン領というのだな……どういう場所だ?

 あと、この国で起きている戦についても……お前の知っている限りでいい…………知っておかないと、色々、めんどくさいことになりそうだからな……」


「ああ……」


 予想と違って、力が抜けた。


 しかしまあ、フィンとしては得ておきたい知識であることもわかる。


「さっき、この領内は人の行き来が多いと言っていたな……山の上からも、畑が広く、豊かに見えた……」


「ああ、はい、ここは――ええと、前のご主人さまから聞いたことですけど……」


 タランドン領の、カラント王国内での特異性を語って聞かせる。


 あらゆる宮廷内の勢力と距離を取り、政争にも内乱にもくみしない。

 それによる領内の安定で、ひたすら精兵を養い、国境を守ることのみに尽力し続ける。


「……そういう道を選んだ、ということは……昔、西の国に、かなりひどい目に遭わされたのだな……」


「ええ、そう……らしい、です」


 歴史の授業で習ったのだが、断定してしまうのはまずいと思い、ぼかした言い方にした。


「バルカニアという隣の国が、何度も攻めこんできて、こっちからも攻めこんで、お互いに荒らし、荒らされて、ものすごく憎み合っているそうです。だから、絶対に踏みこませないように、平民の人たちも普段から軍の訓練を受けさせたり、『風神の息吹ナオラルフューラ』いっぱいをふさぐ城壁を作ったりしてます。ものすごく力を持ってる領なんです」


「なるほどな…………だからか…………それでは、だめだな」


「何がだめなのですか?」


「あのワグル村は、よそ者を嫌う雰囲気があって、近づかなかったと、言ったのは、おぼえているか……」


「ええ、うかがいました」


「そういう領地だからなのだな…………だから……ローツ村みたいに、山の中で、のんびりなど、絶対に、させてくれない……私の勘は、正しかった……」


「できないんですか」


「戦には巻きこまれないというが、巻きこまれないために、常に戦時も同然の緊張感を保っているところでは…………私のような、、戦える女を、放っておいてくれるとは、とても思えない……」


「……………」


 カルナリアは目を限界まで細くして、じっとりと見つめた。


「この領には、住み着けそうにないとなると……他の土地、あるいは国も考えなければならないか……その、ナオラルフューラとは?」


「はい、このカラントと、バルカニアの間には、昨日の山どころじゃない、グライルっていうものすごく大きな山脈があるそうなんですけど、その中に一ヵ所だけ、楽に通れる谷間が開いていて……原初の神々が山をお造りになられた際に、ナオラル様がいたずらでフッと息を吹いた、その吐息が山を吹き飛ばして道を作ったということで、そのように呼ばれているそうです」


「ああ…………あれが…………なるほど……」


「カラントとバルカニアはそこでだけつながっているので、ふたつの国の争いも、いつもそこで、何度も起きて……今では、山から山まで連なる、ものすごく大きな城壁を、両方の国が作りあげて……そこを通らないと行き来できないそうです」


「それは……戦を逃れるにしても、通るのが、すごく、めんどくさそうだ……」


 その点は、カルナリアも危惧していることだった。


 今バルカニアにいるはずのレイマールの元へ向かうには、『風神の息吹ナオラルフューラ』を絶対に通らなければならない。


 どれほど追跡を上手く逃れ続けたとしても、ガルディスの部下のあの怖い者たちは、最終的にはそこをふさぐグラルダン城塞で待ち受けることだろう。


 やはりタランドン侯爵につなぎをつけて、正体を明かし、あの者たちでも手出しできない厳重な護衛の元でバルカニアへ入国するより他にない。


 ……その場合、得体の知れない剣士は、置き去りにされるだろう。


 カルナリアがいくら自分の護衛と言い張っても、正体不明の女剣士を、王女のかたわらに置くことを侯爵が許すとは考えにくい。


 ただし、フィンが本来の素性を明かしてくれて、それが十分に王女の護衛にふさわしいものであれば別だが!


(そうであってください!)


