031 洗いっこ

※性的表現あり。





 その後、カルナリアが難儀なんぎしたのは「あとかたづけ」だった。


 皿もグラスもカトラリーも、勝手に給仕が片づけてくれるものだった。その後どうするのかまったく知らない。


 食べたあとの食器や鍋をどうすればいいのか質問するというのは論外だ。


 料理を作る方なら、違う職務だったので経験なしという言い訳が使えたが、奴隷の身で食べ終えた食器をどうするのかわからないというのは、頭の出来を疑われるか、正体は貴族だと確信されるかのどちらかだろう。


 救いは、逃避行の間、一度だけレントが食後の皿を洗っているのを見たことがあるということ。


 そしてフィンが、動いてはくれないが、質問すれば答えてはくれる主人であるということだった。


「あの、すみません、このお皿やお鍋、洗い方の決まりとか、いつも使っているものとか、ありますか? 外で洗えばいいのでしょうか」


「ああ……」


 あとかたづけのやり方は知っているという前提で問うと、何も疑っていない様子の返事をしてもらえて、カルナリアは胸をなで下ろした。


「外には出るな。この辺りにいる獣は動きが速い。匂いで寄ってきているかもしれない。自分の身を守れないなら、夜の屋外には出ないように」


 水瓶みずがめに、発熱サイコロを吊るし、お湯を作る。

 傾斜している石床にわずかに刻まれた溝、それが排水口でもあるから、そこの上で少しずつお湯をかけて食器の汚れを落とし、揉んでやわらかくした草の束でぬぐい、最後に布で拭く。――用途がわからないが室内にまとめて置いてあったので緩衝材としてあちこちに詰めこんだ草が、こういうところで使うものだとわかった。岩塩板は水をかけないように気をつけて、同じもので汚れを落としてから元の布で包む。


「……ここ、使ったことがあるのですか?」


「住みついた最初の頃、周りの様子を確かめて回った時に見つけた。村の連中が押しかけてきた時、めんどくさいから逃げて、ここで寝泊まりしたことも何度か」


「そうだったんですね……」


 道理で、スイスイ山道を登ってゆくわけだった。


 ――自分たちだけで山越えをしようとせず、引き返してランダルに頭を下げてローツ村に身を寄せていたら、この人物に道案内をしてもらえていたのかも。そう思うと後悔で胸が苦しくなる。


 気分を変えようと、『流星』に意識を向けた。


「あの崖を、飛んできたんですよね。どうやったんですか?」


 言葉を選んで、洗い物をしつつ訊ねた。

 少女の好奇心ということで、このくらいの質問は許されるだろう。


「なんか、赤いの、光ってました。まぶしかったです」


「ああ……あれは、速く動けるようになるものなんだが、あまり使いたくない、めんどくさいものでな」


「どうしてですか? どんな所にもすぐ行けて、とっても便利そうです」


『流星』を使ってカラント王国各地を飛び回る『流星伝令』というものの存在を、カルナリアはもちろん知っている。王宮を出入りする緑色の星は、誰もがあこがれる夢の存在だ。


 そんなものを個人で所有しているこの謎の人物は何者なのか。


 詮索されていると気づいているのかいないのか、とにかくフィンは答えてくれた。


「速く走れる、高く飛べる。いちおうは着地時に体や周囲を守ってくれる。だが、体そのものを頑丈にしてくれるわけではないし、ものをすり抜けられるわけでもない。着地態勢を取らずに木や岩にぶつかったら簡単に死ぬ。飛んだ時に鳥にぶつかって姿勢を崩したら、やはり着地する時に骨は砕け荷物も潰れる。使う時はものすごく集中しなければならない。疲れる。めんどくさい」


 それでカルナリアの足を縛り、両腕とも空けていたのかと合点がいった。バランスを取るのに腕の動きは必須だ。


(……では、あの木々の間を駆け抜けていたのは、避けられる機能が『流星』にあったわけではなく、ただの身ごなし!? ひとつ間違えれば激突していたということですか!?)


