第165話 再開するまでの間

 アクルという学園コロニーにおいて海賊の襲撃が発生した。

 海賊の目的は、内部にある大学の一つで展示されていたエーテリウム。

 この事実が、ホライズン星間連合の中央政府から正式に発表されると、アクルに子どもを預けていた保護者たちは不安そうにする。

 コロニーの内部は幼稚園から大学までを大量に内包しており、その規模はまるで一つの都市と呼べるほど。

 さすがに閉鎖まではいかないとしても、今後どうなるか気になるわけだ。


 「お母さん、学園からの発表が通信によって届いてる」

 「今は他の生徒がいる学園じゃなく船内だ。わざわざお母さんなんて言わなくていい」

 「義理とはいえ親子なので、定期的に呼んでおかないと、いざという時にぎこちない感じになります」

 「ああ、そうかい。ならこれ以上は言わない」


 潜んでいた泥棒たちを通報したあと、他の保護者たちが集まる船団に紛れるメリアだったが、学園からの発表とやらに目を通す。

 コロニーの内部に警察や軍が入り、様々な調査を開始してから、既に一日が過ぎていた。

 内容は、学園祭は規模を縮小しながらも三日後に再開するというもの。


 「ま、結局はこうなるか」

 「その感想が出る理由を聞かせてください。なにぶん、世間のことについては詳しくないので」


 セフィの問いかけに、メリアは端末を弄って画面を切り替えていく。


 「そもそも、このアクルってところがでかすぎる。しかも宇宙のコロニーときた。大量の生徒たちを受け入れられるようなところはない。分散させるなら不可能ではないとはいえ、数百を越える教育機関とのすり合わせをしていく手間を考えると、コロニーに警察や軍を入れたまま、色々再開するのが楽ではある」


 アクルでは数百万人が暮らしている。

 その大部分は、年齢が様々な生徒たち。

 あとは教師や、各種店舗を運営する店員に、工事を行う業者など。

 寮に校舎、広い運動場、さらに公園もある。

 コロニー自体は大きいとはいえ、その広さの割には人は少ないと言える。


 「生徒の安全がおざなりにされているような」

 「そこは警察や軍の頑張り次第だろう。それに、襲撃してきた海賊の目的がエーテリウムであることは知られているから、アクルからエーテリウムが無くなったから安全であると判断しているんだろうさ」


 希少な金属が狙われ、奪われた。

 そうなると、もはや用済みとなった場所が再び狙われる可能性は限りなく低い。


 「問題があります。学園祭なので外部の人間が入りやすくなっているとはいえ、海賊の動きを見る限り、アクル内部に海賊と通じている者がいます」

 「その可能性については、通報した時に付け加えた」


 会話の途中、端末の画面を弄るメリアの手は止まった。

 映し出されているのは、星間連合のテレビ局が放送するニュース。

 そこには深刻そうな表情で話すキャスターの姿があった。


 「学園コロニーアクルを襲撃した海賊ですが、驚くべきことに、エーテリウムを警備する警備員がすべて海賊と繋がっていたという事実が明らかになりました」

 「……どういう伝手で仕込んだのやら」


 警備員は、大なり小なり身元の調査が行われる。警備させた先で問題を起こされても困るからだ。

 なのに、オラージュという犯罪組織の者が警備員となり、よりにもよってエーテリウムを任せられた。

 これはとんでもない不祥事であるため、警備員を派遣した企業が、オラージュを率いている教授と通じているのではないかと考えるメリアだったが、その疑問についてはセフィが答えを示した。