 カルナリアは心から願った。


「まあその辺りは、タランドン……街か? 領と中心の街とが同じでめんどくさいな。歴史あるとそういうことになる場所も時々はあるが――そこに着いてから考えるとしよう。その先どこへ向かうにしても、とにかく色々補充しなければならないからな……」


 フィンの裸の腕が出てきて、干している上着の向きを変えて、まだ湿っている部分を熱気にあてるようにした。


 手だけではない、手首から前腕、二の腕、肩まですべてが麗しいその腕は、貴族のものであるようにカルナリアには思えるのだが…………その正体ははたして。


「……で、戦の話だ。次の王に決まっていたはずの王子が、我慢できずに兵を挙げたということだったな。どうしてだ。何か大きな失態をして後継者の座から外されそうになったか、王が別な子供を後継者にしたくなったか」


「あ、はい……ええと…………それは……ちょっと、難しい話になると思うのですけど」


「かまわん。時間はたっぷりある」


「はい、では……」


 カルナリアは強い緊張をおぼえた。


 ここからの話、伝え方次第では、フィンが自分をガルディスに引き渡すという選択をするかもしれない。


「この国は、一番上に王さまがいらっしゃって、その下に貴族の方々がいらっしゃいます。王宮に入れるのも、領主さまや騎士さまになれるのも、貴族身分の者だけです」


「六位とか七位とか言ってたあれだな」


「はい。王さまはただおひとりで、特別で、そのおきさきさまやお子さま方が一位、他の王族さま方が二位、領主さまが三位と、はっきり決まっています。七位までが貴族で、それ以外はみな平民か、奴隷です」


 カルナリアはこの国で九人しかいない第一位貴族のひとり。

 いや……九人うちの、ひとり。

 今何人生き残っているのだろう。


「平民は、どれほど優秀でも、どんなに強くても、いくらお金を持っていても、偉くなることはできません。それを……第一王子の、ガルディス――さまは、変えようとなさっていて……」


 その名を口にすると、胸に憎しみと悲しみが満ちる。

 感情を声に乗せてしまわないように全力で自制心を発揮した。


「賛同なさる領主の方も何人かおられて……第一王子さまの領や、そういう方の領では、平民でも偉くなれて……でも、そういう振る舞いは、次代の王としてはふさわしくないのではないかと言う声も上がっていたそうです」


「ふむ。それで、第二王子の方を期待する声が出てきた、というところか」


「二番目の王子さま、レイマールさまは、すごくきらきらした、貴族の中の貴族と言われているお方で、女性の人気がすごくあります。年は、ガルディスさまのみっつ下」


「典型的な、国が割れるやつだな。

 第一王子が何か失策をして、貴族たちがつけこんで、王太子の座を追われそうになった第一王子が爆発したか」


「いえ……ええと……まず先に……ご主人さまは、『王のカランティス・ファーラ』というものは、ご存じですか?」


「知らないな」


 とした。


「この国の王さまが必ずつけている、ひたい飾りです。魔法の道具です。即位なさった時に、それをつけると、光ります。ただの光ではなく、その王さまの、持っている能力を示す色合いに輝くのです」


「能力を示す……というと?」


「虹の色のような、たくさんの色の中のどれか…………武に傾くと赤、文に傾くと紫、そのあいだのどこかに、今までの王さまはそれぞれ違う色を示してきたそうです。初代の『黄金王』さまから今まで、この国の王さまは十八人おられましたが、同じ色だったことは一度もなかったそうです」


「ふむ……ということは、この国のあちこちで、だいだい色が飾られていたのは……」


「はい……今の王さまの……美しい夕焼けの色、麗夕れいゆう王と呼ばれていた方の色です」


 自分の父を他人のように言わなければならないのは、カルナリアにはきわめてつらかった。


「新しい王さまが立たれる時には、『王のカランティス・ファーラ』を額につける『装着の儀』を行い、輝かせて、その色を神々に示します。その儀式を行わないと、神さまからも、貴族さまたちからも、国のあらゆる人から、本当の王さまと認めてもらえません」