 思い返して総毛立つカルナリアであったが、ぎりぎり、口には出さずに抑えた。

 ぼろ布の中で「見えて」いたということをこちらから教えてしまうのはよくない。


「それに、目立つ。使っている間、あの明るさで光り続ける。魔法の光なので布で隠しても貫いて輝く。だから持っていることがすぐばれる。余計な連中が寄ってくる。狙ってくる。とにかくめんどくさい」


 個人で持っていることがおかしい魔法具だ、当然だろう。


「……でも、面白そうです。そういうのって、どこかで、買えるんですか?」


 探っていると思われたら、この山の上に置いていかれる可能性もある。

 危うい質問だが、好奇心から、訊かずにはいられなかった。


「まあ無理だな。魔法具の闇市場でも、出回ったらそこの国が全力で回収しに来る代物だ。金を積めば買えるのなら、もっと使っている者がいるだろう。私も、めんどくさいが、時々は今日のように必要になることもあるから、手放すつもりはないし」


「ご主人さまは、どうやって手に入れたんですか?」


「悪いことはしてないぞ」


 ぼろ布から、にゅっと何かが出てきた。


 包帯のように、色あせた布をぐるぐると巻きつけた、細長い――剣のさや、だった。


 カルナリアはぎょっとしてから、凝視ぎょうしした。

 剣聖を名乗る、フィン・シャンドレンの剣。

 ……ぼろ布の中でもそうだったが、やはり魔力は感じない。見た目も、色あせた布のせいで大したものに思えない。

 拍子抜けした。


「これを使う、つまりでの報酬だ。作れる者を守る仕事をこなしたので、お礼に、もらった」


 どうやら自慢のようだ。


 作れる者――国にひとりいるかどうかの、魔法具作りの天才だろう。

 そういう人物を、守った……。

 それならば王女を守るという仕事もやりとげてくれるのではないか。カルナリアは期待してしまう。


「じゃあ、他のものもそうなんですか?」


「ああ。大体は、仕事をした上での報酬として手に入れた。盗む、奪うなどの悪いやり方はしていないぞ。

 まあ、襲ってきたやつをやっつけたついでに、持っていたものをいただくことは何度かやったが。人を襲うというのは命や金や色々なものを奪おうということだから、やり返されても仕方あるまい」


 やはり自慢したいようだ。


「すごいんですね、ご主人さまって!」


 ここは乗って、持ち上げておく。


「強いし、もの知りだし……すごい美人、なんですよね?」


「うむ」


 否定しなかった。

 剣が引っこんだ。ぼろ布の中で、腕組みしてあごをそびやかしているのではないかとカルナリアは思った。


 ……この流れで、いけるかも。


「ご主人さまのお顔、見てみたいです」


「だめだ」


 瞬殺であった。


「……どうしてでしょう? お仕えするのに、仕えている方の顔を知らないなんて、変じゃないですか?」


「私は追われている身だ。私の顔を知っていると、どこかで特徴を耳にした時に反応してしまうかもしれん。記憶を探る魔法というものもある。色々な意味で、知らない方がお前の身のためだ」


「…………」


 カルナリアはしょんぼりして、たどたどしい洗い物をどうにか終えた。


 その様子に同情してくれたのか、フィンはひときわに言ってきた。


「それに……私の顔を見た男は大抵おかしくなるが、同じようになることが、割とあるからなあ……」


「え……」


「お前におかしくなられては、これから先、十分に働いてもらえなくなる」


「それは……」


「ということで、


「…………はい?」


 こてん、とカルナリアは首を真横にかしげた。


「湯が冷める前に、体を拭く」


「……ああ」


 理解はできた。

 だが話のつながりがわからない。フィンの素顔からどうしてそういう話になるのか。


 しかし山道を登ったり慣れない作業をしたりでかなり汗をかいており、体を拭きたいのは確か。


 カルナリアは着ているものに手をかけ――。


「……こういうのって、ご主人さまが先ではないのですか?」


 危うく、自分が優先されるのが当然の、王女の振る舞いをしてしまうところだった。


「いや、今日は、お前が先でなければならん」


 何か目論見がありそうだが、食い下がるのははばかられ、カルナリアは昨日に続いてぼろぼろの前で裸になった。


 山の上かつ日が落ちたせいだろう、一応は小屋の中なのに、かなり肌寒い。

 裸足を置いた石床も、ひんやりしていた。


 ずるり、とフィンが動いた。

 この小屋に入ってから初めて。


 まるで少女の裸身に寄ってくる軟体動物のように。


 思わず固まるが、ぼろぼろはカルナリアを置いて、まず拭き布を手にし、それにお湯をかけ――。


(手!)


