第32話 邸宅の門とメイドとキャラメルマキアート(七瀬勝視点)

「やっと着いたけど……おい、なんだこれ?」


「……大きすぎません?」


俺と吉川は、巨大な門の前で立ち尽くしていた。


門の奥に見えるのは、どう見ても“家”の規模を逸脱した邸宅。いや、これ、もはや小さな城の部類だろ。


「インターホン、どこだよ」


「ないですね。塀しかないですね」


吉川が門の周りをうろうろ。どこまで行っても無機質な塀の続き。もしかして、来る客を拒絶してるのか? 久米家。


「……困ったな」


門前で困惑する俺たちを救ったのは、突如、邸宅から姿を現した一人の少女だった。


「ごきげんよう。何かご用でしょうか?」


フリルとレースがあしらわれた本格メイド服。その中から覗く大きな瞳と微笑。ブロンド混じりの茶髪が風に揺れ、少女漫画のヒロインかと思うくらいの美少女だった。


「……」


「あのー。そんなに見つめられると、照れてしまいます」


顔を手首で隠しながら、ちょっと上目遣いで笑う彼女。すごい、完全に狙ってきてる。


「この人、変質者なので、警察呼んでください」


「えっちょっ吉川さん!?」


「見惚れてたの、見逃さなかったから」


「いや、俺はただの学生だってば!」


「変質者さんじゃないんですか?」


くりくりの目で覗き込んでくるメイドさん。いや、その視線、威力強すぎ。


「ち、違うから! 久米凛さんに用があってきたんだよ!」


ここで黙ってたら、本当に通報されかねんと思って、慌てて本題に切り替える。


「お嬢様に、ですね?」


メイドさんがふんわりと微笑む。横で吉川がコクリと頷く。


「それでは、こちらへどうぞ」


案外あっさりと門が開いた。え、いいのか。もっと身元確認とか、アレコレあるかと思ってた。



敷地内は完璧に整備されていて、季節外れの桜はもう散っているものの、代わりにクリスマスローズが小道を飾っていた。


「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


景色に気を取られていた俺と違い、吉川は冷静だった。


「申し遅れました。私は久米凛様にお仕えする、山本リアムと申します」


深々と頭を下げるリアムさん。名前からしてなんか異国の香りがする。


「私は吉川恵です。この不審者は、七瀬勝くんです」


「変質者から昇格しとるやないか」


ノリで突っ込むと、リアムさんがクスクスと手首で口元を隠しながら笑ってくれる。


「面白い方々ですね。それで凛様には、どのようなご用件で?」


彼女は邸宅の扉の前で足を止め、少し真顔になる。


「いや、あの、水瀬先生に頼まれて――ふぎゅっ!?」


「いえいえ、私たち、凛ちゃんのお友達です!」


吉川のカカトが俺の足にクリーンヒットし、さらに耳を引っ張られる。地味に痛い。


少しトーんを落としながら内緒話が始まった。




「七瀬くん。あなたって人は」


「あ、はい?」


古川がため息混じりにジト目で睨んでくる。


「“先生の頼みで来ました”って言ったら、業務で来たって思われて門前払い確定でしょ」


「えっ……あ、たしかに」


「でしょ?」


足元の痛みが再来する。何度も踏むな!


「それにね。久米凛さんって、変わった人だけど、友達が来たって言えば、話は聞いてくれるかもでしょ」


古川、まさかの策士。


「わかったよ。友達路線で行こう……」


「ちゃんと話、合わせてね? 七瀬くん?」


「……了解です」



「さきほどから、お二人で何を?」


「いえ、なんでもないです。友人として来ただけですから!」


俺が勢いよく否定すると、リアムさんは少し訝しげにこちらを見る。その目がまた罪悪感を呼び起こすのだ。


「凛様のご友人なら、大歓迎です♪どうぞ、どうぞこちらへ」


通された邸宅の中は、まさに“ザ・お屋敷”。玄関は吹き抜けで、ホテルのロビー並みの広さ。モネの睡蓮(っぽい)絵画も飾られている。


「うわ〜広っ」


「こちらの建物は、明治45年に建てられたものでございます」


「そんなに昔!?」


「私の山本家は代々、久米家に仕える家系でして」


まさかリアムさん、そういう由緒正しい家柄の子だったのか。


「それでは、こちらでお待ちくださいませ。お飲み物はいかがなさいますか?」


「えっ、いえ、そんなお気遣いなく――」


「紅茶はアールグレイ、ダージリン、ルイボス。ハーブティーはカモミールにラベンダー。コーヒーはドリップ、エスプレッソ、ホット、アイス、カプチーノ、キャラメルマキアート。最近は抹茶ラテもご提供可能で、クリームのトッピングもできます」


待って待って。メニュー多すぎる! ここ、スタバ!?


「えーっと……じゃあ俺、キャラメルマキアートで」


「……」


吉川の冷たい視線が刺さる。でも好きなんだからしょうがない。


「わ、私も……抹茶ラテで……クリーム……トッピング……で……」


さっきまでの凛々しさどこいった。吉川の声が極小になってる。


「キャラメルマキアートと、抹茶ラテ・クリームトッピングですね。それでは少々お待ちくださいませ♪」


リアムさんはニコニコとお辞儀をして、静かにドアを閉めた。


そして部屋に残された俺たちは――


「……これ、普通に楽しみに来た人たちみたいになってない?」


「……否定できない」

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