第四六話 本当の激戦 その二
オークは勢い良く駆け出し、ハルトヴィン目掛けて拳を突き出す。
その動きを読んでいた彼は余裕を持って
ハルトヴィンは突然のことにも関わらず即座に一歩下がって回避した。彼は二度も同じ攻撃をまんまと食らうような男ではない。
そして、彼はなんと魔法を使う。
その魔法は魔術師等が一般に使う錬金術系統のものだが少し変わったものだ。大剣の
彼がそこに触れ、自身の生命力をそこへ流し込むかのように形容し難い力を加えると、なんと大剣には炎が宿る。
それは少女が以前混合獣との戦いで
次に、彼は剣を強く握り締めると
それこそが彼の得意とする切り札の一つであった。その炎の斬撃は、普通の人間に直撃すればその熱でかなり激しい傷を負わせることができる。
凄まじい速さであるためにそのオークは避けられそうになく、ただ目で追うことしかできていないようだ。
そして、一秒も過ぎずに到達した。
――しかし、炎の斬撃がオークの腹あたりに触れた瞬間、それは霧散するかのように広がり、消えてしまった。
「なにっ!?」
彼は驚愕し、自然と口からこぼれた。
たとえ即死とならずとも、致命傷にはなると考えていたためだ。しかしながらオークの肌には傷一つついていない。
「お前、舐めてるのか?」
そのオークが低い声でそう言った。
「オークであるこの俺に、炎が通用するとでも思ったか!!」
そして、怒鳴りつけるようにそう続けた。
その言葉の意味は、ハルトヴィンには理解できなかった。
「俺たちは悪くねぇ! 風の精霊様には、見放されたわけじゃねぇからな!!」
また大きな声でそう言うと、そのオークは近くの建物につけられた木製の扉をこじ開け、勢いに任せて引き抜いた。
そして、ハルトヴィン目掛けて投げつける。それはあまりの速さから空気を切る音を周囲に響かせ、コマのようにぐるぐると回転しながら飛翔した。
避けられないと悟った彼は、自身の正面に構える大剣をそのまま強く握り直す。
今や振りかぶる余裕などないためだ。
そしてすぐに扉は大剣へ衝突し、砕けつつも二つに分かれ、木くずをまき散らしながらハルトヴィンの左右を通って彼の後ろの建物にぶつかり、その壁に突き刺さった。
その直後、彼の正面には大きな拳が一つ、迫ってきて来る。彼は咄嗟に首を傾け、直撃する寸前で回避すると、その大剣を盾にしつつオークの懐に潜り込み、思い切りすねを蹴った。
すると、オークはとてつもない大きさの悲鳴を上げる。
ハルトヴィンの靴の先には鉄製の板が付けられているためどこであろうと蹴られれば痛いのだが、すねともなると考えたくもないほどだ。その勢いでのけぞったオークには隙が生じており、彼はその好機を逃さない。
盾として前に構えていた大剣をオークの胸辺り目掛けて振り下ろした。
その攻撃は抵抗されることなく直撃する。
――刃が肉に食い込む。
決して深くはなかった。
オークの胸骨はとてつもなく硬い。
しかし、それを覆っている皮を切り裂き、骨にひびを入れることに成功した。
そのオークは痛みに叫ぶ。倒れ、傷を手で庇う。
うずくまるオークを仕留めるため、彼は近寄っていく。
それに気づいた寝そべるオークは、直接見たわけではないものの相手の人間がいるであろうあたりに腕を思い切り振った。
しかし――。
またもオークが悲鳴を上げる。
ハルトヴィンはその程度の攻撃など想像の範疇であったのだ。
彼はやって来る腕に大剣の刃を向けて少し姿勢を整えると、腕は自らそこに当たり、骨が真っ二つに折れ、その先が皮膚を突き破って出てきた。
――骨を断つ音が響く。
オークの首は、ハルトヴィンによって振り下ろされた大剣に一刀両断された。
無論、それによってほんのわずかにも動かなくなる。
「はぁ、はぁ」
彼はついに強大なオークを撃破した。激しい呼吸をすると、立ち尽くしている他のオーク達の方へと歩み寄る。そして大剣が届かないくらいの距離で仁王立ちをした。
隊長であろう存在を失ったオーク達は一歩下がってしまったが、首を振って前のめりの姿勢を取り、戦う準備に入った。
自らの隊長を倒すような人間に勝てるのかという不安がとても大きかった。それだけあのオークは強大な力を持っていたのだが、今やただの肉塊である。
しかし、このまま引いてはオークとしての名誉を失うと考え、先頭に立つオークが叫んだ。
「たっ、隊長の仇――」
オークがそう言い切る前に、ハルトヴィンは大剣を片手で持って高く掲げると、その場のオーク全てに向けて人間にはとても出せないほどの大きな声で咆哮する。
彼の鬼のような剣幕は、普通の人間なら逃げ出してしまうであろう程のものだ。
――その時。
「撤退!!」
突如都市に響き渡る声がハルトヴィンの声に重なる。
彼の咆哮と撤退の合図は、一瞬にして怖気付いたオーク達の戦意を完全に奪い去った。
するとオークたちは背を向け、一目散に逃げ出し始める。そのあたりには土煙が舞った。しかしハルトヴィンは追いかけようなどとは微塵も考えていなかった。
実際、今の咆哮は賭けであった。
彼の疲労は限界で、立っているのがやっとであり、これで逃げてくれればと考えていた。幸運なことに撤退の合図が重なったため、彼は一命を取り留めることができたのだ。
彼はオークが見えなくなるまで遠くへ行ったのを確認すると、無言のまま目を閉じ、ばたりと倒れたのだった。
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