 あの麗しい手が出てきていた。


 ぼろ布の外に手を出して、湯気のあがる布を持って、カルナリアに近づいてくる。


 見入ってしまう。

 目が離せない。


 その手で薬をぬるぬると塗りたくられた、あの感覚が肌によみがえってくる。


「あ、あの、ま、待ってください!」


「冷める」


 容赦なく捕らえられ、背後を取られた。


 後ろから、ほかほかする布があてられ、拭かれ始めた。

 香料を使ったのか、少し花の香りがする。


「ふあああぁぁぁぁ…………!」


 丁寧ではあるが、大人を相手にしているような力加減で、カルナリアには少し強い。

 技術だけなら、王宮の専門の係の方がはるかに上だ。もっと柔らかく、細かいところまで丹念にぬぐってくれる。


 しかし、フィンの手に触れられるたびに、カルナリアの体が反応を示してしまう。

 肌を擦る布よりも、首や腕が動かないように反対側を抑えてくる麗しい手の、文字通りの「てざわり」が、おかしい。


(このっ、この手っ、いけませんっ、これはっ!)


 手だけでは相手の「色」は見えない。

 だがわかる。これはだ。危険すぎる手だ。

 この手に触れられ続けていると、カルナリアに確実に影響が出る。本能でわかる。


「動くな」

「そっ、そう言われましてもっ!」

「くすぐったいか?」

「そうではないですけどっ、そのっ!」


 脇腹を拭くために、反対側の腰に手をあてがわれた。

 それがまずい。

 体の芯におかしな感覚が浸食してくる。熱いようなくすぐったいような、我慢しようとしてもできずに体が勝手にくねってしまうもの。


 拭く手が下半身に降りて、腰や脚までぬぐわれると、カルナリアの両脚とも細かく震えて、どうすることもできなくなってしまった。


「ふむ」


 布ではなく、手でふくらはぎをはさまれた。


「ひゃうんっ!」


 一気に鳥肌が立ち、冷気のように感じられるが腰から背筋を伝って駆け上がってくる。


「張っているな。山歩きは慣れていないか。仕方ない。横になれ」


 肩を抱かれ、寝台へ追いやられた。カルナリアは裸のままよろよろ動く。まったく逆らえない。


 丸木をぴったり並べただけのその上に、いつの間にかカルナリアのマントが広げられていて。


 うつ伏せにされたカルナリアは、ふとももとふくらはぎを揉まれ始めた。


「ふへぇ、へぇ、はひぃぃ……!」


 光源はカルナリアの額なので、自分の脚がどうされているのかはよく見えない。


 見えない分、感覚は鋭敏になり。

 しかも二度目ということもあって、驚きや緊張で理性を保ち続けることもできない。


「ぎゃひぃぃ!」


 突然、足の裏に指が食いこんできた。

 ぐりぐりされる。痛い。すごく痛い。痛い痛い痛い。さらにしびれも加わる。手がバタバタ勝手に暴れ、引きつる。


 それがやむと、途端に、膝から下がすべて溶け落ちてしまったような脱力感と――心地よさが広がった。


「ほわぁぁぁぁぁ…………」


 足の指をつままれ、折り曲げられる。ポキ、コキとすごい音が鳴る。

 足首を回される。

 膝裏に指が。


 痛んで、ゆるむ。

 叫んで、溶ける。


 そういったことを繰り返されて、カルナリアは徹底的にしまった。


 このまま、いつまでもほぐされ続けて、すべて溶け落ちてどろどろと床面に広がって斜面を流れ下っていく……そうなってもかまわない…………むしろそうなりたい……。


「………………あへぇ………………」


「……起きろ」


 裸のお尻を引っぱたかれて、カルナリアは我に返った。


 ぬるぬるこそ塗りこまれていないが、みほぐされた腰から下が、あの時と同じようにじんじんと熱を帯びている。

 しかし、蓄積されていたは、きれいさっぱり消え失せていた。


「あ……ありがとう……ございます……これで、明日も、歩けます……!」


だな、やはり」


「?」


 何がだめなのか。


 起床した時も経験した、ゆるみすぎた体の重さに抗いつつ、カルナリアはのろのろと身を起こし、これものろのろと服を着こんだ。


