第168話 賑わいの違い

 星間連合の中央政府から半ば見捨てられている状況でありながらも、惑星の軌道上にある宇宙港は予想よりも平穏ではあった。

 それはほとんどの海賊が宇宙港をただの中継点としか認識せず、さっさと地上を目指しているからだったりする。


 「メリアさん、これはもう盗み聞きする良い機会ですよ」

 「はいはい」


 分厚い宇宙服とヘルメットによって姿を隠したメリアたちは、宇宙港の中ではただの海賊として振る舞う。

 船の整備に、物資の補充。

 さらに、途中で回収した残骸を売ろうとするが、ここで問題が起きる。

 引き取りに来た者が、首を横に振って換金することを拒否したのだ。


 「すまないが無理だ。金にしたいなら他のところで頼む」

 「理由を聞いても?」

 「この星系は、ユニヴェールの奴らが支配下に置いてる。これだけの残骸、あそこの一家に属してる海賊を倒して手に入れたろう?」

 「そうなるね」

 「ここじゃ少し、な。別の星系ならまだしも」

 「やれやれだね。そういうことなら仕方ない。こっちで再利用するさ」

 「何か取引をするなら惑星の地上がおすすめだ。ユニヴェールの奴らは宇宙とかに目を光らせているが、地上はほとんど放置してる」


 そんな話を聞いて、メリアはわずかに首をかしげてみせる。

 ヘルメットで顔を隠しているため、相手はこちらの表情を読み取れないからだ。


 「ふーん? だから、軌道エレベーターで下に行く者ばかりと」

 「一応、大気圏に突入や離脱ができる宇宙船があるなら、それを利用してもいい。そのあと宇宙空間で狙われる可能性が高まるが」

 「ご忠告どうも」


 残骸はお金にならなかったものの、代わりに有益な情報を得ることができた。

 船に戻ったあと、メリアは操縦室に向かい、以前購入したエーテリウムを手に持つ。


 「メリア様、それをどうするつもりです?」

 「地上に降りるとなると、取引するための商品があった方がいい。売るつもりがなくても。あとはまあ、でかいエーテリウムを盗んだ奴らが接触してくるかもしれないしね。レーダー代わりにもなる」

 「なるほど、そうですか」


 最も重要なことは、盗まれたエーテリウムの回収。

 犯罪者から別の犯罪者に持ち主が変わるだけとはいえ、アルケミアという大きな戦力を失った現状においては、オラージュという組織と戦うことを避けるためにそうするしかない。


 「よし、まずは酒場に向かうとしよう。直接聞いたら怪しまれるが、噂に耳を傾ける程度なら怪しまれない」

 「でも、私たち全員宇宙服とヘルメットで姿を隠してるので、それはそれで怪しまれそうですけども」

 「その時はその時だ」


 一度、宇宙港内の酒場に立ち寄ってみるも、ほとんどの者が地上に向かうせいで、客の数は数人程度と微々たるものだった。


 「……お客さん、何にします?」

 「ノンアルコールのドリンクと、軽くつまめるものを適当に。ヘルメットは外したくないから、ストロー付きで」

 「お連れの方々も同じもので構いませんか」

 「はい」

 「もちろん」


 料金を先払いし、注文したものが来るのを待っている間、少ない客の話に自然と耳を傾けることに。


 「この店はいつ来ても客がいねーな」

 「新しく三人来てますよ」

 「ばーか、どうせ俺たちみたいな常連にはならねーよ。あー、嫌だねえ、どいつもこいつも金金金金。人生には潤いってのが必要だってのに」


 派手な衣服に身を包んだ男性は、そう言うと酒瓶からそのまま飲んでいく。

 よく見ると、目に見える勢いで中身が減っているので、同席している数人の男女はそれを見てやや引いている。


 「くぅー、ガツンときた。全身に染み渡る」

 「あのあの、そんな一気に飲んでばかりだと、早死にしますよ?」

 「問題ない。内臓が駄目になったら、新しいのに変えればいい。クローンやら何やらで裏の世界じゃ内臓は余ってるんだ」

 「一つ二つならともかく、脳みそ以外、全部取り替えてるのやばいと思います」

 「それがどうした。俺はこうして生きてるし、酒を楽しむことだって問題ない」


 盗み聞きしていたメリアだったが、脳みそ以外取り替えてると耳にして、よくもまあ生きていられるもんだとある意味感心していた。

 拒絶反応や感染症などを乗り越えてきたことに他ならないからだ。


 「ただ、お金の部分でちょっと問題が。ここしばらく遊んでばかりなので、そろそろ尽きそうです」

 「ったく、お楽しみの日々は終わってしまい、稼ぐ日々に戻らんといかんか」

 「大きく稼ぐなら、あれとかどうです? ほら、地上でエーテリウムの取引があるので、そこをちょっと襲撃して……」

 「ばーか。んなことしたら、安息の日々が消え去るだろうが。度を超えた金持ちの取引には、ちょっかいをかけるべきじゃない。……その辺の見極めができないと、早死にするぞ?」


