第48話 惑星へ落ちようとする船

 それは何の冗談かと思うような光景だった。

 三キロメートルもある巨大な船体が、惑星を目指して加速しようとしている。

 宇宙港から、地上から、大量の警察や軍の艦船が向かって行くが、パンドラを今動かしている者たちが耳を傾けることはないだろう。


 「どこの馬鹿だ!? 巨大な船を地上に落としたらどうなるかわかっているのか!?」


 メリアは叫ぶ。目の前の光景がどれだけ異常で危険なものであるかを理解しているために。


 「ファーナ、どれくらいで地上に落ちる?」

 「このまま何もしなければ、あれほどの巨体なこともあって十分ほどではないかと。推進機関の出力次第でもありますが」


 そこまで大きくないのであれば、大気圏で燃え尽きるのであまり心配はしなくていい。

 不安があれば、あらかじめ攻撃を加えて細かくしておくという手段も使える。

 だが、パンドラは巨大で、それに分厚い装甲を持っている。

 燃え尽きることなく地上に落下するだろうし、もし落ちた場所が都市だった場合には、甚大な被害が出るのは間違いない。


 「そこの船、先程までパンドラにドッキングをしていただろう。何が起きているか知っているか?」


 警察の一部がやって来ると、通信を繋いできた。

 逃げたら撃つつもりなのか、武装を向けているので、何がなんでも話を聞くつもりだろう。

 そこでアンナが通信に出た。


 「こちらは共和国特別犯罪捜査官アンナ・フローリン。この船は私の協力者の所有物であり、説明については、内容を手短にまとめるので少しだけ待ってください」

 「特別犯罪捜査官殿ですか。どうかお早めに。危機的状況なのです」


 通信が切れたあと、メリアは言う。


 「軍や警察に顔を覚えられたくないんだが」

 「そこは大丈夫。私の協力者ということで伏せることができるから。私と別れたあと、追跡される可能性はあるけど」

 「……まあいいさ。そこはあたしが逃げ切ればいい。で、どう報告するつもりだ」

 「あなたのことを伏せた形で、パンドラや所有者に関連することを。あとは、そこのクマさんについてもね。あ、音声じゃなくて映像通信をお願いねー」

 「はいはい。こういうことは、本職に任せるよ」


 数分後、色々まとまったとアンナが言うので、メリアは映像通信を目の前の警察船に向けて繋ぐ。

 対応するのは、アンナとアルクトス。


 「む!? アンナ・フローリン捜査官、そのクマは……」

 「彼はアルクトス。パンドラ内部の秘密のオークション会場で商品となっていた、遺伝子操作により生み出された動物」

 「今紹介された通り、自分は遺伝子操作により生まれた。なので言葉も話せる」


 言葉を話す動物という存在を目の当たりにしたせいか、通信画面に映る警察官の顔は驚きと衝撃に溢れていた。

 かろうじて平静さを保つも、次の言葉が出るまで数秒ほどの時間がかかる。


 「そ、そうでしたか……遺伝子操作により……」

 「私はアステル・インダストリーが所有するパンドラの捜査をしていました。禁制品の取引があるという情報を得たためです。しかし、実態はもっと厄介なもので、色々な勢力がパンドラへの襲撃を仕掛けた」

 「では、そのどこかがパンドラを地上に落とそうと?」


 警察官の疑問に、アンナは首を横に振る。


 「詳しいことはわかりません。内部はジャミングによって通信が遮断されているので。私が移動した範囲も広くはない」

 「そう、ですか。ひとまずこの事は報告します。それと頼みたいことが」

 「パンドラの件?」

 「はい。今、付近にいる動ける船すべてに頼んでいることですが、パンドラを牽引し、少しでも惑星への落下を遅らせてほしいのです」


 操縦席のスクリーンには、パンドラへ向かう船がたくさんあった。

 アンカーなどを打ち込んだあと、パンドラとは逆方向に推進機関を加速させている。

 だが、質量が違い過ぎるため効果があるようには見えない。


 「焼け石に水ね」

 「現在、マージナルには小規模な警備艦隊しかおらず、他の惑星などから共和国軍の大型艦が到着するまで、時間を稼がねばなりません。人口密集地に落ちれば恐ろしいことになります。もし人のいないところに落ちたとしても、間接的な被害はかなりのものでしょう」

