第三九話 一度はちゃんと話をしよう
「クラーラ、ちゃんと話をしておこう」
沈み行く日が地平線を朱に染める今は宵の口。
少女はいつも泊まっている宿の一室にて、クラーラに話しかけた。
宿は二階建てであり、二人の部屋は二階に存在するため、屋根が部屋に干渉していて天井は斜めとなり、かなり窮屈に感じる。
窓が一つで、かつ小さいため本来部屋は真っ暗になるのだが、灯火によって温かい光源が確保されていた。しかしその弱い小さな火の光は、部屋の隅までは届かない。
少女は木製の椅子に座り、クラーラは一つだけあるベッドに腰掛けて向き合っていた。
「話ですか?」
「今日の昼のことだ。もう一度謝っておく、急に叩いてすまなかった。ただの言い訳だけど、本当にどうかしてた」
少女は帰ってきたクラーラを見るや否や、その手に持つものがフランツとフェリックスの頭蓋骨だとわかると、衝動的に暴力を振るってしまった。
かつていた世界でこのようなことをした経験は一度もなく、何かに支配されているかのような怒りの昂りに自ら恐れていた。
しかし今は完全に冷静さを取り戻しているため、心のこもった謝罪が出来る。
「いえ。大丈夫です」
クラーラは全く気にしていない様子だ。
「…………クラーラ、お前は尸族だ。だから人の気持ちが理解できないのは仕方ないと思う。だけど、わたしについて来るからには人間として振る舞ってほしい。それは最初に伝えたはずだ」
「はい。覚えてます」
「人間は友人を失うと辛い。そんな時にあんなのを見せられたら、本当に傷つく」
「そうなんですか」
クラーラは理解できていない様子だ。
「だから今後……って言っても難しいだろうから、取り敢えずはずっとわたしと一緒に行動しよう。単独行動はなしだ。今回はわたしの判断が間違ってた、次からは気をつけるよ」
「はい」
「それともう一つ言いたい……というかお願いなんだけど、笑顔はわたし以外にも向けてほしい。別に本心じゃなくても、愛想くらいは振りまいてくれるか? それに、全く話さないってのも……」
「それは、んー…………」
クラーラは珍しく言葉が詰まる。
「何か理由でもあるのか?」
「ご主人――いえ、前代の不死鳥様のお願いですからそうしてるんです。“私以外に笑顔を見せるな、話をするな”って言われていました。あの方がご存命の間は他の存在に会ったことがなかったので、どういう意味なのかはよくわからないです。今はカミリア様がご主人様ですので、同じようにしています」
「…………」
(そんなことは日記に書いてなかったけど……恥ずかしかったのか? 殺させるつもりで創ったのに、可哀想になったから森に移したって書いた時点で手遅れだと思うんだけど……)
「じゃあ、わたしのことを最初にご主人様って呼んだのって……もしかしてそれも、前代からそうするように頼まれたから、同じようにしたってこと?」
「はい。そうです」
少女はため息を吐き、会ったこともない前代の不死鳥継承者に軽蔑の視線を向ける。
男とはそういうものなのかと、悪い意味でそう思った。
「まあ、いいか……。それじゃあこれはわたしからの命令ってことでさ、今後はわたしを相手にしてるみたいに振る舞ってくれるか?」
少女はそう提案した。
「…………無理な気がします」
少し悩んだ後、クラーラはそう言った。
「どうして?」
「前代の不死鳥様が仰っていたんですけど、私は尸族なので普通は感情を持たないです。私が今感情を持っているのはあの方がそう私を創られたからで、かなり無理をしているらしいです。なので、カミリア様に感情を向けるだけで精一杯です。それに……あんまり他の存在に興味がないというか、カミリア様のとなりにいられれば幸せです」
クラーラはっきりとそう言った。
「…………そうか、その辺りについては日記で読んだな。すまない、忘れてたよ」
少女は前代の不死鳥継承者が遺した日記の、クラーラについて書かれた部分を思い出した。
「それなら聞きたい。わたしの隣にいて幸せっていうなら、自分で言うのもなんだけど、わたしが怪我した時には何か一言くれた方が嬉しい。仲間が傷ついた時に何も声を掛けないってのは、周りから見たら変だからな。気を遣ってるふりでいいから、回復魔法とか使ってくれない?」
「……カミリア様は不死鳥の魂を継承されていますから、亡くなることがないんですよね?」
「まあそうだけど…………それが理由? 痛いことには痛いんだけど……」
「時間がたって回復するなら、回復魔法を使っても意味がありませんし、私の魔力にも限界があるので」
「まあそうなんだけど、雰囲気っていうのかな? わたしは不死鳥であることを隠すつもりだし……って、言ってなかったっけ?」
「はい。聞いてないです」
少女は手を勢いよく自らの額に当てた。
「そうだ、説明してなかったな。前代は過去に色々やったらしいから、わたしが不死鳥の後継者だなんて言ったらどうなるかわからない。死ぬことはないけど、ずっと追いかけ回されたら大変だし、出来ればゆっくり生活したい。永遠に生きたいってわけじゃないから、お金に余裕ができればこの力は誰かに譲ろうと思う。やり方はわからないけど……クラーラは森にいたから見てなかったんだっけ?」
「はい。ですけど……前代の不死鳥様が何か目立つようなことされたというのは聞いたことがないです。三六〇年間ずっと生き物について研究してたって言ってました」
「そうなのか? 確かに、日記にも戦争を起こしたとか書いてなかったな。……それも書きたくなかったのか?」
「なら、前代より前の不死鳥様がそういうことをされたんじゃないですか?」
そのクラーラの一言に、少女は考えてもみなかったという表情をする。
「あ!! そうか、継承できるならその前の代がいてもおかしくないか! 考えたこともなかった。……っていうか、どうして日記に書かないんだ? クラーラも、前々代については知らないのか?」
「はい。あの方の前の代については、何も仰ってなかったです」
「そうか……。まあ、一つわかったことが増えてよかったよ。ありがとう、クラーラ」
「カミリア様が喜んでくれて、よかったです」
クラーラは少女に笑顔を向けた。
(前代は確か三六〇年生きた。じゃあわたしって何代目なんだろう、いつから始まったんだろう……)
それから少しして会話は終わる。
少女は椅子に座ったまま、この都市の古物商から買った骨董品を色々な角度から鑑賞する。そしてクラーラはベットで横になると、何周目かもわからない魔導書の読み込みを始めた。
睡眠の不要な二人は、こうしていつも夜を明かすのだ。
「あれ? カミリア様……」
ふと、クラーラが横になったまま話しかける。
「私は尸族だから、カミリア様に回復魔法を使えないのでは?」
「あれ……そうだっけ?」
「“相手の元素の均衡を、自分の元素の均衡を基準にして合わせる魔法”と書いてあるので、別の種族が使えば大変なことになると思います。カミリア様は不死鳥の力を継承されていますから、ご自分で修復できると思いますけど」
クラーラはそう言ったが、少女にはあまりよくわからなかった。
「…………そうなのか。なら、さっきのは無しで」
「はい」
今度こそ、二人の会話は終わる。
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