第57話 生体兵器との戦い

 「顔を狙え、運良く目に当たればだいぶ楽になる」

 「この距離からはちょっと難しい気が」


 遺伝子操作によって作り出されたキメラという生体兵器。

 その表皮は、遠くからの実弾を弾いてしまうほどに強固だった。

 それならばと使う武器を切り替え、ビームによる攻撃を行うメリアだったが、これは四本ある腕のうち二つを盾のようにすることで防がれてしまう。


 「ちっ、すぐわかるような損傷はないか」

 「非殺傷設定だったりしません?」

 「いや、しっかり切り換えてある」

 「となると、それを普通に生身で防ぐとか、あのキメラという存在はどれだけ遺伝子を弄って……」


 外見を含めたあらゆる部分の遺伝子調整に大金が投入する親からルニウは生まれた。

 そんな彼女からすれば、視界の中にいる異常な存在を見ていくうちに表情は険しくなる。

 あれは、どれだけ遺伝子に手を加えた結果生まれてしまったのか。

 そんなことを考えてしまうせいで。


 「ルニウ、色々思うことはあるだろうが、まずは生き残ってからだよ」

 「そう、ですね」


 コンテナが破損してできた穴は人間なら普通に通れるが、五メートルという巨体を持つキメラは体が引っかかって入れない。

 なので穴を大きくしようと四本の腕を使うが、メリアとルニウによる頭部への集中的な攻撃によって、二本の腕は防御に回されている。

 それにより、コンテナの穴はほんの少しずつしか拡大しないでいた。


 「よし、今のところ時間を稼げてる」

 「けれど、このペースだと早いうちに弾切れに」

 「節約のために交互に撃つ。同時に撃つのは、向こうが変な動きをしてきた時」

 「わっかりました」


 ダダダン! ダダダン!