 「とのことだけど、船長さん」


 アンナに話を振られたメリアは、苛立たしげにヘルメットを拳で何度か叩いたあと、小さく頷いた。


 「……やるだけやってみる」

 「ご協力ありがとうございます。それでは」


 警察の船が離れたあと、メリアはルニウに命じて、ヒューケラをパンドラの上部へと近づけさせる。

 そして自分は人型の作業用機械に乗り込むと、何本もの太いケーブルを打ち込んで接続していく。


 「メリアさん、まだ私が操縦しててもいいんですか?」

 「どうせ加速させるだけだ。細かな部分はファーナが手伝ってくれる。それよりは、こっちのが大事だからね」

 「もしかして、船を繋ぐ以外にも何かしたり……?」


 恐る恐るといったルニウの質問に、メリアはため息混じりに返す。


 「まず、このパンドラはどこにある?」

 「ええと、惑星マージナルの軌道上です」

 「つまり猶予がない。かなりやばいわけだ。だから警察も、なりふり構わず協力を求めていた」


 周囲を見渡せば、何十隻もの船がパンドラの牽引を行おうとしている。

 しかし大半は小型船。

 大きい船は小回りが利かず、未だ接続からの牽引には至っていない。


 「できることは時間稼ぎが関の山。パンドラの推進機関はまだ動いたばかりだから弱いが、時間と共に本調子になる」

 「そうなれば、もうどうしようもありませんね……まさか!?」

 「推進機関を攻撃する。かつて、どこかの誰かにやられたことと同じことをするわけだ」


 ヒューケラとの通信が終わったあと、ファーナからの通信が届く。


 「まだ出会ったばかりの時のことを怒ってるんですか」

 「怒るに決まってるだろう。……それで、あと何分後に落ちる?」

 「焼け石に水な方法のおかげで、三十分に伸びました。ただ、推進機関の出力が少しずつ増しているので、一気に短くなる可能性があります」

 「なら、急ごうか」


 人型の作業用機械だけあって、軍用の機甲兵が使うような兵器を流用することができる。

 いくらか前、エルマーという貴族から貰ったそれらの兵器を装備したまま、パンドラの表面を移動していく。


 「ちっ、嫌になる大きさだね」


 数分かけて到着したあと、バーニアを吹かして船体から離れる。

 巨大な推進機関を正面に捉えると、狙撃用ライフルを構え、点火しつつある部分へと攻撃を行う。

 巨大な船を守るシールドは健在で、威力は大幅に減衰するも、実体弾なおかげで多少の損傷を与えることには成功する。

 しかし、推進機関に変化が出るほどではない。


 「メリアさん、ここはヒューケラの武装で攻撃した方が」

 「ヒューケラの武装はビーム系統のしかないよ。このパンドラのシールドはそこそこ強力で、接近してからの実弾でないとどうしようもない」


 船体を覆うシールドは、船が巨大になれば薄くなる。つまりは受け止められる一撃が弱まるわけだ。

 それゆえに、パンドラは分厚い装甲に頼る構造をしていた。輸送途中にシールドを突破されても大丈夫なように。

 しかしながら、技術の発展と共にリアクターの出力向上や、シールドの省エネルギー化は進み、今のパンドラは分厚い装甲だけでなく強力なシールドを持つようになっていた。


 「そこの機体、手伝うぞ」

 「推進機関を潰せば船は止まる。わかっちゃいたけど、これだけでかいの相手に、実際にやる奴がいるとはな」

 「……助かるよ」


 効果の薄い攻撃を続けていたところ、メリアの乗る作業用機械に通信が入る。

 自前の武器を持つ、様々な職業の者たちが自発的に集まると、パンドラの推進機関を攻撃し始めた。

 中には明らかにメリアの同業者らしき者もいたが、惑星に巨大な船が落ちると裏の仕事などで困るのだろう。

 色々な思惑があるとはいえ、ひとまずは協力して攻撃を加えていくと、巨大な推進機関の一部で大きな爆発が起こる。


 「メリア様、出力が低下したため、落下まで五十分に伸びました」

 「よし、この分なら最大出力になる前に破壊できるだろうね。一度弾薬を補給する」

 「わかりました。用意を整えておきます」


 弾切れになったので、一度ヒューケラへと戻るメリアだったが、その途中で怪しげな機体を発見する。

 共和国で量産されている機甲兵が、パンドラの表面を移動していたのだ。

 数は一機のみ。

 その機体が長い砲身をした銃らしきものを構えると、少しして細いビームが放たれた。

 向かう先はヒューケラ。


 「まだ敵がいたか! ファーナ、被害は!?」

 「損傷は軽微です。ルニウが咄嗟に動いたのと、メリア様による外観の偽装が役立ったようです」


 高出力なビームは、ヒューケラのシールドを突破して船体をも貫通するが、幸か不幸かダミーのエンジンと船体の一部を破壊するだけに留まる。

 安堵するメリアだったが、機甲兵の狙いが自分に変わったのを見た瞬間、バーニアを最大まで吹かしてパンドラの表面に降り立つ。

 そして通信を入れた。


 「そこの機甲兵。今の状況がわかっているのか? このパンドラという船が惑星マージナルに落下しようとしているんだぞ!」

 「よーく理解してるさ。仕事は失敗。状況は想定よりも悪化。どうしようもないことをな」

 「その声は……」

 「ははは、それはこっちのセリフだ。お嬢さん」


 会話の途中、またもやビームが放たれるが、メリアは紙一重で回避する。

 そのあと舌打ちをした。

 目の前にいるのは、自称経験豊富な傭兵であるウォレス。

 彼を無視してこの場を離れようにも、狙撃もできる厄介なビーム兵器を所持しているため、倒す以外の道はなかった。

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