本当にある事故物件の話

アカバネ

本当にある事故物件の話

池袋にある事故物件の話

赤い鳥居

 会社の先輩が失踪した。


 ……


 先輩と最後にあったのは、池袋にあるラーメン屋だった。


 「とりあえず生」


 キンキンに冷えたジョッキを掲げ僕達は乾杯し、その後一気にビールを煽る。

 乾ききった喉を癒しながら、ビールが胃に流れていく。


 「うめ〜」


 猛暑の中一日中トイレに篭ってトイレの修理、来る日も来る日もトイレの修理、そんな地獄のような仕事を先輩と僕はこなしていた。


 空になったジョッキをテーブルにガチャリと強めに置き「もうトイレの修理したくね〜」と仕事のグチをハモる。


「もうトイレの修理したくね〜」と「もう会社辞めて〜」が、僕達の口癖だった。


 三杯目のジョッキが空になった頃「この間さ、変な仕事があったんだよなぁ」と先輩が呟いた。


「どんな仕事だったんですか?」と聞いてみる。


「うーん、口止めされてるからなぁ〜」と勿体ぶる先輩。


「教えてくださいよ、餃子奢りますんで」


 先輩は少し考えた後「絶対誰にも言うなよ」と念押しして、その仕事の事を話しだした。


 ……


「池袋にある築30年位の古い雑居ビルなんだけど、あるはずのないフロアーがあるんだ」


「あるはずのないフロアーってなんですか?」


「エレベーターの表示は1Fまでしかないのに、地下1Fがあるんだよ」


「どうしてそのビルに地下があるのが、分かったんですか?」


 先輩はジョッキに残ったビールを一気に飲み干したあと、話しの続きを語りだした。


「仕事でそのビルのオーナーに呼ばれてさ、なんか気味の悪い爺さんで、現場に着くなりあんた口は堅いか?って聞いてきたんだ」


「こっちも仕事だしさ、堅いかって聞かれたら、堅いって答えるだろ?」


「そうですね」


「そしたらさ、今から見る事は絶対に誰にも話すな、話したら大事になるぞって言うのよ」


「わ……分かりましたって答えたあと、爺さんと二人でエレベーターに乗ってな」


「ドアが閉まったあと、爺さんは古ぼけたメモ帳を見ながらエレベーターのボタンを押し始めた、1F 3F 2F 1F……するとエレベーターのランプが点滅初めてさ、あるはずのない地下にエレベーターが降りだしたんだ」


「地下は真っ暗で、血が乾いたみたいな色の鳥居があってさ、俺怖くなって、すいませんココって一体なんですか?って聞いたんだ……そしたら」


「あっちこっち見るな、何も聞くな、絶対に鳥居に触るなよ、って爺さんが言うのよ、もう何も聞けない雰囲気になってさ、爺さんに言われるまま、フロアーの奥にある和式トイレの修理をしたんだけど修理が終わって帰り際、念押しするように爺さんが言うのよ」


