騎士様の闇落ちは全力で阻止させていただきます!

秋保千代子

01.カウントダウンが始まった

 絶望の鐘がなる。

 国王と公爵令嬢の婚姻を告げる鐘が。


 この場面は覚えがある。ゲームのオープニングそのままじゃないの。せっかくだからテーマソングも歌ってさしあげましょうか。



 向けられる刃に泣いて

 温まらない体に泣いて

 孤独に涙を流せばいいわ

 その涙 きらめいて 煌めいて

 わたしの心を満たしていくの



 クソッ、なんで私まで歌えるんだ。カラオケへ行く度に歌ってた姉のせいだな分かってる。

 聞いているこっちが鬱になりそうだから歌うなと言っても、ニヤニヤして歌い続けていたもの。

 本当に酷い歌詞だ。ゲームの内容も歌詞のまま酷いものだった。


 『恋の影とける涙のうた』。略してカゲナミ。

 これは前世の姉がハマっていたゲームのタイトル。過剰にロマンティックなタイトル、繊細な線と淡い色彩と豪奢なデザインのビジュアル、ピアノとバイオリンが切ないBGM。ここまでは良い。私の厨二心もたいへん刺激された。


 でもね。

 攻略対象と恋に落ちるのが目的じゃなくて。骨の髄まで恨まれて、憤慨されたり、慟哭している顔を楽しむのが目的なんですよ。


 主人公は、家の都合で年下の国王と結婚した公爵令嬢アンネマリー。

 それはもう絶世の美女なんだけど、性格が歪みまくっている。違うな、歪めるのがプレーヤーの役目。より鬼畜な選択肢を選んでください。

 その結果、ヒロインの悪行が止められてしまったらバッドエンド。攻略対象を不幸のどん底に落とし込んで泣かせたらトゥルーエンド。

 なお、全員同時攻略、王国滅亡エンドもございます。


 このストーリー、いかがなものですかね!?


 普通の甘い乙女ゲームに飽きた方々の需要はあったんだと思うけど。いや、無いよ。あって堪るか。


 そういうわけで私は未プレイです。姉情報で部分部分知っているだけです。

 この部分部分知っているってのが問題なんだよなぁ。


 現状がツライ。


 会社帰り、歩道に突っ込んできた車と衝突したところまでは覚えている。その時、多分、前世の私は死んだんだ。

 ブラックを煮詰めたような職場からおさらばできたのは僥倖だけど。なんだかんだ仲が良かった姉、気のいい両親、小学校からの付き合いの友人たちにもう会えないってのはショックだった。

 でもね。今世も家族に――両親、姉と兄、そして弟に恵まれて。飢えずに済む家庭で育って。幸せだと思ってたよ。


 思っていたけれど、18歳になって王宮へ勤めに出て来た時、ひっくりかえったわ!

 まさかまさか、カゲナミの、客観的バッドエンドが推奨される世界線にいるとは思わないじゃない!

 これからどんな不幸が起こるのか。怖くて怖くて仕方ない。

 唯一の救いは、ストーリーに深く関わりそうにないってこと。親戚にヒロインも攻略対象もいないからね。特大級の不幸は起きないと思う。思いたい。

 けど、最悪の事態・王国滅亡には備えたい。さっさと国外逃亡すべきだろうなとも考えている。南のベルテールとか、もっと南のイリュリアとか良いな。ベルテールは農業が盛んでご飯が美味しいって聞くし、イリュリアも文化の最先端って云われていて音楽も絵画も楽しそうだもの。頑張って働いて、お金貯めなきゃ。私、今世でもお仕事頑張っているわ……


 だけど、社畜なところも含めて私は私で、努力で変えられることは変えるけど。世界ばかりはどうしようもない。変えられない。

 ――どうせ異世界転生するなら、もっと幸せで、可愛い世界に転生したかった。

 そう思うのは、仕方ないよね。



 クソデカ溜め息を吐き出すと、すぐ傍から笑い声が聞こえた。


「ロッテ、そんな悲しそうな顔をしないで」


 今世の名前を呼ばれて、視線が向く。

 振り向いた先には、銀の髪に蒼い瞳の、今世の職場の同僚。王宮の女官として一緒に働く仲間が笑っていた。


「だってさ、カタリーナ」

 私は唇を尖らせた。

「この結婚、幸せだと思う?」


 今、私たちがいるのは、職場たる王宮の露台バルコニー

 見下ろす先には、建物に横付けにされた馬車が見える。白いレースや花束で飾られた馬車。婚礼の式場から戻ってきたばかりのそれ。


「どうかしら」


 微笑みを保ったまま、カタリーナは答えた。


「今、ハルシュタットの国は弱っているの。南方への侵攻が失敗して、政治も産業も振るわない。何処を向いても活気がない。そんな時に国内で揉めるわけにはいかないから。王家と公爵家が仲良くしていると示すことは必要なの。

 当のお二人が幸せかどうかは関係ない。たとえ泣いていらしても、これでいいの」


 カタリーナのいうことは、この国の貴族として、正しいことなんだろうけど。

 泣いていらしても良いってところが、ドS乙女ゲームなんだよぉ。

 誰だよ、「推しの涙が私の幸せ」なんて言ったのは。前世の姉だわ。


 周囲が一等騒がしくなる。馬車から主役たちが降りてきたからだ。

 そのうちの一人がアンネマリー。白い婚礼のドレスに身を包んだアンネマリーは遠目でも分かるほど、背を伸ばし、優雅に歩いていた。

 

 まもなくオープニングが終わる。今世の私にとっては終焉へのカウントダウンが始まったところだ。


 胃が痛いよぉ。

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