 持っている武器では、キメラを仕留めることはできない。

 傭兵から現地調達した実弾のライフルを交互に撃ち、コンテナの中から時間稼ぎをするだけが精一杯。


 「メリアさん」

 「どうした?」

 「ここって違法な商品を一時的に預かる保管所ということですが、それなら違法な武器もあったりして」

 「あー、可能性はあるね。問題は、あれをどうにかする必要があるわけだが」

 「私が探してくるので、撃つの任せていいですか?」

 「……早めに使えそうなものを持ってきてほしい。できるならビーム系統のを」


 ルニウは撃つのをやめて、持っていた銃を床に置くと、怪しげな場所を片っ端から漁っていく。

 施設内は壁で区切られておらず、二階は階段と通路だけで構成されて吹き抜けおり、壁際には大量のケースが存在している。

 こんなところに隠された保管所にわざわざ預けるだけあって、海賊の宇宙港でも見る機会が少ない代物がゴロゴロと出てくる。


 「メリアさん! 狙撃用のレーザーライフルありました!」

 「ならそれ使って援護。商品として引き渡される予定ということは、整備はしっかりされてるだろうから」

 「こういう大きな銃は初めてなんですけど」

 「今ここで経験を積めばいい」

 「怖いこと言いますね。やりますけど」


 扱ったことがなくとも、銃は銃である。

 安全装置を解除し、狙いを定め、引き金を引く。基本的な操作に大きな変化はない。

 レーザーということで反動はほとんどなく、色のついた光線がキメラへと射出される。

 音はほとんど出ず、圧倒的な速度で命中すると、即座にキメラは反応し、破損してできた穴から離れた。


 「ルニウ、よくやった」

 「いやあ、へへへ、それほどでも。あ、活躍したお礼として、メリアさんにお願いしたいことが」

 「気が早い。それと、ろくでもないお願いになりそうだから却下」

 「ええー、そんなこと言わずに」


 これで増援が来るまで安全を確保できたと思ったのか少しばかり気を抜く二人だったが、それは短い時間に終わる。

 数分もしないうちに、キメラが戻ってきたからだ。

 しかも、その手には銃を持った状態で。


 「……ルニウ! 回避!」

 「え、うわっ、私狙いですか!」


 おそらくは、メリアたちが隠れて進んでいる間に、コンテナ地帯での戦闘で倒した者から奪い取ったのだろう。

 ルニウのことを厄介に感じたのか、銃によって優先的に狙っていく。

 慌てて逃げるルニウはそのまま一階部分へ飛び降りると、少しばかりの痛みに顔を歪めながらも物陰に隠れた。

 施設の内部はいくらか荒れており、一階部分には盾にできそうな物がそれなりにあるからだ。


 「頑丈で力あるのに銃まで使ってくるとか、やばくないですか?」

 「やばい限りだよ」

 「ファーナの支援は……手持ちの通信機では連絡が届きませんね」

 「危なくなったら頼りたくなるが、いつもそうだと腑抜けるばかり。それに増援は呼んである。来るまで耐えればいいだけのこと」

 「と言っても、このままだと……」


 物陰に隠れながら会話をしている間にも、損傷によりできた穴は拡大し続けていた。

 顔を出せば撃ってくるため、なかなかにまずい状況である。


 「……仕方ない。あたしが先に出て攻撃を引きつける。ルニウは銃を狙って破壊しろ」

 「上手くいけば爆発も狙えますね」

 「それじゃ、さん、にい、いち……」


 まずはメリアが飛び出してキメラへと銃撃を行う。

 当然ながら反撃されて何発か食らうものの、致命的なものはない。

 胴体に当たっているものはあるが、装甲服と、かつてファーナに注射されたナノマシンにより丈夫になった肉体のおかげで、少し出血する程度で済んだ。


 「ああ、まったく、あたしは何を注射されたんだか」


 無理矢理に注射されたナノマシンを調べようにも、信頼できる医者がいない。

 口が堅くて専門的なことを噛み砕いて説明できる者となると、伝手がまったくない。

 なので気にせずにいるしかないわけだが、当然ながらルニウは驚きに満ちた表情となっていた。


 「あの」

 「話す暇があるなら撃て」

 「は、はいぃ」


 メリアの牽制を兼ねた闇雲な射撃に合わせ、ルニウはレーザーライフルによってキメラが持つ銃を狙い撃つ。

 すると銃は爆発を起こし、キメラをほんのわずかながらも負傷させることができた。

 そのせいか再びその場を離れるため、メリアは時間を確認する。


 「残りは……一分。なんとか助かったってところか」

 「いやあ、怖かったですね。というか、メリアさんの脇腹に銃弾が」

 「大丈夫。死にはしないから」

 「ならいいんですが」


 一応、キメラがまだ何かしてくることに備えて警戒をしていると、どこかから大きな音が聞こえてくる。

 それは何か大きな生物がコンテナの上を歩いている音。

 そのあと、グレネードなのか金属同士がぶつかる小さな音が連続したあと、足音らしきものは遠ざかっていき、数秒後、巨大な爆発によって天井に位置する部分に大きな穴ができた。


 「ルニウ! 上だ!」

 「そりゃ、穴を空ける手段は作れますが、だからってキメラがそれほどの知能を!?」


 驚いてばかりはいられなかった。

 天井の穴はとても大きく、キメラは飛び降りると内部に侵入してきたからだ。

 即座に迎撃するも、効果はあまりなく、まずルニウが薙ぎ払われて吹き飛ばされる。


 「ごふ……これは、まずいですよ……」


 死にはしなかったが、気絶したのかしばらく行動不能となる。

 そしてキメラは次にメリアの方を見ると、銃撃をものともせずに接近し、四本の腕でメリアの両腕と両足を掴み、捕らえてしまう。


 「まいったね。ここで死ぬのか。あたしは」


 こうなっては自力での脱出など不可能。

 盛大な舌打ちのあと、顔を近づけてくるキメラを睨むも、身動きできないのではどうしようもない。

 非常に不愉快ながらも死を覚悟するメリアだったが、十秒近くが過ぎても相手は捕まえるだけで何もしてこない。

 代わりに顔を近づけて、頭から足先までを観察するように頭を動かす。

 これにはさすがに困惑してしまうものの、それはやがて驚愕に変わる。


 「……へ、へい……か」

 「なんだ? 話せるのか?」

 「か、か、くにん……」

 「何を言っている……?」


 キメラは何か言葉らしきものを発すると、頭をメリアの髪の毛に近づけ、驚くことに髪の毛を食べてしまう。

 そして髪の毛を咀嚼しているのかモゴモゴと口を動かしているかと思えば、突如痙攣し始めた。


 「え、らー。えら……」

 「ちっ、人様の髪の毛を食ったくせに、ろくでもないこと口にしてるんじゃないだろうね」

 「にん……ょう、ふか……」


 それはどこか困惑しているような様子だった。

 しかしながら、その理由は不明なためメリアはただ黙って聞き続けるしかなかった。

 その時、上空から異質な音が聞こえてくるので顔を上げる。

 そこには、上空で待機している航空機が見えた。

 色が緑ではないため、おそらくは傭兵側の増援といったところだろう。


 「……あれは、まさか」


 遠いのでわかりにくいが、その航空機には機甲兵が乗っており、狙撃用の兵器を構えているのがなんとか確認できた。

 つまり、空中から狙撃するわけだ。


 「くれぐれも、あたしに当てるんじゃないよ……」


 いくらキメラが巨体とはいえ、あれほどまでに距離があるなら外す可能性はそれなりにある。

 メリアが祈るような気持ちでいると、狙撃が行われたのかキメラの胴体をレーザーが貫通する。

 一発だけではなく、二発、三発と続くので完全に仕留めにいっているが、驚くことに一つも外れることなくキメラに命中していた。


 「……終わったか」


 命を失ったキメラは、うめき声すら出さずに床へ崩れ落ちる。

 その際、拘束が緩くなったのですぐさま抜け出したメリアは、改めて上空を見る。

 手助けは終わったとばかりに去っていく航空機には、四つの足を持つ機甲兵が乗っていた。


 「ほら、起きるんだ」

 「ん、ううん……」


 なんとか命拾いしたメリアは、気絶しているルニウを軽く足で揺らして起こす。

 手っ取り早いのは蹴りだが、さすがにそれはひどいだろうということで控えている。


 「い、生きてます……私たち生き残ったんですね?」

 「ああ、そうだよ。傭兵側の増援が到着してね、上から狙撃したあと帰っていった」

 「うわー、揺れる航空機の中からって。狙撃の名手ってやつですか」

 「さて、ね」


 四つ足の機甲兵。それはゲームセンターで見かけたのと同じようなものに思えたが、確信は持てない。

 そうこうしているうちに今度はアンナが送ってきた増援が到着し、二人は回収されて帰還することとなった。

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