第16話 しっとり飲酒雑談配信

 長時間配信から一夜明けて。マレ熊は普段より大分遅い昼頃に起き出した。ベッドにごろごろしたまま、ここ最近のことを思い返す。

 風邪をひいてエリザベアーに公開初凸配信。アギとのチャットからの緊急FPS配信。エリザベアーとのトラブル&爆笑コラボ配信。まさに怒涛の一言だった。

 なーんか癒しが欲しいかも。

 声にならない声でつぶやく。おもむろに起き上がったマレ熊は何となく動画配信サイトを見始めた。癒しを求めて、おすすめに出たものを再生していく。可愛い動物の動画。美味しそうな料理動画。その中でマレ熊の目に留まったのは、動画の合間の広告だった。

 新発売のお酒のCMらしい。女優さんがさも美味しそうにお酒を一口飲み、一息つく。『金柑酒でほっとひといき』キャッチコピーを聞いてマレ熊は「……これだ」とつぶやいた。

 

 その日のお昼過ぎ、マレ熊のSNSに一件の投稿がされた。

『お疲れ様~マレ熊からのお知らせだよ! 今度の金曜日、お酒を飲みながら雑談する癒し飲酒配信をしたいと思います! ぜひマレ熊とお酒を飲んで一週間の疲れを癒しましょう♪ 未成年やお酒が苦手な人はなんでも好きな飲み物を持ち寄ってね。

ゆるーく行きましょう、では配信でね』

(ふふ、楽しみだなぁ)


 金曜日。マレ熊はCMで見たお酒一本と、告知の後リスナーからおすすめされたお酒から気になったものを買ってみた。おつまみを適当に作ってお酒と一緒に配信部屋に持っていく。


【飲酒雑談】お酒を飲んでゆるく雑談、みんなで癒されよう

「こんばんは~マレ熊チャンネルにようこそ! みんな、飲み物は持った~?」


シベチャチャ:お疲れ、ビール用意してきた

クッチャマ:おつ~瓶コーラ久しぶりに買ったわ

コメント:こんばんは。チューハイで参戦します


「みんなも準備万端だね。じゃあマレ熊の一杯目紹介します。ほい、写真」

 グラスに入った橙色のお酒の写真を映す。

「新発売の金柑のお酒なんだよ、美味しそうでしょ」


シベチャチャ:へー果実酒か 。綺麗な色だな

コメント:女子が好きそうなお酒


「女子好きよーこういうお酒。じゃあいくよ! はい、カンパーーイ! うーん、

めっちゃフルーティで飲みやすい! おいしい!」


シベチャチャ:飲みやすいからって飛ばすなよ

クッチャマ:泥酔配信に変わっちゃうかもなw


「大丈夫だよーおつまみ食べながらゆっくり飲むもん。あ、おつまみの写真も上げるね。じゃーん、チーズのみカプレーゼとウィンナーでーす」


シベチャチャ:作ったといわれると怪しいところだな

クッチャマ:カプレーゼってもはやチーズにオリーブオイルかけただけでは


「それがいいんじゃん。チーズと油。美味いものしか使ってない、究極のシンプル」

 それから会話はおつまみ談義に移行した。さきいか、サラミ、柿ピー……


「あ、一本目もうない。二本目いきまーす。これはリスナーさんからおすすめされて買ったやつなんだ。すっごい飲みやすい日本酒なんだって」


シベチャチャ:これ知ってる、飲みやすいよな

クッチャマ:日本酒って強いんじゃないの?


「うん、だからゆっくり飲みます。では、カンパーーイ! わ~すっきりしてる、

果実酒とは違うほのかな甘み。こういうのもいいね! あ、そういえばこの間のベアーちゃんとの配信どうだった?」


シベチャチャ:楽しかったよ、特に後半の着せ替えゲーム

クッチャマ:ベアーちゃん、マレ熊ちゃんの呼び合いがてぇてぇで良かった

コメント:ベアー様結局一枚も服売れなかったんだっけ?

コメント:なんか服に対する感覚がずれてるんだよな。ベアーちゃんの私服が気になってしまう


「実はわたし、我慢できずに聞いちゃった。普段はどんな格好されてるんですかって。そしたら……大体白シャツに黒いパンツですが、だって。そこはシンプルなのかよ!て突っ込みそうになったわ」


コメント:蛍光スパッツとか着てるんかと思ったわ

コメント:あの配信見てたらなwシンプルな服に決めてるのは英断


「だよね。で、ベアーちゃんがさぁ——」


「……。グビッグビッグビッ……ッハーー……」


シベチャチャ:お~い、マレ熊、大丈夫か?

クッチャマ:急にしゃべらなくなったな、酔っぱらっちゃった?


「いや、今回の配信さ……できるだけみんな参加できるようにいつもより遅い時間から始めたんだけど、本来定時って五時付近だよね。日本人働きすぎ問題についてっ」


コメント:あーそれな

コメント:残業するの当たり前てとこあるわ

コメント:俺は残業代つけば残業いくらしてもかまわん。残業代さえつけば……


「出た~サービス残業! いや、サービス残業ってもう言葉の響きからふざけてるよねっ! いじめと同じで問題の重さを軽くする言葉だよ!!」


シベチャチャ:お、今日は社会派だな

クッチャマ:マレ熊が世間を切る! てかやっぱり泥酔配信なっとるしw

コメント:勢いに笑うけど内容には同意。サービスって会社にサービスしろってか。

ふざけんな、給料あげろ!


