第三二話 緊急報告
少女とクラーラは、その無限大の体力を活かして走り続けたため翌日の昼頃に都市ヒューエンドルフへ到着した。二人は門をくぐるや否や一目散に冒険者組合目掛けて走り出す。
そしてものの数分で辿り着いた。見慣れない冒険者たちの俊足に、多くの市民が驚いていたようだ。
少女は組合の入り口の扉を勢い良く開ける。響く扉の大きな音がロビーにいたその全員を黙らせ、空間が静まり返った。
そしてドタバタと大きな足音を立てながら受付へと向かう。誰も並んでいなかったためすぐに受付の女と話せるようだ。周囲がざわめいていることを気にも留めずに、少女は事態を説明し始める。
「オークが、この都市へ来るかもしれません!」
先に伝えるべきことはいくらでもあっただろうが、少女は走っている間ずっとその件について考えていたためにうまく頭が回らず、その一言のみ発した。
「……先に、冒険者バッジを見せていただけますか? そういう決まりですので」
受付の女性は少女の発言に戸惑いつつも、冷静に対応する。彼女は二人のことを覚えていた。
その様子を見た少女は興奮が収まる。
「すみません。……これを」
少女は首から下げてローブの内側にしまっていた冒険者バッジを見せる。
「さ、三級!?」
受付の女は少し大きな声で驚きを表した。それを聞いた周囲の冒険者たちも、少女のことを覚えていた者は続いて驚愕する。
少女がシュヴァルテンベルクを去る前に一度そこの冒険者組合へ寄った際、報酬の受け取りと、戦果について伝えた。
そこの組合の受付の人物にも、六級の新人がオークを数体撃破するなど甚だ信じられなかったが、戦利品を持ってきていたのと、パウルたちのチームが保証するということで三級への格上げが決まった。
そのような経緯を知らない人間が驚くのも無理はない。
「あいつら……一週間くらい前に来た新人じゃなかったか?」
「俺は数年かかったっていうのに、何をやったんだ?」
ロビーはより一層騒がしくなってきていたが、少女の意識の外だ。
「すみません、もういいですか?」
少女は受付の女に問う。
「ええ。どう言ったご用件ですか?」
「明日、オークがこの都市へ攻めに来るかもしれません」
「明日……というのは、どうしてでしょうか? 確かに最近は森の外で活動するオークの姿が目撃されていますが、どうしてわざわざこの都市へ来ると言えるのですか?」
受付の女の問いは冷静なものであった。
その質問に少女は言葉を詰まらせる。提示できる証拠は“オークが言っていた”というそれだけだ。
少女からしてみれば先に知っていた上、直接聞きもしたためおかしなことではないのだが、オークが話すなど名のある冒険者のパウルたちでさえ知らないようなことであったため、彼が言うのならまだしも新人の少女が言えば嘘の一言で済まされる可能性がある。
誰も理解してくれなさそうな事象であり、それを馬鹿正直に言うことが愚かであると少女は察した。
そしてどう伝えればよいか迷う。北とは言っていたが、具体的にヒューエンドルフとは言っていなかったのも事実だ。
「具体的に示せる証拠はありませんけど、森から出たオークが…………そう言っていました」
少女が最終的に選んだのは正直に言うことだった。変に誤魔化してこの都市全体が被害に遭うようなことになれば、必ず後悔するだろうと考えたためだ。
――すると、少女の言葉を聞いたロビーの人間全員が一斉に喋るのをやめ、少しの間少女の方を向いていた。
もしかすると信じてくれたのかもしれない、そう思ったその時だ。
ロビーの冒険者全員が、これ以上ないほどの大声で笑い始めた。
「オ、オークが言っただと? そんなことがありえるか!」
「オークなんてほとんどモンストルムのようなものだろう? それが言葉を話すなんて」
少女を馬鹿にするような笑い声が響いた。
少女な仕方がないと感じた。そして自身の不器用さを嘆く。やはりもう少し考えれば他にいい方法があったのではないかと。
しかし、止まない笑い声の中、一人真面目な表情の人物がいた。
受付の女だった。
「それは……申し訳ありませんが証拠として受け取れません。オークが森を出て人々を襲うようになったのは事実ですが、声を発したと言う記録はありません。それに、森から出ても数パッススほどだと報告されていますから、ここまでやってくるとは到底考えられないのです。我々も今は森周辺の安全を保障するために動いておりますので、一応参考にさせては頂きますけれど、そのために特別動くことは出来ないと、ご理解ください」
女は少女を嘲笑うことはなかったが、かと言って信じることもなかった。
しかし、少女にとっては真剣に聞いてくれただけ十分であった。
(パウルさんたちが帰ってきたら直接言ってもらおう。それならきっと、みんなも信じてくれるはず。明日には間に合わないだろうし……ここにいる冒険者たちで持ちこたえるしかないか)
「わかりました。……そうだ、これを組合長さんに渡しておいて頂けますか? ヴァイテンヘルムさんが依頼主ですので、そう伝えてください」
オークについてこれ以上今何かすることはできないと考えたため、先に受けていた依頼を終わらせることにした。
「渡しておきます……が、もしかして報酬は既に受け取られたりしていませんか?」
受付の女の質問にどうしてわかったのかと少女が驚くと、女はあきれた表情をする。
「本来冒険者に依頼をする際は冒険者組合を通してもらう必要がありますし、報酬を預かって渡すのも我々の仕事です。その手数料が組合の収益の一部になっていますので、今後そのような依頼は断るようにしてください。ただの手紙とお考えだったのでしょうけど、依頼料を払っている限り雇っていることになりますから、契約違反です。一応登録する時の書類にも書いていたはずですが、忘れましたか?」
「……すみません、忘れてました。これからは気をつけます。それでは、手紙の方をよろしくお願いします」
あまり元気がなさそうに言った少女は、クラーラと共に組合を出る。
掲示板には相変わらず依頼書が所狭しと貼り付けられているが、今何か新しく依頼を受けようという気にはならなかった。
そして、組合の扉を閉めたその時だった。
――大きな衝撃音と共に、遠くで悲鳴が聞こえる。
周囲の市民も気づいている様子だ。それは南門の方からだった。
少女はすぐに駆けだし、クラーラは後ろから追いかけていく。
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