 常連客の話が一段落すると、メリアたちのところに注文したものが到着する。

 カラフルなドリンクが三つに、小皿に入ったナッツやチーズの類いが少々。

 お手頃な値段にしては上等な味に、ルニウは喜んだ。


 「むむむ、なかなか美味しいですねこれ。ちなみにおかわりをしても?」

 「いいよ。どうせそこまでの値段じゃないから」


 バイザー部分を稼働させることで、ヘルメットをしたまま飲食ができる。

 その分、稼働できないものより耐久性は劣るが。

 ルニウは飲んで食べてを繰り返し、みるみると減っていく。それとは対照的にメリアはゆっくりとしていた。

 ファーナは成分を分析しているのか、軽く口の中で転がしながら飲み込んでいくため、減る速度が一番遅い。


 「さて、そろそろ出ようか。……有益な話は、最初以外は聞けなかったしね」

 「次は軌道エレベーターですか」

 「うぅ、ちょっと飲み過ぎたかも」


 酒場を立ち去ったあと、受付の方で地上に降りる予約を済ませる。

 やがて自分たちが降りる番になるので、軌道エレベーターで地上に向かうと、外に出た瞬間、宇宙港とは比べ物にならない騒々しさにわずかに驚く。

 基本的に軌道エレベーター周辺は発展しているものだが、星間連合が放置し、海賊が堂々と訪れるようになっているからか、雑多な賑わいが辺りを満たしている。


 「うひゃー、狭い路地のところとか、怪しげな露店商いますよ」

 「表向きには、秩序が保たれています。裏の方はどうなのかはわかりませんが」

 「ふん、どこに行ったもんだか。まあ、まずは市場のようなところを探そう」


 人は多く、それだけ揉め事もあるのか、大きな通りを歩いていると言い争いや喧嘩を目にすることができる。

 巻き込まれないよう注意しつつ、有人のタクシーに近づく。

 どこかに向かうのなら、地元の人間に頼るのが一番であるからだ。


 「少しいいかい?」

 「これはまた珍しいお客さんだ。全身を隠したままとは」

 「いけないか?」

 「いいや。ここら辺じゃ、素顔を出せない者はそれなりにいる。あんたもその類いでしかない」

 「合法非合法問わず、でかい市場に行きたい。できるなら、高級な代物を扱っているようなところがいい」


 メリアは話をしながら、ファーナに背負わせているリュックの中にあるエーテリウム入りの袋へとさりげなく手をやる。

 その行動には、訳ありな代物がそこに入っていますよと、相手にさりげなく知らせる意味合いがあった。


 「……見たところ、これといった荷物が他に見当たらないが」

 「買いに行くだけだよ。場合によっては、売るものがあるかもしれない。そういえば、人の口を固くするには、どれくらいのお金があればいいと思う? 例えばタクシーの運転手とかは」

 「大体、このくらいになる」


 提示された金額を見て、メリアは即座にお金を支払う。電子的なものではなく現金で。

 すると、タクシーの運転手は無言で乗るように促してくるため、メリアたちはそのまま乗り込む。


 「今から非合法なところに向かうが、そこが一番多くの金が動く」

 「いいね。そこにしてくれると嬉しい」

 「……この星系はユニヴェール一家が支配しているが、惑星のことはよっぽどのことじゃないと気に掛けない。それが意味することをわかっているか」

 「違法なクローン程度なら取り扱ったことがある。武器の密輸もそれなりに」

 「なんだ、結構な悪党だったか。なら心配はいらないか」


 星間連合からは半ば見捨てられ、支配している組織は放任状態。

 そんな惑星に存在する違法な市場。

 軽く想像しただけで色々とろくでもないことは理解できる。

 だが、メリアは海賊として長く過ごしてきた。

 生きるために悪事を重ね、見たくもない光景を目にする機会だってあった。

 ヘルメットの中でやや険しい表情をしていたが、バイザー部分は透けないようにしてあるため、誰にもその表情が見られることはなかった。

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