 歴史の授業で叩きこまれたことだった。


 父、麗夕王。

 祖父、黄葉おうよう王。


 黄金王、赤文王、青狂王、純白聖王、紫覇王……カラント王国三百年十八代の歴史は、王の色の名と共にある。


 そんなものに頼らず自力で立つ、と宣言して『装着の儀』を行わなかった『無色王』という者も一度だけ現れたが、すぐに消された。

 それには理由がちゃんとある。


「ですが、『王のカランティス・ファーラ』という魔法の道具は、ただ才能の色に光るだけのものではないのです」


「ふむ?」


「その王さまの才能を、とても伸ばしてくれるそうなんです」


「ほう」


 フィンは興味を引かれたらしい声を発した。

 どうして奴隷がそんなことを知っているのか、というところには気づいた様子はない。


「今のこの国は、四十三の『領』に分かれていますが、昔はそれぞれが独立した国で、カラントもその中のひとつでしかありませんでした。でも『王のカランティス・ファーラ』を手に入れた『黄金王』さまが、その大きく伸びた才能でもって他の小国を次々と征服し、今のカラント王国を作り上げたそうなのです」


「なるほどな……王がそのファーラとやらをつけていると、きわめて有能となるのか」


「はい。ですから、『王のカランティス・ファーラ』をつけない王さまというのは、この国では、決して認められないのです」


「ふむ……では、今の王が、それのおかげできわめて巧みに貴族制を続けて、第一王子の考える改革が潰されてしまいそうだから、反乱に踏み切ったということか?」


「それもあるかもしれませんが……これも『王のカランティス・ファーラ』のお力なのですが、才能を高めると同時に、才能を万全に発揮させるために、体も、健康にしてくださるそうなのです」


「むう。すると…………王が、長生きする?」


「はい、さすがご主人さまです。おっしゃる通りです」


 カルナリアはフィンを持ち上げて、自分という「奴隷」が知っているのがおかしい知識の披露ひろうをごまかした。


「装着した者に、その才能を大いに発揮させ、それが持続するように長生きさせる……とんでもないものだな」


「王さまがお元気な間に王子さまの方が先に亡くなられたことは、沢山あるそうです。五十年以上王さまであり続けた方が三人おられて、それらの方は、王子さまどころかお孫さままで先に亡くなられたとか」


「そうか。後継者とされた者が、ずっと後継者のまま、時間だけがすぎて、王は壮健で聡明そうめいなまま、自分は老いて親よりも衰えてゆく……それは、反乱も起こすというものだ」


「五十年以上在位なさったおさん方のうち、おふた方は、反乱で討たれ……おひと方は孫に、もうお一方は、九十八歳の時、曽孫ひまごに討たれたそうです。逆に王さまが王子さまを反乱の疑いで処刑したお話も、たくさん……」


「ある年齢になったら強制的に譲位するというのは――無理だな。譲った途端に自分が老衰して死に向かうというのを、受け入れられる者などまずいない」


「はい。そういう制度を作ろうとしたことはあったのですが、その時の王さまが、お子さまたちを皆殺しにしかけたそうです。今の話の、在位七十二年、九十八歳の『青狂王』さま」


「なるほど。今の王が、今のままずっと長生きしそうで、このままでは何一つ変わらないから、王太子は反乱を起こしたのか…………生きる、死ぬ、有能、無能……何がいいのか悪いのか、わからないなあ……つくづく、人の世というものはめんどくさい」


 フィンはしみじみ言うと、また上着の向きを変えた。


「王太子が反乱を起こした理由はわかった。しかし、反乱を起こし、王を討つことに成功したというのなら、王太子がそのまま新しい王になるというだけではないのか? 多少の混乱は起きるだろうが、この国の王の権威が高いのならば、そこまでひどい内乱にはならないと思うのだが。王太子についた貴族もそれなりにいるのだろう?」


「そこなのですが」


 カルナリアの胸は高鳴った。

 いよいよ、自分の目的のためにフィンを動かす、重要な局面だ。


「二番目の王子さま、レイマールさまは、ご無事なのです。お隣の国、バルカニアにいらっしゃいます」


「なんと」


「カラントとバルカニアは仲が悪いのですが、それをどうにかしようという動きもあって、ずっと前に、この国の王女さまがバルカニアへ嫁がれました」


 第四王女カルナリアの腹違いの姉、第一王女ヴィシニア。


 カルナリアが生まれる前に嫁いでいったので、肖像画でしか顔を知らない。


「そちらでお子さまを生み――この春、三人目がお生まれになったとのことで、レイマールさまがお祝いにバルカニアへ向かったのです。とても派手な行列でした。その後で、ガルディスさまが兵をあげられて」


