僕の元カノのアオハル天使様と体が入れ替わってしまった件
朱之ユク
第1話もしかして入れ替わってる!
「マジかよ。そんなことがあってもいいのか……」
「あなたの言う通りね。信じられないことが起こってしまったわ」
鏡を見ているわけでもないのに、自分の顔を眺めるというのは不思議な感覚だった。だってそうだろう? 自分の顔を直接見ることなんて普通はできないはずなのだから。
おそらく僕の部屋で僕たちは自分たちの身に起こった状況を整理しようと努力していた。
目のまえのこの男、……いや、女なのか?
もうどっちか見分けが付かないが、とりあえず男だとしておこう。目の前の男は目元が隠れるほどの長い前髪を見せつけながらぱっちりとした目で僕のことを見つめている。
そして僕はさっき鏡を通してみてきたこの圧倒的な美少女の顔を見せつけている。黒髪のロングは清楚な印象を与え、見るものすべての目を引き付けるだろう。
二人の外見だけを語るならまるで物語の美女と野獣の二人だ。まあ、実際は天敵同士の相手なのだからそんなことは絶対に起きない。物語の世界のように唐突に恋の落ちることなんて絶対にありえない。もう一回落ちているのだ。これ以上はこんな罠に引っかかるわけにはいかない。
だけど、自分の美しい美貌を見てしまったらこのような感想を抱かざる得ない。
きっと向こうの男も僕と同じ気持ちでいるのだろう。
「私って案外かわいいのかしら」
「僕って結構イケメンだな」
あり得ないことが起こっているのにも関わらず、こんなくだらないことしか思いつかないのはきっと、普通のことを考えて心が落ち着こうとしているからなのかもしれない。
まあ、他人の顔を見ながらお互いがお互いにカッコいいだのかわいいだのという感想を抱く時点でおかしいのだけれど。
「ねえ、陽太くん。あなたなんでしょ?」
「そうだけど、なにか? そっちは桜さんなんだろ?」
「ええ、そうよ。あと、桜さんって馴れ馴れしく言わないで」
「分かったよ。じゃあ、桜って呼ぼう。そんなことよりも桜」
「そんなことって言うな。あと呼び捨ては余計に馴れ馴れしいんですけど」
「今僕たちの身に起こっていることを非常に簡潔に言うとしようじゃないか」
「無視しないでよ」
「仕方ない。じゃあ、元カノって呼ぼう」
「ちょっと昔に付き合ってたことはすぐに忘れなさい」
「じゃあ、アオハル天使様は?」
アオハル天使様と言うのはこの女の異名である。
「それで勘弁してあげる」
二人は今日の朝にとある共通認識を持つことになった。当たり前だ。昨日まで男として生活していたのに、いきなり今日の朝に女の体になっていた。
「僕と春海桜は」
「私と夏日陽太は」
僕たちはお互いを指さしながら決定的なことを言う。
「「体が入れ替わってしまっている」」
僕は今、クラスメイトの女の子と体が入れ替わってしまっている。それが僕たちの共通認識だ。
今朝、僕はベッドの上で目が覚めて、そして、そこには見慣れた天井があるはずだった。
僕の経験則では真っ白のペンキをぶちまけたかのような天井があるはずだ。
まあ、僕の今朝の体験ではそこにはうっすらとしたピンク色の天井があったのだけれど。
部屋の中の異変はそれだけではなかった。
まず、部屋の中にの内装が違った。カーテンの色も机の位置も、参考書の数も、そして、部屋の大きさも。
あらゆるものが違うものになっていた。
これはおかしいと思って自分の体を見渡してみるとあら不思議。
体に二つの乳房がついているではありませんか。そうとなったら次は家の鏡で自分の顔を確認した。
そして、今の自分の姿が天敵であるアオハル天使様であることを理解してしまったのだ。
よりにもよって大昔にちょっとだけ付き合っていた女の体と入れ替わっていたのだ。悔しい。
くっ。
この女をアオハル天使様と呼ばなければいけないことをこんなに恨めしいと思う日が来るとは思わなかった。
本名で呼ぶよりはましだからこれからもそう言う風に呼んでやるつもりだけどね。
「まさか一番の天敵のこの女と体が入れ替わってしまうなんて……屈辱」
「まさか一番の大敵のこの男と体が入れ替わってしまうなんて……不覚」
「大敵だって? そんな相手に不覚と取るなんてアオハル天使様も落ちぶれたものだな」
「あなたこそ、私相手に屈辱を覚えるなんて、数年前の鬱憤を晴らせたようでよかったわ」
いまさらそんな昔のことを持ち出すのか。
くっ。執念深い女はこれだから嫌なんだ。このアオハル天使様とか呼ばれている女と結婚したらちょっとしたことをねちねちと言われてしまうんだろうな。
「可哀そうに」
「何言ってんのよ?」
「いいや。ちょっと思ったんだ。アオハル天使様と付き合うことになる男はそれはそれは大変だってね」
男の体をした奴にそんなことを言うことになるとは思わなかったけれど、確かにこいつと付き合う男は大変そうだ。
同棲とかしたら家事とか押し付けられるんだろうな。
……特大ブーメランが遠くに見える気がする。
「結婚できそうにない男にそんなことを言われたくないわよ、陰キャ男。あなたみたいな男と付き合う女の方はセンスゼロね」