 「この船から寮のネットにアクセスしたんですが、問題を起こした企業は既にもぬけの殻だそうです」

 「……でかい仕込みだね」


 できてから数年程度のところではない。

 少し調べれば、二十年近く続いていたという情報を見ることができる。

 エーテリウムの警備を任せられるほどの企業に成長しながらも、あっさりと手放すことができるのは、なかなかに恐ろしい話だった。

 つまり、似たようなところが他にもあると思っていいからだ。


 「どれだけ星間連合の中に根を張ってるのやら」

 「かなり、のはずです。ワタシという存在を作り出し、さらには数多くの実験を繰り返した。それだけの財力があるわけですから」

 「エーテリウムを狙った理由はなんだと思う?」

 「老化の抑制以外にありますか?」

 「まあ、ないだろうね」


 年齢によるものか、彼の髪は半分ほどが白くなっており、一目見ただけでそれなりに歳を重ねていることがわかる。

 直接会った時のことを思い返すメリアは、軽くため息をついた。


 「やれやれ、セフィを狙ってくる可能性にも備えないといけない」

 「調査のために警察と軍が残るので、数ヶ月ほどは大丈夫です。その間に対抗策を整えてください」

 「それだけの時間があればどうにかなるか」


 学園祭が再開されるまでの三日間、メリアたちは何もなかったが、アクルの方では多少の動きがあった。

 まず海賊と通じている教師の逮捕。

 さらには違法な実験の証拠を発見したため、警察が大規模な捜査を行うこととなり、学園祭の規模はさらに縮小することとなった。

 何事もない時と比べて、使える空間が三分の一になったのである。


 「セフィ、そちらの状況は?」

 「順調です。既に組み立てたのを運ぶだけなので」


 三日間という準備期間の間に、屋台などの移送が行われる。

 コロニー内の重力が弱められていることもあって、普通なら苦労する部分が楽に済む。

 とはいえ、海賊の襲撃という事態を重く見た保護者もいるため、コロニー内における生徒の数は目に見えて減っていた。


 「メリア様、ルニウが戻ってきました。それといくつかの報告が」

 「変な報告じゃないといいけど」


 メリアの宇宙船であるヒューケラは、学園祭が再開されるということでコロニー内の港に停まっていた。

 ルニウは戻ってくるなりシャワーを浴びに向かうため、扉越しでの会話となる。


 「もう最悪ですよ! シェルターに避難している間、身体を洗うことができないんですよ? 三日も! 身体が臭うし、痒いし、ああもう!」

 「で、報告ってのは?」

 「私たちが乗った機甲兵あるじゃないですか。ファーナに協力してもらって、ちょっと軍と戦闘を行い、向こうの攻撃で破壊させることで、私たちが関わっていた証拠の隠滅を完了しました」

 「ああ、生徒が作ったやつか」


 ただ単にデータを消すだけでは、通信の内容などが再生される可能性がある。

 破壊させることによってデータを物理的に消せば、その危険性はなくなるというわけだ。

 そうしないと、警察や軍の対応という面倒事が向こうからやって来てしまう。


 「今なら、何やってもエーテリウムを盗んだ海賊のせいにできますからね」

 「ふん、悪党らしい考え方だ。あたしが言えたものでもないが」

 「あ、そういえば」

 「うん?」

 「どうせなら一緒に身体を洗いません?」

 「……ファーナ、聞こえているならシャワーを冷水に」

 「え、それは、うああああ!!」


 温かい水から冷たい水に変わったのか、扉越しに叫び声が響く。

 すぐに温かい水に戻るものの、当然ながらルニウからの文句が出る。


 「いきなりひどいですよ」

 「一人用の狭いところで誘うとか、変なことすると言っているようなもの。異論があるなら聞く」

 「……えー、たまには裸の付き合いもいいのでは?」

 「よくない」


 メリアは操縦室に戻ると、時間を確認する。

 学園祭が始まるまでは二時間ほどあるため、軽く一休みしようと背もたれを倒すが、その時ファーナがやって来る。


 「寝るなら一緒に寝ませんか?」

 「はぁ、今度はファーナか」

 「冷たい反応ですね。そんなに嫌ですか? 変なことはしません。ルニウがここに来た時点で離れます」

 「ったく、しょうがないね」


 そこまで長くないならということで、渋々受け入れるメリアであり、ファーナは上機嫌な様子で覆い被さるように寝そべる。

 重力が弱められているため、お腹の上に機械の塊であるファーナの端末が乗ってもそこまで苦しくはないが、それなりの違和感はあった。


 「こうするのって久しぶりな気がします」

 「そりゃね、あたしとしてはこういうことする相手は選びたい」

 「むむ、その言い方からすると、してもいい相手が存在するということになります。条件を教えてください」

 「まず求めたいのは、適切な距離感を保てること」

 「ふむ、つまりわたしですね」


 わざとなのか、それとも素で言っているのか。

 メリアは無言のまま、握り拳でファーナの頭を叩いた。

 だが、機械相手にそうしたところで、自分の手が痛くなるだけ。


 「効きません。機械の身体なので」

 「ちっ、無駄に頑丈だ」

 「その頑丈さゆえに、メリア様を助けてこれたわけですが」

 「その点については……感謝してる」

 「ふふん、もっと感謝してください」


 ファーナはそう言うと、メリアの胸とお腹の中間、胃がある辺りに顔を埋める。


 「そういうことされると、感謝の気持ちは薄れていくんだが?」

 「これはですね、メリア様の感情によって、感じ取れる匂いが違うことに気づいたわけでして」

 「……そうかい」

 「もちろん、普通の人間には無理です。わたしの操るこの端末でないと」


 笑みを浮かべながら顔を上げたかと思えば、少しずつ顔を近づけてくるため、メリアは慌てて押さえ込む。


 「おいこら、今何をしようとしていた?」

 「キスですが? 出会った時にしてるんですから、今更でしょう」

 「嫌なものは嫌。それくらい理解しろ」

 「つれないですね。……ここですれば、ルニウに見せつけることができたんですが」


 ファーナが降りると同時に、ルニウが口をパクパクと動かしながら入ってくる。

 これまでのやりとりを見ていたようで、最終的には悔しそうに叫んだ。


 「あわわわ……ずるい! 私もあんな風にしてみたい!」

 「今のところ、わたしだけの特権ですよ」

 「……頭痛くなってくる」


 メリアはため息混じりに頭を振る。

 ここにセフィがいなくてよかった、と。

 もしいたのなら、さらに面倒なことになっていたのは確実だった。

 とはいえ、いつまでもそうしてはいられない。

 学園祭に着ていく衣服に着替えるため、メリアは操縦室からファーナとルニウを追い出した。

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