「うわあ……」


 フィンが、ものすごくいやそうな声を発した。


「それは、めんどくさくなるやつだ。平民は第一王子を支持している。貴族は第二王子をかつぎあげる。バルカニアもその王女の子に王位継承権があると主張して介入してくる。新王のもとで落ちつくどころか、この国全体がふたつかみっつに割れて、泥沼の内戦に突入する未来しか見えん。そんな中で、この土地だけは中立を保ち続けるなんて、どこまでできることか……」


「私も、すごく、怖いです……この国から逃げ出したいです」


「ふむ。お前が構わないなら、それも考えてみるか」


(!!!!!)


 この流れで何とか!


「……しかし…………王の証だという『王のカランティス・ファーラ』は、第一王子が手に入れているのではないか? それなら、この国の者は、第一王子を新しい王と認めるから、バルカニアが介入するには弱いな……それほどひどいことにはならないか? 隣の国へ行くのも、それはそれでめんどくさいし……関わらずにいられるなら、どこかの山の中にひそんでも……」


「それは…………」


 カルナリアは首輪に触れつつ、脳を全速で回転させた。


 実は自分が『王のカランティス・ファーラ』を持っている、と言うのは論外。フィンがガルディスにカルナリアを売る可能性がある。

 カルナリアを手放さないまま『王のカランティス・ファーラ』だけを渡してしまう可能性はもっと高い。フィンにとっては誰が持っていようとどうでもいいのだから、追われることがなくなるのならばやりかねない。

 だから別な表現で。


「前のご主人さまが、気にしておられたのですが……新しい王さまの『色』が、伝わってこないと」


「……民に、そんなに早く広がるものなのか?」


「王さまが変わるたびに、新しい『色』の布やものを扱っている商人や工房、その色の顔料を産出する領地などが大もうけ、逆にこれまでの『色』に関わっていたところが一気に破産ということはよくあるそうで……村に新しい『色』をかかげることで、領主さまのおぼえも良くなりますし……だから『色』の話は、みんなできるだけ早く知りたがるんです」


「なるほど」


「それに今は……その色のものを身につけることで、新しい王さまを支持すると示すことができて、兵士に襲われなくてすむようになりますから……」


「ああ、すまなかった。いやなことを思い出させたな」


「いえ……それで、もう何日も経ったのに、新しい王さまの『色』が伝わってこないということは、もしかしたら『王のカランティス・ファーラ』を、ガルディスさまは壊すか燃やすかしてしまって、手に入れ損なったのでは…………だから『装着の儀』をやれていないのではないかと……」


 フィンの声が本気の動揺を示した。


「うわあ、わあ、それは、ドロドロのぐちゃぐちゃになるやつだ。最悪にめんどくさい内戦が起きるやつだ。権威の象徴が失われて、新しい権威を王子それぞれが主張して、『領』ごとに分裂して、その中でも争いが起きて、何年も、下手をすると何十年も争い続けることになるぞ」


「そんなに、ですか!? 怖いです! 戦はいやです!」


 カルナリアはやや大仰に声を高めた。


 そのせいもあってか――。


「こんな国にいられるか。私は隣国へ逃げるぞ」


 ついにフィンが宣言した。


 してくれた。





【後書き】

ついに、旅の目的地が。フラグが立ったとも言う。次回、第56話「新たな目標」。雨があがる。


カラント王国史は、これだけで一本物語ができそうです。カットしましたが、色々な王のエピソードがどんどん出てきました。

『王の冠』は、日本史における三種の神器のようなもの。王の才能を即位時に示すというエグいブツ。儀式で大々的に見せているものなので、大抵の者は形も大きさも知っており、なので第三話でレントはそれを隠せるサイズの首輪を調達してきました。


名前だけ出てきた第一王女ヴィシニア。ガルディスとレイマールの間の王女であり、長男はもう十五歳の成人を迎えています。今回語られている第三子の出産は、この世界ではかなりの高齢出産でした。カルナリアがこの世界での未成年でなければ同行させられていた可能性もありました

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