 まだ回りきらない頭で考える。

 順番からいえば、次は、フィンの体を……自分が、拭く番……ついに、素顔と、素肌を……!


「…………」


 突然、世界が闇に落ちた。


 光が消えた。

 違う――目に布を巻かれたのだ。


 頭の後ろで結ばれる。

 照明の魔法具が外される。


「なっ……!」

「その目隠しは、いいというまで外すな。外そうとしたら、今度は指一本動かせないようにする」


「わっ……わかりました…………でも…………?」


「今ので、お前はだとはっきりしたからな」


「それは…………!」


 反論できない。


 体をほぐされ、心がとろけている間、首輪の中の『王のカランティス・ファーラ』のことは頭から消えてしまっていた。


 手だけでもそうなのに、男がおかしくなるという美貌を見て、すばらしい美しさだろう髪を見て、吸いこまれるような瞳を見て、つややかな唇でささやかれたらどうなってしまうのか。


 こんなところで気づかされた。

 自分は、美しいものを強く求めてしまう性分だ。

 思えば「色」を求めるのも、フィンの手に魅せられたのもそう。

「ぼろぼろさん」が現れた時の、子供たちをあしらう動きにも魅入ってしまっていた。


 だが、今のこの旅路では、邪魔なものでしかない。

 たくさんの人たちの命を背負う使命すら忘れてしまうようでは何の意味もない。


 ――カルナリアが自責にうつむいている間に、フィンが動きだしていた。


 ばさっ。ふぁさっ。カチリ。しゅるっ。

 布ずれの音、金具の音。上から下へ。また上の方から。


 

 あのぼろ布を取り去り、装着しているものを外し、衣服を脱いでいっている。


 カルナリアの全身が耳になった。

 音からフィンの姿を浮かび上がらせようというかのように、神経が一気に聴覚に集中する。


 嗅覚も反応した。

 それほど広くもない山小屋の中に、これまでなかったにおいが現れている。少し汗ばんだ、人肌の香り。女性の肌。髪。フィン・シャンドレンその人のにおい。

 泣き疲れた自分を抱きかかえて添い寝してくれた時のにおい。

 恐ろしい平民兵士をやりすごすために背負ってくれたときのにおい。


 いま恥じたばかりなのに、どうしてもフィンに意識が向くのを止められない。


 水音。湯気の動き。自分で体を拭き始めたらしい気配。

 カルナリアの手がわななく。焦りが心をあぶる。


「あのっ、私っ、っ……それがっ、仕事ですからっ……!」


「ふむ。まあ、楽だから、いいか」


 手を前に出して、ゆっくり進んでくるように言われた。


 何も見えないままその通りにすると、手首をつかまえられて、温かい拭き布を渡された。


「後ろだけでいい。ああ、脇の下も頼むか」


 手が、人肌に触れた。


「!!!」


 あの手で触れられた時の逆なのだが、やはりカルナリアの方が異様なしびれに襲われた。


 他人の裸身に触れるなど、王宮では一度も経験したことがない。


 逃避行の間、あのビルヴァの街で、出かけていったレントの帰りを待つ間、エリーレアと体をぬぐいあった。それが初めてだ。

 不慣れな二人で何とかやりとげた。

 最初エリーレアは強く断ったが、今の自分は奴隷という立場であるし、一度やってみたかったからと笑顔で押し切り、涙目で謝罪し続けるエリーレアの背中を拭いたものだ。


 唯一のその体験と、比べてしまうのは仕方ない。


 エリーレアは侍女の中では背が高い方だったが、フィンはそれよりさらに高い。

 騎士ガイアスやランダルなど大柄な男性にはさすがに及ばないが、彼女以下の身長の男はそこら中にいる。


 エリーレアの背中はひたすらやわらかくだったが、フィンの肌はそれとはまったく違う不思議な感触だった。

 手が埋まりそうなほどやわらかいのに、押し返してくる弾力も兼ね備えている。

 おんぶされた時に体で感じた感が、手の平いっぱいに。

 この背中に裸でしがみついたら、そのままくっついて離れられなくなり、ずぶずぶとめりこんでいって、飲みこまれてしまうのではないかという妖しい想像にカルナリアはとらわれた。