「それについては突っ込むな」
というか特大ブーメランだよ。
この女といると口げんかが絶えない。
この世の中には喧嘩するほど仲が良いということわざもあるが、あれは嘘だ。反例は僕たちである。
「ちょっと陽太ー! そろそろ起きなさいよ! 部屋掃除するからさっさと起きて!」
母親だ。正確には目の前の男の体の母親だ。つまり僕の母親でもある。……すっごいややこしいな。
母親の足音が徐々に大きくなっている。マズイ。今ここで母親に部屋に女の子がいることを知られたらろくなことにならないだろう。急いで隠れさせないと。
「ちょっと、急いで隠れて。アオハル天使様が部屋に居たら変な妄想をされかねないんだよ」
「ちょ、どこ触ってんのよ」
「いいから、速く隠れろよ」
「分かったから。自分で隠れるから変なところ触るな」
急いでクローゼットの中に天使様を隠す。とりあえず、ここに隠れていたらバレない……と思う。
でも、母は掃除をすると言ってここに来ているのだ。そうなればきっとクローゼットも開けるかもしれない。
いやでも、その場合は僕がクローゼット前に居座れば大丈夫か。とりあえず今はこの女が母にバレないようにしなくては。
土曜日の昼から女が僕の部屋に遊びに来ていると考えたら、変な誤解をされかねない。
他のめっちゃ美人なら別にそれでもいいけれど、このアオハル天使様とだけはそんな噂は嫌だ。
アオハル天使様をクローゼットの中に押し込める。
女のくせに男の体をしているのだから余計に押しにくかった。
……。
…………。
………………なんか違和感があるんだけどなぜだろう?
「陽太! さっさと起きなさ……って、女の子?」
その違和感に気付いたのは母親が部屋の中に入ってきた後だった。
そうだ。
今の僕たちは体が入れ替わっているんだ。そう考えたら、今の僕はめっちゃ可愛い女の子の体をしている。つまり、男の部屋に女の子が入り込んでいることになって――。
「ちょっとあなた! 陽太が部屋に女の子連れ込んでいるんだけど!」
――思春期の女の子みたいな声をだして母親がそんなことを言うのも当然のことだった。
まずった。完全に間違えてしまった。僕が取るべき行動は自分がクローゼットに隠れるだったのだ。
「ねえ、どうなっているの?」
クローゼットから天使様が出て来て、様子をうかがっている。
「失敗した」
「やっぱりバカね。陽太くんなんかに頼まれてもアオハルを絶対に体験させてあげないんだから」
「やかましいわ。そんなに嫌いな人間に突っかかってきて、本当は僕のことが好きなんじゃないのか?」
「べつに今はあなたなんか好きでも何でもないんだからね」
「ツンデレかよ」
吐き捨てるように逃げ台詞を吐いた後すぐに戻って来た母親がなぜか僕の体を持った天使様を連れていく。ちょうどクローゼットから出てきたところを母に見つかってしまったのだ。きっと今頃僕のことを根掘り葉掘り聞いているのだろう。
仕方ない。
一人になってしまった。特別することもないから暇なんだよな。
「あれ?」
そこでふと部屋の中がいつもと違う雰囲気であることに気付いた。なにか違うところがある。
「このノートか」
原因はすぐに判明した。いつも本を読む机になぜか僕の英語のノートが開かれているのだ。
「予習、してくれてたのか」
その今週の学校の課題がこなしてあった。もしかして僕と入れ替わったことに気付かずに勉強をしていたのかもしれない。
予習の内容は英語であり、教科書を読んでそれを解読するというものだ。いろんな問題がありそれらすべてが解き終わっていた。
英文の内容は青春についてであり、アオハルが好きなあの女にぴったりなものだ。
この短時間で終わらせたのだろうか。朝異変に気付いてこの家にやってくるまで四時間ほど。ざっと今の時刻は12時だ。朝起きてからこれを解くなんてだいぶ殊勝な奴だな。
バカな奴め。まあ、僕の分の課題が終わったと考えると悪いことではないのかもしれない。
ちょっと出来を確かめてみるか。英語は得意だからあっているかどうかはすぐに判断がつく。
そんなこと思ってしまったのが僕の運の尽きだった。
なになに、問題文はこの英文を読んであなたの思ったことを30文字以内にまとめなさいって感じか。
なに、簡単な問題だから答えも良いものを書いているのだろう――。いや、もしかしたら僕に対する罵倒かもしれない。
『私は陽太くんともう一度付き合って楽しい青春を送ってみたいです』
――全然いいものじゃなかった。
和訳すると大体そんな感じのことが書かれている。
正直に言います。
……。
…………。
………………別にグッと来てなんかないんだかね(照)。
でもお前、「やっぱりバカね。陽太くんなんかに頼まれてもアオハルを絶対に体験させてあげないんだから」って言ってたのにどうしてそんなことを英文にして書いているんだよ、と思わなくもない。
僕は見てはいけなかったものを見てしまったと悟りすぐにそのノートを閉じた。
ところで一つだけ判明したことがある。
「あの女はツンデレだ」
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