「ここで見た事は絶対誰にも言うな、話せば必ずってさ」


「怖くね?」っと茶化すように先輩が聞いてくる。


「めっちゃ怖いです」初めは先輩の作り話と思ったのだが、先輩の目は一切笑っていなかった。


って、何かに取り憑かれるって事ですかね……」


「多分……そうだと思う。その現場に行った後さ……話しちゃったんだよ、あのビルの事」


「誰に話したんですか?」


「……受け付けセンターのA子ちゃん」


 会社に入ってくる修理依頼を受ける、オペレーターの女の子だった。


「やばいですよ先輩、祟りがありますよ〜」と茶化すような言い方で先輩をからかう。


 先輩は一切笑わずに「それからさ、夢見るんだよ」と答えた。


「夢ですか?」


「ああ、A子ちゃんに話した夜から、毎晩同じ夢を見るんだ」


 空のジョッキを持つ先輩の手が、カタカタと小刻みに震えている。


「どんな夢ですか?」


「鳥居があってさ、鳥居の向こう側からみんなが俺を手招きするんだ、死んだばっちゃん、死んだじっちゃん、小学校の頃担任だった宮部先生、他にも沢山」


「みんながさ、こっちにおいで、こっちにおいでって手招きするんだ」


「手招きに反応するみたいにさ、少しずつ少しずつ鳥居に近づいてるんだ、おそらくだが次寝たら……あの鳥居を潜ってしまう」


 先輩は空になったジョッキをガチャンとテーブルに叩きつけた。


 店中の冷たい視線がこちらに集まる「すいません、ちょっと手が滑っちゃいまして」とごまかしながら、周りに聞こえないような小声で「先輩少し考えすぎですよ、会社休んでゆっくりしてみたらどうですか?」と聞いてみた。


「俺さ……もう2日寝てないんだ……仕事してなかったら絶対に寝てしまうからな」


 先輩は虚ろな目をして、空になったジョッキを見つめていた。


「最初は分からなかったんだけどな、あの鳥居って地下で見た鳥居だと思うんだ、あの色、血が乾いたみたいな色だった。」


「修理で行った、雑居ビルのですか?」


「ああ間違いない、それに気付いたら怖くなってさ、あのビルのオーナーに電話したんだよ、そしたらさ……」


「どうだったんですか?」


「この電話番号は、現在使われておりませんのコールが流れてた」


「もうさ……怖くて怖くて、あの鳥居潜ったら俺……何処に行くんだろう」


 次の瞬間、ラーメン屋の店員が「ラストオーダーです」と店内に宴の終わりを告げた。


 話し終えて、震えながら俯いている先輩に「先輩、今日ウチに泊まりに来ませんか?」と聞いてみた。


 少し間があったあと「アカバネ……ありがとな……俺さ……駄目元であのビルに行ってみるわ」


「秘密の地下1Fですか?」


「ああ、あそこには何かがあると思うんだ」


「まずいですよ先輩、不法侵入になりますよ」


「会社には、絶対に迷惑かけないようにする」


「先輩……」


 先輩の思い詰めた表情、そのあまりの深刻さにそれ以上言葉が出てこなかった。


「今度……餃子奢ってくれよ」と呟やき、先輩は帰って行った。


 …………


 次の日、先輩は会社に来なかった、無断欠勤との事だった。


 心配になった僕は、すぐ先輩の携帯に電話をしてみたが、電源が切られていた。


 それから1カ月後、先輩の退職が決まった。


 上司の説明では一身上の都合と言われてたが、先輩が失踪した事は、会社のみんなが知っていた。


 その後暫くして、先輩の後を追うように、受け付けのA子ちゃんも会社を辞めていった。


 噂で聞いた話しでは、A子ちゃんは不眠症に悩まされていたとの事だった。


 先輩が失踪して2カ月後。


 僕は先輩の残した仕事の残務処理をしながら、先輩の言っていた雑居ビルの修理依頼を探していた。


 そして沢山ある修理完了報告書の中から、見つけた。先輩が赤い鳥居を見たと思われる雑居ビルの修理依頼をついに見つけたのだ。


 報告書には、ビルの地下一階にある和式トイレの修理をした事が書かれていた。


 和式トイレの修理なんて、そんなに沢山あるはずがない、ここだ間違いない、そう思った僕は報告書にある電話番号に電話をかけてみた「この電話番号は、現在使われておりません」のアナウスが繰り返し流れる。


 先輩が言った通りだった、このビルには何かがある。


 そう思った僕は、報告書にあった住所へ行ってみる事にした、もしかしたら先輩の行方が分かるかも知れない。


 はやる気持ちを抑え込みながら、車のアクセルを踏み込む。


 嘘だろ……。


 ビルがあったはずの場所は……ただの更地になっていた。



 ……



 実は……皆さんに語っていない事がもうひとつだけあります、数日前から僕にも……赤い鳥居が見えるのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る