「お金も大事だけどさ、時間がなきゃ使えないもん結局。貯金はたまっても、若い時の時間は仕事一色で、時間ができるときには死ぬ一歩手前で。若い時の貯金で食いつないでいく……なんかそれってさ、むなしいっていうか……」


シベチャチャ:大分酔ってきてるな

クッチャマ:口調がいつもよりゆるゆる。けど言ってる内容はシビア

コメント:仕事で遅れた、今から参戦する


「出たーー! 社畜様だ! こんな時間まで仕事を頑張られていたなんてっ。

立派だよ、偉いよ、頭が下がるよ、ほら、みんなも頭を下げて!」


シベチャチャ:社畜様、本当にお疲れ様

クッチャマ:社畜様、ありがたやありがたや

コメント:えっなにこの雰囲気。おれ拝まれてるし。マレ熊酔ってる?

シベチャチャ:けっこうな。ちなみに今の議題は日本人働きすぎ問題だよ

クッチャマ:だからこの時間まで働いていたオマエは、今日のヒーローてこと

コメント:へ~実はまだ仕事終わってなくて、家まで持ち込んでこの雑談聞きながら片づけるつもりって言ったら笑う?


「うわーー出た家まで仕事持ち込まないと終わらんやつ~! ほんと精神削れるよね! 身体だけには気を付けて、壊してからでは遅いから……」


コメント:ありがと、ほどほどにする。てかきょうはしっとり雑談じゃなかったのw

シベチャチャ:今日は絶叫&世相を切る配信かな


「わたしもさぁ、会社員時代はそれなりに社畜やらしてもらってさ~ま、そこまでやばい会社じゃなかったと思うんだけど」


シベチャチャ:お、新事実。

クッチャマ:マレ熊会社員経験ありか。

コメント:結構仕事厳しかったの?


「まーそれなりにね、わたしもだけど周りがさ。潰れていく子たくさん見たよ。自分より若い女の子が脱毛症に悩んでたりさ。ストレスで身体とか心ぶっ壊れていくところ、たくさん見た」


シベチャチャ:話が重くなってきたな

クッチャマ:ハゲは男女問わず辛い! でも女の人のハゲは確かに深刻度あるな


「あー暗いこと思い出してたら、酔いがさめちゃう。三本目開けまーす」


シベチャチャ:おいおい大丈夫か?

クッチャマ:もう水にした方がよくない?

コメント:酔いつぶれたら明日地獄ぞ~?


「んっく、んっく、んっく、っはーー! あ~コメントみんなハテナばっかりだ! おもしろ~い」

 キャッキャッとマレ熊のハイテンションな笑い声が響いた。


コメント:今度は笑い上戸か

コメント:暗いお酒よりはいいかもしれないけど……


「あーお酒が美味しい。なーんか歌いたくなってきた。」


クッチャマ:あ、黒歴史確定だな今日の配信

コメント:いいね! 何歌うの?

コメント:マレ熊の歌声聞きたい


「みーんな大好きな曲だよ。わたしの学年みんな歌ってた」


シベチャチャ:学生時代の懐かし名曲系か。

クッチャマ:齢バレるぞ~w


「では歌っちゃいます。……スゥー」

ははなーる大地ーの~♪


シベチャチャ:この曲は、まさか……!?


大地~を讃えよ~♪


 マレ熊が歌い出したのは学校などで歌われる唱歌だった。ソプラノ、アルト、

テナー、バスに分かれて素晴らしい大地をとにかく讃え、ほめまくる名曲である。


コメント:いや、学年みんなって合唱曲かよ

コメント:これは予想できない

コメント:オレこれ知らないわ有名な曲?

コメント:まじか学校で歌わなかった?


「あーこの曲はやっぱ一人じゃ寂しいな。ねぇみんなも歌ってよ! ちゃんとパートに分かれてさ!」


クッチャマ:無茶をおっしゃる

コメント:歌うってどうやって?歌詞うちこみゃいいの?


「はい、さんはい! 人の子ら~♪」


コメント:人の子ら~(バス)

コメント:人の子ら~(テナー)

コメント:人の子ら~(アルト)


「……いい。素晴らしいよ。みんなのコメント歌声として響いていたよ、わたしの心の中で。最後にこれをみんなと歌えて本当によかった」


シベチャチャ:マレ熊!

クッチャマ:やめないで! 配信やめないで!


「わたし幸せだった……ほんとうに、ありがとう、ありが、とう」


コメント:マレ熊ーーーーー!!!


「さよなら、さよ、な、ら……スゥー……スゥー……」


シベチャチャ:え、寝落ち?

クッチャマ:ついに寝落ち配信きたか

——ブチッ。

この配信は終了しました。


 マレ熊の最期の理性が配信終了のボタンを押した。しかし、もはや黒歴史化は避けられない。今マレ熊は夢も見ずに眠っている。マレ熊よ、安らかに眠れ、翌日、自分がしでかしたことを思い出すまで。

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