「い、痛くないですか」

「問題ない。もっと強くてもいいくらいだ」


 割と力をこめてしていたつもりだったのだが、体を動かし戦うことを本業としている身には足りないようだ。


 カルナリアはさらに力をこめて、後頭部から首まわり、肩と拭いていって、求められるままに、上げた腕の根元、わきも拭いた。

 フィンの前側のふくらみは、かなり大きいようだった。少なくともエリーレアより一回り以上のボリュームがあると察せられた。


「ああ、自分でしなくていいというのは、最高だな」


 本気の喜びが感じられる声がかけられ、拭き布が取り替えられて、カルナリアはさらに熱心にぬぐい続ける。


 まだ女性らしい体型になりきっていないカルナリアよりも細いのではないかという、すばらしくくびれた腰。

 そこから腰骨、まるいお尻へ……。


(お、お、おおお……!)


 張り詰めた双丘の触感は、とてつもないものだった。

 拭き布なしで素手で鷲づかみにしたら、それこそ手の方が飲みこまれるか、一生吸いついて離れなくなりそうだ。


 布で拭くと、ぷるんと揺れる感触が伝わってくる。

 見えていたら、すばらしいものが目の前にあるのだろう。


 ふとももは、かなり太かった。

 荷物とカルナリアを背負って山道を悠々と登るだけあって、下半身は感動的なほどにしっかりしている。

 太いといっても、背が高いので、不格好ということはまったくないだろう。

 むしろ均整のとれた見事なプロポーションを形作っていることは疑いない。


 何もかも素晴らしい感触の脚をぬぐい下ろしていって、かがみこんで、足首に達した。


 素足。

 自分がぬるぬるを塗りこまれたように、この女体の足を揉みほぐすことを許されるのなら……あんなみっともない声を出させてみたい……。


「そこまで」


 止められ、布も奪われた。

 足の裏を自分でぬぐっているようだ。


 また水音がして、布をしぼっているらしい音、体につけたのかカルナリアとは少し違うすっきりした花の香り、それから――衣服を身につけていっているらしい気配がし始めた。


 自分の仕事は終わってしまったようだ。


…………でしたね……!)


 暗闇の中で、カルナリアは自分の手で味わった素晴らしい体を、ひたすら反芻はんすうした。


 頭部から、首、肩、背中、腰、お尻、ふともも。


 網膜の裏に、背の高い、最高の体をした女剣士の、魅力的な後ろ姿の輪郭が浮かび上がった。


(うふふ…………ふふ…………いい感じ……!)


 だが首から上は何もないままだ。

 顔を見ることができない限り、この美麗な女剣士像は完成しない。

 前が見たい。顔と、ふくらみ。


 これから先、見るチャンスがあるかもしれない。

 その時には素晴らしいものを見られるだろう。

 この脳内女剣士像も完成するだろう。

 楽しみすぎてつらい。今すぐにでも顔を見たい。


「…………お前は、もしかしたら奴隷ではないのかもしれないと疑っていたが」


 ぼろ布をかぶり直したのだろう、布越しの声が、あきれたように言ってきた。


「そのだらしない顔は、違うな。


「……!」


「まあ私は、お前が変態でもかまわん。楽をさせてくれるならどうでもいいからな」


「………………」


 カルナリアは目隠し布の上から両手で顔面を覆い、火の出るような羞恥に崩れ落ちた。





【後書き】

淫獣が目覚めてしまった。この後のすべてはここが始まり。だが危うい夜はまだ続く。次回、第32話「すれ違いの夜」。

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